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だから、俺は一般人だっ!  作者: らつもふ
20/22

落花

 麗子は焦っていた。

 001が3体から2体に減った時は勝てると思った瞬間もあった。だが、今ではその時の自分を殴りつけたい気持ちだった。

 ──死。

 それはリアルに目の前に突き付けられていた。

 山本さゆりはロボット1体を倒すのと引き換えに、自らも戦闘不能状態となり意識を失って地面に横たわっていた。

 一方、月光院麗子はと言うと、明らかに押されていた。

 戦う前から満身創痍だったさゆりでさえ1体を倒したと言うのに、同じランクBの自分はどうしてこうも不甲斐ない戦いをしているのだろうか!?

 肩で息をする麗子は、目の前10メートルほどの所でホバーリングする001を見つめていた。

 どうやら花橘楓は小野寺可憐と001に対して圧倒したように見える。状況はよくわからないが、戦いは収束したようで非常に静かだ。

 「……では、こちらもそろそろ終わりにしなければなりませんね」

 麗子はそう呟くと、レーザーガンを構える。

 001はあくまでもカメラの映像を認識しているのであって、この場にいるわけでは無い。

 この時代、すでに遠隔操作は飛行機の操縦や、外科手術、学校の授業など多岐に渡っている。もちろん戦争も無人兵器が活躍する時代だ。

 しかし、どんなに技術が進歩しても、実際に現場に居なければ感じ取れない情報は少なくない。そしてそれが一対一の肉弾戦であれば尚更だ。

 場の雰囲気……特に殺気とか気配という、画像やセンサーからは読み取れない情報については、遠隔操作では感じ取ることは出来ない。

 そこが001の攻略の糸口だと考えていたが、残念ながらそううまくは行かなかった。何故なら、001はロボットであり、そもそも殺気や気配をうかがい知る事は出来ないのである。

 麗子はレーザーガンのトリガーを引くと同時に、超能力によって増幅する。

 七色に輝く極太レーザーは001に直撃するが、耐熱処理された装甲にはほとんどダメージを与えられない。

 逆に001の両側面に装備されている機銃とレーザー砲が火を噴く。

 麗子は超能力で地面を壁のように隆起させてこれを受け止めるが、001は同時に超能力で衝撃波も放っていた。

 地面の壁は001の衝撃波で粉砕されると、レーザーと機銃が麗子を襲った。

 麗子はこれを横っ飛びで避けるが、機銃は尚も追従して掃射してくるので、防御壁を展開してこれを防ぐ。

 これに対して001は更にレーザーと超能力攻撃を加えてくる。

 麗子は防御壁を展開しつつ回避行動を取る。

 ──駄目……。これではどうしてもジリ貧となりますわね……。

 相手の方が手数が多く、ロボットである以上、疲れも知らないため、このような戦いを続けていては麗子が圧倒的に不利であった。

 同じランクBであるさゆりは攻撃に特化した才能を持っていた。

 だからこそ、瞬間的な最大火力を武器に、自分を犠牲にしてでも相手を倒すことが可能だった。しかし、攻守ともに平均的な麗子には、この状況を打開する術はほとんど無いのだった。

 ──私は月光院麗子……ロボット如きに負ける訳にはいきません!

 麗子は回避行動を取りながら超能力で衝撃波を放った。

 ガキィイイン!

 金属的な音と共に001に衝撃波が直撃する………が、001はほとんどダメージを受けることなく攻撃を続ける。

 麗子の身体能力は一般的な女性よりも秀でているとは言い難い。

 従って、回避行動には超能力を行使する必要があるのだが、その負担があまりにも大きすぎるため、攻撃に力を割くことができず、戦況を打開するだけの攻撃に至らないのだ。

 麗子は大きくジャンプすると、後方宙返りをして001との距離を取って地面に着地する。

 その息は荒く、その都度大きく肩が上下する。あきらかに疲弊していた。

 そこに兄尊人から通信が入った。

 『麗子、大丈夫ですか?』

 「お……お兄様……な、何とかしてみせます!」

 麗子の声から状況はかなり切迫している事が読み取れた。

 『麗子、001はロボットを遠隔操作しています。それこそが奴の弱みです』

 「……ですが、お兄様……ロボットからは殺気を読み取る事ができません……」

 『そうではありません。鍵となるのは反射です』

 「反射……?」

 麗子は一瞬、何かを跳ね返すことを思い浮かべたが、すぐにそうではないと悟った。

 『いいですか?001は遠隔操作……つまりカメラの映像を介して状況を判断するしかありません。ですが、麗子は実際に戦場に居て、しかも生身の人間です。であれば、反応速度……とくに反射という点で言えば麗子に分があります』

