プロローグ
「最低、最悪。ほんとうに、気持ち悪い」
冒険者ギルドのカウンター越しに、冷たい声音と視線が突き刺さる。
何ごとかと視線を向けてくる冒険者達を尻目に、慌てて弁解の言葉を並べる。
「聞いてくれ、エルゼ。その推薦状は本当に――」
「こんな偽物を作ってまで、私に会いたかったの? でも残念。もう昔とはなにもかもが違うのよ。貴方との関係も、私の立場も、私達の間にある『差』もね」
「頼む、その中身を確認してくれるだけでいい」
「必要ないわ。私もそこまで、暇じゃないの」
それは明白な拒絶と、嫌悪の発露だった。
同時に、ベルの音がギルド内に三度響く。
俺が手渡した書類をカウンターに叩きつけたエルゼが、手元のベルを鳴らしたのだ。
意味は問題の発生と、憲兵への通報だ。
俺自身、問題を起こすつもりはない。
だがここで引くわけにもいかなかった。
さらに食い下がろうとしたとき、背後から声が上がる。
「これ以上はさすがに、見ていられないな。大丈夫だったかい? エルゼ」
「お帰りなさい、ヒューレル。いいところに戻ってきてくれたわね」
振り返れば、五人組の冒険者達が立ち尽くしていた。
その視線は一様に鋭く、敵意さえ含んでいる。
そしてそれらは間違いなく、俺へと向けられていた。
いや、俺の首元にさがる冒険者章にだろうか。
「この男が前に話していた、同じ故郷の『出来損ない』だろ。遠路はるばる、ここまで追いかけてくるとは、気でも触れてるのか?」
「えぇ、そうみたいなの。こんなものまで用意して、本当に救いようがないわ」
「『燐光の召命』の推薦状だと? こんな簡単に見抜かれる嘘を付く時点で、お前という人間の浅さがよくわかる。これはいわば、全ての冒険者への侮辱だ」
『燐光の召命』。
人類の砦、夜を払う者、生ける伝説。
呼び名は数あれど、そのすべては圧倒的な実力者の集団という賞賛に帰結する。
大陸でも頂点に君臨する冒険者クラン。
その名の意味は、冒険者達の諸王。
一説には王族と同等の権力を握っているとの噂もある。
英雄とも呼ばれる最高位の冒険者で構成された燐光の召命は、冒険者だけでなく一般の人々にも広く知られている程の知名度と実力を兼ね備えている。
そんなクランからの推薦状だ。偽物を疑うのも無理はない。
特に俺のような『青銅級』――つまり最下級の冒険者が持ち込んだのであれば、なおさらだ。
だからこそ、問題が起きないよう古馴染みのエルゼの元へと持ち込んだのだが、それらの考えは全て裏目に出てしまっていた。
「俺はここで推薦状を提示するように助言を受けただけだ。疑うなら鑑定スキルを使うなり、燐光の召命のメンバーに確認するなりしてもらっていい」
「その必要ない。お前のような青銅級が持っているはずのないものだ。あのクランとは懇意にしているから、俺達にはすぐにわかる」
「だったらなおのこと好都合だ。その懇意にしている相手を呼んでくれ。推薦状が偽物だとわかったなら、どんな罰でも受け入れる」
相手に『燐光の召命』の知り合いがいるなら好都合だ。
ここで本物だと証明すれば、この冒険者も共に誤解を解いてくれるはず。
だがヒューレルは俺の提案を聞いて、柳眉を逆立てた。
「立場というものを理解していないようだな。そんな色のプレートをぶら下げたお前が、この黄金級冒険者のヒューレル・ルドマンにたてつく気か?」
「いや、たてつくもなにも知り合いがいると言ったのはそっちだろ? 違うのか?」
問いかけに、答える者はいない。
そして代わりに沈黙が応えた。
ヒューレルも、その仲間も、そしてきっと背中のエルゼも、同じ表情をしているのだろう。
異常者を見る、そんな顔を。
「もういい加減にして、ジノア。とてもじゃないけど見苦しくて見ていられないわ」
「……そうだな、騒ぎを起こして悪かった。また出直すよ」
「結構よ。二度とその顔を見せないでちょうだい。それが私が貴方に求める、唯一のことよ」
これ以上粘っても、信用を勝ち取ることはできないだろう。
一度退散するためにカウンターに置かれた推薦状を取ろうとして、手が止まる。
推薦状はすでに破られ、原形をとどめていなかった。
