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聖域の記憶

 神が万能だとは思っていない。


 だからこそ、争いが絶えないのだとすら思う。


 それでも、戦いを好まない神がいることも。


 この世界に生きる命としては、認識しなければならないのかもしれない。




「すっかり、懐きましたね」

「ナスカかい?」

ナスカは、私の膝の上にちょこんと座っていた。裸で現れた神には、私の白のローブを身にまとわせている。もちろん、サイズがまったく違うため、ダボダボとしている。

「城へ、連れて帰るのですか?」

「そんなことは出来ないし、ナスカは望まないよ」

「ナスカをまた、ひとりにするのですか?」

カガリの懸念は、検討違いというものだ。大地が生み出した「ナスカ=フィールド」という「神」を、城へは連れていけない。この時代を生きる者の中に、信仰心が篤いものはそう居ない。戦乱の世だからか、「神」を否定する人間の方が多いように思える。

 しかし、無論そのようなものたちだけではないことは確かであり、それが「城」に集中していることもまた、確かであった。特にフロート国王「ザレス」は、「神」などの神秘的、非現実的力を欲するところがある。そこからは、己が「神」に成りかわろうとしている野望が覗き見える。

「ナスカを城へ連れて行くことは、ここに置いていくことよりも難しく、この子を危険にさらすことへと繋がる」

「カガリ」

凛とした声は、ナスカのものである。

「ナスカ、ひとりじゃない。ナスカは、大地の恵み。大地がある限り、ひとりじゃない」

「……そう、なのか?」

憮然としないカガリは、自分の物差しで測っていることは目に見えていた。それでも、それはカガリの優しさであり、責める場所ではない。

「そういうものなんだよ、カガリ。ナスカと私たちは、住んでいる次元も、考え方も大きく違う」

「それでも」

カガリは、納得しない。私はふっと力を抜いて、笑みを浮かべてカガリの髪を撫でた。

「カガリ。また、会いに来たらいい。ナスカは、ナスカの森の神だから」

「……どこに、あるんです? ナスカの森なんて、地図にはありません」

この「ライエスの聖域」も、地図にはない。神々の居場所を地図に記す行為は、ありえない。「神」の存在は、伝説として受け継がれればよい。「神」は、縋るために存在するわけではなく、ひとに「幸」をもたらすだけの存在でもない。ときには、「不幸」をもたらすという災厄であることにも成りえる。


 すべては、紙一重。


「ナスカは、ナスカ。どこにでも居る」

「……どういう意味?」


 さざ波のような音がした。


 その瞬間、目を閉じた私とカガリの前から、ナスカは姿を消していた。


「消えた……?」

「あるべきところへ、戻ったと考えるのが普通だよ」

「……ルシエル様」

「なんだい?」


 カガリは、神妙な面持ちで私を見つめていた。その空色の瞳には朝日が映りこんでいる。もう、城へ戻る準備をしなければならない。だからこその、この眼差しなのかもしれないと感じた。


「帰りたくないです」


 カガリの言おうとしていることは、分かる。私もその気持ちであった。しかし、それを通してしまっては、「大人」ではない。

 私はもう、「完璧」を求めることはやめた。それでも「先導者」であることをやめられないという、決意はした。

 カガリを、「鍵」として導かなければならない。私のわがままで、ついえてしまってはいけない。この星の命運を握る彼を、どこか別の境遇へと逃がしてはいけない。私は、汚い大人だと自覚した。


「レジスタンスたちは、帰った。ローク族も、ソウシも、ナスカも。各々があるべきところへ、帰って行ったんだ。私たちも、戻らなければならない」

「ルシエル様は……私は、フロートの犬だと。それこそが、あるべき姿だと仰るのですか」


 悲痛な訴えだった。


「答えは、すぐに出るものではない。そして、真実は後からついてくるものでもある」

「わかりません……私は、戻りたくない」

「なら」


 私は、カガリに背を向けた。そして、空に向けて指で円を描く。頭の中には、「転移」の魔術の構想を浮かべていた。空に浮かんだ緑の光の円の中に、その「構想」とも「構図」とも呼べる設計図が埋め込まれていく。


