覚醒
「うわぁあああ!」
突然跪き、両手で頭を押さえながら苦しみ出す志郎。
「し、志郎……?どうしたんだ?」
さすがの千佳も心配になって志郎の元にやって来ると、顔を覗き込み志郎と目を合わせようとするが、どこか遠くを見ているようで全く目が合わない。
「……精神崩壊」
黒田が尻餅をついたままポツリと口にした。
「お前!……今何て言った!?」
千佳は黒田の元へ瞬時に移動すると、肩を掴んで怒鳴った。
精神崩壊──超能力研究では決して珍しくない事故だ。黒田や千佳も実際に精神崩壊した者を何人も目撃しており、この状態に陥った者はもう回復の見込みは無いと判断され、隔離病棟に移されるのだが、恐らく別の人体実験に使用されるのだろう……隔離病棟が満室になる事は無かった。
だからこそ千佳は、黒田の軽率な発言に怒りを覚えたのだ。
超能力研究における精神崩壊は、オーバーロード……つまり脳に対する過剰な負荷が一番の原因とされている。
強いショック状態もこれに該当するのだが、自身が受け止めきれるキャパをはるかに超える情報は、脳へ多大なる負荷を与える。時にそれは個人を守ろうとする人間の防衛機能を発動させ、自我を封印するトリガーとなるのと同時に、物理的に脳細胞が損傷する場合もあるのだ。
しかし、今は志郎の脳、あるいは精神に多大な負荷がかかるような状況では無かったはずだし、少なくともここにいる者が志郎に対して、超能力を発動した事実もなかった。
千佳は再び志郎の元に駆け寄り、両肩を掴んで激しく揺すった。
「志郎!しっかりしろ!どうした!?何があった!?」
だが志郎はそれには反応せず「ううう……」と呻きながら頭を押さえている。
この様子を見ていた赤松が黄川田に話しかける。
「おい、主賓に何かあったらヤバイ事になるぞ?」
「……ああ、でも俺は俺なりに慎重に接していたつもりだぞ?」
黄川田がどうしていいのかわからない様子で答えた。
「とりあえず隊長……じゃなかった、榊原さんへ報告しよう」
青木はそう言うと、ヘルメットの音声コマンドで榊原を呼び出そうとする。
すると突然、プラズマを伴った激しい気流の渦が発生し、周囲の空気が一点に向かって流れ込んだ。まるで自分達のすぐ隣にブラックホールが出現したような感覚だ。
周囲は闇が支配し、プラズマがバチバチと光り続ける。
「退避!退避!」
黒田は自分で発した言葉だったが、何から、どこに退避すべきなのかわからない状況だった。
「!!!」
すると瞬時に闇の世界は消え失せ、元の高層ビルが立ち並ぶ東京の街並みが目に飛び込んできた。
周囲は何事も無かったかのように静まり返っている。
「……なんだ?何があったんだ?」
青木が混乱したようにキョロキョロと周囲を見ている。
そこに黄川田のつぶやくような声が聞こえてきた。
「おい……主賓の姿が……消えた……!?」
「何!?」
黒田は振り返ると、黄川田が茫然と立ちつくす姿があった。
その傍では、千佳がペタンと尻を地面に付けた状態で放心していた。
「おい!お前たち!主賓はどうした!?」
黒田が声を掛けると、黄川田は首を振りながら答えた。
「わ、わからない……気付いたら主賓の姿が無かった……」
「佐藤千佳!お前、主賓の両肩を掴んでいただろう!?何があったのかわからないのか!?」
黒田は黄川田を諦め千佳に話を振る。
「……あ……あ……」
千佳は志郎の両肩を掴んでいたであろう両手を前に出したまま硬直していた。
黒田は改めて主賓がいた場所に目を移すが、そこには何の形跡もなかった。
「……主賓が……消えただと?」
何が何だかわからない。精神崩壊したような状態だった主賓の姿が突然消えた……。
「……テ……テレポート」
千佳が放心状態でボソリとつぶやいた。
「テレポート……そうとしか考えられない……」
「まさか!?主賓は一般人だぞ!?……いや……だが……」
黒田はそこまで言うと夜空を見上げながら続けた。
「……姫……花橘楓の仕業か!?」
黒田はすぐにここまで乗ってきた車に目をやると、旧館の玄関脇にある駐車スペースに白いワゴン車が止まっている事を確認した。
「よし、これから俺たちも第1特殊部隊がいる別館に向かう!そこに行けば答えはあるはずだ!車に戻るぞ!」
