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episode 06|習得

「「―もう顔も見たくない。レイ、お前最低だよ。」」



「「…は?」」



 ――意味が分からない。俺は良かれと思って、お前のために尽くしたというのに。何故居なくなろうとするんだ?このまま行かせてはダメな気がする。今追いかければまだ間に合う…!


 俺はボロボロになった体に(むち)を打ち、追いかける。



「「なぁ、待てよ!レオン!」」



 肩をつかもうとした俺の腕はわずかに届かなかった。しかし、そのまま空を切ると思われた俺の腕は、何やら柔らかいものにふわりと着地した。



「あ…れ?肩ってこんなに柔らかかったっ…け?」



 状況を確認しようと、伸ばした腕の先を見る。そこにはなんと立派な山がそそり立っていた。しかも二つも。標高は三千七百メートルといったところだろうか。実に素晴らしい山だ、絶景絶景。


 などと風景を楽しんでいると、ふと山の奥から声が聞こえてくる。



「んッ…、ぁ、はッ、…んん゛っ!」



 やまびこ…にしてはいささか艶やかすぎる。というかここはどこだ。俺はあいつを追いかけていた最中だったはずだ。確か昨日フィリアと話して、そんで…



「夢、か。」



 どうやらあの後、そのまま二人で眠ってしまったらしい。隣でフィリアが寝苦しそうにしている。それにしても随分と久しぶりにこの夢を見た気がする。おそらく昨日号泣したことで、それに関連した記憶が呼び起されたのだろう。


 徐々に意識が覚醒していく。そして、置かれている状況を理解する。俺が真っ先にとる行動は一つ。フィリアを起こさずに巨大な山から手をどけることだ。幸い、彼女はまだ眠ったままだ。


 少し名残惜しさを感じつつも、難なく手をどかすことに成功した。それにしても、昨日は盛大に泣いてしまった。思い出しただけでも羞恥心が込み上げてくる。というか思い出したくない。俺はフィリアの前でなんと情けない姿を…


 などと一人で悶々(もんもん)としていると、フィリアが目を覚ます。



「ん、ふぁぁ~。…ぁレイ、おはよぉ~。」



 フィリアはとろんと、眠気の残った声で俺に朝の挨拶をする。フィリアとは何度も同じ屋根の下で朝を迎えている。もちろん同じ寝床で寝たことも少なくない。にも関わらず、今日のフィリアに妙な色気を感じてしまった。まるで初夜を迎えた次の日の朝のような感覚に(おちい)る。



「お、おはよう、フィリア。」



 なんとか平静を装い、挨拶を返す。フィリアは眠そうな瞼をこすりながら、ゆっくりと体を起こし、腕を高く掲げて背中を反らせる。体を動かす度に揺れる長い髪、少し着崩れた寝間着から見える谷間、伸びをしたことにより、ちらりと現れる可愛らしいおへそ。彼女の動き一つ一つが、俺の心を揺さぶる。



「どうしたの?顔に痕でも付いてる?」



 そんな俺を不審に思ったのか、フィリアが首を傾げる。いかんいかん、平静を保つのだ。こういう時は1とその数でしか割れない数を数えるといいと聞いたことがある。…えっと、1は含まれるのだろうか?定義的には間違ってないだろうから、入れとこう。1.2.3.5.7…よし!落ち着いた!



「いや、昨日は迷惑かけて悪かったな、と思ってさ。」



 話を変えて昨日のことについて謝罪をする。あんな情けない姿をさらしてしまった故、思い出したくもないが、そういう訳にもいかない。こういうことはしっかりけじめをつけないとな。