「私は、戻る。お前は、残ればいい」

「!?」


 私の身体が、この星を支配する重力からわずかに解放され、軽くなる。質量を失い、この空間から消えゆこうとしているのだ。それを見て、カガリが私に向かって手を伸ばした姿が目に入った。


 次に目を開けたとき。


 私は自室でひとり、意識を取り戻していた。



 一週間のときを経た。すべてが嘘だったかのように、平凡な日常に戻っている。結局、私は「聖域」での出来事のほとんどを、思い出すことは出来ていない。ただ、そこに重点を置く必要性もないのだろうと、考え直していた。ペンを持ち、書類に目を通しながらサインを入れていく。そこには、「ルシエル」としか記さない。孤児ではないため、姓はもちろんあるが、誰にも知らせてはいない。国王、ジンレートに対しては特に隠していく必要があった。

 国王たちは、はじめは私の「姓」にも、執着していた。私がどの村の出生なのかを探ろうとしていた形跡があることを、知っていた。それでも、どれだけ経ってもつかめないところで、諦めたようだ。それ以来、私に詰め寄ることもなくなった。私にへそを曲げられてはこまるのだろう。

「レジスタンス・アース。西部地区に出没……か」

勢力を増しているアースの一員は、今となっては分散して活動しているため、フロートもどの部隊を「一番隊」としてとらえるか、判断に迷いはじめているところがあった。

 ラナンが隊長であることは間違いないのだから、それが主流なのだろう。しかし、それと同等なほど、他の班も力をつけていた。

「ルシエル様。今、少しいいですか?」

「カガリかい? 構わないよ。何かな?」

カガリは、頷いて私が座っている机の前に立った。

「神々は、この世界を創造したのでしょうか」

「? 唐突にどうしたんだい?」

てっきり、レジスタンスの動きについての相談かと思っていた私は、虚をつかれたその発言に、兵士の報告書を机において、腕を組んだ。

「神々の絆。それを、考えていました」

「何か、見えるものはあったかい?」

「いいえ」

カガリは首を横に振った。その頭の中に何があるのかは、見えない。私は癖の一部として、不意に探ろうとしていた。

「ただ、神に縋ることは……間違っていると、感じました」

「なぜ?」

「神は、誰も救わなかったからです」

私はふと、息を吐いた。

 カガリは、「聖域」で多くのものを見て、記憶を持続させ戻ってきた存在。私よりもきっと、今回の一件で考えることも増え、はじめて目にした世界の神髄というものも、あるのだろう。だからこそ、ここ数日何かを考え込んでいるようなしぐさをよくしていたのかと、納得した。

「神に会ったのかい? ナスカ以外の、神……」


 ライエス。


 あの聖域の神は、「ライエス」であるが、カガリはその神に会ったのだろうか。


「ひとつの神により、この世界は均衡を保っているのではない。そういうことが分かりました。むしろ、神により乱され、人類は不幸になっているのではないか。そんな気さえ、するのです」

「神とは人知を外れたところにあるものだろうからね。そのような力を目にしたら、ひとは怯むのかな」

「私が臆していると、言いたいんですか?」

「いや」

私は、カガリの瞳をじっと見つめた。思い悩んでいる目だと、感じる。もう、考えまいと決めていた聖域での出来事への興味が、再び掘り起こされそうだと自覚した。

 ただ、物事の行方には意味があると信じている。私からその記憶が消えたということは、知る必要がなかったのか、あるいはまだその時期が来ていないからのどちらかである。それならば、私はどうやっても知ることは出来ないのだろうし、知ってはいけないのだろうとすら、思う。