 「脳を介さないで筋肉を動かす反射……」

 『そうです。001はどうしても映像を見て、それから自分の行動を決定しロボットへ意思を伝達しなければなりません。それは僅かな差なのかもしれませんが、時として圧倒的な差となるのです』

 「わかりました、お兄様」

 麗子はそう答えると、001の動きに意識を集中する。

 001は銃身を麗子に向ける。

 「!!」

 麗子は機銃が発射されるのと同時に体を捻りながら前方へ飛び出した。

 すると001は機体を麗子と正対するように微妙な調整を行う。

 「!!!」

 麗子はすぐにジャンプすると、001のレーザーが空気を切り裂いた。

 レーザーは無色無音であったが、高温が足元を通り過ぎたことで、レーザーをうまくかわしたことを認識した麗子は、空中で前方一回転し防御壁を展開しながら001へ向かって飛びかかった。

 001はそれを超能力で迎撃を試みるが、麗子の防御壁で無効化される。

 麗子は両手を握って振りかぶり、そのまま上部カメラに向かって打ち下ろした。

 001は何とかカメラへの直撃はかわしたが、麗子の渾身の一撃はレーザー砲を粉砕した。

 炎を上げて全力でホバーリングしながら後退する001。

 だが、麗子はすぐに反応するとこれを追って、ピタリとくっつくように001の背後を取った。

 「勝った!」

 麗子はそう確信した。この距離でカメラに向かって衝撃波を放てば確実に破壊できる!

 だが、この雑念が麗子の反射速度を鈍らせた。

 瞬時に001の銃身が反転すると、至近距離で麗子へ発砲した。

 ほとんどゼロ距離で被弾した麗子は、悲鳴を上げながら弾け飛ぶと、土煙を上げながら地面に転がった。

 超能力者専用の最新特殊ボディスーツは、レーザー光線に対する耐性を向上させる代わりに防弾性能は若干落ちていた。これは超能力による防御を前提としているためであり、最低限、弾丸が貫通しないように設計されているだけだった。

 麗子は左腹部に3発ほど被弾しており、肋骨は折れ内蔵にも深刻な被害を出していた。

 うつ伏せで腹を押さえながらうずくまり、あまりの激痛に声も出せないほどだった。

 『麗子!……麗子……!れ……こ……』

 兄の声が徐々に遠くなっていく。

 「今助けに行く!」

 尊人は席を立つと羽織っていたカーディガンを床に落とし、上半身は包帯でぐるぐる巻きの状態のまま指令室を飛び出した。

 「その体で戦うなんて無茶です!」

 指令室で尊人のサポートをしていた町田亜季が叫んだが、尊人はそれには答えずに一刻も早く麗子を助けるために超能力を使って移動を開始した。

 苦しむ麗子の耳にはゴォーという音が近づいてくる。

 麗子は苦悶の表情で見上げると、そこにはホバーリングする001の姿があった。

 「……お兄……さま……もうしわけ……ございま……せ……ん……」

 001を前に死を覚悟した麗子は、最後の言葉を発した。

 「花子!花子ぉおお!!」

 尊人は無意識のうちに、妹の本当の名前を叫んでいた。

 二人はテレパシーで会話していたが、尊人は実際に声として発していた。

 「……お……おにい……さま……」

 もうほとんど意識もなく、痛みさえも感じない状態だった花子は、唇から血を滴らせながらも苦笑する。

 「……私の……なま……えは………」

 そこで花子からの通信が途絶えた。

 尊人は涙を浮かべ大声で吠えながら、自らの体が悲鳴を上げるほどの能力を使って花子の元に駆けつける。

 そこで尊人が見たものは……。

 「……何だこれは……?」

 尊人は花子が横たわるその傍らで、001が全ての機能を停止し地面に転がっていた。……誰が001を倒したのか!?……どう見ても外部から攻撃を受けたようには見えない。

 すぐに左手の通信機から町田を呼び出す。

 「指令室!一体何があったんですか!?どうして001は機能を停止しているんですか!?」

 尊人の問いに町田が答えた。

 『わかりません。こちらでは突然機能を停止したように見えましたが、原因まではわかりません』

 「001の機体はまだ稼働できるようだが……001自身が……死んだ……のか……?」

 勿論これは佐藤千佳が地下研究所のクローン達の脳を破壊したからであるが、今の彼らには知る由も無かった。だが、尊人はそんな憶測に時間を割いている暇はない。すぐに思考を切り替えると指令室に指示を出す。