「謝らないでよ、私大したことしてないし。むしろ私がお礼を言いたいくらいだよ。」



 あんだけ泣きじゃくった俺を介抱し、同じベットで寝て本当に迷惑じゃなかったのだろうか。気持ち悪いとか思われなかっただろうか。



「本当に?俺のこと軽蔑してないか?」



「本心だってば!軽蔑もしてない。むしろ可愛いと思ったよ?」



 フィリアは俺をからかうように悪戯な笑みを浮かべた。ああなってしまったことは俺に責任があるとはいえ、あまり良い気はしない。ならこっちにも考えがある。



「いやー、それにしてもフィリアってば眠りが深いんだな。なんせ、何をしても起きないし。」



「…へ?」



 まさかカウンターが来るとは思っていなかったのだろう。虚を突かれ、目を丸くしている。そしてその目は段々と自分の身体に向けられていく。



「っ…何か、したの…?」



 自分の身体を守るように抱くフィリア。その顔は紅潮(こうちょう)している。思った以上の反応だ。



「さあ?俺も寝ぼけてたから、あんまり覚えてないな~。」



 実際寝ぼけてたのは事実である。もっとも、触った感触は覚えている。忘れられる訳がない。それほどに心地よかった。



「ちょっと!ごまかさないでってば!」



 フィリアとの問答は昼まで続いた。


      ・

      ・

      ・

      ・

      ・

      ・

      ・


「さてと、行くか。準備はいいか?」



「うん。ばっちし。」



 俺たちは宿屋を後にし、修行場に向かう。二刀流を試しに行くのだ。スキルカードの使用を拒んでいた俺だったが、昨日のことで吹っ切れ、覚悟を決めた。俺はこれから二刀流を習得する。不安が無いと言えば噓になる。だが、俺にはフィリアがいる。例えスキルカードを使って二刀流を習得しようとも、俺たちのしてきたこと間違いじゃなかったし、消えることもない。全部意味のある大切な時間だ。そう思えるようになってからは、気が楽になった。フィリアには感謝しないとな。


 そんなことを考えながら歩みを進める。目指すはラスメ湖と呼ばれる湖の近くにある岩場だ。俺達がいる都市ブアラクから南東に位置している。歩いて1時間かかり、近くも遠くもない。馬を出せばもっと早く着くのだが、この国で馬を使うのは少々ハードルが高い。


 なぜなら国の法律で個人が馬を所有することは基本的に禁止とされているからだ。なんでも、ここの国王が大の馬好きらしく、馬をないがしろにされることが許せないとのことで、しっかり管理できる店でしか馬の所有を認めていないんだとか。そのため、馬を使うためには店で借りる、もしくは目的地まで送迎してもらう必要があり、出費もばかにならない。


 とんだはた迷惑な話だが、ひとけのない場所を必要とする場合は都合が良い。歩いて行くには少し遠い、しかし馬を出すほどでもない。そんな微妙な距離に位置するラスメ湖のような場所は必然的に人が来ないのだ。今回のように伝説のスキルを使用するなど、人目を気にする場合にもってこいな場所と言えるだろう。


 その後、特に問題もなくラスメ湖にたどり着くことができた。俺は不安や緊張で明らかに口数が少なかった。フィリアもそのことを察してくれたようだった。無理に喋って盛り上げようとする訳でもなく、かと言って無言でもない。俺が口を開けば応答する、必要であらば話を広げる。そんな思いやりのある対応が心底嬉しかった。



「この辺でいいかな。」



 俺たちは岩場に入ってしばらくした所で荷物を下ろす。スキルカードを使用して、二刀流の感触を確かめるだけのつもりなので、そこまで装備やアイテムは持ってきていない。フィリアにもそう伝えている。



「よいしょ!」



 フィリアも荷物を岩陰に下ろす。するとガシャンッと大きな音が鳴る。彼女のバックパックはいつも通りのふくらみを見せていた。



「あのー、フィリアさん?軽装で行こうって話したよね?」



「あー、これ鍋がかさばってるだけだから、重くないよ?見た目はパンパンに見えるけど。」



 そう言って彼女はバックパックから湯沸かし用の鍋を取り出して笑みを浮かべる。そうだ、フィリアは三度の飯よりティータイムが好きなのだ。彼女がティーセットを持ち歩かないことなどめったにない。



「はは。相変わらずだな…」



 俺は呆れを通り越して、苦笑いしかできなかった。まぁ、せっかくだしティータイムを嗜むとしよう。



 30分ほど休憩を取ってから俺たちは開けた場所に移動した。いよいよスキルカードを使うのだ。俺は懐からスキルカードを取り出す。黒を基調としたカードで、手のひらにおさまるくらいのサイズだ。魔法によって二刀流の文字が刻まれているが、それ以外は何も書かれておらず、(かえ)って不気味だった。この情報だけでスキルカードが異質であることが分かる。


  俺は最終確認をし、一つ深呼吸をする。―大丈夫だ。自分にそう言い聞かせ、スキルカードに意識を向ける。俺は今から二刀流を習得する。以前までの俺なら決して使おうと思わなかっただろう。今も不安が消えたわけではないが、それ以上に心がワクワクしている。こんな気持ちなれたのもフィリアのおかげだ。