「ルシエル様は、神が何体存在しているのか、ご存知なのですか?」

「複数いるとしか、知らないよ。私は神ではないからね」

「でも……」

カガリは何かを言いかけ、途中でそれがタブーであるとでも思ったのか。言葉を飲み込むようにして、口を閉じた。少し間をあけて、別の言葉を紡ぎだす。

「私は……この世界は、長くは続かないのだと思いました」

カガリは、やけに悲観的だった。もともと、前向きな思考の子ではない。しかし、何がそこまでこの弟子を、不安にさせているのだろう。このままでは、この子は思うように動けないのではないか……そう思い、不安要素は取り除けるものならば、そうしてあげたいと感じた。

「何を見てきたのかは、言えない。そうだろう?」

「……口止めをされている訳ではありません。ただ、ルシエル様が記憶していないのならば、言ってはいけないのだと、判断したんです」

「それはきっと、正しい判断だと思うよ。だけど、そこで見たものがお前にとってはあまり良いものではなかったようだね」

「……はい」

カガリは素直に頷いた。

 記憶を失くしていることを知っていて、それを取り戻せずにいることももどかしいものがあるが、他のものが知らない何かを見て、それを誰にも相談できずに居るということもまた、辛いと悟ってあげなければならなかったと、私は反省した。

 カガリに、隣のソファーに座るよう促すと、それに従ってゆっくり腰をおろした。私はこの一週間。書類整理しかしていなかったが、カガリは戻ってきてすぐに、翌朝から遠征へと駆り出されていた。そして、昨晩ようやく帰還してきたのだ。目に見えて、カガリは疲れていた。

「ルシエル様」

「なんだい?」

「……ルシエル様はどうして、戦うのですか」

「何と?」

「逆に、何と戦っているんですか」

「……切換えされたね」

私は一本取られたような心地になり、内心で笑った。そして、立ち上がるとキッチンへ向かって、ハーブを調合する。疲れをとり、眠気を誘う効能を持つ葉を組み合わせ、独自のものをお茶として出す。

 ハーブティーは、個人的には好きではない。味があまり、好みではなかった。それでも、コーヒーよりは好んで飲んでいる。カガリは逆に、コーヒーの方が好きらしいが、今はあえて、色素の薄いハーブティーをカップに注いだ。それをカガリに渡す。

「私は何と戦っているのか……実のところ、分かっていないのかもしれないね」

「そんなはずないでしょう?」

「何故? 誰にだって、分からないことはあるよ」

カガリは一口、ハーブティーを飲むと、少し苦そうな顔をしてみせた。やはり、味はよくないらしい。

「ルシエル様はきっと、そのあたりのことは把握されているはずです」

「可笑しな言いようだな。私はそこまで万能ではない」

「でも、何と戦っているのかも分からない程、愚かでもないと思います」

「そうかな」

私は、自分のカップにもカガリと同じものを注いでみた。確かに色合いは綺麗だ。赤みがかった、薄い金色。それを口にすると、やはりまずい。

「私はお前が思っているほど、賢くないし、愚かだよ。私の過ちで、失ったものは多い」

「……」

カガリはまた、何かを言おうとした。口が微かに動いたが、声には出さなかった。ただし、私には読唇術の心得がある。今の言葉は読み取ってしまった。


 アリシアさん。


 カガリはそう、口にした。


 私は、瞬時にカガリの唇を読んだことを、少しばかり後悔した。おかげで黙考するはめになる。そして、私の脳内かかっている鍵が、外れかかったことを自覚した。

「私はずっと、戦ってきたようで……逃げていたのかな」

「ルシ……」

「私は」

カガリの言葉を遮り、言葉を続ける。

「私は、フロートと戦っている」

「……」

カガリは今度は黙ったまま、目を見開いた。こんな言葉、カガリ以外の誰かに洩れれば、大問題だ。すべてにおいて、納得されるだろう。


 なぜ、レイアスの隊長にならないのか。


 なぜ、任務を裏技で遂行し続けるのか。


 なぜ、国王に平気で嘘を吐けるのか。


 なぜ、レジスタンスに加担するのか。


「そうだね。フロートと戦っているんだ」

「何のために?」

「神々の絆を、取り戻すために」

私はまた一口、カップに口を付けた。不思議と、今度はまずいと思わなかった。


 世界は、止まることを知らない。歴史は刻々と変わりゆく。そして、塗り替えられていく。ひとは、この壮大な世界史の中で動く小さな駒のひとつにすぎないのかもしれない。だが、それでもどんなにも小さな駒でも、役割をもって存在している。

