第36話 星花に託す想い
拍手の余韻は、いつの間にか消えていた。
満開の天花樹は、変わらず大勢の人で賑わっている。
先ほどの出来事でさえ、今では文化祭を彩るひとつの思い出になったかのように、楽しげな声が響いていた。
けれど──
フィーユは、もう天花樹に目を向けようとしなかった。
「……そろそろ行こっか」
マナは少し遠慮がちに、声をかけた。
フィーユは小さく頷いたあと、ゆっくり歩き出す。
ふたりで人混みを抜け、ホールを離れた。
廊下には傾き始めた陽光が斜めに差し、窓辺に飾り付けられた花と星の影を、床に長く落とし込んでいた。
何を話せばいいのかわからない。
マナは話題を探し、“星花巡り”の台紙に気づいた。
全ての欄に、星花のスタンプが押されていた。
「そういえば、“星花巡り”は達成したね」
「そうだったね」
「中庭で景品をもらえるみたいだし、行こう」
ふたりは、中庭へ歩みを進める。
中庭が近づくにつれて、聞こえてくる明るい音楽と生徒たちの笑顔が、文化祭の中で取り残されてしまったような寂しさを、少しずつ溶かしていってくれた気がした。
噴水に浮かぶ花びらは、波に合わせ踊るように揺れる。
近くに設けられた交換所で、台紙を差し出した。
受け取った生徒は、笑顔で拍手した。
「“星花巡り”、達成おめでとうございます!」
マナたちは、小さく会釈をする。
「景品として、好きな星花をお選びください!」
視線を隣に置かれた机に移した。
そこには、花と星がたくさん並んでいた。
マナたちは、じっとそれを見つめる。
アジサイやサザンカ、ラベンダーなどの花。
赤色、黄色、青色、紫色などと揃った星。
見慣れた花もあれば、よく知らないものも。
机には、組み合わせによって変わる意味の一覧を丁寧に書き連ねられたシートが敷かれていた。
花は“想い”を、星は“願い”を象徴するらしい。
星花は、天花樹に飾ることで意味を成す。
表す意味そのものが、飾った自身の力になるという。
また、誰かに贈ることもできる。
恋人なら、“愛”を意味する星花を贈り合い、友達なら、“絆”を意味する星花を贈り合ってそれぞれが飾るのだ。
そうすることで、想いを受け取った証になるそう。
マナは、ひとつの星花を手に取る。
“大切な友達”を意味する、ライラックと白色の星。
ふと、フィーユに視線を向ける。
静かに一覧を眺めながら、しばらく沈黙していた。
何度も手を伸ばそうとして、けれど掴みきれずにいた。
「……何か欲しいものある?」
声をかけると、彼女はハッとしたように顔を上げた。
「ご、ごめんね。少し迷っちゃって」
「いいよ、ゆっくり選んで」
「……もう決めたから、大丈夫」
答えると、フィーユは星花を手に取った。
バラと黄色の星だった。
意味することは、“暖かな絆”だ。
「……マナ」
呼ばれて、顔を上げると目が合った。
一瞬、迷うように目を逸らすフィーユ。
何かを言おうとして、口を結んで、それでも意を決したかのように、手にした星花をマナにそっと差し出した。
「これ、天花樹に飾ってきてほしい」
「……私でいいの?」
「マナだから……お願い」
マナは、星花を受け取る。
それ以上、尋ねようとはしなかった。
「じゃあ、飾ってくるから先に戻っててね」
「……ありがとう」
フィーユは、ほんの少し柔らかく笑う。
マナも、自然と笑顔を返した。
とても大切なものを預かった気がして、折ってしまわないようにそっと胸元へ寄せて抱き抱えていた。
一度別れると、マナはホールへ向かった。
花に飾られた星が、陽光を反射して煌めく。
けれど、自分で選んだ星花を見て歩みを止めた。
(これ、どうしよう)
友達の意味を持つ星花。
せっかくだから、誰かに贈りたい。
「……誰に贈ればいいのかな」
そのとき。
「なら、僕と交換しませんか?」
突然声をかけられて、思わず振り返る。
文化祭だからか、見慣れているはずの金髪と碧眼が、いつもより少しだけ柔らかい色味な気がした。
「……殿下も、“星花巡り”達成したんですね」
「ええ、あなたと同じく交換相手のいない人です」
マナは、少し不満げに眉を寄せる。
「ノエルさんがいるのでは」
「……交換しなくても、ノエルはずっと親友ですから」
サフィールの、ねっ?という微笑みに、ノエルは呆れたような、けれどいつも変わらない笑顔を返していた。
マナは、僅かに沈黙した。
確かめ合わなくても、必ず友達であり続けられる相手というのが、ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまった。
サフィールは、ひとつの星花を差し出す。
「……これ、どうぞ」
マナは、少し首を傾げる。
彼の言葉が、どこかぎこちなかった。
握られていたのは、星型に咲いた花。
花びらの中心へ向かって色が深まり、陽光を受けるたび、星屑を溶かしたような淡い煌めきが揺らめいていた。
隣には、優しく添えられた青色の星。
「……星染花」
マナは、思わず目を見開いた。
“星花巡り”の景品にはない花だった。
近くでは星獣の森にしか、咲いていないはず。
(わざわざ、私に渡そうとして……?)
マナは、少し視線を上げる。
そこには、受け取ってほしいと言わんばかりの碧眼。
まっすぐ見つめられず、マナは俯く。
けれど手だけは、丁寧に星花を受け取っていた。
「その、これはどういう意味の……?」
何かを期待したのかもしれない。
気づけば、そう問いかけていた。
サフィールは、一瞬黙ったあと答えた。
「……“私を信頼してください”です」
その瞬間。
マナの瞳が、微かに揺れた。
胸の奥に、いつしかの言葉が蘇る。
──信じても、いいですか?
