空の宇珠 海の渦 外伝 祈りの傷痕 その二
「仕方ない、ここで飯にするか…」
真魚はそう言って、楠の木陰に座った。
そして、腰の朱い瓢箪を二度振った。
栓を抜くと、にゅるりと何かが出た。
それは食べ物であった。
魚の干物や果物が出てきたのだ。
「あ!」
娘は驚いている。
瓢箪の小さな口から、沢山の食べ物がでてきたのである。
奇術としか思えないはずだ。
食べものを指さしている。
真魚や嵐にとって当たり前の事でも、
この娘にとってはそうではないのだ。
「これはこういうものだ、気にするな!」
嵐はそう言ったが、不思議なことには変わりが無い。
「食べるか?」
そう言って真魚は娘に柿を持たせた。
この季節に柿はない。
娘はその柿を繁々と見ている。
「ああ…」
娘が口を指さしている。
食べてもいいのか?と聞いているのである。
「食べてみろ…」
娘は一口囓った。
「あ~」
笑顔が輝いた。
娘の心が放つ波動。
真魚にも嵐にも届いている。
二口目を囓った。
娘の心が開いていく。
感動の波動が導いていく。
感動は真実の扉を開く鍵だ。
「その笑顔がいつもの姿だな」
嵐が食べながらそう言った。
それを聞いた娘の頬が赤く染まった。
その時である。
「!」
真魚の顔が急に険しくなった。
視線は反対側の山の中だ。
「真魚、これは!」
嵐も気づいた。
「嵐!」
真魚が叫ぶ。
その声より先に、嵐が本来の姿に変わる。
その波動が大気を揺らす。
風が巻き起こる。
「あ、あ、…」
娘は口を開けたまま驚いている。
子犬が一瞬にして、巨大な獣になったのだ。
娘の理解を遙かに超えている。
次の瞬間には真魚を乗せ、反対側の山に消えた。
娘は食べかけた柿を持ったまま、その場に立っていた。
ただ呆然と立ち尽くしていた。
食べかけた柿を見た。
そして一口囓った。
柿の香りと甘みが口に広がっていく。
夢ではない。
その味が現実を実感させる。
囓った痕が語りかける。
「ああ…」
娘の表情が翳る。
娘は山の向こうに視線を向けて立っている。
真魚と嵐の姿を探していた。
「面白い…」
真魚の口元に笑みが浮かんでいる。
山の頂上付近。
人が立っている。
男のようだ。
剣を構えている。
その波動は、その男から出ていた。
「真魚よ、奴らはやる気か?」
「わからぬ…」
距離が縮まる。
若い。
先ほどの娘と同じくらいだ。
そして、もう一人いる。
年配の男だ。
どうやら二人は何か因縁があるらしい。
二人の波動がぶつかり合う。
その時であった。
二人の間に黒い煙が立ちこめた。
それがどんどん大きくなる。
二人はその煙から距離を取った。
戦い慣れている。
お互いが、何かの策だと思い込んでいる。
だが、そうではない。
それが一気に膨らんだかと思うと、足が出た。
巨大な蜘蛛のような足が数十本。
「なんだ!」
若い男が驚いている。
巨大な蜘蛛のような生き物から無数の目が開いた。
「ば、化け物か!」
若い男が驚き、後ろに下がる。
だが、年配の男は動じていない。
「面白い…」
笑っている。
「どうする、真魚」
嵐が空の上で真魚に聞いた。
「あの男…」
真魚は驚いている。
闇に触れて畏れない者。
その心は既に闇にあるという事だ。
「闇を飼い慣らす者か…」
真魚は、その考えを退ける。
「あの若い男を助ける!」
「わかった!」
嵐はそう言うと、若い男の前に降りた。
「下がれ!」
真魚が嵐から降り、場を遮った。
「何だ貴様らは!」
「お前が手に負える相手ではない」
真魚がそう言いながら、手刀印を組む。
真魚の棒が輝き出す。
「ほう…」
年配の男がそれを見ていた。
嵐が走る。
光が闇の足をちぎっていく。
続く…