第二章:朝食テーブルの所有権宣言
1.
翌朝、私は寒さで目を覚ました。
エアコンの温度を下げすぎたらしく、冷気が布団の隙間から忍び込んでくる。目を開け、見慣れぬ天井のクリスタルシャンデリアを見つめ、頭がまるでフリーズしたように三秒間固まった。普段目覚める時に見る景色とはまるで違う。
ここは神崎宗一郎のマンションだ。
昨夜の記憶が潮のように押し寄せてくる——指紋錠の音、詩織のあの含み笑いを浮かべた瞳、そして息が詰まるような「彼を私に譲って」という言葉。
私は勢いよく起き上がった。
身にまとっているのは昨日のシャツのままで、しわくちゃに肌に張りついている。襟元にはまだ神崎さんの香水の香りと、少しのウイスキーの酒臭さが残っていた。パジャマに着替えることもなく、このまま服を着たまま一夜を過ごした。まるで鎧を脱ぐ勇気のない敗走兵のように。
貧しさとプライドが私に告げている——絶対にあの女が用意した服など着てはいけない、と。
2.
そっと部屋のドアを開け、微かな物音を頼りにダイニングへ向かった。
オープンキッチンのアイランドカウンターに、神崎宗一郎がハイチェアに腰を下ろし、タブレットを手に眉をひそめていた。彼は白いヘンリーシャツに着替えており、腕の筋肉のラインが引き締まって見える。昨夜の酒に溺れ、少し脆さを見せた男とはまるで別人で、攻撃性をまとった成功者の姿だ。
足音を聞きつけ、彼は顔を上げた。
視線がぶつかる。
空気が三秒間凍りついた。
彼の目が、私のしわくちゃなシャツと高価ではないジーンズをなぞる。その瞳に複雑な感情がよぎった——気まずさ、後ろめたさ、そしてわずかに読み取れる安堵が入り混じった色だ。
「……おはよう。昨夜はよく眠れたか」
彼が口を開き、声は少し掠れている。
「お、おはようございます、神崎さん。大丈夫です、よく眠れました……」
思わずシャツの裾を引っ張り、しわを伸ばそうとする。だがこの安物のファストファッションのシャツは、この高級マンションの中でひときわ質素で、場違いな雰囲気を漂わせていた。
「コーヒーは?」
彼はテーブルのサイフォンを指し、口調はぎこちなく、まるで仕事の取引でもするようだ。
「はい、ありがとうございます」
カップを取ろうと手を伸ばした瞬間、背後から聞き覚えのある、背筋が凍るようなハイヒールの足音が響いてきた。
「あら、悠真くん起きたのね」
3.
神崎詩織が入ってきた。
彼女はラインの綺麗な黒いシルクのガウンを着て、帯はゆるく結ばれ、整った鎖骨が覗いている。三十歳の女ながら、肌は光を反射するように綺麗だ。手に搾りたてのジュースを持ち、足取りは軽やかで、昨夜の殺気をまとった女がまるで幻だったかのようだ。
彼女の視線は真っ先に私の服装に落ちた。
その瞬間、眉を少し上げ、口角に含み笑いを浮かべる。私の拒絶を読み取り、私の心の中まで見透かしていた。
「このシャツ、気に入ったみたいね」
私に近づき、柔らかい口調で言う。
「昨夜も着て、今朝もまだ着てる。着替えるのがもったいないの?」
「い、いえ、そうじゃなくて……」
私は一歩下がり、顔が一気に熱くなった。
「詩織、いい加減にしろ」
神崎さんがタブレットを置き、体裁を繕おうとする。
「褒めてるだけなのに」
詩織は口元を覆ってくすくす笑い、夫の方を向いた。
「宗一郎、あなたの人を見る目ってこんなもの?まともなパジャマ一着着替えさせもせず、しわくちゃな外出着のまま一晩過ごさせるなんて」
神崎さんは言い返せず、顔色を曇らせた。
「あら?」
詩織の視線は刃のように夫の顔をなぞり、再び私に戻ってくる。
「もしかして嫌がられちゃったの?大丈夫よ、悠真くん。彼が人の面倒の見方を知らないなら、これから私が服を買ってあげるわ」
4.
その後の十分間は、私の人生で一番長く感じた時間だった。
神崎さんはエリートの威圧感で気まずさを隠そうと、今日の予定や株価の話を延々と続け、その声が広々としたダイニングに響き渡る。
だが詩織はゆっくりと皿のフルーツを切り分け、時折意味深な「ふん」と相槌を打つだけだ。
「そうだ、悠真くん」
詩織はふと、香ばしく焼かれたベーコンの皿を私の前に押し出した。
「召し上がれ。執事に用意させたものだけど、盛り付けは私のアイデアなの」
香り立つベーコンを見ないように努めたが、お腹が情けなく鳴り響いた。
詩織の口角にわずかな笑みが浮かぶ。その瞳からは何の感情も読み取れない。
「お腹が空いたなら食べなさい、悠真くん。後で宗一郎に、この子を虐めてるなんて言われても困るもの」
私は仕方なくフォークを取り、ベーコンを一切れすくおうとした。
「俺も食べる」
神崎さんが突然口を開き、自分もフォークを伸ばしてベーコンを取ろうとする。
二つのフォークが空中でぶつかり合う。
澄んだ金属の衝突音が響いた。
場内が一瞬にして静まり返る。
神崎さん自身、小学生じみた行動を取った自分に驚いたらしく、端正な顔が一気に赤く染まる。それでも強がって手を引っ込めようとはしない。
詩織はその光景を眺め、口角の笑みをますます深める。獲物が罠にはまったのを見て愉しむような表情だ。
「宗一郎」
詩織はフォークを置き、両手をテーブルの上で組む。その優しい表情は却って息が詰まるほどだ。
「昨夜言ったこと、忘れたの?あなたはもう彼は要らないって言ったわ」
「俺は……あの時酔っ払ってただけだ!」
神崎さんが低く吼える。
「アルコールは本心を語らせるものよ」
詩織は立ち上がり、私の背後に回ってきた。
薄く安物のシャツ越しに、彼女の指先の温度が肌を焼くように感じる。
彼女は夫を見据え、瞳は霜のように冷たい。
「この家にこれからも居続けたいなら、素直に『パパ活』の契約書を破りなさい。今から、彼は私のものよ」
宗一郎は黙ったまま、わけもなくタブレットをいじっている。
5.
インターホンが鳴った。
朝食のデリバリーが着いたらしい。
誰も玄関に出ようとしない。
ダイニングには死のような静寂だけが漂い、私がベーコンを噛みしめる、耳障りな「カリカリ」という音だけが響いていた……
しばらくして、配達員の声が玄関から聞こえてきた。
「お届け物を玄関に置いておきます。神崎様、お忘れなくお持ちください」
配達員の声と共に、この張り詰めた静寂もついに崩れた。
「俺が取ってくる。冷めたら体に悪い」
宗一郎はそう言いながら立ち上がり、玄関へ配達物を取りに行く。
「宗一郎も意外と面倒見がいいのね」
詩織はからかうような口調で、神崎さんを皮肉る。
神崎さんは何も返さず、黙って朝食のデリバリーを取り分け、私と詩織の前に置いた。
私は小さく「いただきます」と囁いた。
詩織は口元を覆ってくすくす笑う。
「悠真くんって可愛いところあるのね」
彼女も真似して「いただきます」と言い、朝食を食べ始めた。
この朝食は、生まれてから今までで一番苦しい食事だった。これからこんな日がいつまで続くのだろう……