 消えることにも、生まれてくることにも、維持することにも、意味はある。大切なことは、「今」自分が何をしたいのか、何をするべきなのかを思考し、行動に移す勇気を持つことだろう。そして、そのためには何が必要なのかを「知る」ということ。

 私はこれからも、この世界に「知恵」を与えるために、生きるのだろう。死期を迎える、そのときまで……ずっと。



こんにちは、はじめまして。小田虹里です。

 COMRADEシリーズの「神々の絆」が、ようやく最終話を迎えました。ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。最終話は、途中まで書いていたんですけど、それから随分と長いこと、放置してしまっていました。どう結ぼうか、それを悩んだというよりは、他の話に浮気していたことの方が大きい気がします。これを書き終えたことによって、もうひとつ。書いている途中の作品を、始動させてもいいかなぁ……なんて、思っています。ちなみに、それもまたCOMRADEです。どれだけ好きなのでしょうか、このシリーズ。

 好き、とか嫌いとか。その次元を超えているものが、このシリーズなのだと思います。小田が、「小説家」になるんだと決めてから、はじめて思い描いたストーリー。それが、このシリーズだからです。主人公は「ラナン」であり、RPGゲームのように、はじめは仲間集めをしていました。それが、高校一年のときのこの作品の在り方。

 でも、大学に入ってパソコンを買ってもらってからは、ノートに書くスタイルからワードへと転換。主人公は大概が「カガリ」になり、仲間集めRPGから、「自分が訴えたいもの」を、「伝える」ということを一番に掲げ、つづるようになりました。

 「小説家になろう」と知り合ったのは、昨年の四月。そこにはじめて投稿したのは、「我らが巫女」という、小説。これは、大学時代に見た、小田の「夢」を書き起こしたものでした。夢の中に出てきた光景をそのまま文字にして、そこへ、「意味」をもたせるために、小田が訴えたいことをこめました。


 世界平和。


 これ以上に望んでいることは、きっとないでしょう。もっと、狭く見て行けば、「家族愛」とか「仲間」とか「友情」だとか「恋」だとか。そういうものもあるんですけど、最終的には「世界平和」「平和主義」と、そこへ結びつきます。また、そういう作品でなければならないと、思っているのです。

 最近、更新が停滞していますが、「いつの日か。」は、ファンタジー要素がまったくない、ただの「家族」の物語です。でも、そこには「ほのぼの」を意識して、日常生活のありがたさを、小田なりに詰め込んでいるつもりでいます。今月で、春先から書いていました、公募への作品も完結できましたし、この「神々の絆」も完結しました。だから、「いつの日か。」も、また綴っていきたいです。あれは、気分転換になります。

 それから、放置プレイしている他の作品。特にABYSSも完結させたいです。「幕末」の話は、やはり削除しようかな、と思っています。読んでくださった方、すみません。幕末は好きですし、今でもそこに、「夢」を見ます。小田の理想の「新選組」を描こうと思ってはじめた作品でしたが、史実がある以上、無茶は出来ません。また、史実を壊すような真似は出来ませんし、小田はそれを望んでいないということに、気付いてしまいました。だから、もう、続きはかけないと思うのです。

 最近投稿した、短編「おてんば姫と婚約者」は、近々「番外編」を書けたらいいな、と思っています。いつも、お付き合いくださる方には、こころより感謝しております。はじめましての方にも、これからの「幸せ」を願い、またのご縁を願っております。


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