↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Life -刻の吹く丘にて-  作者: 心音
Episode of Hiyori
33/166

第32話『二人の初デート』

「――――」


 微睡む意識の中、誰かが俺のことを呼んでいるような気がした。その事に気づくと同時にブラックアウトしていた視界に光が差し込んでくる。


 ああ……明るい。そうか、もう朝になったのか。

 昨夜は色々として疲れていたせいですぐに眠ってしまったらしい。今日は……土曜日か。ならもう一眠りしてしまおうかね。そう思いながら浮上してきていた意識を沈めようとしたところで、俺はベッドの感触に違和感を覚える。


 妙に……柔らかい。あれ? 俺んちのベッドってこんなに柔らかかったっけ? つかさっきから体揺すってるの誰。

 意識が段々とはっきりしてくるにつれて思考がクリアになってくる。


 そうだ……。俺は昨日ひよりの家に泊まったんだったな。となると俺を起こそうとしているのはひよりというわけで……。

 刹那、頭に悪い考えが浮かんでくる。このまま寝たフリをしていたらどうなるのだろうかと。思い立ったが吉日ということで俺は寝たフリを続けることにした。運が良ければお目覚めのキスをくれるかもしれない。


「うーん? なかなか起きないなぁ。仕方ない。奥の手を使いましょう」


 視界が再び暗くなる。おそらくひよりが顔を近づけてきたのだろう。奥の手――それはきっとキスに違いない。


 それにしても……ひよりってこんな声だっけ?

 そう思った瞬間、視界が再び晴れる。同時に耳元で微かな息遣いを感じた。


「――小春さんの〜♪ おはようボ♪ イ♪ ス♪」


 がばぁぁぁぁ!!俺は布団を跳ね除けて飛び起きた。

 すぐさま視線を横に向けるとそこにはひよりではなく、その母の小春さんの姿がある。俺は即座に、幻覚を見て尚且つ幻聴を聞いたのだと判断し、心を落ち着かせる為に雲一つない青空を眺めることにした。


「……ん?」


 ちょうど手の付いたところで柔らかい何かに触れた。幻聴を聞いて飛び起きたとはいえ、寝起きであることに変わりはない。素直に手元を見ればいいのに手さぐりでその正体を暴こうとした俺は、このあと自分の行いを激しく後悔する。


「あらー? 朝から大胆ね修平さん。でもそういうの嫌いじゃないわよ?」


「……」


 錆びれたロボットのようにぎこちなく視線を下に落とすと、熱があるのではないかと心配になるほど顔を紅く染めたひよりと目が合った。


「……」


「……」


 互いに気まずさと恥ずかしさのせいで黙り込んだままだった。尚、俺の手のひらは未だにひよりの胸を包み込んでいる。早くどかさなければいけない事は頭の中では理解している。しかし本能はあまりにも欲望に忠実で逆らうことはできなかった。服の上からでも伝わる柔らかい感触。男であれば誰だってもっとこう……触っていたいと思ってしまう。


「ふふふ」


 そんな俺を見て小春さんは上品に笑う。

 背中に冷たい汗が伝う。この後とんでもない発言をするような気がしてならなかった。


「昨晩はお楽しみだったようね。お母さん、若い二人の邪魔をするつもりはないの。だってお母さんも経験した道だもの。うん。今すぐ部屋から出ていく。だから遠慮なく朝の情事に励んじゃって!」


