8話 眷属の戦い
人とは一体どのような基準で人とみなされるのだろうか。容姿からなのか、はたまた能力値からなのか。ロトはわからずに首を傾げる。
『わからなくてもいいじゃないか。なんせ僕たちまだ13だぜ? 若くて育ち盛りでまだまだ色々知れるんだ。今ここで、無理して決めなくてもいいんじゃないかな』
そうかな、とロトはボヤいた。ロトの隣で笑う少年の影は滲んでいる。
『そうだとも。子供は子供らしく、のんびり気ままに大人になっていこーぜ』
影はキシシと笑った。今では彼の顔も声も名前も、全部思い出せない。ただ漠然とした経験があるだけで、ロトはそれが虚しくてたまらない。
『我を呼び起こしたのはお前か』
禍々しい声とともに忘却の彼方へと去って言ったあの頃の日々の代償は、少なくなかった。
あの時犯した過ちが、今もロトを苦しめ続けている。
※ ※ ※ ※ ※
自我を失い暴走し始めた神官の前に立ち塞がるロト。「俺が引き付ける」とカッコよく言ったはいいのだが、ここからの切り返しが彼の頭を悩ませた。
「さて、どうしようか。相手はどうにも正気じゃなくなってるし」
暴走している相手には基本的に攻撃系の魔法は効果を示さない。ちょっとやそっとの攻撃力では怯まないからだ。
かと言って殺すわけにもいかないのが難しいところ。いっその事殺人キャラに振り切れればよかったのだが、生憎ロトにはそんな根性がないのであった。
「奥の手を使ったら鉄兜まで巻き込んぢゃうし……。あー、もう、鬱陶しい!」
「ゴギャルルルガァ!」
奇怪な声をあげて襲いかかる神官。ノーモーションで放たれたのは中級魔法による炎弾だ。
「おっと危ない!」
間一髪、スレスレのところで避けるロト。神官はすかさず追撃を放つ。
及び腰になりながらも、なんとか逃げ回る。一、ニ、三。軽快に炎弾を放つ神官にそろそろ吐き気を催しそうなので、ロトはなんとか神官の方を向いて、
「『フルバウンド』」
詠唱と共に見えない壁が宙に浮かび上がる。神官が放った炎弾三つは、吸い込まれるようにそれに当たったのち、
「バキューン」
まっすぐ神官の方へと戻った。大きな爆発音と煙が確かな手応えを演出する。事実、煙が晴れたところからは神官の焼け焦げた体が浮かび上がった。
「あ……、あう……」
「あ、やりすぎちゃったか? 一応、死にはしないだろうという判断もとに発動したんだけれど」
もしかして鉄兜の出番を潰してしまったか。それならばなんだか申し訳ない、と心配するロト。
しかしそれが杞憂とわかるまでに時間はかからなかった。フラフラと歩く神官の様子がおかしい。まるで今の攻撃のせいで何か大切なリミッターが外れてしまったようだ。
と、次の瞬間。
「グウウウウガァ!!」
「ああっと、危ない!」
神官の信じられない気迫に、思わず後ろに飛びのいてしまった。神官の皮膚が白い光を放つ。
「おいおい、なんだ。何が起きるっていうんだ?」
次から次へと目まぐるしく変わりゆく神官の変化に、対応しきれずオロオロと狼狽える。光を放った神官は、その四肢を醜く変化させながら、
「ギャオ!」
最終形態へと変化した。
「……魔力の暴走による形態変化。おぞましいよ」
目の前のもはや人でない何かを見て身震いするロト。神官の腕はしっかりと大地を踏みしめて、それの代わりに背中から生えた4本の腕がロトを睨む。
「化け物、だね」
と、
「あああああああああああああああああ!」
気がつくとロトは地面に寝転がっていた。顔が熱い。炎弾が直撃したか。燃えるような皮膚を必死に抑える。
——次を見極めなければ。死ぬ。
なんとか目を見開いて神官を見る。そこには既に5つの炎弾が放たれていた。
「——っええい!」
体を倒して逃げるも腕に被弾した。熱が体を襲う。まとわりつく痛みは、既に麻痺した感覚に追い打ちを容赦なくかけていた。
——ヤバイヤバイ。どうする、死ぬ、でも、だけど、回避を、狂ってる、熱い、もうダメだ、行かないと、鉄兜。
脳裏に鉄兜の顔が過った。そうだと思い直す。俺は一人ではないんだ。あいつのぶんも、俺はこいつをなんとかしないといけない。ロトはそう考えると共に、ゆっくりと立ち上がった。
「出し惜しみは、するもんじゃない」
右腕から、包帯が取り除かれた。黒い霧のようなものが流れ出る。
「久しぶりに使うから、調子が出るか不安だけど、しっかり出てくれ!」
右腕に意識を集めた。ズキンと、熱とは違う痛みが走るが気にしていられない。ズズズと嫌な音を立てながら、それは出てきた。
それは腕だった。失われた右腕の代わりに黒い腕状の霧が現れたのだ。
「我は眷属なり。我が主、魔女よ。我に力を貸したまえ!」
大仰なセリフと共に黒い腕を前方に突き出すロト。魔法を放った。そしてそれはとてつもなく広範囲に影響した。
神官を中心とした地面がぬかるみ、陥没する。
「『メガルマッダル』」
上級泥魔法。普段のロトなら放つことのできない魔力量の魔法だった。
「今だ鉄兜! 頭の上が空いたよ!」
「言われなくても分かってる!」
声に呼応して、どこからともなく鉄兜が飛び出してきた。彼女の手には鞘に入った剣が一本。鉄兜はそれを頭上に高々とあげると、
「チェストおおおお!」
神官めがけて勢いよく振り下ろした。
奥の手とはスタングレネードの事です。