 「これから花子と山本さゆりさんを回収しますので、すぐに外科手術の用意をしておいてください!」

 『了解しました』

 左手の通信機で指示を終えると、尊人は少し離れたところでさゆりが横たわっているのを発見した。尊人は花子とさゆりを念動力<サイコキネシス>でふわりと浮遊させると、自分の目の前に空中を滑るように移動させた。

 そこで尊人はふと振り返ると、花橘楓と小野寺可憐が対峙してるのが見えた。

 「花橘楓さん、あとは頼みます!」

 尊人はそう言うと、二人を連れて全力で別館に向けて走りだした。

 ──その時、指令室では別の異常を感知していた。だが、留守を預かる町田には、それをどうして良いのか判断が出来なかった。

 『ミサイル・アラート』

 東京に巡航ミサイルが接近していた。

 

 ◆

 

 

 「姫っ!今この東京を……日本を救えるのはあなただけです……さあ、どうしますか!?」

 小野寺可憐はヘルメットを脱ぎ捨てると銀髪のツインテールを風になびかせ、両手を広げて薄紅色の瞳で楓を見つめた。

 楓は可憐が受信している情報を、自分のヘルメットにもリンクしてミサイルの情報を入手する。

 すると、巡航ミサイルはすでに東京湾に差し掛かっていた。もうすぐにでも対処しなければ間に合わない距離だ。

 楓は地面が陥没するほど力一杯地面を蹴ると、あっという間に上空5000メートル以上もの高度に達した。この時点でもうジャンプという次元は越えていた。

 最高到達点付近でほぼ静止した状態の楓は、ミサイルの位置を確認すると精神集中に入った。

 巡航ミサイルはすでに東京湾に進入しており、単に撃墜するだけでは首都周辺にかなりの被害が出る事が予想された。

 撃墜ではなく、消滅させる!

 さすがの楓であっても、後に何の形跡も残さずこの場から核弾頭を搭載した巡航ミサイルを消し去るなど、並大抵な事では出来ない。

 楓は徐々に自由落下しながらも十分に精神集中をする。

 そこへ、可憐が『浮遊』を使って楓めがけて上昇して来た。

 「姫!覚悟っ!」

 すでにボロボロの体である可憐にとって、これは最後の賭けだった。

 全身全霊をもって楓に挑むべく精神を集中する。

 それに気付いた楓は大きな声で叫んだ。

 「小野寺可憐!私は都民のためにミサイルを迎撃しようとしている!邪魔をするな!」

 この言葉はヘルメットを捨てた可憐の耳は届かなかったが、例え聞こえていたとしても可憐は止める事はしないだろう。

 何故なら、無防備な姿の楓など、金輪際訪れることは無い絶好のチャンスなのだ。例え東京が滅ぼうとも、榊原にとって一番のネックである楓を倒せるのであれば、その価値は十分あると考えたのだ。

 「……私はすでに核弾頭を人に対して落とし、何万人もの命を奪っている……今さらもう一発落としたところで、地獄へ行くのは確定している!……恐れるものは……何もない!」

 可憐は渾身の衝撃波を放った。

 「!!!」

 衝撃波は無防備な状態で自由落下中の楓に直撃し、ヘルメットが変形しバイザーは砕け散った。鼓膜は破れ耳と口から鮮血が飛び散り、体が『くの字』に折れ曲がる。衝撃で自由落下中の楓の体は重力に逆らって浮き上がった。

