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Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Hiyori
34/166

第33話『ひよりの秘密』

 ざぁぁぁ……。

 泣くように葉を揺らす森。まだ夕陽は出ているのだろうが頭上は深い緑に覆われているせいで陽の光は地上にまで届いていない。

 四方が森で囲まれているこの丘――風巡丘は何処と無く神聖な場所というイメージが俺の中で定着していた。この丘はただの丘ではない。地面に無数の風車が植えられている。いつ植えられたのか。誰か植えたのか。全てが謎に包まれている不思議な丘。そういうイメージを持ってもおかしくはない。


「ひより、疲れてないか?」


「ひよりは平気ですよ。修平の方こそ大丈夫ですか?」


「あまり男の体力を舐めない方がいいぞ。これくらい余裕だ」


 とは言ったものの、暗くて歩きづらい地面は予想以上に体力を奪っていく。昼間ならば足元が見えるからそう注意しなくても平気なのだが、これだけ暗いと地面に何があるか分からず必然的に歩むスピードが落ち無駄な体力を消費してしまう。


「そろそろ目的地に到着ですね」


 闇の中に一点の光が見えた。俺とひよりはその光に向かって歩み続ける。この光を越えればもう後戻りすることはできない。どんな事でも受け入れる覚悟で俺は光の先へ進んだ。


「……」


 晴れた視界に久しぶりに見る風巡丘の風景が映る。風が吹いても回らない無数の風車たち。丘を囲むように植えられたその頂上には立派な広葉樹が町を見下ろすようにそびえ立っていた。前に来た時と何一つ変わらない光景。唯一違う点を挙げるとすれば空に浮かんでいるのが太陽か月かの違いしかない。

 月明かりが俺たちを照らしあげる。ひよりが青白く儚い光を全身で受け止めるように両手を大きく広げて目を瞑ると、優しい風が踊るように吹き始めた。


「……寂しいものですね」


 その呟きの意味が理解出来ない。ひよりは何に対して寂しいと言っているのだろうか。


「風車ですよ。こんなにもいい風が吹いているのに風車はピクリとも動かない。接着剤で芯から固定されているみたいですよね」


 え? と、口に出したつもりだったがそれは驚きのあまり声となって発せられることはなかった。喉がカラカラと乾く。今何を言おうにもきっと掠れたような声しか出すことが出来ないかもしれない。

 でも――聞かねばならなかった。これがひよりの伝えようとしていることならば尚更だ。俺はそれを知るために今この場にいる。乾いた喉に生唾を飲み込み、無理矢理潤してから俺はひよりに訊ねた。


「……ひより? お前今……俺の心を――読んだのか?」


「はい。その通りです」


 拍子抜けするくらいあっさりとひよりは答えた。だが、俺も自分でもビックリするくらいその事実を簡単に受け入れる事ができたのは、思い返してみれば心当たりはたくさんあるからだろう。

 小夏と共に授業を抜け出したあの日も、巡たちに小夏とひよりを紹介したあの日も、小春さんと初めてあった日も、ひよりは俺の心を読むように会話を繋げてきた。


「……そうか。そういう事だったんだな」


 記憶の奥底に封じ込めていた疑問を解消できたことで束縛から解放された俺の心は驚くほど軽くなっていく。そして理解してしまうと同時に、何だそんなことだったのかという他人事のような感想が頭に浮かんで思わず苦笑いしてしまった。


「……随分とあっさり受け容れてくれるんですね? 正直言うと嫌われるんじゃないかなって思ってました」


「俺がひよりを嫌いに? ないない。有り得ない」


「普通、怖がったり気味悪がったりするものだと思いますけどね」


「なんだ? ひよりは俺にそういう風に思われたいのか?」


「そ、そんなわけないじゃないですか!! 大好きな人にそんな風に思われたらひより……っ」


 最後まで言い切る前にひよりの瞳から涙が溢れる。それを見て意地悪なことを言ってしまったことを後悔する。ひよりにとってはかなりデリケートな問題。冗談でも今のは失言だった。


「ひより」


 俺はひよりの名を呼んで小さな体を胸に抱き寄せる。そのまま背中に手を回して割れ物を扱うように優しくひよりを抱きしめた。


「悪い。酷いこと言った。許してくれると嬉しい」


「バカ……ですよぉ。修平は本当にバカです……」


「ひよりが許してくれるならバカでもいいさ」


「…………してください」


 小さく呟いてひよりは顔を上げる。

 涙で濡れた頬が。瑞々しい果実のように潤った唇が。陽だまりのようにあたたかいその表情が。ひよりの何もかもが愛おしい。


「キス……してください。してくれたら……許してあげます」


 そう言ってひよりは目を閉じ唇を軽くこちらに突き出す。俺が吸い込まれるように唇を重ねると、ひよりの口から熱い吐息が漏れる。


「んッ……ちゅ」


 唇を離すとひよりは蕩けた顔で砂糖菓子のように甘く囁く。


「――もっと……もっとしてください修平。ひよりが満足するまでやめないで……」


「……っ」


 その一言で理性から解き放たれた俺はひよりが目を瞑るのを待つ時間も惜しく口付けを交わす。


「ンンっ!? 修平、そんないきなり……んッ!」


 適度に息継ぎをしながら何回も何回もキスを続けているとひよりの方も負けじと俺を求めてくる。俺も男としてここで引くわけにはいかない。ガッツリ攻める為にひよりの口内に舌を入れた。


