第五魔「愚痴」
「ところでご主人よ。儂はあの連中共の目が大層気に入らなかったんじゃが、どうすれば問題なく殺すことができるんじゃろうか」
「人は殺すなよ」
職員室の扉を閉めてから発したのは、馬鹿みたいな愚痴であった。
人殺しする式神と契約しているなんて、とてもじゃないが補導されるのが好条件。
逮捕が最低限。終身刑が最高の処罰だろう。
「なんじゃ、人殺しはいかんのか。息苦しい世の中じゃ。あんな目つきの連中と一緒におるなんぞ、好き好んで生きていく理由にもならんし、滅ぼすのがいいじゃろうに。
ご主人はそういったいたぶられて悦ぶ趣味でもあるのか」
「んなわけあるか。それより、学校の中では黙っておいてくれと言ったはずだが」
「あくまで職員室までの間黙っておくことが条件じゃぞ。ご主人よ、契約内容はゆめゆめ忘れてはならぬぞ」
ニヒッと。嫌らしい笑みを浮かべる九尾。
なんだこのクソみたいなおちょくり方は。美貌が台無しな性格じゃないか。
「して、儂らはどこに行くのじゃ?」
「教室だよ。授業に出なきゃいけないからな。ちなみに、お前がそんな好き勝手話していると変に注目浴びて気持ち悪いから黙っててくれよ」
「そんな大層な連中がおると思えないんじゃが、そんなに黙っておかねばいけないほど器量が狭いのか。
なんとも生きづらい、息辛いのう。やはり、狭苦しい空間におるからそんな攻撃的かつ陰湿な思考になるんじゃろうな」
「いや、好き勝手言うなって」
聞いているようで聞いていない。
この九尾はそんな感じなのだ。黙ってくれと願い出てもやんわりと否定してくるか、屁理屈をこねて拒否してくるのだ。
契約しているとは思えない主従関係であった。
「まぁ、いい。そんなこと言っていられるのも今のうちだろうし、別の話題にしよう。
九尾、お前自分の名前さえ言わずにここまで来たけど、いい加減言ってもいいんじゃないか」
「む、言っておらんかったか。いやはや、皆儂の名前を恐れ多くも口にしそうでしなかったから、不思議ではあったんじゃが、なんじゃそうであったか」
「忘れてただけかよ」
もったいぶって言わなかったわけでもなく。
単純に忘れていただけ。それも、傲慢な気持ちを添えて。
誰がお前を一目見ただけで名前がわかるんだよ。
九尾くらいしか情報ないぞ。
「まぁ九尾でもいいんじゃがな。儂はそういうものじゃし。恐れを、畏れを抱いてくれるならばなんだっていいんじゃが」
「じゃあ、九尾でいいか」
「まぁ、そう急かすなよご主人。早撃ちする男はモテんぞ」
「なんの話しだよ」
こんな奴に畏れを抱くのは難しいだろうに。
いや、ふざけすぎて逆に怒りの感情が強くなる分、コイツにとっては都合がいいのかもしれないが。
どちらにせよ、当事者にとっては迷惑だ。
「まぁ、そうじゃな。妖怪というのはあながち間違いではない。式神が一番ピッタリとハマるんじゃが、どちらかといえば、儂は姫と呼ばれる方がいいのう。
懐かしい気分に浸れる」
「おこがましいやつめ」
「九尾姫でもよい。昔の名前にいつまでも縛られ続けるのが嫌というわけではないんじゃが、妖怪が浸透していない世界であるならば、あまり儂の名前に意味がないということでもある。
ならば、ならば、儂の好きな名前で呼ばせるのが一番良いと思うてな。しばらく考えておったんじゃが、姫が一番良いの。儂にピッタリじゃ」
「傲慢なやつめ」
せめて、姫らしいことでもしてくれればいいのに。
お淑やかさなんて微塵もない。
優雅さなんて服装だけ。
口を開けば暴言や批判的なこと。
自分勝手で自分が一番。
理不尽を形にして、傲慢で色付けして、強欲で香り付けしてしまえば完成するような奴が、姫なんておかしいだろうに。
「まぁ、一応昔の名前も教えてくれよ。どっちで呼ぶかは俺が決める」
「なんじゃ、強引じゃな」
「お前にだけは言われたくない」
どれだけ自分を棚に上げているのか。
恐ろしいほどに高飛車。
しかし、この九尾にはそうするだけの理由も、実績も、経験も、過去も備わっていた。
「そうじゃな。よくよく言われたのは、『玉藻前』じゃな」