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ダークウィッチファンタジー   作者: 新木一天
1章 グリモア
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6話 グリモア

 その日は随分と晴れていた。燦々と照る太陽が逆に気味悪く感じられた。


「神官様、いかがなさいました?」


 虫けらの一人が俺にまとわりつく。不快感をあらわにしてしまわないように気をつけながら、ニッコリとした笑顔を作った。


「なんでもない。お前が気にするようなことではないわ」


「はっ、すみません。なんだか思いつめたような顔をされていたので……」


 お前ごときに俺の苦労がわかってたまるか。虫けらは虫けららしく地を這って俺のお膳立てをしていればいいのだ。


 もちろんそんな事は口が裂けても言えない。しかしこうして虫けらどもの相手をするのも疲れて来た。


「だが、あと少しだ……」


 あのお方からいただいたこの本さえあれば、冗談ではなく世界を取れる。俺が神になれるのだ!


 祭壇に飾られたそれを見てうっとりとした。少しだけ色あせた赤の表紙は、しかし妙な魔力を秘めていて俺を虜にして離してくれない。


 ああ願わくば、この命が尽きるまであなたと共にいたかった。今俺はこの本をあなたの代わりと思い、あなたがくれた使命を全うします。


「どうか見ていて下さい。私の天使よ」


 街に爽やかな風が吹き抜ける。祭りの二日目が始まった——。


※ ※ ※ ※ ※


 昨日の出来事がまるで嘘だったかのような気がした。朝十時、神殿の前には昨日のパレードよりもっと多くの人々が集まっている。ロトはその気迫に少し驚いた。


「昨日の私の襲撃があったのに随分と呑気だな。この町の住民は洗脳魔法でもかけられているのか?」


 イライラした口ぶりの彼女——鉄兜はロトの隣で悪態をついた。


「洗脳魔法だなんてシャレにならない事言わないでくれよ。絶対にありえないんだからさ」


「ま、そりゃそうか」


 ロトが叱るとすぐに引き下がる鉄兜。どうやら無駄な労力は消費したくないらしい。


 昨日の祭りの最中。パレードが何者かによって襲撃され、その混乱に乗じてロトの背後を取りなんだかんだ協力関係を結びつけたのがこの鉄兜だった。


 ちなみに付け加えておくと、混乱の要因となったパレード襲撃の犯人もこの鉄兜らしい。


 そもそもロトがこの町に来たのは、とある噂を耳にしたからだ。当初はとても信じられなかったが、彼はその一分の可能性を信じてやって来たのだ。


 それは『この町の神官様はグリモアを所持しているらしい』と言うものだ。あまりにもバカバカしすぎて、かえって信ぴょう性がました例だった。


 グリモア。この世界で最も危険だと言われている兵器。一見ただの魔法辞典と変わらないのだが、その本質は極めて凶悪。曰く『外気から魔力を取り入れることによって消費魔力を抑えた状態で魔法を発動できる』と言う優れものらしいのだ。


 ロトはララポからその本が今この地にあると聞いてここへ赴いたのである。


 グリモアは魔女が生み出した悪魔の兵器。魔女に何かしらの恨みがある鉄兜にとっても、回収したいのだろう。


「そんじゃ、いっちょ派手に暴れますか」


「あくまで作戦通りにだからね、人々に危害を加えないこと」


「あー、はいはい」


 なおざりな返事に不安を覚えるロト。鉄兜は彼にくるりと背を向けるとスタスタと歩いて行ってしまった。


「……大丈夫かなぁ」


 一抹の不安だけは消すことができなかった。


※ ※ ※ ※ ※


「よく来て下さいました敬愛に値する皆様よ……」


 儀式が始まり一人の痩せぎすの男が姿をあらわす。ひたいの紋章からこいつが神官かと当てをつけたロト。


「本日は神に変わり、神からいただいた力の片鱗をあなた方にお見せしましょう」


 言葉が終わらぬうちに神官は大きく手をさらに広げると


「大主よ。我が主人よ。御昨年は見事な実りと幸を御恵みくださり感謝しても仕切れぬ憂いなり。今年もまた、新たな恵みと豊かな暮らしを願いまするゆえ、どうか我々を加護の恩恵に預かり預かりたもう」


 中途半端な前口上を済ませて、刮目して張り裂けんばかりの大声を出した。


「『メガルフレア!!』」


 神官の手先から火の粉が溢れ出し、やがて火の滝のように激しさを増した。が、


「あいつ頭おかしいだろ。これじゃあ周りの人も死んじゃう」


 魔法を常人が制御できるはずがない。今は無事かもしれないが、やがてここにいる民衆までもを巻き込んだ事故になるのは目に見えていた。


「早く辞めさせないと。もし取り返しのつかないことになったら……」


 と、その時。ロトは神官の瞳の奥に怪しい影を見た。見たことがあった。いつだったかそう、魔女が彼の前に姿を現したあの瞬間の闇が、彼の目に宿っていた。


 ——『我を呼んだのはお前か……』


 おぞましい姿。今でも思い出すのは容易すぎて禁じている。そうあの闇は、魔女に憑かれたものの闇だ。


「やばい、あいつグリモアに飲まれてる!」


 グリモアは悪魔の最高傑作とまで謳われた史上最悪の兵器だ。そんなものを常人が十分に取り扱える道理はない。


 普通の人がグリモアを使ってしまうと、やがてその精神を蝕まれて、自我を失い、死に至るケースもしばしばだ。


 突然、先ほどまで平気な顔で兵器を扱っていた神官の顔つきが変わった。鬼のような形相で虚空をにらみ口角を釣り上げている。


「クッフフフ……。ハーッハッハッハ!!」


 高らかな笑い声にようやく異変を察知した神官の付き人が、驚きの表情で彼に駆け寄る。


「! 神官様、いかがなさいました!?」


「黙れ虫ケラども! 私の、私の邪魔をするな。私、いや、俺の邪魔をする奴らを殺さないと……。殺すんだよ!」


「随分と物騒だな」


 興奮する男の頭上を何かが掠めた。神官の背後に怪しげな影が立つ。後方に向けて炎弾を放つ神官。その影はヒラリとそれを交わすと、空中でクルリと回転し華麗に着地して、言った。


「私が、月に代わって殺してやろう……」


 鉄兜が、不可思議な決め台詞とともに儀式に乱入した。

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