第三魔「下駄」
「じゃが、ご主人よ。学校というのは些か勉学を学ぶということにおいて不便じゃと思わんか」
「下駄箱まで来て、そんなことまで言うのか。どんだけ無神経なんだ」
校門を潜り、それぞれの学年の下駄箱まで到達してから発せられた言葉は、無骨なほど失礼なものであった。
登校中感じていた訝しげな他人の目線がこれ以上ないくらい、突き刺さる。
うぅ。痛くは無いが居心地の悪さは尋常でない。
悪目立ちには慣れているし、居心地なんて知ったことでは無いが、変な注目というのはむず痒い。
「思えば思うほど、考えれば考えるほど。儂の黄金の思考回路をこねくり回せば回すほど、そう思うのじゃ。
なにせ、登下校の時間が無駄じゃろう」
「もっともらしいことを……」
「およそ、数十分じゃぞ。ご主人は無駄に運動して、無駄に早く起きて、無駄に毎日過ごすのじゃぞ。
よくよく考えてみよ。その時間があれば惰眠を貪ることだってできる。暇に居着くことだってできるではないか」
「サボりたいだけだろ。あんま無駄口叩くなよ。変に注目浴びて気持ち悪いし」
「む、良き改善案があったのじゃが、ご主人がそう言うならば従うよりほかあるまい。なにせ、儂はご主人の物じゃからな」
「誤解を招くようなことまで言うな。なんだお前は、嫌がせがしたいだけなのかよ」
鬱陶しく吐き出す溜め息が、これほど重いものは初めてだ。
なんだコイツは。契約していることを白紙にしたいほど。窮地を救ってもらったことを無くして欲しいくらい面倒くさい。
ただでさえ、学校の居場所もないような俺にとって、更に隅っこどころか地中がお似合いになってしまうじゃないか。
「とりあえず、職員室に行くから。黙ってついてこいよ」
「うむ、承知した」
こういう時だけは素直なんだ。
いや、常にこうであれよ。そうすれば美貌も合わさって、誰であろうとも好かれるんだろうから。
そう思いながら、俺と九尾は職員室へと向かって行く。
すれ違う人。遠目から眺めている人からの嫌味たらしい陰口を背景に。
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「し、識神君……。その人は……?」
「契約した、えっと、お前悪魔とか悪霊なの?」
「儂は儂じゃぞ」
「らしいです」
「いや、そうじゃなくてね……」
俺の担任教師は、目がひくつきながら何度も九尾を見つめて俺へ助けを求める視線を交わす。
いや、そんな目をされても。
「というか、ご主人は識神という名前じゃったのか。なんじゃ、使役されておるような名前じゃの。腹立たしい」
「いや、理不尽にキレ散らかすなよ。迷惑だ」
「……あのね、先生の質問には答えて欲しいかなって」
モジモジと。
青ざめた担任教師こと火鳥先生は、そう主張する。
「なんじゃ、女子よ。儂が誰であろうといいじゃろ。なぁ、ご主人よ」
「手続きがないとお前との契約は破棄されるか、お前消されるんだぞ」
「なんじゃ、それはいかん。儂は見ての通り傾国の姫君じゃ。高貴たる存在であるぞ」
「そういうことじゃなくてね……」
火鳥先生は、全く話の通じない九尾に辟易しているようだ。
あらあら、他の先生達も関係ないと目まで逸らしておるわ。可哀想に。担任てだけで責任が多くなるんだから。
「まず、悪魔か悪霊か。どちらかを証明してくれると助かります」
「なんじゃ、証明て」
「悪魔には青い血が流れているんだ。だから、適当に血を見せればいい」
対して、悪霊は実体がない――もしくは、モヤの存在であるため、そこにいるだけで証明される。
コイツに青い血が流れていれば、それだけで悪魔かどうかが分かる。
「うむ、なるほどのう。じゃから、昨日の奴は青い血を撒き散らしたのか。ふむふむ合点したぞ。いやはや、今まで見てきた人間の血とは違っておってびっくりしたからのう。あれが悪魔というものか」
「感想はいいから」
「じゃが、な。そう急かされても儂は儂じゃと言っておこう。例え、血が必要となれば適当な奴から引っこ抜いて持ってくることもできるのじゃが、儂の証明には儂以外の言葉は似合わん」
「また屁理屈を――」
「屁理屈ではなくての。まぁ、すぐに元通りになるから見せてしまってよいか面倒じゃ」
そう言うや否や、九尾は右腕を前に突き出すとスパッと。
肘から先を、切り落としたのだ。
「お、おま……」
しかし、そんなことよりも驚愕したのは、唖然としたのは。
「儂には見ての通り、血なんぞ通っておらぬ。これが証明じゃ」
切り落として、本来流れ出る血液なんて一滴もなく。
ボトッと、肉感たっぷりな落下音をさせた腕にも、血管なんてない。
ただただ。真っ白な中身が詰まっているだけだった。