いつものように笑う気配。
続けて、返された『はい』の一言。
「……殿下、らしいですね」
気づけば、小さく笑っていた。
マナも、自分の選んだ花を差し出す。
意味はきっと、わかっているのだろう。
彼は穏やかな笑顔で、受け取った。
それがなんだか少し恥ずかしかった。
ふたりで天花樹に飾りつけるまで、マナたちは何も言うことができずに、ただ星花を見つめて歩いていた。
◯
「間もなく、“夜空を描くカフェ”にて特別パフォーマンスを行います!」
学園中に、明るいソフィの声が響いた。
マナたちが教室に戻ると、廊下に行列ができていた。
やがて、扉が静かに閉められた。
ひとつ、またひとつ。
机に置かれた星型ライトの光が落とされた。
天井に映る星座のみが残っていった。
教室が、静寂に満たされる。
次の瞬間。
どこからともなく、淡い金色の光が放たれた。
まるで夜空を包み込むベールのように、人と人とを隔ててしまうことなく教室に張り巡らされていった。
続くように、光に隠れた氷の結晶が現れた。
氷が音もなく砕けていく。
さらに細かく、さらに小さく。
限界まで小さくなった氷粒。
ゆっくりと降り始めた瞬間、月明かりのような煌めきを受けて、星屑が舞い降りるみたいな輝きを放った。
ダイヤモンドダスト──
自然では、ごく限られた条件でしか見られない奇跡。
目の前に広がるのは、ほんの一瞬。
けれど誰かしらが作ったもので織り成された星月夜は、胸の奥に残って消えることのないものだった。
まるで、数え切れないほどの願いが瞬くように。
微かに揺れたり、煌めいたりしながらそこにあった。
やがて、間もないうちに溶けて消えてしまった。
◯
暖かい橙色の陽が照らし始めたころ。
「それでは、仮装ペアコンテストを開催いたします!」
祈願堂に、司会の大きな声が響き渡った。
天花祭では、毎年恒例となっている行事。
何かのテーマを元に、仮装したペアのコンテスト。
演技力、世界観、衣装の完成度などが点数になる。
噂が人を呼び続け、いつしか天花祭のメインイベントにまでなってしまい、今も祈願堂は人で溢れていた。
マナは舞台袖から、様子を覗く。
1年特級クラスからの出場は──
マナとセフィリアというペアになっていた。
マナは、黒と白を基調とした騎士服。
胸元や袖には銀の刺繍が施され、星を模した小さな装飾の数々がいろんな意味で不安をかき立てていた。
「……セフィリア、緊張してる?」
隣の存在に目を向ける。
「うん、ちょっとだけ」
淡々とした声だった。
けれど時折そわそわと舞台を見つめている。
彼女は、淡い青と白を基調としたドレスワンピ。
ふわりと揺れる裾には小さな星が散りばめられ、白銀色の髪には細い水色の飾りが編み込まれていた。
そのとき。
舞台から、次のペアを呼ぶ声が響く。
「続いては、1年特級クラス!マナ・セレスティアと、セフィリア・セレスティアのペアだ!」
名前だけはよく知られているからか。
まだいくつもペアがあるのに、大きな歓声。
マナは、腰に提げた剣に手を当てる。
ふぅっと、大きく息をついた。
そして、舞台へと一歩、また一歩歩み出した。
「あの子、騎士じゃん!」
「え、何もしてないのに迫力やば」
思わず顔が赤くなる。
でも、剣を握れば不思議と心が静まった。
マナは、剣に手をかける。
瞬間、会場が一気に静まり返った。
剣をゆっくり抜く。
銀色の刀身が、スポットライトを反射した。
軽く一振りすると、風を裂く音だけ響く。
剣先を、奥へと向ける。
敵がいることをイメージして。
本人は無自覚だが、威圧感はものすごい。
背後のセフィリア。
演技なのか、はたまた素なのか──。
マナの服の裾を、きゅっと握った。
少し長めの袖を口元に当て、不安そうに隠れる。
しまいには上目遣いで、マナと観客を見つめた。
次の瞬間。
会場が割れそうなほどの歓声が響いた。
「かっわいいぃ〜〜っ!!」
審査員たちは、耳が壊れそうだと言わんばかり。
マナも、あまりの歓声にビクッと肩を跳ねさせた。
「騎士と、お姫様だね!」
誰かが放った一言。
ほんの一瞬だけ。
セフィリアが、動きを止めた気がした。
けれどまたすぐ隠れて、演技を再開していた。
文化祭の余熱は、とても長く続いていた。
天花樹には、願いを宿した星花が揺れていた。
枝のひとつには、星染花と青色の星が揺れる。
星に染まった花──
贈りものにするとき、隣に星がある意味。
マナは知らない。
──あなたの隣にいたい。
まだ、言葉にはならない想い。
星と花だけが知り、静かに結ばれていた。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
「星姫 〜天の星、地の人〜」は、
第36話をもちまして、第2部を完結とし、書き溜めの期間とさせていただきます。
「星の子 〜護るとは、一緒にいたいと願うこと〜」も、現在進行中の重要な戦闘が終わり次第、同じく区切らせていただきます。
完成度高い物語、共感できる内容をお届けするため、
数ヶ月の書き溜め期間をもって、再開いたします。
再開時は「星姫」を先に再開し、話数が揃い次第、「星の子」も再開します。
「星姫」は、10月ごろの再開予定です。
必ず戻ってきます。
これからも「これは私の夢物語」シリーズを、どうぞよろしくお願いします。




