第103話『救うための一歩』
翌日。俺たちは昨日の出来事を知らない巡と椛に、ひよりのことを話すことにした。
いつも昼休みにこちらの教室に来るひよりは当然の如く来ることはなく、小夏の話によれば登校すらしていないらしい。名目上は風邪ということになっているらしいが、まず間違いなく仮病だろう。昨日のひよりの姿を見れば明らかなことだ。
事態は予想通り、悪い方へ悪い方へと進んでいく。手遅れになる前に早急に手を打つ必要があった。
昼休みの教室で話すような内容では無いからと、屋上に移動した俺たちは二人に真実を伝える。
前置きは無しで語られた俺の話は、昼ご飯を食べる為だけに移動したと思っていた二人の度肝を抜くことになった。
当然の反応だろう。
誰だって自分の身内にいじめられている人がいると知ったらこうなる。それでも、昨日の俺たちと比べたら弱い反応だ。誰かから又聞きするのと、直接聞くのでは雲泥の差がある。
「――これが今の状況だ」
簡潔に話をまとめて伝える終わる頃には、巡と椛の表情は佐々木たちに対する怒りと、何も気づいてあげることが出来なかった悔しさが滲み出ていた。
「ひよりを救うために協力してくれないか?」
巡と椛にしっかり目を合わせ、言葉だけではなく視線でも俺の意思を伝えた。俺たちの大切な友達を助けて欲しいと、ただそれだけの一片の曇りもない真っ直ぐな心を二人に届ける。
優しい二人のことだ。こんなふうにお願いせずとも、きっと力を貸してくれるに違いない。でも事実を伝える義務はある。仲間だからこそ、全てを伝えなければならない。
「私に出来ることなら何でも協力するよ。大切なひよりちゃんが辛い目にあっているのに、黙ったまま何もしないなんて有り得ない」
「わたしもなんだよ。まだ友達になって日が浅いけど、ひよりちゃんはわたし達の大切な仲間。仲間を助けるのは当然のことだよ」
「ありがとう」
ならば――と、俺は自分に問う。
この世界の秘密を伝えなくてもいいのか? 今はひよりのことが最優先であることに違いはない。でも、俺たちの生死が関わっている以上、おざなりにするわけにもいかなかった。
葵雪曰く、運命の日は7月7日とのこと。
しかし、確実にこの日に終わりを迎えるわけではなく、早まる可能性だって十分にあり得る。つまり、先延ばしにしていい問題ではない。ひよりの問題を迅速に解決しつつ、この世界の秘密に向き合う必要があった。
「ところで……小夏ちゃんの姿が見えないけど何かしている感じ?」
キョロキョロと辺りを見渡す巡だが、言うまでもなく小夏はここにはいない。
椛も小夏がいないことに疑問を抱いていたようで、答えを求めるように俺を見据えた。
「小夏は佐々木たちを監視中だよ。決定的な証拠を掴んで、正攻法で徹底的に追い詰めるって言っていた。あいつが頑張っている間に俺と葵雪はこうして二人に伝えている感じ」
「なるほどなんだよ。じゃあわたし達は今からどうするのかな? 小夏ちゃんと合流するか、情報を集める感じかな?」
「いや、飯を食う」
「は?」
普段ほんわかと優しい雰囲気の椛でもこういう時は真面目になるのだが、今椛の口から出た『は?』には、椛の隠された一面が表出たような気がする。
それなりに話をしていたせいで昼休みの時間はもう半分くらいしか残っていなかった。
葵雪は一足先に登校中に買った菓子パンを食べ始めており、俺も葵雪に習っておにぎりの封を切る。そして一口目を食べようとしたタイミングで椛が慌てたように口を開いた。
「え、えええっ!? 本当に食べるの!?」
ため息を吐き、口元まで運んでいたおにぎりを下ろした俺は椛の横をちょいちょいと指差した。
一瞬首を傾げた椛が俺の指先を追う。ピンと伸ばした指の先、そこには淡々とお弁当を食べている巡の姿があり、椛は完全に言葉を失っていた。
「先に飯を食い始めたのは巡だぞ。俺はそれに乗っただけだ」
俺に非はないときちんと言い切り、唖然とする椛を片目に入れつつおにぎりを食べ始める。
一口だけでは具まで辿り着くことは出来ず、妙に塩辛い米の味を噛み締めながらその場で大きく伸びをした。