紙切れになったそれを見て、不思議と怒りは湧いてこなかった。
ただ、渡してくれた人への申し訳なさだけが、静かに胸に広がっていく。
結局、非難の視線を受けながら冒険者ギルドを後にする。
どう説明すべきだったのか。そして推薦状をくれた人物になんと謝るべきか。
今から頭が痛い問題ではあるが、今はまだやるべきことがある。
この街……メル・クラウスには別のギルドの窓口が存在する。
今はそちらへ向かって、手続きをすべきだろう。
本来の目的を達成するためにも。
◆
冒険者達は常に魔物との戦いで命を懸けている。
だからこそ、冒険者達の纏う空気にはある種の『圧』が生まれる。
大陸最高峰ともなれば、もはやそれは窒息してしまいそうな圧だった。
メル・クラウスの冒険者ギルドにおける最高品位の来賓室。
本来であれば近付くことすらできないその一室に私は呼ばれていた。
担当した冒険者が大きな手柄を立てたのだと、浮かれてもいた。
貧乏で貧相な農村を逃げ出し、メル・クラウスを訪れてから数年。
生まれながらの容姿と、なんでもそつなくこなす要領の良さが私にはあった。
今や上級冒険者向けの窓口を任されるようになったのだ。当然の結果だと思っていた。
このまま順調に人生が続いていくと思っていた。
そこら辺のハズレスキルを掴まされた連中とは違う。
私が、選ばれた側の人間なのだと。
そう疑うことすらしなかった。
だがそこに広がっていたのは、地獄だった。
「それで、つまり?」
温度を感じさせない声音だった。
がちがちと歯を鳴らしているギルドマスターは、青色を通り越して土気色の顔色をしていた。
「推薦状の中身を確認するという簡単な作業さえ放棄し、あまつさえ破いてそれを捨てた、と。そう言いたいのか? エルゼ・ルールク」
他人のことを案じている余裕などない。
名前を呼ばれて、どうにか返事をひねり出す。
目の前の人物の機嫌を損ねればどうなるか、本能で理解していた。
「は、はい……。」
「この度は、まことに申し訳ございませんでした! 全ては私共の指導不足によるものです!」
上司は流れるような動作で地面に膝をつき、頭を地面にこすりつけた。
冒険者ギルドのギルドマスターが、冒険者を相手に、だ。
だがそれもそのはず。
相手は『燐光の召命』のナンバー3、フィガロ・セーゼルラント。
人事と組織の運営方針を任される、燐光の召命の頭脳と呼ばれる人物だ。
そんな彼が一言でも、メル・クラウスのギルドに不信感を表明すれば、全てが終わる。
文字通り、全てだ。
ギルド本部は明日にでも、メル・クラウスのギルドの職員を全員解雇し、組織の抜本的な改善を発表するだろう。
そして問題なのは、出世のために多少は汚い手段を取ってきた上司と私にとってそれは、死刑宣告にも等しいものだった。
だがすでに、もう後悔するには遅すぎた。
いま私にできるのは、上司と共に頭を下げることだけだった。
「謝罪は受ける。だが許すかどうかは別問題だ。すくなくとも私には、その受付嬢の失態を擁護する理由が見当たらない」
「ま、結果論だけどその子のせいで第三王女への謁見も潰れたしね。僕達の面目を潰された、ってだけの話で片付けるにはちょーっとやらかしの規模が大きいかな」
もうひとりのメンバー、リゼットの言葉に心臓が破裂しそうになる。
ジノアの推薦が取り消しになったせいで、王族と『燐光の召命』の面子を潰してしまったのだ。
実力によって実質的に権力を握る最高冒険者クラン、そして王国を支配する王族。
双方から顰蹙を買えば、わたしの首など簡単に飛ぶ。
下手をすれば一族もろとも――
「し、知らなかったんです! 信じてください! あのジノアが本当に、推薦を受けているなんて!」
「いいや、知っていただろ。本物の推薦状をその目で見ているのだから。それを確認さえしなかったお前が、まるで被害者のように振る舞うな。反吐が出る」
「そ、それは……本物の鑑定ができてさえ、いれば……。」
「その鑑定自体、ギルドの仕事だったはずなんだがな。ギルドマスター、本当にこんな奴が受付嬢で大丈夫なのか?」
クソクソクソ!