 俺は後ろで待機しているフィリアの方を見る。彼女は万が一のために魔力障壁をかけてくれている。俺一人ではここまで来ることはできなかった。二刀流のことはもちろん、一人の人間としてここまで成長できたのはフィリアが居てくれたからだ。俺の視線に気づいたのか、フィリアは拳を握り、胸の前に突き出してきた。俺はそれに応え、再びスキルカードに意識を向ける。


 改めて深呼吸をし、スキルカードに集中する。そして俺は唱えた。



「―解放(リリース)…」



 その言葉が響き渡ると同時に、カードから放たれた光が辺り一帯を包む。凄まじいエネルギーだ。一体どれほどの力が込められていたというのだろう。やはりここに来て正解だった。街中で使おうものなら、事件になっていただろう。しばらくすると光は小さな粒へと形を変え、俺の身体へと吸い込まれていった。自分の体の中に新たな力が流れ込んできているのが分かる。


 そして光を吸収しきった俺は自分の右手を見る。



「―これが、二刀流…」



 特別変わったことはない。オーラを(まと)ったりだとか、気づいたら腰に二本の剣を携えていたりだとか、目に見える変化はない。しかし、心の奥底から湧き上がる確かな力の感覚をしっかり感じることができた。

 


「レイ!大丈夫!?なんともない?」



 どこか不安気な面持ちでフィリアがこちらへ駆け寄ってくる。並みのスキルカードならまだしも、伝説のスキルカードだ。何かあったのではないかと心配するのも無理はない。



「ああ。無事だ」



 光を吸収したことによる副作用のようなものは今のところ感じられない。そもそも害のあるものならば、フィリアの魔力障壁が弾いているはずだからな。



「それで…どうだった?」



 俺の体が無事だと分かると、フィリアは二刀流について尋ねてきた。期待、そしてわずかな不安が入り混じっているような声だった。



「今のところ目に見えるような変化はないな。とりあえず剣を振って確かめてみようと思う」



 二刀流はバフ系のスキルだと俺は踏んでいる。似たようなもので「剣術」「槍術」「弓術」などがあるが、どれも武器の扱いが上達するという効果を持っている。これらのスキルは武器を持っていないと効果が発動しない。そのため身についたかどうかは実際に武器を使ってみるしかない。魔法の場合だと身についたかどうかは一目でわかるので、その点においては分かりやすいと言えるだろう。



「そっか。私も何か分かったことがあれば言うね。」



 そう言ってフィリアは近くの岩場に腰を落とした。


 俺はいつも通りに二本の剣を使い、素振りをしていく。右手に握るのは愛用の長剣、左手には軽めの短剣。二つの剣を同時に操るのは並大抵のことではないが、俺は毎日の修行でその技術を磨いてきた。両手に剣を持ち、それぞれの重さとバランスを感じながら、一つ一つの動きを確かめるように素振りを繰り返す。最初はゆっくりと、剣の軌跡を意識して動かす。右手の長剣を振り下ろしながら、左手の短剣を素早く横に振る。その動作を何度も繰り返していく。次第に速度を上げ、動きに力強さを加えていく。右手の長剣が風を切り裂き、左手の短剣がその隙間を埋めるように流れる。


 悪くない。だが、二刀流が発動しているという実感がない。言ってしまえばこの程度であれば以前から出来ていたはずだ。



「っ…!なら、これでどうだ!!」



 俺は確かめるべく、さらに速度を上げようとする。しかし、右手の剣が思わぬ方向に振られ、バランスが崩れる。



「くっ…!」



 焦りが募り、再び速度を上げようとするが、剣の動きはさらに乱れてしまう。連続した動きの中で、二つの剣がぶつかり合い、金属音が辺りに響く。



「はぁ…っはぁ…っ…」



 俺は膝に手をつきながら肩で呼吸をする。悔しさと疲労感が全身を包んでいく。連続した動きの中で、二本の剣が一体になる瞬間、それが俺の目指している境地だ。今の俺の動きはどうだ?理想とは程遠い、拙い動きとしか言いようがなかった。