「め、巡ちゃん……? のんびりとお弁当を食べている場合じゃないと思うんだよ?」
「腹が減っては戦は出来ぬって言うでしょ? 確かに焦らないといけない状況かもしれないけど、やることはやっておかないといざって時に何も出来ないよ」
「そ、その通りだとは思うんだよ。けど……えぇ?」
非の付け所を見失った椛は悩みに悩んだ末、トートバッグの中からいつも通り団子を取り出してもぐもぐと食べ始めた。
しかし、自分の行動に納得がいっていないようで、いつものように幸せそうに食べるのではなく、複雑な表情を浮かべながら咀嚼をしていた。
「――それでいいのよ」
見兼ねた葵雪が食べる手を止めて口を開く。
「多人数で物事をこなせば単独でやるよりも圧倒的に効率が上がるし成果も大きい。けど、あの子――小夏の場合はこういう事に関しては多人数よりも少数精鋭を選ぶわ」
「?」
どういうこと? と、首を傾げる椛に葵雪は苦笑する。
「要するに多人数で動いて向こうにこっちの思惑を悟られるわけにないかないってこと。あたし達全員が今この場で動くことは簡単だけど、人数を増やした分バレやすくなる。バレたらめんどくさいわ。迅速に解決するなら今は小夏一人に任せておいた方がいい」
「まぁ……そういうことなら納得しておくことにするんだよ」
やはりいまいち納得がいっていない様子だったが、反論の言葉を見つけることが出来なかった椛はそのまま口を閉ざした。
俺たちはそのまま、決して楽しいとは言えない食事の時間を過ごし始める。早く問題を解決して、またみんなで楽しい昼休みを過ごしたいものだ。
小夏からの報告は放課後に来ることになっている。
早くて今日、遅くても明日にはどうにかする手はずを整えられる。ひよりの為にも、そして俺たちの未来の為にも失敗は許されない。
けど、そんなに気負わなくてもきっと大丈夫。小夏は――俺の彼女は優秀だから。だからきっと、何もかも全て元通りにしてくれる。俺は信じている。小夏のことを。小夏と繋ぎ続けてきた絆を。
「さてと、あたしは教室に戻ることにするわ」
「おう」
一足先に昼ご飯を食べ終えた葵雪はゴミをまとめるとヒラヒラと手を振って屋上から立ち去った。巡と椛が手を振り返していたことにはきっと気づいていないだろう。
立ち去る前に俺に一瞬だけ見せた横顔。それは人の命を奪うこと躊躇わない死神のようだった。身の毛のよだつ表情を俺にだけ見せたのは、これから動くっていう葵雪なりの意思表示だろう。
「……」
……ああ、そうか。そういえば葵雪はそういうタイプだったな。目的の為ならば躊躇なく人だって殺す。手段は何も選ばない。葵雪はそういう奴だ。
小夏一人に全てを任せると言ったのは巡と椛に余計なことをさせない為。最初から俺たちの今日の計画には小夏だけじゃなくて葵雪も含まれていた。
「ところで二人には話していなかったことがあったな」
そう。俺の役目は二人の監視。葵雪が最初にいた理由は二人をここに留めるだけの圧力を与えるため。俺だけでは話した後にどうなるか分かったもんじゃなかったから、こういう事に関して特化している葵雪を一時的に配置していた。
ここまで言われれば二人共自分から何かしようとはきっと思わないだろう。
「話してないこと? ひよりちゃんのことで?」
「いや、違う。俺と小夏のことだ」
昼休みは残り10分程度。まぁこれだけ時間があれば二人に俺と小夏の関係を話すには十分だ。
しかしあれだな、いざ話すとなると緊張する。そもそも二人は受け入れてくれるのだろうか? 俺たちは血の繋がった兄妹。世間一般的に許される関係なんかではないから拒絶されてもおかしくない。二人は何を思うのだろう? 気持ち悪いと思うのだろうか? 考え始めるとキリがない。
「……?」
黙ったままでいる俺を不審がって椛は眉を顰める。
けど――巡だけは違った。
「巡……?」
こちらが驚くほど柔らかい笑顔を浮かべ、真っ直ぐに俺を見つめる巡の表情を例えるならばそう――聖母のようだった。
