episode 00|プロローグ
「ハァハァ…意外と、なんとかなんじゃねぇか…」
【MESU値】が一桁にも関わらず、戦闘のクオリティを維持できている。1体ずつならいけそうだ。幸いミノタウロスに集団で襲ってくるような知能はないようだ。
それより心配なのはスタミナの方だ。攻撃を躱し続けたとしても、スタミナが切れたら一巻の終わりだ。そうなる前にフィリアから補助魔法を…
「フィリ……っ!!」
そこには血まみれのフィリアが横たわっていた。
「フィリア!!!」
急いでフィリアのもとへ駆け寄ろうとする。刹那、黒い影が頭上を覆う。
「ぁ。」
馬鹿か俺は。さっきまで目の前にミノタウロスが10数体いたんだぞ。そんな状況で背中を向けて走ったら…
そもそもなんでフィリアのことを気にかけてやれなかった?あいつは戦闘員じゃないだろ。本来なら俺が守って……。守られてたのはどっちだよ!!!フィリアは常時バフをかけてくれてた。ずっと俺を気にかけてくれてた。だから俺は「俺を気にかける余裕があるならフィリアは大丈夫」って……
ふざけんな!!俺はこの10数年間あいつの何を見てきたっていうんだ!あいつはいつだって俺のことを気にかけて、自分を犠牲にして、俺に尽くしてきた。そういうやつだって分かってたはずじゃねぇか…!
なのに俺は…あいつの優しさに甘えて、自分の都合の良いように解釈して……これじゃあ俺は、
「俺は……ただのガキじゃねえか。」
俺はただ茫然と、斧が振り下ろされるのを待っていた。もうどうでもいい。俺みたいなやつはさっさと死んだ方がいい。早く殺してくれ。
ミノタウロスの斧が頂点へ到達する。死の音が近づいてくる。最悪な気分だ。だが俺にはこれがお似合いなのかもしれない。
なんか思い残したことねぇかな。二刀流は…まぁ、習得できたし?人生としては及第点だよな?他には…フィリア、ほんとにごめんな。そして今までありがとう。お前がいなかったら俺、とっくに野垂れ死んでたと思う。……これは生きてるうちに言いたかったんだけど、お前のことが好きだ、愛してる。またどこかで巡り会うことができたなら、直接言わせてくれ。
そうしてミノタウロスの斧が振り下ろされる、死の間際。一人の男が俺の頭をよぎる。
「…レオン。」
結局お前には追い付けなかったよ。許してもらおうだなんて思っちゃいない。ただそれでも謝らせてくれ。すまなかった。
斧が振り下ろされる。
はずだった。斧は甲高い音を鳴らす鋼鉄の剣により阻まれた。
「二刀流を習得したと聞いたが、この体たらくか。」
視界が霞んで定かではないが、目の前の男はまさに「騎士」そのものだった。
「怪我人を直ちに非難させろ。ただし慎重にな。残りの者は残党狩りだ。ミノタウロスだからといって油断するなよ。周囲の警戒を怠るな。」
男は部下に的確な指示を次々出していく。手慣れている、素人目から見てもそう思った。整った顔立ち、偉そうな喋り方、そして白く長い髪を後ろで束ねる姿には見覚えがあった。
「なっ、なぁ!レオン…だよな?俺だよ、レイ。覚えてるか……?」
男はこちらを見向きもしない。人違いなのだろうか?いや、レオンみたいなやつがほかに居てたまるか!めげずに声をかけ続ける。
「おい!レオンだよな?無視すんな!聞こえてんだろ!!」
「黙れ…」
先ほどよりも低いその声は、まるで猛獣の唸り声のようだった。
「えっ?」
反射的に変な声が出てしまう。人間ってこんなに低い声を出せるものなのか。そしてレオンはこちらに振り返ると俺の方に向かってきて、
「黙れと言ったのが聞こえなかったのか、この無礼者!」
動けない俺を壁に押し付けて、そのまま手で俺の顎を持ち上げた。俗に言う壁ドンからの顎クイである。
「は、はわわわわ。」
近い近い近い近いって!!!しかも壁ドンからの顎クイってお前、流れがスムーズすぎるだろ!!今まで何人の女を落としてきたんだお前!!もし俺が女だったら間違いなく落とされてるぞこれぇ!!しかも力も強くて振りほどこうにも、ぐぬぬぬぬ…びくともしない。
「…おい、聞いているのか貴様!」
「は、はひぃぃ⸝⸝⸝。」
こっちはそれどころじゃないんだって!!ナニコレ俺がおかしいの?この状況は普通なの?日常なの??だとしたら相当やばいな騎士団!普段どんな訓練してるんだよぉ!?
「貴様っ…何故顔を赤らめている!?」
「そうならざるを得ないことをアンタがやってきてるからでしょうが!!」
はぁ~。なんかあつぅ。密着されてるからかな?なんか叫びすぎて声もおかしくなってきてる気がするし…
「とりあえず、アタシから離れて!近いんだってば!」
「…!」
ようやく離れてくれた……下手に美形すぎるから、男のアタシでも変に意識しちゃった…
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ん?アタシ?
「おま、貴様。その姿はどういうことだ!?」
なによ人のこと指さして。自分がいくらイケメンだからってそれはないんじゃない?そりゃあんたに比べたら大したことないかもしれないけれど、これでも美形の自覚はあるつもりよ!頭にきた。ぎゃふんと言ってやるんだから。
「アンタねぇ、さっきから好き放題言ってくれるじゃない。確かにアンタはイケメンよ。でもねそれは人の容姿を批判をしていい理由にはならないわ。お母さんに習わなかったのかしら。そもそもね、人の容姿を批判するなんて男のすることじゃないのよ。男ならアタシみたいにもっと正々…堂…々……と。」
違和感。そんなものでは言い表せない。何もかもが違う。なんだこれは。アタシはだれだ。アタシはレイだ。でもレイじゃない。何が起きているんだ。落ち着け、こういう時こそ深呼吸だ。
フーーーハァーーー。
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よし、おち着
「いていられるかぁぁぁ!!!!」
でもまぁ、慌てふためいて騒いだからといって解決するものでもないことも事実。状況を整理しよう。絶体絶命のピンチ。そこをレオンに助けられた。ここまではいい。そのあとレオンの機嫌を損ねてしまい、何を思ったのか、レオンはアタシに壁ドン&顎クイを発動。うん、この辺からおかしくなった気がするんだよね。振りほどくことができなくて、しばらくその状況が続いて…そんで体が熱くなって…
声も高くなってきて、言葉遣いもヘンになって…一人称がアタシになって…
「全部レオンのせいじゃん!!!」
急に叫んだせいもあっただろうが、レオンは予想以上に驚いていた。叫び声に、というかアタシの存在自体に驚いてる感じだ。まぁ無理もないか。なんせ本人であるアタシが1番驚いてるんだから。
まぁこれらの状況を鑑みるに……チラリ、とペンダントを確認する。うすうす感じてはいたが、なんだか怖くて確認できていなかったもの。だってこれが原因だとすると……考えたくもない。「何かの間違いであってほしい!!」そんな思いでペンダントを手に取った。もちろん確認すべきは【MESU値】だ。
「……はぁぁぁぁぁ、まじかぁぁぁぁ……」
【79】
それが【MESU値】の数値だった。