黒田はそう言いながら立ち上がると、千佳の元に行く。
「さあ、アンタも一緒に来るんだ」
千佳の腕を掴んで立たせようとするが、千佳はそれを振りほどくと黒田を見上げた。
「……これから何か、とんでもない事が起こるような気がする……ふふふ……」
千佳の表情から、だんだん精気が蘇っているのが感じられた。
「よーし!見届けてやろうじゃない!このあたしが!この目でしっかりとね!」
千佳はそう言うと勢いよく立ち上がり、黒田の背中をパンと叩く。
「さあ、行くよ!?」
部下達の先頭に立ってズンズン歩いて行く千佳の姿を見て苦笑する黒田。
全く……この女には勝てないな……。
黒田はそう考えながら、皆の後を追おうとしたその時──。
突然目の前が真っ黒になった。
何とも言えない浮遊感……。
黒田は、直感的に先ほどのブラックホールに飲み込まれたと感じた。
次の瞬間、黒田の周囲には沢山の人の姿があった。
黒田が事態を飲み込むには、もう少し時間が必要だった──。
◆
尊人と町田は、モニターに信じられない光景を目撃していた。
「……あ……あ……」
尊人は顎がガクガク震えて声を発することが出来なかった。しかし、両目だけは瞬きも出来ずモニターを凝視していた。
一部始終を見ていた。……だが、目の前で何が起こったのか、全く理解できなかった。
花橘楓と小野寺可憐は共に力尽き、時速数百キロというスピードで地面に激突し、激しく土煙が舞い上がった。
しばらくして土煙が無くなると、その場所は約半径5メートルに渡って地面が陥没しており、その中心には光り輝く3人の人影があった。
一人は花橘楓であり、もう一人は小野寺可憐だった。
光に包まれた二人は仰向けに並んだ状態で胸の前で両手を組み、地面から1メートルほど浮いていた。その表情はとても穏やかで、つい先ほどまで死力を尽くして戦っていた二人とは思えないほどだ。
その二人の後ろには、もう一人の人間の姿があった。
光の中のその人間は光に溶け込み、シルエットしか認識することができなかった。
ひと際光り輝くその両手は、右手を楓の頭に、そして左手を小野寺可憐の頭に軽く乗せられていた。
今はすでに自衛隊の攻撃も止み、辺りは静寂な時間が流れていた。
町田がふと視線を横に向けると、そこにいるはずの尊人の姿が無くなっていた。
「!?」
一緒にモニターを見ていたはずである尊人の姿が忽然と消えたのだ。
町田は慌てて指令室を見渡したが、尊人の姿はどこにもなかった。
首を捻りながらもう一度モニターに目を移すと、そこには先ほどまでとは全く違う光景が映し出されていた。
淡い光に包まれた何人もの人の姿があったのだ。
その全員が両手を胸の前で組み、地面から少し浮いた状態で立っていた。
およそ100人弱という人たちが、扇型に広がった状態で整列していたが、全員が一点に対して正対していた。
それこそが、楓と可憐の後ろにいる人間に対してであった。
楓と可憐は仰向けで寝た状態であったが、スーっと垂直に起き上がると、光の人間の両端に分かれて並んだ。
扇形に並んだ人たちの先頭には、黒田、千佳、月光院兄妹、山本兄妹の姿があり、その中に榊原の姿もあった。
中心にいる光の人間は右手をゆっくり上げると、スッと振り下ろした。
すると徐々に中心の人間の光の輝きが淡い光となり、その姿がはっきりと認識出来るようになった。
「あ、あの人は!?……」
町田は驚きの声を上げた。
「佐藤志郎くん!?」
そう、扇形に整列している人たちの中心にいるのは、紛れも無く志郎であった。
そして、ここに集められたのは全員が超能力者であり、全てのランクの者達が自分の意思とは関係なくこの場に瞬間移動してきたのだ。
楓はゆっくりと目を開いた。
体が……精神的にも、肉体的にも、どんどん癒されて行くのがはっきりと実感できる。
ふと隣を見ると、そこには志郎が穏やかな表情で前を向いていた。
その向こう側には、同じように小野寺可憐がこちらを見つめていた。
周囲に目を向けると、重傷を負っていたはずのさゆりや花子も事態を飲み込めずキョロキョロしていた。
──これは……まさか……私のユニークスキル、創傷治癒<ワウンドヒーリング>!?
