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番外編 俺のグルグル鳴らないで!


 とある夏の昼下がり。


 リュウホは目を覚ました。炎虎の姿でだらしないへそ天姿である。


 ここは北斗苑に生えている標樹の下だ。爽やかな風が抜けていく。


 頭上には木漏れ日がチラチラと降り注ぎ、大きな背中に潰れた草は冷たく青い香りを放っている。 


 お腹がほんのりと温かい。


 目だけでその重さを確認すると、アンゲリーナがリュウホの腹に顔を埋めスヨスヨと眠っている。


(リーナ……)


 グッスリと眠るアンゲリーナの横顔を見て、幸せが胸にこみ上げてくる。


 はじめてであった頃の彼女は、自分の布団の中でさえなにかに怯えるように丸まっていた。


(それなのに、外でもこんなふうな顔で眠れるようになったんだな)


 リュウホはそれが嬉しかった。


 木の枝では、小鳥がチチチと愛を歌い合っている。


(シー!! リーナが寝てるんだから、静かにしろよっ!)


 リュウホは炎虎の力を使い、念波を送る。

 

 すると、小鳥たちは怯えたように固まった。


(うん! これで良し)


 静かになった小鳥たちに満足し、リュウホは鼻から息を吐く。


 すると、風がやってきて標樹を乱暴に撫でた。


 嬉しそうに木の葉が音を立てる。


(もう! 風も邪魔すんなよ! 木も騒ぐな!!)


 リュウホが憤慨すると、風は去り木々は静かに沈黙する。


(これでやっと静かになった)


 シーンと静まりかえる周囲に、リュウホはホッと安心した。


 すると、ドキドキと波打つ音が聞こえだした。


(なにこれ? うるさい。なんの音?)


 リュウホは耳を澄ます。アンゲリーナの眠りを妨げるものは許さない。なんとしても、音を止めなければならない。


 しかし、その音は。


(俺の中から聞こえてくる!)


 頭を巡る血流が音を立てているのだ。意識をすると喉もグルグル鳴っているのがわかる。


(俺、俺がうるさいんだ!)


 周囲が静けさに包まれたことで、自分自身の音が聞こえだしたのだ。


 リュウホは慌て喉を押さえた。しかし、グルグルいう音は止まらない。


(なんで、俺の喉グルグルいうの!?)


 幸せだから喉が鳴ることをリュウホはわかっていないのだ。


(どうしよう……。リーナが目を覚ましちゃう)


 アンゲリーナはへそ天になったリュウホのお腹に頭を乗せている。きっとうるさいに違いない。


 しかも、お腹はフヨフヨと上下している。アンゲリーナの頭も、リュウホのお腹と一緒になってフカフカと揺れている。


(おなか、俺のお腹、フヨフヨするな! リーナが目を覚ますだろ?)


 そう思い息を止める。でも、長くは息を止めていられない。


 苦しくなってプハッと息をつき、慌てて自分の鼻を両手で押さえた。


(どうしよう、目が覚めちゃうよぉぉぉ)


 リュウホは半泣きになりつつ空を仰いだ。


 標樹の木の上を雲が流れていく。その影がリュウホをよぎる。


 小鳥たちは心配げにリュウホを覗き込んでいた。


(よし、そーっと、そーっと、リーナから離れよう)


 リュウホは決意した。


 そして、ユックリ、ユックリ、身じろぎをする。


 すると、リュウホのお腹にアンゲリーナがギュッと抱きついた。


(!! リーナ、目が覚めちゃった!?)


 リュウホはその場にカチンと固まり、両手で自分の鼻を押さえる。同時に喉のグルグルが緊張で止まる。


「リュウホぉ……?」


 アンゲリーナは目をこすりながら、リュウホに顔を向けた。


 リュウホは自分がふがいなくて涙目になる。


「リーナぁ……」

「どうしたの? リュウホ? 泣いてるの?」


 アンゲリーナは驚いて、リュウホのお腹の上をヨジヨジと這いずり顔の近くに自分の顔を寄せた。


「ごめんね、リーナ。起こしちゃった……」


 シュンと耳を倒すリュウホだ。


「だいじょぶよ?」

「だって、俺、うるさくて……」


 モゴモゴと答えるリュウホにアンゲリーナは小首をかしげる。


「うるさくなんてなかったけど……」

「だって、俺、心臓ドキドキして、喉はグルグルいうし、お腹はフヨフヨ動いちゃうっ! 俺の体、ばか!」


 自分自身に怒りを向けるリュウホを見て、アンゲリーナは小さく笑う。


 そして、リュウホの頭を抱きしめた。


「わたしだって、ドキドキしてるし、フヨフヨしてるよ? わたしもばか?」


 アンゲリーナの言葉に、リュウホは自分の鼻から手を放す。


 そして、アンゲリーナを抱きしめて、ブンブンと頭を振った。


「そんなわけない!!」


 揺れる頭に抱きついてアンゲリーナは歓声をあげる。


 キャッキャと喜ぶアンゲリーナに、リュウホはホッと安心した。


「リーナ……」

「リュウホのドキドキ、気持ちいいよ。フワフワも全部、気持ちいいよ」


 アンゲリーナはそう言うと、リュウホの鼻に自分の鼻先をつけた。


「冷たくて気持ちいい……」


 アンゲリーナはうっとりと呟くと、リュウホの額をヨシヨシと撫でる。

 

「リーナ、大好き」


 リュウホは目を細め、グルグルと喉を鳴らした。


「リュウホのグルグル聞くと、わたし、幸せな気分になるの」


 アンゲリーナはそう言ってリュウホの喉をワサワサと撫でた。


「そうなの?」


 リュウホはホッと息をつく。


「うん。安心するの。リュウホ、だーい好き!」


 ギュッと抱きつくアンゲリーナをリュウホもギュッと抱き返した。


(リーナにとって安心できる場所になったんだ)


 爽やかな風が標樹の葉を揺らす。


 小鳥たちは声高らかに愛の歌を歌い出した。



 了

本日、コミカライズ版『ななしの皇女と冷酷皇帝』コミックス⑦巻(漫画:赤佐たな先生)が発売となります。

原作ノベル全3巻分、すべて描ききっていただいての完結になっています。

ぜひ、コミックスでもリーナの活躍をお楽しみください。

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