 そして予想は現実を裏切らない。とんでもない爆弾発言を残して小春さんは俺たちに背を向ける。


「待て」


 すかさず俺は小春さんの腕を掴んだ。


「色々と弁明したいのでちょっとだけ待ってもらってもいいですか」


「と言いつつ三人でするのが希望?」


「あんた仮にも親だろ!!? その発言は親としていいのかよ!!? てか何で今ここにいる!? 仕事はどうした!!」


 朝から何故こんなにも激しいツッコミをしなければならないのか。精神的な疲れがドッと押し寄せてきて俺は力なくベッドに倒れ込んだ。


「最初の発言は冗談。仕事はどうしたかと聞かれると抜け出してきたっていうのが正しい回答よ?」


「さも当然のように答えるのは構わないんだが、それはやっちゃダメだろ……」


「だってしょうがないじゃない。大切な一人娘に彼氏が出来て、しかもデートしに行くって聞いたら親として全力で見送るのが役目ってものよ」


「……ひよりから聞いたのか」


 寝る前にひよりがスマホと睨めっこをしていた理由が判明し、俺はなるほどと頷く。知ってしまったものは確かにしょうがない。親として娘の成長をいち早く見たかったという理由ならば納得できる。


「――おめでとう、ひより。それと修平さん、ありがとうございます」


 小春さんが深く頭を下げる。俺はお礼を言われる理由がこれっぽっちも分からず、ただ黙ったまま小春さんのことを見つめていた。


「お母さん……」


 そっと俺の手をどかして起き上がったひよりは頭を下げる母の姿を見て何とも言えない表情を見せる。昨日見たおちゃらけた小春さんではない。母親としての小春さんがそこにはいた。


「知っての通り私もお父さんも仕事が忙して娘に構ってあげることがあまり出来ません。それが娘を傷つけ悲しませているのは理解しています。この子は孤独を嫌います。だから修平さん、私はあなたが娘の隣にいてくれることに感謝しかありません。ありがとうございます。どうか娘を――ひよりのことをよろしくお願いします」


 ああ……この人はやっぱり母親なんだな。

 娘のためにこんな事が出来るのだから俺もしっかりと態度を改めなければならない。


「俺はひよりのことが好きです。いえ……愛しています」


「修平……」


 ひよりが俺の手を強く握ってくる。そうしてもらうだけでひよりの気持ちが俺の中に流れ込んでくる。だから俺も強く手を握り返して気持ちを共有させる。


「子どもが愛を語るなんて早いかもしれません。けど俺は誓いました。これから先、いつだってどんな時だってひよりの隣にいると。だから小春さん安心してください。ひよりのことは俺が守ると約束します」


「……その言葉、信じてもいいのかしら?」


「もちろんです」


 間髪入れずに答える。

 この気持ちに嘘偽りなどという不純なものは一切存在しない。純粋な想い。どこまでも真っ直ぐな地平線のようにこの気持ちはひよりの心と繋がっている。


「ふふっ。こんなに嬉しい気分になれるのは久しぶりかもしれない。修平さん、あなたにならひよりを任せられる。本当にありがとう」


 もう一度お礼を口にして小春さんは顔を上げる。そこには娘の幸せを祝福する母親の顔があった。



「それにしてもびっくりしましたねー」


 隣町に向かう電車に揺られながらひよりは口を開く。流れていく景色を眺めながら俺はひよりの話に耳を傾けていた。


「お母さんのあんな表情見るのは本当に久しぶりでした。いつも笑ってはいますけど、どこか申し訳なさがあったんです」


 ここから見える景色はいつまでも代わり映えが無いけれど人は時間と共に変わっていく。小春さんの娘を思う気持ちは今日新たに変化したのだろう。憑き物が取れたような純粋な笑顔は俺の脳裏に焼き付いていた。


「ならお母さんをもっと喜ばせてあげられるように今日はめいいっぱいデートを楽しもうな」


 仕事をボイコットした小春さんは今日一日レインの面倒を見てくれるそうで、俺たちは気兼ねなくデートを楽しむことが出来る。


「はい……っ!!」


 ひよりが元気な返事をすると同時に車内アナウンスがもうすぐ隣町に着くことを知らせてくれる。俺たちは目を合わせて一つ笑うと席を立つ。そして、そうするのが当然のように互いに手を重ねた。