するとまるで楓の心の声が届いたかのように志郎は楓を見ると、ニコリと笑いかけた。
そして再び前を向くと、この場にいる全超能力者に対してテレパシーで話しかけた。
『超能力者の皆さん、突然集まってもらいすみませんでした。俺は佐藤志郎……先ほど昔の記憶と共に失われていた力が完全に蘇りました』
この言葉に、その場にいた全員が驚きの表情を見せたが、その中でも、榊原が一番信じられない様子だった。
「まさか……何度も精密検査を行って、超能力が戻る可能性はほとんど無いという結論に至ったはずだ」
志郎のその言葉には反応せずに話を続けた。
『……楓は自分の命と引き換えに、幼いころの記憶と自分の能力を俺に移譲しようとしたんですけど、俺は、その力を使ってすぐに楓の命を救いました……おそらく楓からはもう超能力が失われたはずだけど、楓の力は、元々俺の中に眠っていた力と合わさり、俺は強大な力を持つことになりました……そこで、その力を使って全超能力者をここに集めた訳です……』
「ま、まさか……主賓に元々あったランクS以上の能力に、姫のランクS相当の能力が上乗せされたとでも言うのか……?」
榊原が信じられないという表情で言葉を発した。
『榊原さん、その通りです。だからこそ、全員を一瞬で呼び寄せるという離れ業もやって見せる事ができました』
志郎はそう言いながらニコリと笑うと先を続けた。
『今のあなた達は自由に動くことはできません。そして俺はテレパシーで強制的に話しかけていますので、あなた達が今出来る事は俺の話を聞くこと、もしくは話す事しかできません。それを理解してもらった上で、これから俺の話を聞いてもらいます』
志郎はそういうと全員を見渡してから話を続けた。
『内調は超能力という力を戦争に使うために、密かにランクSのクローンを造りだす研究を行ってきました。そして、それを使ってこの世界を乗っ取ろうとしていたのです……』
「仕方なかったのだ!」
突然志郎のテレパシーに対して、大きな声で榊原が答えた。
「超能力者と一般人は相容れない。これはもう決定的だ!……では、我々超能力者が生き延びるためにはどうするべきか!?……それは、超能力者の世界を創るしかなかったのだ!」
『だからってどうして世界を支配しようとするんですか!?』
「では我々超能力者は、一般人に関わらないようにひっそりと暮らせと言うのか!?病人を隔離するかのように!」
『そうは言ってません。一般人と共存する道はなかったのかと聞いているんです』
「そうするには我々が一般人と対等か、それ以上の存在にならねばそのような話し合いはできないのだ。何故なら、この世界は一般人のものであり、突然現れた超能力者と共存しようと言った所で、まともに話を聞いてはくれないだろう」
『それは超能力者側の思い込みに過ぎないと思います。一般人が超能力者を認識したのはつい最近です。お互いを知るにはもう少し時間が必要です』
「……ふっ」
榊原は苦笑すると更に続けた。
「我々には時間が無いのだ。お互いを知り、時間をかけている間にも、超能力者は世間に馴染めずに苦悩し、死にゆく者が後を絶たないのだぞ?そんな超能力者が暴徒化しないように内調が雇用を与えたり、保護したりと管理していたのだ。……だが、我々だけでは限界がある。一般人側も厄介者を見るような目をするのではなく、こちら側に歩み寄ってもらわねばならないのだ!」
『超能力者が社会に適合できないのは理解していますが、だからと言って一般人を殺していい理由にはなりません』
「主賓!」
今度はすぐ隣の小野寺可憐が言葉を発した。
「……私たちは自分の意思でこの力を得た訳ではありません。それなのに、一般人とは隔離された施設で毎日研究という名目で酷い目に遭ってきました。そしてやっと戸籍も取り戻したというのに、また私たちに我慢して生きろと言うのですか!?」
『可憐さん、超能力者には同情する……でも、やはり考え方も、その手法も間違えています。どんな理由でも、人を殺していいことにはならないはずです……そこで、俺は考えた挙句、一つの結論に達しました……それは、ここにいる全員から超能力を奪う事です』
