44 黄金 2
異世界へ転移し、巨大ロボ:ケイオス・ウォリアーの操縦者となった男・ジン。
彼は世界を席巻する魔王軍へ、仲間と共に敢然と立ち向かう。
この世界最強の兵器の設計図を運んでいる艦の護衛を続けるジン達。
彼らは巨大艦を集めて作られた基地へやってきたが、そこでも事件は起こる――。
「ジン達が大切な仕事をやってた事がいまいち伝わってないよね。エリート騎士なんかより役に立ったのにィ!」
リリマナが腹を立ててそう言うと、後ろからジン達に声をかける者があった。
「ああ。お前らが貴光選隊にケガさせたせいで、敵の親衛隊におくれをとったんだよな」
振り向けば、騎士が何人か苛立ちの籠った目でジン達を睨んでいる。
リリマナを横目で眺めながらこっそり溜息をつくジン。
(やれやれ……聞かれりゃ不味い事は聞こえちまうもんだな。しかし怒っているとはいえ酷い言いがかりもあったもんだ)
ジンが殴り飛ばしたのはナイナイに暴行を働こうとした一人だけだし、その騎士がいた所で貴光選隊の敗北は変わらなかった筈だ。
だが――彼らのメンツを守るためにワザとなのか――どうやらジン達に厄介な形で情報が伝わっているらしい。ケガをさせたという所だけ本当なのも嫌らしい所だ。
(しかしまぁ、先にいらん事を言ったのはこっちか)
ジンは椅子の背もたれごしに軽く頭を下げた。
「悪いな。仲間内での粋がりだ。本気にしないでくれ」
場を収めようとしたその言葉に、騎士の一人がフンと鼻を鳴らす。
「お前達、魔王軍の間者じゃないのか? だから小細工で足を引っ張った……とかな。現にリザードマンなんぞ連れてやがるし」
言ってダインスケンを睨みつける。
ダインスケンは気にした様子もなく、骨付きの唐揚げを齧っていたが。
その態度が気に入らないのか、別の騎士がナイナイに近寄り、肩に手を置く。
「こっちの可愛い娘はたらしこみ役かい? うちを内部から骨抜きにしに来たのなら、歓迎したいところだがね」
「僕、男です……」
少し怯えてそう言いながら、ナイナイは騎士の手を引きはがそうとした。だが騎士は手を離すどころか、首に回して来る。
「男だろうが女の子として扱えば女の子になるもんらしいぜ」
そう言っていやらしく「エヘヘヘヘ」と笑う騎士。そもそもナイナイは今、男物の軍服を着ているので、いくら容姿が少女ぽくても女だと誤解するのは不自然である。この騎士はわかった上で嫌がらせしているのだ。
その手が胸の辺りを触り出した。
「や、やめて……」
必死に身をよじるナイナイ。
次の瞬間、騎士の腕は離れた。
ダインスケンの尻尾が巻きつき、骨の軋む音が聞こえそうな程の圧力で締めあげたのだ。
血管を額に浮き上がらせ「ごおっ!?」とくぐもった声をあげる騎士。
その襟首がジンの右腕に掴まれ、宙に浮く。異形の右腕は軽々と大の男を投げ飛ばした。
食堂の床に腕を押さえて転がる騎士。
「てめッ……!」
騎士の仲間が怒りに声をあげる。
ジンは剣を抜いた。一歩前に出て、胸元を押さえて涙ぐむナイナイを背に。騎士達にサッと緊張が走る。中には柄に手をかける者もいた。
「お前らを喋れないようにしてやった方が、話は早いかもな……」
そう言いながら、ジンは――剣の刃を握った。
そして力を籠めて握りしめる。
一瞬たわみ――刃はひしゃげた!