「レイ、大丈夫?とりあえず少し休んだ方がいいよ」



 俺はフィリアの言葉に従い、ゆっくりと立ち上がり、剣を鞘に収めた。彼女の支えを感じながら、二人で最初の岩場に移動し、休憩することにした。



「―はぁぁぁぁ…全然だめだ」



 俺は岩にもたれかかり、深いため息をついた。今までと何ら変わらない、理想とは程遠い動きだった。



「もしかしてバフ系じゃねぇーのかな」



 そんなことを考えていると、フィリアが隣に腰を下ろしてきた。



「私も同じこと考えてた。もし二刀流がバフ系なら、少なからず魔力の残滓(ざんし)が見えるはず。けど見えなかった。考えられる要因としては、バフ系の効果じゃないってことくらいしか思いつかないかな」



 どうやら神秘的な天眼通ミスティック・クレアヴォイアンスを使って視てくれていたらしい。そして魔力の残滓は見えなかった…と。となるとバフ系以外の効果があると考えるのが妥当か。



「つっても、どんな効果なんて知る由もないからなぁ…なんせ情報が二刀流のみだから…」



 やはりしっくりくるのは二刀流の扱いが上手くなる、という効果だが、これは検証済みだ。ほかに思いつくものとしては、二本の剣が強化される、二刀流を用いた必殺技のようなものを習得できるなど、挙げたらキリがない。


 そんな風に頭を悩ませていると、ふと首に違和感を感じた。何かが首にかかっているような、そんな感覚だ。首に触れて確かめると、そこには見たこともないハート形のペンダントがぶら下がっていた。



「なんだ…これ?ハート形のペンダント…?」



 全く身に覚えのないものだった。俺の物でもなければフィリアの物でもない。そんな物が俺の首にかかっているという状況に少し恐怖を感じた。



「レイ、どうしたの…って、何そのペンダント。そんな趣味あったっけ?」



「違う違う!俺のじゃない!気づいたら首にかかってたんだよ!」



 なんというかお世辞にも趣味の良いペンダントとは言えないような見た目をしていたため、勘違いされたくなかった。少しオーバーリアクションで否定をしておく。



「いや、うん。大丈夫!別に人の趣味に対してとやかく言うつもりはないから」



「だから違うんだって!」



 しばらく問答は続いた。






 なんやかんやで誤解が解け、改めて状況を整理する。スキルカードを使い二刀流を習得しようとしたが、特に変化なし。バフ系以外の可能性を考慮していたところ、ハート形のペンダントが首にかけられていることに気づく。少なくとも、朝着替えた時には無かった。状況からして、スキルカードを使ったことに関係してる可能性が高い。


 それと、スキルカードにも変化が見られた。今まで二刀流の文字しか刻まれていなかったが、裏面に

active blessing の文字が刻まれていた。発動中の祝福…といったところだろうか。言い換えれば加護、バフと取れなくもないだろう。やはり二刀流はバフ系のスキルの可能性が高い。そしてこのactive blessingの欄には何も書かれていない。現在は何もバフがかけられていないということになり、辻褄が合う。


 これらのことをまとめると、二刀流はblessingと呼ばれる特殊なバフを受けることができる。そのためには何らかの条件が必要になる。そしてその条件はハート形のペンダントが関係している可能性が高い。こんなところだろうか。つまりこのハート形のペンダントが何なのかを解明しなければいけないわけだが…



「さっぱり分からん」



 お手上げだった。ハート形のペンダント。薄いピンクを基調としたボディ、中は空洞になっている。そして正面に「MESU値」と書かれており、その下には「00」という数値がある。「MESU値」なるものを上げると「00」の部分が変化するのは一目瞭然なのだが、如何せんその上げ方が分からない。そもそも「MESU値」とは何なのか、どう読むのか。俺たちはひとまず「メス値」と呼ぶことにした。



「まぁでも、スキルカードが発動したことは分かったし、一歩前進でしょ!」



 そう言ってフィリアは腕を組み、うんうんと頷いた。二刀流が上手く身につかず、気が滅入っていた俺だが、フィリアの前向きな態度と明るい笑顔を見ると、何とかなりそうな気がしてくる。俺はフィリアの存在がどれほど大きな支えになっているかを改めて実感した。



「そうか…確かに一歩前進だな」



 そう言って俺は再び立ち上がる。まだ分からないことだらけだが、希望は見えた。それに伝説のスキルを簡単に習得できるとは思っていない。やってやろうじゃないか。


 俺はしばしの休息を楽しみながら、次なる訓練に向けて心を整えた。フィリアの存在が、俺にとって何よりも大きな希望であることを改めて感じながら。


 





 

 



 





 

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