「エスコートお願いします、修平」


 弾けるような笑顔と共に俺たちにの初デートは幕を開ける。

 駅のホームに降り立つと虹ヶ丘町ではあまり感じることの出来ない喧騒が俺たちを出迎えてくれた。普段味わえない空気を楽しみながら改札を抜ける。


「やっぱり何度見ても虹ヶ丘町とは活気が違いますよね。駅前に人が集まっているってだけで感激しちゃいます」


「虹ヶ丘町の駅前は猫が集まっているくらいだもんな。あれはあれで見てて癒されるから好きだが」


「田舎の特権ってやつですよね。近づいても逃げませんから好きなだけでなでなでできます……って、どうしてひよりの頭を撫でるんですか」


「なんか急に撫でたくなった」


 セットが崩れないように髪の流れに沿ってひよりの頭を撫でる。


「えへへ。修平のなでなで好きです」


「お。そうか。ならもっと撫でてやろう」


「わーい」


 見事なまでのバカップルを繰り広げているせいで通行人が生暖かい目で俺たちを見ていた。公道でこんなことをしているのだから目立って当然だ。

 一通りひよりの髪の感触を味わった後移動を始める。繋いだ手が妙に熱を持っている。思えばこうしてひよりと手を繋いだのは二回目。お互いまだ緊張しているんだなぁというのが良くわかる。


「あ、見てください修平!」


 そう言ってひよりが指を指したのは小さな雑貨屋さんだった。


「これすごく可愛いと思いませんか?」


 色とりどりのガラス細工が並んだショーケースを見て目を輝かせるひより。主に動物をモチーフにしているらしく、手のひらサイズの犬や猫、鳥などが太陽の光に反射して宝石のように煌めいていた。


「こういうインテリアがあるだけで部屋の見栄えって変わってくるものだよな」


「ですです。あー……欲しいなぁ。特にこの犬のやつとっても可愛いです」


「ふむ」


 犬のガラス細工に夢中になっているひよりの目を盗んで値段を確認してみると、一つ税込み500円というかなり良心的な価格だった。


「ひより。中も見てみようぜ」


「そうですね! ウィンドウショッピング! 素晴らしいです!」


 意気揚々と店内に入っていくひより。俺は近くで様子を見ていた店員さんを手招きして呼んで犬のガラス細工を手渡す。


「ふふっ。かしこまりました。さぁ早く彼女さんのところに行ってあげてください。お帰りになる頃にはラッピングを済ませておきます」


 何も説明せずとも理解してくれるここの店員さん順応性高すぎないか?

 そう突っ込もうかと思ったのだがタイミング悪くひよりが俺を呼ぶ。


「おー、今行くー!」


 この位置ならば俺の体の半分くらいしかひよりには見えていないはずだが、店員さんと話しているのがバレると変に勘繰られる可能性がある。サプライズプレゼントがバレてしまったら、ただただ虚しいだけだ。


「お金は後でスタッフの誰かに渡してください。それでは私はお客様のプレゼントのラッピングでもしてきますね」


 俺が何に悩んでいるのか瞬時に見抜いた店員さんマジですげぇ。とりあえず今は心遣いに感謝してひよりのところへ向かう。


「何かあったんですか?」


「ああ、ちょっと猫がな」


「猫ちゃん可愛いですよねー。けどやっぱりひよりはレインが一番可愛いと思います!」


 店のラインナップを見ながらひよりはレインへの愛を語る。


「親バカだな」


「失礼な!? 純粋に愛でてるだけじゃないですか!」


 思わず笑ってしまうと頬を膨らませたひよりがぽかぽかと殴ってきながら顔を上げる。


「あっ……」


「?」


 しかし目が合った瞬間にすぐに視線を逸らされてしまった。照れているような、申し訳ないような……そんな曖昧な笑顔を浮かべたひよりは頬を掻きながら乾いた笑い声を漏らす。


「まったく……こんな――――要らなかったなぁ」


「え?」


 声が小さすぎて聞き取れなかった。何が要らないと今言った?