 肋骨のほとんどが折れ、その内の一本が肺に突き刺さり息が出来ない。

 だが、楓は奥歯を噛みしめてこれに耐えると、再度ミサイルの方に目を向ける。

 楓は今となっては邪魔なだけであるヘルメットを外すと長い黒髪が夜空に咲き乱れる。都合がいいことに、鼓膜は両方破れたので気圧の変化や風切音も気にする必要がない。

 楓はヘルメットから手を離すと、空気抵抗によってヘルメットは勢いよく上昇して行った。いや、正確には楓の落下スピードの方が早いだけか……。

 楓は一気に集中を高めると、その体は光に包まれ始め、長い黒髪は金色へと変わっていく。

 どんどんその光は強い輝きを放ち、楓の姿は完全に光に飲み込まれる。

 小野寺可憐はその様子に心を奪われていた。

 夜空に浮かび上がったその光はどこか温かく、やさしさに満ち溢れているように感じた。

 あの光の前では、自分が行ってきた過ちを懺悔し、許しを請いたくなるような気にさえさせる。

 だが可憐とて、もう後には引けないのだ。

 弱くなりそうな自分の心を奮い立たせると、再び精神を集中する。

 可憐は腰のホルダーからダガーナイフを取り出すと、全ての力をそこに込め、両手で突出しながら落下してくる楓に向かって突進した。

 光で目が眩む中、叫び声を上げながら光の中へ飛び込む可憐。

 ドスッ!

 両手から伝わる確かな手応え……。可憐は確実に楓の体にダガーナイフが突き刺さったと確信した。防刃機能を有する特殊ボディスーツを、自分の最後の力を振り絞った能力が上回りこれを貫いたのだ。

 しかし、光は尚も明るさが増し、辺りは白一色となった。

 何という温かい光だ……。

 可憐の意識が遠のき始めた次の瞬間──。

 光が一気に集約されると、まるでレーザーのように一方向に向かって照射されたが、すぐに光は消滅して元の夜空に姿を変えた。

 突然光を失い、可憐の目には何も見えなかった。……だが、二つだけ確かなことがあった。

 一つは、楓があの一瞬の光だけでミサイルを消滅させたこと。

 そしてもう一つは………。

 可憐はゆっくりと視線を下すと、自分の両手を見つめる。

 ダガーナイフをしっかり握りしめるその手は、真っ赤に濡れていた。

 刃の部分は深々と楓の腹部に突き刺さっている。

 見上げると、楓は黒い瞳で可憐を見つめていた。

 可憐も無言で見つめ返す。

 二人は数百キロというスピードで地上に向かって落下しており、このままではものの数十秒で地上に激突するだろう。

 だが、二人にとっては永遠に近いほどゆっくりとした時間が流れていた。

 「小野寺可憐……あなたはそれほどまでに彼の事を……」

 楓は可憐の両手に自分の両手を重ねる。

 可憐は涙を流しながら何度も頷いた。

 「そうよ!……私は彼を愛している……例えこの命が果てようとも、彼を救えるのなら私はそれを選ぶ!」

 可憐がそう叫ぶとツインテールが解け、長い銀髪が夜空に舞った。

 そして優しい目で楓を見つめると更に続けた。

 「……あなたもそうなのでしょう?花橘楓さん?」

 そう問われた楓はニコリと笑みを浮かべて答えた。

 「そう……私もシロを愛している……」

 楓はそう言うと、大粒の涙を流し始めた。

 感情を捨てたはずの楓は、今、その感情が完全に蘇ろうとしているように見えた。

 「……シロ……シロ………」

 まるで呪文のように何度も繰り返す楓。

 二人は猛スピードで頭から地上に向かって落下を続けていたが、すでに超能力を使うだけの力は二人には残されていなかった。

 「さよう……なら……榊原……さん……」

 可憐はそう言うと、涙で濡れた瞳をそっと閉じた。その表情はとても穏やかなものだった。

 楓は薄れ行く意識の中で、尚も志郎の名前を繰り返しつぶやいていた。


 ──私のシロ……私の全てをあなたに捧げる……。かつてシロの母親から託されたこの力……今こそ、あなたに返す時がきた……!