何もかも受け入れる優しさがそこにはあり、迷いも不安も全部包み込んでくれる温かさ。もしかしなくても、巡は俺がこれから話そうとする内容が分かっているのかもしれない。
「それが修平くんの選んだ選択なら、私は何も言わないよ」
そして巡はゆっくりと口を開く。
微かに吹いていた風が止み、辺りは静寂に包まれた。俺たちの息遣い以外何も聞こえない。まるで世界が巡の話に耳を傾けているようにも思える。
「君の道は、君が決めるんだからね。例えその道が茨道だったとしても、私は修平くんの友達として、修平くんのことを見守るよ。そして、もしも道に迷ってしまった時は道しるべになってあげる。どんな時でも君たちの未来を照らす光になってあげるよ」
何故だろうか。巡の言葉は心に沁みるものがあった。絶対的な信頼を実感することが出来る。巡の言葉ならば無条件に信じられる。
きっと俺はこれまでの世界で何度も巡に救われてきたのかもしれない。考えてみれば、俺と巡が恋人でいた世界もあるのだ。恋人同士ならば、互いのことを信じあっていたに違いない。そんな記憶が既視感として残っているから、俺は今、巡の言葉をすんなりと受け止めることができているのだろう。
「だから話していいよ。怖がらなくてもいい。大丈夫。私を信じて?」
信じて――そんなことを言わなくても、俺はもうとっくに巡のことを信じきっている。
「俺は――小夏と付き合っている」
だからもう迷うことなく俺は二人に告げた。
巡はやはり分かりきっていたのだろう。今浮かべている表情を崩すことなく嬉しそうに頷き、椛に至っては最初こそ驚きの表情を浮かべていたが、次に見せてくれた表情は巡と似たようなもので、俺は思わず安堵の息を吐く。
巡はともかくとして、椛までこうもあっさりと受け入れてくれるとは思ってもみなかった俺は、ほんわかとした笑顔を浮かべている椛に向かって首を傾げてみることにした。
「わたしはね、修平くんのこと――好きだったんだよ」
「えっ?」
突然の告白に俺の方が戸惑う。そんな素振りはこれまでに一度たりとも見たことがなかったから当然と言えば当然のことだろう。
「一目惚れだったんだよ。修平くんの姿を初めて見た時から好きになっていたんだよ。これがわたしの初恋。叶ったらいいなって思っていたんだけど……そっかそっか。小夏ちゃんに先を越されちゃったみたいなんだよ」
悲しいことを言っているのに、椛は笑顔を崩さない。どうしてそんな風に笑っていることができるのか俺には分からなかった。
「修平くん。私ちょっと喉が乾いちゃった。下まで行って炭酸飲料買ってきてくれないかな?」
「……分かった。買ったらそのまま教室に戻るから、その時に渡すわ」
「うん、ありがとう」
巡の意図を汲み取った俺は足早に屋上を後にする。
パタンと屋上のドアを閉めた音が薄暗い踊り場に響くと、それを合図にドアの向こうから椛の泣き声が聞こえてくる。
「……っ」
心が痛かった。けど、謝ることはしない。俺は小夏を選んだんだ。例え他の世界で椛のことを愛している世界があっても、俺が今一番愛しているのは小夏だけだから――。
これ以上椛の泣き声を聞いているのは流石に辛い。椛のことは巡に任せて、俺は頼まれた飲み物を調達することにしよう。
きっと教室で椛と会う時は、もういつも通りの椛に戻っているはずだから、俺もいつまでも気負っているわけにはいかない。いつもの俺を貫こう。
「……さて、小夏と葵雪はよろしくやってるかね」
この二人のことを心配すること自体無意味なような気もするが、頑張ってくれている以上そういう心配をしてもバチは当たらないはずだ。
若干の不安があるとすれば、葵雪が何をしでかすか分からないということだけ。まぁでも、過程はどうであれ、結果が出ればそれでいい。
「……待ってろよ、ひより。俺たちが全部解決してやるからな」
to be continued
心音です、こんばんは。
椛はどの世界でも修平のことが好きだというのは今までの世界から分かっていることですが、やっぱり悲しいものです。




