自分自身の変化
いまはもうヴィクターと執務室で会うときに待たされることはない。
待たされたのは、ここに来て初めてのときだけだった。あのときは、控えの間ひとりで待っていて不安や恐怖でどうにかなりそうだった。
いつものようにそのまま控えの間を素通りし、扉をノックして入室の許可と同時に中に入った。
ヴィクターは、執務机の向こうであいかわらず強面巨躯に不愛想と不機嫌さを漂わせている。
もう数えきれないほど彼に会っているけれど、いまだにわたしを拒否というか認めていないというか、とにかく二人で本音を語り合うなどという間柄ではない。それどころか二人きりになることもない。パーシーやチャーリーや近衛隊の隊員など、かならずだれかがいる。
そして、彼はかならず自分が思っていることとは反対のことを言う。
わたしの「真実の声」のスキルは、そんな彼のお蔭でずいぶんとレベルアップしてきている。そのような気がする。
「ヴィクター様、ご挨拶申し上げます」
マドレーヌのお皿をローテーブルの上に置いてから、スカートの裾を上げて挨拶をした。
いま着ている白いシャツと淡い紫色のスカートは、町のドレス店で購入してもらったものである。色違いやデザインのわずかに違うものを何組かずつ購入してもらったので、それらを自分で洗濯をしながら着まわしている。
「ヴィクター様、マドレーヌを焼いてみました。焼き立てです。冷めたものも美味しいですが、焼き立ては焼き立ての風味がいいのです。お持ちしてもましたので、よろしければつまんでみて下さい。もちろん、お茶もお持ちしました」
チャーリーがお茶を運んでくれたので、ローテーブルでポットからカップに注いでから執務机に持って行った。
「お口に合うといいのですが」
執務机の上に置く。
「ふんっ! 子どもではあるまいし、おやつでよろこぶわけがなかろう」
今日も彼の皮肉が飛んでくる。
それでもいい。皮肉だろうと嫌味だろうと悪口だろうと、なにかしら口に出すのはわたしに関心があるから。
それに、彼の本音は違うことがわかっている。
『うわあああああ! 彼女、今日も可愛すぎるだろう。なんだって? マドレーヌを焼いた? それをおれに? というかおれの為に焼いてくれただって? うれしすぎるではないか。少しはおれに興味を持ってくれているんだな。そんな気持ちが可愛すぎるし尊すぎる。彼女がおれの為に焼いたマドレーヌが美味しくないわけがない。だが、もったいなさすぎて食いたくない。だが、食って『美味い。美味すぎる』と言わなきゃ彼女が傷つくだろう。ジレンマだが、ここは食うしかない。それが男だ。将軍だ。国王だ』
彼の「真実の声」。
(いいえ、ヴィクター様。けっしてあなただけの為に焼いたわけじゃありません。みんなの為と自分自身の為に焼いたのです)
ツッコまないわけにはいかない。もちろん、心の中でだけれども。
(それに大げさすぎるわ)
彼の大げさっぷりには、苦笑するしかない。
だけど、そんな彼がお茶目で可愛いと心から思う。
わたしが彼に表向きはすげなくされてもめげずにスキンシップを取るのが、いまは楽しくて仕方がない。
噂にきいていた「野獣王」の真の姿を、お茶目で可愛い本性を知ってしまってから、彼にしだいに惹かれている自分にイヤでも気付かされる。彼に興味を持ってしまったのだ。
彼に構ってもらいたいと願い、彼に想ってもらいたいとも望んでいる自分がいる。
自分自身の変化が一番の驚きである。