 

 その瞬間、楓はビクッと激しく痙攣し、大きく目を見開いた。

 すると、体から全ての力が抜け、ゆっくりと瞳を閉じると、どこか幸せそうな表情となった。

 楓と可憐は両手を握りしめたまま一つとなって落下して行く。

 尊人は花子とさゆりを医務室に届けてから急ぎ指令室に戻ると、二人が落下して行く光景をモニターで確認した。

 自衛隊からの砲撃は、まるで二人の旅立ちを祝福するかのようにその姿を照らし出していた。

 尊人と町田はモニターを見たまま、一言も発することが出来なかった。

 二人はそのまま激しく地表に衝突すると、激しく土煙が舞い上がった……。

 

 ◆

 

 

 志郎を連れた第2特殊部隊は旧館に到着すると、すぐに全員が異変に気が付いた。

 床が小刻みに振動し、地響きが聞こえる。どう考えても普通ではない状況であり、振動元は旧館の直下のように感じる。

 地響きがまるで巨大な化け物の咆哮のようにも聞こえ、より恐怖心を掻きたてる。

 黒田を先頭にLEDライトを点灯して、旧館のロビーを慎重に進む第2特殊部隊。

 すると、突然奥の通路から人影が飛び出してくると、地響きとともにロビーに土煙が流れ込んできた。

 黒田は慌てる隊員に「シッ」と言いながら人差し指を立てると、レーザーガンを構えながら状況を見守った。

 人影は滑り込むようにロビーまでやってくると、大の字で床に横たわった。

 黒田はその人物をライトで照らす。

 「……お、お前は!!!」

 黒田は驚きの声を上げる。

 「お前は……佐藤千佳か!?……どうしてここにいる!?……ここで何があった!?」

 そう言いながら千佳からライトを背けバイザーを上げると、佐藤千佳もこちらを認識したようだった。

 「第2特殊部隊隊長……黒田信介……」

 佐藤千佳は上半身を起こしながら口を開いた。

 黒田は状況を確認するために千佳に矢継ぎ早に質問する。

 「佐藤千佳、どうしてお前がここにいる?下で何があった?」

 黒田の質問に千佳は面倒臭そうに首を振る。

 志郎は黄川田に連れられていたが、その目にボロボロの姿の千佳が映り思わず声をかけた。

 「千佳さん!」

 「志郎!?」

 千佳は志郎の姿を認識すると非常に驚いた表情をしていたが、すぐに正気に戻るとするどい声で黒田に話しかけた。

 「とにかくここは危険だ。先ずは外に出よう」

 「わかった……そうしよう」

 黒田はそう言いながら右手を出した。

 千佳は無言で頷くとその手を借りて立ち上がる。

 「全員退避!建物の外に出るぞ!」

 黒田の声に全員が玄関へ向かう。

 このころにはロビーは土煙で視界も悪くなり、床のタイルがひび割れ始めていた。

 あちらこちらでガラスが割れる音が聞こえ、地響きは更に大きくなっている。

 全員が旧館の外に出ると、道路を渡った反対側の歩道に移動する。

 旧館をライトで照らすと、建物のあちこちから土煙が立ち昇っており、窓ガラスは割れ外壁は剥がれ落ち路上に散乱していた。

 千佳はそれに背を向けるようにガードレールに寄りかかって座り込むと、目の前の黒田に向かって声をかける。

 「隊長さん……コーラ飲みたい……喉がイガイガして……声が……」

 黒田はため息をつくと、近くの自販機でコーラを購入して千佳に手渡した。

 千佳は「サンキュ……」と言いながらそれを受け取ると、プルタブを開けてコーラでがらがらとうがいを始め、勢いよく吐き出した。それを2、3回繰り返してからゴクゴクと喉を鳴らしてコーラを飲む。

 「ぷはあぁ!やっぱりコーラだわ!」

 千佳は炭酸のせいで涙を溜めながら口を拭った。

 黒田は千佳が落ち着いたのを見計らって声をかける。

 「佐藤千佳。そろそろ話を聞かせてくれないか?俺たちとしても今後の事を考えなきゃならん」

 「ああ、わかったよ……」

 千佳は淡々と旧館の地下研究室で起こった事を話始めた。

 

 

 「………で、命からがら逃げてきたら、あんた達がいたって訳」

 話し終えた千佳は再びコーラを喉に流し込む。

 これを聞いた赤松は黒田を見ながら口を開いた。

 「お、おい……研究所が埋もれたのであれば、俺たちはこれからどうすりゃあいいんだ?」

 「そうだな……根本的に作戦が覆ったということになるな……」

 黒田も考え込む。

 

 そんなやり取りを見ていた志郎は突然目の前が真っ白になった。

 (何だ?どうしたんだ?)