「な……!?」
あちこちから言葉にならない声が上がる。だが、志郎は気にも留めずに話を続けた。
『これまでに超能力者からその能力が消えた事例が二つあります。一つは、過去の記憶が完全に消えた時。もう一つは、その能力を他人へ移譲した時です。どちらも俺自身が体験していることなので、恐らく間違いないと思います』
「ちょ、ちょっと待ってくれ。あまりにも突然すぎて気持ちの整理が……」
黒田が慌てて口に出したが、すぐに志郎の言葉が遮った。
『あなた達の気持ちを待っている時間はありません。俺が強制移譲という形で、あなた達から能力を奪わせてもらいます』
これはつまり、ここにいる全員の能力が志郎一人に上積みされるという事を暗示していた。
「そんな事をしたら、お前はとんでもない力を有する事になるじゃないか!?」
黒田が叫び声を上げる。
『はい。……でも、俺の望みは単に普通に生活したいだけです。むしろ、超能力者がいたからこそ、俺の日常は失われ続けたのです。非日常な事が起こらない限り、俺がこの能力を使う事はありません』
「じゃあ、俺たちはどうなる!?能力を失ったら、一般人よりも弱い存在になってしまうんだぞ!?」
赤松が黒田の後ろから叫ぶと、これをきっかけに断固拒否の声が一斉に上がる。
「どうやって生きろって言うんだ!?」
「ふざけるな!俺たちは一般人の生活に慣れていないんだぞ!?」
「路頭に迷えっていうつもりか!?強大な力を得たからっていい気になるな!」
この場にいる大半の者達は身をよじって何とかこの呪縛から逃れようとするが、自分の首から下の筋肉に全く力が入らなかった。
志郎はこれらの声を聞いて苦笑する。
『全く……これだから超能力者はダメなんだ』
「……な、何だと!?」
榊原が志郎を睨む。
「佐藤志郎!お前は超能力者全員を馬鹿にする気か!?」
すると志郎は遂にテレパシーではなく、怒鳴って返答した。
「いいえ!同じ超能力者でもちゃんと社会に馴染んで生活している者もいます!俺がダメだと言ったのは、それ以外の人たちです!一般人はどんなに辛いことがあっても、特殊能力がないから、一生懸命努力してそれを乗り越えるしかないんです!………一般人の生活に慣れない?路頭に迷う?……甘ったれるな!今まで能力に頼って何一つ努力をしようとしなかったくせに、今になって泣き言を言うな!」
志郎の言葉にその場の全員が口をつぐんだが、志郎は尚もトーンを若干落として続けた。
「……超能力があるからそれを使おうとする。それは当然だと思し、人の役に立つのであれば何の問題も無いと思います。……でも、超能力があるせいで、努力することを放棄して一般人と共存できないと言うのであれば、そんな能力は無い方がいい。それに他国との軍事バランスも取れるので、日本も世界各国と一緒に復興に向けて進む事ができるはずです」
この言葉に榊原が反応した。
「簡単に言うな!……世界は日本に対して軍隊を動かし、アメリカは核ミサイルを発射した。そして日本はそれを大陸に落としたのだぞ?……もうお互いに後戻りはできないのだ!」
「全てが超能力者に対する各国の批判が原因です……戻る必要はありません。世界平和に向けて前に進むんです!他国を圧倒する強大な力を保持した状態で世界と対等に手を結ぶことなどできません!……もう超能力を捨てるしかないんですよ!話はそれからだ!」
志郎は大きな声で言いながらゆっくりと右手を上げた。
「……もう、あなた達と話すことは何もありません。これから全員の超能力を俺が奪います。これで、この無意味な争いも終わりを告げる事になります」
「ちょっと待て!超能力を失った後、私はどうなるのだ!?」
榊原が焦った様子で質問する。
「これまで同様、内調に戻って日本のかじ取りをお願いします。ただし『超能力者による世界統治』ではなく、『一般人による世界共存』の道を模索して下さい。そのためにはまず、超能力者はこの世界から消滅した、という事を全世界に理解してもらう必要があるはずです」