「……!?」


 口の中に入ってきた異物にひよりは一瞬驚いたものの、すぐに自分も舌を使って互いの唾液を混ぜ合わせるに動かし始めた。

 ぴちゃぴちゃと淫らな音が響いて止まない。口の中を掻き回されているというのに不快な感覚よりも気持ち良さの方が圧倒的に上回っていた。このままずっと交わっていたいと思ってしまうが、色々と限界を迎えていたひよりを見て一旦口を離す。


「はぁ、はぁ……。激しすぎ、ですよ……修平」


 離した口と口を結ぶように銀色の糸が架かっていた。それに気づいたひよりは恥ずかしそうに火照った頬を掻く。


「ねぇ……修平? ひより今、すっごく興奮しています。誰のせいだか分かりますか?」


「……間違いなく俺のせいだろうな」


 ううん? なんか流れが不穏な方向に進んでないか?


「分かってるなら話は早いです。ひよりをこうしてしまった責任……取ってくれますよね?」


「責任……とは?」


「修平は女の子に最後まで言わせるんですか?」


「ここでしろと……?」


 恐る恐る訊ねると、ひよりはつま先立ちになって俺の耳元に顔を寄せる。


「どうせ誰も見てないです。今ならどんなことをしたってバレることはないんですよ……?」


 麻薬のような言葉が俺を惑わす。いくらひよりの望みであれ、外で事に及ぶのは流石に躊躇われる。しかし俺はひよりを突き放すようなことはできずそのまま黙り込んでしまう。


「それにですね、今してもらわないとこの火照りは収まる気がしないんです。だからお願い、修平。今ここでひよりを抱いて……?」


 それを見兼ねたひよりは更に言葉を重ねて俺を惑わす。誘惑と言っても過言ではない。むしろそのまんまだ。俺は今ひよりに誘惑されている。


「……はい、そうですよ。ひよりは修平のことを誘惑しています」


 いつの間にかひよりの顔が目の前にあり、俺の瞳の奥底を覗き込んでいた。おそらく目を合わせることで相手の考えていることを見抜くことが出来るのだろう。


 とんと、ひよりに軽く胸を押された。ほとんど力の抜けていた俺はそれだけで尻もちをついてしまい、そのままひよりは俺に覆い被さるように身を重ねてくる。


「甘い時間を過ごしませんか? 修平」


 その言葉に俺はもう抵抗する余地は無かった。

 ええい、もうどうとでもなれ……。



「ああああぁぁぁぁぁ……っ!! ひより凝りもせずにまた何やってるんだろぉぉぉぉぉおおおおお!!」


 服を整えたひよりは顔を真っ赤にして叫びながら自分の行いを悔いていた。半ばこうなることを予測していた俺は、純度100%の呆れのため息を吐いてひよりの頭にぽんと手を置く。


「ひより、一言だけいいか?」


「ぐすん。何ですかぁ……」


「お前ってわりと……いや、結構ムッツリなんだな?」


 初めての時といい今回といい、どちらともひよりから誘ってきたようなものだ。この事を大前提に考えれば考える自ずとひよりはムッツリであることが結論として導かれる。


「……修平。死にたいので一思いに殺してください」


「断る」


 即答して頭に置いた手を動かし始めると、つい一瞬まで本気で死にそうな顔をしていたひよりの表情に輝きが戻ってきた。

 安堵した俺はなんとなしに空を見上げる。雲一つない空に浮かぶ月は相も変わらず俺たちを見守るように淡い輝きを放っていた。

 風の無い初夏の夜。しかし不思議と暑さは感じず過ごしやすい。風巡丘に来るまではそれなりの気温があった気がしたのだが、辿り着いた途端に元の世界から切り離されたように急に体感が変わった。それがまたこの丘が神聖な場所であるというイメージを定着させるのだ。


「修平? 空なんてじっと見て何を考えているんですか?」


「読めるんだろ?」


「目を合わせないと無理です」


「ああ、やっぱりそうだったんだな」


 俺がついさっき立てた仮説は正しかったらしい。視線を下ろさず夜空を見つめたままひよりの質問に答える。


「この丘って何なんだろうなって考えていたんだよ。風が吹いても回らない風車。誰が植えたのか、目的は何なのか、そもそもこんな尋常じゃない数をどうやって用意したのか……考えれば考えるほど謎だらけ。ひよりは何か知っていることはあるのか?」


「知っていること……強いて言うなら、この風車は回らないわけじゃないって事ですかね」


「ああ、なんだっけ? 確か特別なことが起きたら回るって話だろ。実際に見た人がいるのかよ」


「見たからこんな話が出てきたのか、ただ単に作り話なのか――その真相はひより達には分かりません。無いことを証明するのではなくあることを証明する……悪魔の証明の逆バージョンですかね」


