終章
──数ヶ月後。
銀髪をオールバックにした一見するとジェントルマンに見える中年の男が、大きな木製のデスクに片肘をつき金属製のシガーケースに手を伸ばそうとしていた。
すると不意にドアがノックされ、同時にそのドアが勢いよく開け放たれる。
男は慌てて伸ばした手を引っ込めると、何事も無かったように椅子にもたれながら口を開いた。
「補佐官……君は何度言ってもわからんようだな?ノックをしたら私が返事をするまで廊下で待ちたまえ」
大統領は呆れ顔でいつものようにタブレットを小脇に抱えた補佐官に視線を移すと、その影にもう一人の女性の姿がある事に気づいた。
「只今お連れしました」
補佐官はそう言うと、女性を室内に招き入れる。
大統領はその姿を見て驚いた顔で思わず声が出た。
「これは……また、変わるものだな……」
補佐官に促され、紺色のスーツに白のブラウスの女性は、黒色のヒールの音を鳴らしながら大統領の前に進むと、その歩みを止めて口を開いた。
「あたしだってちょっと本気を出せば、ご覧の通り立派な女性になる事もできるんですよ?」
そう言って女性は腰に手を当ててポーズを取る。
「あ、ああ……そのようだな……」
大統領は呆気にとられながらも何とか返事をした。
「それでは私は失礼いたします」
補佐官はそう言うと廊下に出てドアを閉めた。
大統領はそれを見届けると、真面目な表情で目の前に立つ女性に話しかけた。
「よく出国できたものだな?」
「まぁね。あたしはいろいろと顔が利くからね」
「で?例のモノは持ってきたか?」
「当たり前でしょう?そのためにわざわざ苦労してここまで来たんだから」
女性はそう言うと、大きな木製の机に小さなメモリーカードを置いた。
大統領はそのメモリーカードを自分の目前まで滑らせると、机に置いたままもう一度よく見る。
「これに、例のデータが入っているのか?」
「そう言う事」
女性は両手を腰に当ててニヤリと笑うと更に続けた。
「あたしもこれを入手した時はホント命がけだったんだから!データを消去する前にコピーしてたら、突然クローンに襲われてさぁ……あの時はさすがのあたしもヤバイと感じたわね!」
「特A<アルファ>……君の武勇伝はまたの機会にしてくれないか?」
「あら、残念」
「念のために確認しておくが、ジャパンではすでにこの中にあるデータは失われているのだな?」
「そのはずよ。あたしがこの手でこの世から消したんだから」
「……で、超能力者も全員がその能力を失った……それは本当の事なのか?」
「もちろん、本当よ。このあたしこそがその証拠……元第4特殊部隊隊長、佐藤千佳がね?」
「ふん……」
大統領は鼻を鳴らすと再び背もたれに体を預ける。
「アルファ……超能力者のクローンに関するデータを入手するというミッションを無事達成したのはお見事だった。さすがは元ランクAの超能力者だけの事はある……」
「でしょう!?」
千佳は笑顔でウインクする。
大統領はそれを無視して話を続けた。
「これで合衆国は強大な力を手にすることができる。このデータを元に研究を重ねれば、近い将来、必ず超能力者を造りだせると確信する。アルファ……ご苦労だった……」
「報酬の件は……」
「わかっている。すでに指定の口座に振り込み済みだ」
「そ。じゃあ約束通り、工作員からは足を洗わせてもらうわ……」
千佳は左手を軽く上げながらくるりと背を向ける。
「グッバイ!」
ドアに向かって歩き出す千佳。
大統領は無言で袖机の引き出しを引くと、そこにはコルト1911<ハンドキャノン>が入っていた。そのズシリと重みのあるグリップをしっかり握ると、ヒールの音を立てながらドアに向かう千佳にその銃口を向け、右手親指でロックを解除する。
「!」
千佳はその僅かな音で危機を察知すると右横にダイブする。
それと同時に1発の銃声が部屋に響いた。
両手でグリップしていた大統領だったが、照準が開いてしまったため、撃った弾は壁にめり込んだ。
千佳はすぐに立ち上がると、ヒールを履いたまま猛然とダッシュした。
「ひっ!」
大統領は慌てて第2撃を発射しようとしたが、実戦経験の差と言えばそうなのだろうが、大統領の行動はあまりにも遅すぎた。
千佳は机の上に飛び乗ると、美しくスラリと伸びた足を大統領の目の前に置いた。
ヒールの踵の下には、先ほどのメモリーカードがあった。
「もう少し足に力を入れると、このメモリーカードは壊れることになるけど、まだこのあたしとやり合うおつもり?」
千佳は大統領を見下ろしながら更に続ける。
「お好みなら、その顔面を壊すこともできますが、どうなさいますか?大統領?」
そう言いながら目を細める千佳。
大統領はあまりの恐ろしさに持っていた銃を放り投げると、震えながら両手を上げた。
「あたしは確かに超能力は失った。だけど、その超能力を行使するためにこの肉体も鍛えてきた……その辺の工作員なんかには負けない自信はある。だからこそ、一人で米国の中心まで乗り込んで来れたのよ!?」
「す、すまなかった……アルファ……もう君を狙ったりはしない……大統領の名にかけて誓う!」
大統領は両手を胸の前で組み合わせて命乞いを始めた。
千佳はため息を一つつくと、バック転をして机から飛び降りる。
「あたしはこれでも用心深いのよ……もしもまたあたしの命を狙うような事があれば、その時は大統領の命と一緒に、この腐った国も滅ぼすことになるからね?わかった?」
千佳はそう言うと、再びドアに向かって歩き始める。
そこへ銃声を聞きつけた補佐官と数名のボディガードが室内に雪崩れ込んできた。
千佳はその頭上をひらりと飛び越えると廊下に着地する。
「それでは今度こそグッバイ!」
千佳は振り返って大統領に投げキッスをすると、一目散に廊下を駆け抜けた。
──あ、あぶなかった!もうハッタリだけで生きるのは止めよう……。
千佳は自分の人生を悔い改めながら窮地を脱出するのだった。
──3年後。
この間日本は積極的に世界の復興に寄与し続け、やっとその功績が認められ経済制裁が解かれる事となった、
荒れ地と化した土地は区画整備が進み、全く新しい町が誕生していた。これは月光院家が積極的に復興支援をしてくれた賜物であった。
志郎、楓、さゆりの三人は大学生となり、一般人の生活を謳歌していた。
だが、そんな幸せな生活があっけなく崩れ去ることになろうとは、まだ誰も知らなかった───。
-完-