騎士達は、刃物が握り潰されるのを初めて見た。
数秒の沈黙の後、騎士の一人が後ろずさる。別の騎士が怯みながら叫んだ。
「お、お前ら! 気持ち悪いんだよ!」
彼らは倒れた仲間を抱えると、足早にその場から去って行った。
「一昨日きやがれってんだァ!」
リリマナは騎士達の背に向けて啖呵をきると「べぇーっ!」と舌を出した。
ジンの右腕を覆う甲殻はそこらの剣では刃が通らない。ましてやさっきの剣は、ガラクタ置場から探してきた、刃こぼれしていたナマクラである。
そして右腕の握力を持ってすれば、多少ぶ厚くても鉄板を曲げる事など容易だ。
艦の雰囲気に険悪な物を感じたジンは、先んじてハッタリパフォーマンス用に一本用意しておいたのである。
準備しておいて良かったわけだが、別に嬉しくも無かった。
(くだらねぇ用心が役に立っちまった……)
うんざりした顔で椅子に座り直すジン。
ナイナイは沈んだ顔で俯きながら呟く。
「早くどこかへ行きたいな……」
「同感だ」
頷くジン。その肩にリリマナが停まり、両足をぶらぶらさせる。
「私もジン達について行こうかなァ。パンゴリンは私が見つけた物も正直に教えてくれないし。あそこにいても、親衛隊に襲われたらやられちゃうし。でもジン達と一緒なら大丈夫だもんね」
それを聞いて、ジンの頭には疑問がわく。
(どうかな。マスターウインドの奴が、俺達を味方にできるかもと考えて見逃さなかったら、俺達も今息をしていられないわけだが。黄金級機の設計図を奪える機会を逃してまでとは、俺らも評価されたもんだぜ)
と、そこまで考えた時――
(うん?)
別の疑問がわいた。気づいた、というべきか。
(機会を逃したのか? いつでも奪えるからちょっと後回しにしてやった……なんて事は無ぇだろうな? だとしたら……)
ジンは椅子から立ち上がる。肩のリリマナは突然の事に「ワワっ?」と叫んでバランスを崩した。
慌てて手をばたつかせるリリマナをキャッチし、ジンは訊く。
「ちと聞きたい事ができた。クロカは今どこにいる?」
クロカは資材倉庫にいた。何かの表を挟んだバインダーを片手に、置いてある物をチェックしていたらしい。
「私らを見張ってた敵? レーダーの範囲内にはいなかったけど?」
押しかけてきたジン達の質問――したのはジンだけだが――に、困惑しながらも答えるクロカ。
だがジンの中からは何故か不安が消えなかった。
(俺の考えすぎだったか? なら良いんだがよ……)
寝返るかもしれないから見逃してやる、いつになるかわからないが待ってやる――強大な侵略者にしてはえらく優しい話だ。
この世界最強の兵器を見送ってでもチャンスをくれて、上司に怒られる事も無いらしい。
そう考えると、どうにも不気味で仕方が無いのだ。
ジンが心配していると――突然、艦が震えた!
大きな爆発音とともに!
たまらず転がるクロカ。
「アヒィ!? なんなんだ!?」
直後にけたたましく鳴る警報!
その意味をリリマナは一瞬で理解する。
「敵襲だよォ!」
大慌てて宙を舞う妖精の下、激震によろめきながらもジンは吐き捨てるように叫んだ。
「チィッ! やっぱり俺らは見張られていたのか!?」
だがレーダーの外に出るほど離れて、どうやって追跡できたのか?
その答えは――すぐに教えてもらえた。
「お前達の体は魔王軍に造られた物。手元にあった物の場所を探知する【ロケーション】系の魔法があれば、追うのは容易い」
そう言いながら、揺れなど物ともせずに暗がりを歩いて来る男が一人。
その声には聞き覚えがある。
「マスターウィンド!?」
ナイナイが目を見開いた。
そう……悠然と迫って来る逞しい男は、一度生身でジン達を追い詰め、先日ケイオス・ウォリアーで苦渋を舐めさせた男。
袖のないラフな上着に肩当て。その服ごしにも筋肉がはっきりわかる鍛えられた体。
肩までの銀髪に美形と評していい整った顔立ちだが、線の細い優男ではなく……鋭い目に尖った顎の、肉食獣を連想させる力強い容貌。
全てが核の炎に焼かれた世界からやってきた拳法家――魔王軍の親衛隊員マスターウインドだった。
DOラゴンウォーリアーズというTRPGの騎士というクラスは、長所が「良い鎧を装備できること」であり、全裸での戦闘力は最弱のクラスだった。
まぁ前衛職が全裸でうろつく事を想定してゲームをデザインするのはWIザードリィの作者ぐらいであろうが……。
なおDOラゴンウォーリアーズは鎧の性能が生存力に直結する上、武具の装備の可不可を判断するのがクラスのみ(能力値やレベルは無関係)だったので、能力値のショボイ奴は騎士を選ぶのが生存術として最もクレバーな判断だった。
さすが黄金の鉄の塊。能力値がクズ鉄でも誰もウェルカム。男ならその懐の広さを見習いたいものだ。