「もし本当に回っているのならその証拠を提示すればいい。それだけでこの話はただの噂話や都市伝説ではなく確固たる事実となる……ってか?」


「そういう事です」


 そう答えてひよりは最後に「まぁ難しいと思いますけどね」と、付け加えて自嘲気味に笑うのだった。


「特別なことが起きた時に回る――ひよりはどんな時に回ると思う?」


「特に考えたこともありませんでしたよ。でもそうですね……強いて言うなら――」


「強いて言うなら?」


 この時の俺は想像もしていなかった。まさかひよりがそんなことを言うなんて。そして同時に妙な既視感に襲われることに。






「――人が死ぬ時、でしょうか?」






 その声をかき消すように一際強い風が吹いた。

 どくんと、心臓が大きく脈打つ。それからすぐに激しい運動をした後のような苦しみが俺を襲う。


 これはなんだ……動揺?

 胸の中に落ちた雫が波紋を広げていく。それは脈のように全身へと広がっていき、込み上げてくる吐き気を必死になって堪える。


「……修平? 修平!? ちょっとどうしたんですか!? 顔が真っ青ですよ!?」


「……大丈夫だ。そんな声を荒げなくてもいい」


 この動揺を読み取らせないように俺はひよりから目を逸らす。心を落ち着かせるために目を瞑って何度か深呼吸をする。幸い、風巡丘の空気は他の場所と比べ物にならないほど良く、すぐに俺の呼吸は落ち着きを取り戻してくれた。

 だがしかし、動揺を抑え込むことができても、胸に植え付けられたこの疑惑は簡単に抜き取ることはできない。何に動揺したのか、それが分からないから尚更気持ち悪い。今の言葉のどこに動揺する要素があった? ひよりの口から出てくるには少々過激だったから? 流石に予想もしていない言葉だったから?


 ……違う。どの考えも明らかに違う。それは自分でも分かっている。これはそんな単純なものではない。難しいパズルを何重にも組み合わせたような複雑さ。考えれば考えるほど思考がショートしそうになる。

 でもたった一つ、確信を持って言えることがある。自分自身ですら有り得ないと分かりきっているはずなのに記憶がそれを事実だと言ってくる。


「俺は……ひよりと同じことを誰かに(・・・)言ったことがある」


「……え?」


「有り得ないんだ……。この町に来てから風巡丘のことをまともに話したのは今日が初めて……。誰かに質問された記憶なんてない。でもおかしいんだよ。俺は絶対に答えてるんだ。この丘の風車は人が死ぬ時に回るかもしれないって……」


 何がどうなっているんだ? 自分の記憶が自分のものではないかのように思考を掻き乱してくる。


「待って落ち着いてください修平。それ以上はダメです。思考の沼に飲まれてしまったら抜け出せなくなりますよ!?」


「……っ!?」


 頬に鋭い痛みが走る。ひよりが俺を正気に戻すために叩いたのだ。


「……悪い。取り乱したみたいだな」


「いえ、ひよりこそ叩いてしまってすみません……。頬大丈夫ですか? 痛くありませんか?」


「めっちゃ痛い。すげぇ痛てぇ……。けど、おかげで助かった。ひよりが叩いてくれなかったら本当にやばかったかもしれない」


 幻想の記憶に飲み込まれる――それはとてつもなく恐ろしいものだと実感した。

 だがこれは本当に幻想なのか? ……いや、やめよう。これ以上は本気で踏み込んではならない領域だ。一度踏み込んだら最後、二度とは戻ってこれないだろう。


「兎にも角にもです。今日はもう帰りましょう? きっと疲れちゃったんですよ」


「……そう、かもな。ひよりに迫られたせいでクソ疲れたからその影響が出てるのかもしれない」


「ちょ!? そんなひよりが悪いみたいな……いや実際に誘ったのはひよりの方ですけど……」


「エロいな」


 親指を立てて満面の笑みを浮かべる。ひよりは拗ねるように頬を膨らませるが、ただ単に可愛いだけだった。


「か、可愛くないです! 怒ってるんですよ!?」


「心を読むな!! 恥ずかしいだろ!!」


「ひよりを辱めたんですから、修平も恥ずかしがっててくださいっ!!」


「似たような語呂だけど意味が全く違うからな!?」


 きっとこれは現実逃避なのかもしれない。得体の知れない不安から逃れるための逃避。でも、今は笑ってでもいないとやっていられなかった。


 この世界は秘密で満たされている。その一つ一つを知ろうとすれば心は壊れてしまうだろう。だからこれでいいのだ。笑って現実を誤魔化せるのなら今はそれでいい。



to be continued

心音です。こんばんは!

さてさてひよりには特別な力があることが判明しました。え?これただの恋愛小説じゃないのと思ったそこの貴方!思い出してください!まず第一章がとんでもない終わり方をしていることに!



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