「そ、そんなことが……!」
「やるしかありません!……これからの日本を救う事こそが、元超能力者の行うべきことだと思います」
志郎はそう言うと右腕を下した。
その瞬間、志郎と楓以外の超能力者たちの体が震えた。
頭の中なのか、目の前なのかわからないが、とにかく一瞬だけホワイトアウトする。
そこに志郎の声が響いてくる。
『これであなた達の超能力は失われました……』
さゆりは気が付くと薄青色の院内ウェアの姿で、地面にペタンと座り込んでいた。
重傷を負っていた体は完治しているようで、痛む箇所はどこも無かった。
ふと志郎を見ると、いつものスウェット姿で立っていて、右隣には特殊ボディスーツ姿の花橘楓が寄り添っていた。
すると、小野寺可憐が小さな体で全力疾走すると、跪く榊原の胸に飛び込んだ。
その隣では、黒田率いる第2特殊部隊のメンバーがお互いに顔を見合わせている。
佐藤千佳はポリポリと頭を掻きながら、兄貴と何やら話をしている。
月光院花子は兄に寄り添い、その体を心配しているようだ。
志郎は大きな声で言った。
「さあ、皆さん!自分の帰るべき場所へお戻りください!特に榊原さんと元特殊部隊の皆さんの責任は重大です。この日本をお願いします」
榊原は舌打ちすると、ゆっくりと立ち上がった。
「……こうなった以上はもうやるしかない……か……」
そう言いながら榊原のスーツにしがみつく可憐の銀髪を右手で撫でる。
「はい……私も全力でサポートいたします」
可憐は涙を潤ませながら榊原を見上げて言った。
榊原は左手で無精髭を撫でながら志郎を見る。
「主賓……お前はこれからどうするんだ?神にでもなるのか?」
皮肉交じりの榊原の問いに、志郎はニヤリと笑いながら答えた。
「ご冗談を……俺は一般人です」
日本政府は、今回の内戦により超能力者はこの世からいなくなったと公式に発表した。
同時に、研究施設やこれまでのデータの破棄、国連の査察の受け入れも発表し、世界平和と復興のために尽力することを宣言した。
日本にとっては苦難の道のりとなるだろうが、これを乗り越えなければ日本に平和は訪れないのだ。
榊原は小野寺可憐を全面に押し立て、どれほど超能力研究が悲惨な人間を造りだすのかを訴えるとともに、すでに超能力を失ったことを理解してもらう運動を展開した。
可憐はこのピエロのような役目を喜んで引き受けた。
榊原の力になりたい、そして、自分のせいで何万人という命を奪った償いをしたいという思いだった。
一方、志郎は……花橘家の自室のベッドでスウェット姿のままゴロゴロしていた。
通っていた高校は無事であったが、周囲は荒野となり、あれから1週間が過ぎた今でも、インフラの整備が追いついていなかったのだ。従って平日だというのにこのありさまだった。
だが、月光院家が地域復興に全面協力することになり、やっと明日から学校が仮再開する予定だった。
「一体何人の学生が登校してくることやら……」
志郎はそんな事を考えながらぼーっと天井を見上げていた。
その視界に突然楓の顔が割り込んでくる。
「わあ!びっくりした!」
志郎は慌てて飛び起きると、楓はひょいと上体を反らして志郎を避ける。
楓は白のフリルが付いたブラウスに赤色のタータンチェックのミニスカート、黒のニーハイソックスという姿だった。
「楓!勝手に人の部屋に入って来るなって言ってるだろ!?」
壁際で冷や汗を拭いながら怒鳴る志郎。
「ノックはちゃんとした。シロが聞いていなかっただけ」
相変わらず抑揚が無いしゃべり方だ。
もう長年このしゃべり方だったので、どんなに感情が戻ろうが簡単には治らないだろう。
「そうかい?でも楓。お前にはもう超能力は無いんだぞ!?俺が本気を出したら………ぐほぉっ!!」
楓の掌底が目にも止まらぬ速さで志郎の顎にヒットし、ガチンと歯の音が室内に響く。
顎を押さえて苦しむ志郎を見下ろして楓が言い放つ。
