わたしはしあわせになってはいけない
あっという間だった。それこそ、眠って朝を迎えたらすべてが終わっていた、というぐらいはやかった。実際は、そこまでではないにしろ予想をはるかに上回る急展開を迎えていた。
祖国ウォーターズ帝国で反乱が起こり、わたしの元夫というよりか皇帝ネイサン・サッカリーとその正妃サブリナは行方知れずとなった。
彼らは、皇宮に反乱軍がなだれこんでくる前にそれを察知し、いちはやく逃げだしたらしい。最後まで彼らに味方した貴族や官僚や支持者たちには内緒で。
ヴィクターは、捕虜にした指揮官たちを許して解放した。しかも、司令官たちに手土産を持たせてである。
それは、ルビーではない。小麦やトウモロコシ、その他の食べ物をである。
ルビーがあっても、金貨や物資に交換出来なければなにもならない。そして、いまのウォーターズ帝国にすみやかにそれが出来る大商人や有力者はいない。
司令官たちには、望む者には領地内への援助と身の安全を約束した。彼らは、よろこび勇んで帰国した。
あっという間だったのは、そこからである。彼らは領地に戻ってヴィクターに受けた施しを領民にも分け与えた後、周辺の領主や王都にいる貴族たちに一斉蜂起を呼びかけたのだ。そして、それがあっという間にひろがり、反乱へとつながった。
もともと各地で暴動が起きていたし、あらゆる人々が不平不満を募らせていた。今回のことは、煙が立っているところに息を吹き付けただけのこと。
それ以外にも、ヴィクターは諜報員や工作員を帝国に大量に投入し、各地で煽ったということもある。
ほぼ同時期、ウォーターズ帝国に見切りをつけたり逃れて越境してくる帝国民が増えた。そのことも想定していたヴィクターは、国境近くに簡易収容所を準備し、そこへ誘導した。帝国民たちにはそこでしばら句の間暮らしてもらい、帝国の騒動が収束すれば帰国するか残ってオーディントン国民になるのかを選択してもらうことになっている。いずれにせよ、難民たちが飢え死にしたり危険な目にあうということはない。
そして、わたしはずっとふさいでいる。
なんの罪のない帝国民たちの不運に対して、責任を感じずにはいられないからである。
わたしがオーディントン王国で呑気に暮らしているから、しかもいままでになかったしあわせを噛みしめながらすごしていることが、じつに多くの人々を飢えさせ、病や事故や暴動などで苦しめ、死や不幸で悲しませている。
ヴィクターやみんなは、「それは違う」という。しかし、いくら自覚がなくて意図しているわけではないにしろ、自分の力の一端を知ってしまった以上、やはり自分のせいなのだと思わざるをえない。
双子の姉妹との勝負やヴィクターたちの無事帰還を、よろこんだりホッとしたりしている場合ではない。それらはすっかりふっ飛んでしまい、ずっとふさいでいるのが現状。
ひさしぶりにヴィクターの愛馬「ブラック・ビースト」に会いに行った。だけど、やはり楽しめないでいる。
「ブラック・ビースト」もフニフニした鼻をわたしの顔になすりつけ、慰めてくれた。
そんな彼に癒されつつも、やはり気持ちは晴れない。
そんなわたしを見かねてか、ヴィクターが難民受け入れや帝国に物資を送ることを決めてくれたのである。
彼は、あいかわらず可愛げのないことしか口には出さない。けれど、彼の「真実の声」はわたしのことを全力で心配してくれている。そして、帝国民のことを心から救いたいと思ってくれている。
彼の真心がありがたすぎる。ほんとうに感謝している。
せめてもの感謝のしるしに明るく振る舞おうとするけれど、どうしても出来ない。外見とは違って繊細なヴィクターは、すぐにそれを察知してしまう。彼の心の中は、いつもオロオロしている。わたしをどう扱っていいのかわからないから、不安で不安でたまらない状態である。
彼は、まるで少年のようにわたしのことで動揺しまくっている。
不謹慎だけれど、そんな彼にますます愛おしさが募っていくのを感じる。
しかし、それにストップをかけてしまうもうひとりの自分がいる。
祖国を不運に陥れた張本人が、しあわせになってはいけない。同様に不運に見舞われるべきだと。
わたしはいま、負のループに陥っている。その中でもがき苦しんでいる。
その苦しみから逃れられる方法はない。すくなくとも、自力ではムリかもしれない。
そして、事件は起きた。
国境で難民たちにまじり、越境を試みた男女がいた。
その男女は、目を光らせている駐屯地の兵によって見つかり捕まった。そして、すぐに駐屯地に護送されてきた。