「ねぇ、修平?」


「……なんだ?」


 貼り付けたような笑顔のままひよりは後ろの方で手を組んで俺を見上げる。


「ひよりですね。実は修平さんに言っておかなければならないことがあるんです」


「それは……その、なんだ。重い話か?」


「重い話……かもしれませんね。けど、命に関わることとかそういう類の話ではないので安心してください。それと、この話を始めちゃったのはひよりの方ですけど――」


 笑顔の仮面が剥がれる。そこに残った表情を見ていつものひよりに戻ったのだと分かった。


「今はデート中です! 重い話は一旦棚に上げて今この時間を思いっきり楽しみましょう!」


「ははっ。そうだな! よし。じゃあもうちょい中見たら移動するか!」


 即座に気持ちを切り替えて俺は笑顔を作る。ひよりが俺に何を伝えなければならないのか気にならない訳ではないが考えたって分かることではないし、何より俺もひよりと同じでこのかけがえのない時間を大切にしたい。


 それから少し店内を見回った後に店を出た。

 その際、先ほどの店員さんがひよりにはバレないようにわざと開けっ放しにしていたショルダーバッグにプレゼントを入れてくれた。お金は予め他の店員に渡しておいたからこれでミッションコンプリート。今後はこの店をリスペクトさせてもらおう。


 次に向かったのはちょっと洒落た喫茶店。そこで軽い昼食を取りつつ他愛ない話に花を咲かせ、店員さんがサービスでくれたカップル専用の飲み物を周りの視線に耐えながら飲んだ。

 二人同時に飲むものだからお互いの顔は必然的に近くなり互いにドキドキしっぱなしだったのはかなりに印象に残る一面になった。


 その後は虹ヶ丘町には存在しないカラオケに行ったり、レインのプレゼント用に幾つかのおもちゃを買ったりとのんびりとしつつも楽しくて幸せな時間を過ごした。

 気づいたら日が傾いており、町は夕暮れのオレンジ色に染まりつつある。路上に長く伸びる影を眺めながら俺たちは駅に向かった。


「いやー! すっごく楽しかったですね!」


「だな。また近いうちに二人で遊ぼうぜ」


「それもいいですけど、次はレインも一緒に連れていきたいですね! ほら、犬もオッケーな喫茶店があったじゃないですか? そこに連れて行ってあげたいです!」


「それもいいな。じゃあ次はレインも一緒だ」


 会話に一区切りついたところでホームに電車が入って来る。俺たちは行きと同じように手を繋いで電車に入り込んだ。

 電車の中はやっぱり空いている。横並びの椅子を広々と使って腰を下ろした。ひよりも笑いながら俺の隣に腰を下ろしてくる。


「本当にあっという間だったな。時間は楽しければ楽しいほど早く過ぎてしまう」


「そうですね。でもある意味それでいいのかもしれませんね。ほんの少しの楽しい時間があるからこそ、人はその楽しさを求めて生きていくことが出来るし辛いことだって乗り越えていける」


「なるほどな。じゃあ次の楽しい時間を手に入れるためにも――話を聞かないといけないな」


 昼間言っていた俺に伝えなければならないこと。

 一体どんな内容なのか予想も出来ない。だからこその不安もある。でもただ一つ言えることがあるとすれば、それがどんなに重たい話だとしても俺はひよりを受け入れることができるだろう。


「修平、風巡丘に行きませんか? あの場所は静かで話しやすいですから」


「ひよりがそう言うのなら」


「ありがとうございます」


 ガタンと電車が大きく揺れる。

 その衝撃を上手く利用してこちらにもたれ掛かってきたひよりはそのまま目を瞑る。俺は目と鼻の先にあるひよりの頭に手を乗せゆっくりと目を閉じた。



to be continued

心音です!こんばんは!

デートですよデート!デートメインの話なのにシーンが少なかったとか突っ込まないでくれるとありがたいです!

さて、ひよりは修平になにを伝えなければならないのか。次回のお話でところどころ不自然だったひよりの秘密が明かされることになります。


それでは次のお話でまたお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。