こんな場所で終わりたくない!
もっとジノアが強く言ってくれれば!
ジノアが鑑定をしてくれと、本物か確かめてくれと主張していたら!
ジノアが大人しく憲兵に捕まって、事情を説明してくれていたら!
そもそも、たかが紙切れ一枚破いただけで、なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか。
どうにか上手い言い訳を……責任の所在を転嫁できるものを探さなければ。
すでに上司は、私が推薦状を破り捨てたことを認めてしまった。
ならば悪意が無かったと突き通すしかない。
実際に、悪意はなかった。
ちょっと疑っただけだ。
そもそもジノアが横暴な態度を取ったのが悪いのだ。
私はなにも、悪くない。
……そうだ私は、悪くないのだから、そう話せばいい。
声に出せば、それだけで真実になる気がした。
「確認をしなかったのには、理由があります。受付嬢は、身の危険を感じた場合に憲兵を呼ぶことが許されています。あの時のジノアは酷く横暴で、まるで魔物のような態度でした」
「え、エルゼ! 余計なことは――」
「まずは聞こうよ。なんだか面白そうな話だしさ」
慌てた様子のギルドマスターを、リゼットが制止する。
そしてフィガロは静かにうなずいていた。
状況を打破する、確かな手ごたえ。
このまま押し通せば、切り抜けられる。
こんな理不尽な終わり方など、絶対に受け入れるものか。
「……なるほど、それは一考の余地があるな。ジノアという冒険者には、なんと言われたんだ?」
「専属の受付嬢にしてやる、今夜にでも宿に来い。断ったらわかっているな、と」
「ふむ、なるほど。それは由々しき事態だな」
「えぇ、彼とは昔からの知り合いでしたから。きっと向こうは、私を忘れられなくて、それで……。」
「だから突き放し、推薦状の真偽も確かめなかった、と?」
「気が動転してしまって、申し訳ありませんでした。身を守ることに必死で」
勝った。
完璧ともいえる主張だ。
これならば『燐光の召命』もジノアを見限るに違いない。
むしろ今や私は被害者であり、守られるべき存在だ。
深く追求すれば、『燐光の召命』の責任問題にも発展する。
この件はうやむやに、そして次第に忘れ去られていくだろう。
そもそも推薦状を持ち込んだジノアが悪いのだ。
ならば責任はすべて、あのジノアにある。
安堵と僅かな怒りの最中、違和感を感じふと顔を上げる。
三者の表情は決して同情といった類の物でないことだけは理解できる。
むしろギルドマスターはより一層、苦しそうな顔をしていた。
なぜ、私を見つめるのか。
そんな表情で。
まさか――
「ちなみにだけどさ、フィガロは『上級鑑定士』のスキルを持っているから、嘘をついてたら全てわかるからね」
「……え?」
お久しぶりです。
応援のほど、よろしくお願いします。