「超能力が無くても基礎能力は私の方がはるかに上。私が本気を出せばシロ如き軽く捻り潰せる」
志郎は顎を押さえながら起き上ると、涙を浮かべながら言った。
「くっそぉ……結局はこの力関係は変わらないのか……」
「ふっふっふっ……」
楓は腕を組んで勝ち誇る。
そこへ勢いよく部屋のドアが開け放たれると、セーラー服姿の少女が駆け込んでくる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
両手を膝につけて肩で息をするさゆり。
「はぁ……はぁ……超能力が、無くなったから……全力で自転車を漕いで……ここまで来たんだけど……想像以上にキツイわ、あの乗り物……」
志郎はベッドの上に立ち上がってさゆりを指さして言い放った。
「わっはは!一般人の気持ちがわかったかね?」
「どうしてあんたが威張るのよ!?」
キッとさゆりに睨まれ、「あ、いや……」と言いながらシュンとする志郎。
「で?何しにきたの?」
楓は腕を組んだままさゆりを見る。
「ああ、そうそう!ここで重大発表を行います!」
直立し右手を上げながら話始めるさゆり。
「……私、山本さゆりは、本日をもって花橘家でお世話になる事になりました~っ!」
「「何ぃ!?」」
見事にハモる志郎と楓。
「おい、さゆり!どういう事か説明してもらうか!?」
志郎はベッドから飛び降りるとさゆりに詰め寄った。
「まぁまぁ、落ち着いて!それをこれから話すんじゃない!?」
さゆりはそう言いながら志郎の顔を手で押し戻す。
「あたしが住んでいた所って超能力施設じゃない?政府の方針で超能力に関する施設は取り壊されることになったから、あそこに住んでいた元超能力者は例外なく退去しなきゃならなくなったんだけど、そんな事言われたって行くあてなんてないじゃない?」
「ああ。だから退去期限は1年以上あったはずだが……」
「そこで月光院家にどこかいい引っ越し先が無いか聞いてもらったんだけど……」
志郎の話を無視するようにさゆりは話を続けた。
「花橘家のおばさんとあたしって面識があるじゃない?だから、月光院家を通じてダメ元で口をきいてもらったら、なんとOKが出たんだよねぇ、これが!」
「「ちっ!」」
志郎と楓は揃って部屋を出て行こうとする。
「ちょっと!二人とも!これからどこに行こうというのよ!?」
二人の袖口を掴んで引き留めるさゆり。
「そんな事は決まっているだろう!?」
「お母さんに頼んで取り消してもらう!」
志郎の言葉に楓が続いた。
「ちょっと!余計な事しないでよ!あんた達は元から住む場所があるからいいけど、あたしらはマジで困ってるんだって!」
必死の形相で訴えるさゆり。
それを見てため息をつく志郎。
「わかったよ。確かに1年という期間があったとしても、高校生の収入なんて知れてるし、保証人もいないだろうから、アパートを借りるのも簡単じゃないだろうな……」
「そう!そうなのよ!ここは人助けだと思って、協力して頂戴よぅ……お願いだからさぁ……」
さゆりはそう言いながら二人の袖口を掴んだまま座り込んで涙ぐむ。
「わぁったって!さゆり、これからよろしくな!?」
志郎はそう言ってしゃがむと、さゆりの頭を撫でた。
「志郎!ありがとぉお!」
さゆりはそう言いながら志郎に抱きついた。
「ピキッ!」
「「ぴき?」」
謎の音に気が付いて志郎とさゆりは音の方を見上げると、そこには腕を組んで顔を引きつらせた楓が立っていた。
「山本さゆり……あまり調子に乗るな」
「ひぃ!」
さゆりは楓のあまりの迫力に飛び退いて床に正座した。
「言っておくが、私はあらゆる体術を極めている。一般人になったとて、その中にあって私こそが最強だという事を忘れるな?」
「「は、はいっ!」」
何故か志郎もさゆりと一緒に正座をしながら返事をしていた。
この町が復興するにはかなりの時間がかかるだろう。
だが、志郎にとっては、やっと普通の日常が訪れるのだ。
この世界でたった一人の超能力者であることを秘密にしたまま……。




