ミズキノキモチ
翌朝目覚めたとき、ミズキはまだ寝ていた。オレは朝食の用意を始めた。朝食と言っても独り暮らしの男が作る朝食だ。たいした朝食では無い。珈琲を淹れ、サラダと目玉焼きとトーストをテーブルに並べた。
「ミズキ、ミズキ朝だぞ」
ミズキが寝ぼけ眼で顔を上げた。
「あれ? アタシ寝ちゃった?」
「ミズキがあんなに酔っているところ、はじめて見たよ」
「サガン、変な事しなかったでしょうね!」
「バ、バカな事言うなよ! するはずないだろう!」
ミズキはオレの顔をじっと見つめている。
オレの耳には高鳴る心臓の音が響く。昨夜の光景が脳裏に浮かぶ。酔いで少し赤らんだミズキの頬が……。
オレの動揺を吹き払ったのはミズキの言葉だった。
「サガンにそんな勇気は無いか。おっ、サガンが作ったの?」
「他に作る人は居ないだろう?」
「それはそうだ。いただきまーす」
ミズキはそう言ってトーストにかぶりついた。オレはホッとして席に着き、コーヒーの苦さで心を落ち着かせた。
昨夜の出来事は発覚しないで済んだ。もしもミズキに知られたらどんな事になるのか? 想像するのも恐ろしかったので、オレは思考を停止した。
「じゃぁまたね」そう言ってミズキは帰って行った。
次の土曜日、アイカから連絡があった。何か話があるらしい。オレがアイカに指定されたカフェに入ると、オレに気付いたアイカが手を振っていた。隣には坂崎先生も座っている。
オレが席に着くと、すぐにアイカが話し始めた。
「ミズキがサガンの部屋に行ったんだって? 酔っぱらって何を話したか覚えていないって言っていたよ。その上泊まっちゃったんだって?」
「うん、ミズキが酔っているところなんて初めて見たよ。話をしていたらミズキが寝ちゃったからね」
「で、何かした?」
アイカの笑顔に悪戯っぽさが加わる。
「な、なにもして無いよ!」
またしてもあの夜の光景が脳内を駆け回った。心臓が高鳴る。
「へー、何もしなかったんだ。つまんないの」
「つまんないってなんだよ! オレとミズキがどうにかなる訳無いだろう!」
「そんなに興奮しないでよ。サガンとミズキだから何か有ったかなって思ったのよ」
「なんでオレとミズキだと何か有るんだよ」
アイカは完全に面白がっている。隣の先生もニヤニヤしている。
「だって……、サガンだってミズキの気持ちは解っているよね?」
「ん? ミズキの気持ちって?」
アイカはあきれた様な顔でオレを見ている。隣でニヤニヤしていた先生が口を開いた。
「嵯峨、お前は本当に鈍感だなぁ。高校生の時も、ミズキの気持ちを解っていないのはお前くらいだったよな。周りの奴等はみんな知っていたぞ」
オレには先生が何を言っているのか理解できなかった。ミズキノキモチ?
「お前、本当に鈍感な奴だなぁ。ミズキは高校の時からずっとお前の事が好きだったじゃないか。お前しか見えていなかったんじゃないか? 少しは女の子の気持ちを解ってやれよ」
「へっ?」
オレの口から妙な音が出た。
「サガンだってミズキの事が好きなんでしょう?」
「ふぇ?」
またしても妙な音を発してしまった。アイカと先生があきれ切った顔をしている。
『ミズキノキモチ……オレノキモチ……コウコウノトキ……ズットスキ……ダレガ……ダレヲ……』
オレの脳ミソは混乱していた。混乱のためフリーズしかかっていた脳機能が、いきなり高速回転を始めた。ミズキとの思い出がもの凄い早さで再生される。そして先日の夜の会話が再生された。『サガン。アタシを幸せにしなさいよ!』『サガンはアタシの事どう思っているのよ!』そしてオレは寝ているミズキの頬にそっとキスを……。
「どう? 思い当たった?」
アイカがオレに笑顔を向けながら言った。
「なんとなく……そんな気も……」
「そう、良かった。そろそろ来るはずなんだけれども……あっ」
アイカが立ちあがって手を振っている。アイカの視線の先にはミズキが立っていた。
「あれ? サガンも一緒だったの?」
そう言いながらミズキが席に着くと、立ち上がったままのアイカが答えた。
「そうなの、サガンを呼んでおいたの。今日は先生とふたりでフレンチにしようと思ってね、そろそろ行かなくちゃ。じゃあ後はよろしくね」
そう言って、アイカと先生は店を出て行ってしまった。