 楓とは幼い時から一緒だった。

 同じ時間を共有し、隣にいるのが当たり前だと思っていた。

 ──シロ……。

 (いつもの俺を呼ぶ声がする……)

 ──シロ……そろそろ目覚める時がきたよ?

 (どうしたっていうんだ?楓?)

 ──志郎……。

 (……ん?……この声……楓……じゃ……ない?)

 頭の中で突然フラッシュがたかれたように眩しい記憶が呼び起される。

 ──志郎……。

 (誰だ?聞いたことが無い声だ……いや……?)

 再びバチッと頭の中がフラッシュする。

 幼い男の子が眠そうに目をこすっている。誰かの両腕に優しく包まれて柔らかな胸に抱かれ、男の子は安心した表情で見上げる。

 そこには、長い黒髪の女性が穏やかに笑みを浮かべている顔があった。

 男の子も笑みを浮かべると、ゆっくり目を閉じて眠りにつく。

 ──志郎……私の志郎……。

 (この男の子は……俺!?……じゃあ、この黒髪の女性は……?まさか……母親……なのか!?)

 ──303はもう寝ちゃったの?

 (小さな女の子の声……)

 ──そうよ。あなたもそろそろ自分の部屋にお戻りなさい。

 ──はーい。また明日!

 (この子は誰……!?)

 バチッ!

 またフラッシュ。

 すると、目の前には小さな子供たちが数人で自分を取り囲んでいた。

 ──やっぱり303はスゲーな!

 ──それに引き替えコイツと来たら……!

 少し離れた物陰から一人の女の子がこちらを見ていた。

 ──おい、こっちに来るな!お前はさっさと研究所から出て行けよ!落ちこぼれ!

 ──そーだ!そーだ!

 (やめろよ!?かわいそうだろ?)

 ──ちぇっ。303がそう言うんだったら……よお、また303に助けられたな!?

 (あの女の子の目……どこかで……)

 ──私……303が好き……!

 (……え!?まさか……お前は……楓……!?)

 その時、館内に緊急アラートが鳴り響いた。

 さっきの苛められていた女の子が、実験カプセルの緊急停止レバーを握りしめている。

 そのカプセルには303のプレートが掛かっていた。

 (楓……!どうして……!?)

 目の前が真っ暗になる。

 

 これは……楓の記憶……?

 俺は5歳以前の記憶を失った……だが、常に一緒にいた楓の記憶は……すなわち、俺の記憶!!

 

 「ぐわぁあああっ!」

 突然一人苦しみだす志郎。

 「何だ!?どうしたんだ主賓!?」

 黄川田が肩に手を載せ、LEDライトで照らしながら志郎の顔を覗き込む。

 他のメンバー達も一斉に志郎へ視線を移す。

 黒田は何が何だかわからなかったが、志郎の苦しみ方が尋常ではない。

 これは主賓の身に何かとんでもないことが起こっていると直感したのだった。

 「緊急事態!主賓を超能力でショックを与えて気絶させる!」

 黒田はそう宣言すると、両膝立ちで頭を押さえて苦しむ志郎に向かって、軽く超能力でショックを与えようと志郎の頭に手をかざすと……。

 バチィイイイ!

 「な、何だ!?」

 黒田の超能力は完全に弾かれたのだ。

 一般人である志郎が、ランクBの黒田の超能力を弾くなどあり得ない事だ。ましてや志郎は超能力過敏症なのだ。

 黒田はガードレールを背にして座る佐藤千佳を見る。

 「はあ!?あたしゃあ何もしてないっつーの!」

 そう言いながら、千佳は持っていたコーラのペットボトルをアスファルトに叩きつけるように置く。

 黒田は再び志郎を見ると、もう一度超能力を行使しようとする。

 「さっきよりも、少し強めで……」

 そう言いつつ志郎の頭に手をかざそうとすると、黒田は弾かれたように後方へ吹き飛ばされた。

 尻餅をついたまま驚きの表情で志郎を見る黒田。

 「一体……何が起こっているんだ……!?」

 黒田は例えようもない気配を感じ、背筋に冷たいものが流れた。





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