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B:第十話 あなたをヒモにしたくて

 椎名が助手のバイトを辞めて半年がたった。

「椎名さんがいないのに慣れましたか」

「まぁね、なれた」

「顔が寂しそうですよ」

 俺の助手のフェインもようやく事務作業に慣れてきたようで二人でやれば現場から戻っても何とかこなせている。事務所でそのまま一夜を明かすこともあったかな。口が裂けても、椎名にいえることではない。

「今日、卒業式でしょう」

「ああ」

「行かなくていいんですか?」

 彼女の卒業式に彼氏が顔を出さないのってやっぱり違和感があるか。

「絶対に行ってあげたほうがいいです。終焉の序曲ですよ」

 どういった意味かはなんとなく分かるがもうちょっと言い方、なんとかならなかったのだろうか。

「そこまで言うのなら……んじゃ、行って来る」

「気をつけて」

 フェインに軽く手をあげて、俺は独りで卒業式へと向かうことにしたのだった。

 校門前のガードマンと軽く話して中に入れてもらい、講堂へと向かう。既に式自体は始まっており、壇上が良く見える席は埋まっている。良い席はお早めにってやつだろう。

 答辞を読み上げる女子生徒に見覚えがあった。あいつだ。ちょっと感慨深げに双眼鏡を覗き込む。

「やっぱり愛しの彼女様じゃないか」

 意外と真面目な表情も出来るようで、答辞を述べる椎名は格好良かった。彼氏としての偏見もあるが、黙っていれば出来そうなタイプの子だ。

 啜り泣きを始める生徒達に感化されたのか、俺の周囲に立つ父兄も数人がハンカチを取り出していた。自分が通っていた頃よりも、娘達の幼稚園、小学校、中学校のそれと重ね合わせて成長を感じているのだろう。

「……」

 椎名も一度、沈黙した。小休止のためか、講堂内を左からゆっくりと見渡している。

「手でも振ってみるか」

 講堂を見渡した椎名が気づくとは思えない。まぁ、物は試しでやってみようか。

 椎名と俺の距離は非常に通り、それでも、椎名は俺に気づいてくれたようでこっちを見ていた。

 つい、声を出しそうになるのをこらえる。こんなところで叫んでしまえば式をぶち壊すことになる。感極まった生徒ならともかくとして、父兄側がそれをやったらまずい。

「あ、旦那ぁっ、きてくれたんだ」

 ましてや、壇上のマイクに向かって叫ぶようなことでもないと思うんだ。

 椎名がそれ以上何か言う前に司会者が次のプログラムを告げた。場慣れしていたのだろうか、思ったよりも混乱無く次へと移っていく。

 卒業式が終わって数分、椎名は説教されたといった。教師ではなく、椎名の両親からだ。

「そりゃ当然だわな」

「へぇ、怒られたんですね。いい気味です」

「全部旦那が悪いのっ」

 仏頂面の椎名の頭を撫でてやってもご機嫌斜めだ。

「だから卒業式には来ないでって言っていたのに」

「だから冬治さんは行かなかったんですね」

「まぁな。椎名から言われていたから俺も無碍には出来ないんだよ」

 結局来てたじゃんと言われても無視だ、無視。何せ、制服姿を拝むのはこれが最後だからな」

「それで、椎名さんはどうするんですか。聞いた話だと進学だとか」

「うん、まぁね。理由は色々とあるけれど……」

 ちらりと俺のほうを見て笑った。

「旦那を支えられる女になりたいから。もっともっと、勉強しないと」

 既に家事全てを椎名便りにしている俺からすれば充分すぎるといっていい。

「目指せ、旦那ヒモ化計画っ」

「そうなったら冬治さんクズですね」

「いや、ならないからな」

 あといきなりの罵倒はやめて欲しい。

「旦那、ちゃんとバイトには戻ってくるから安心してね」

「……わかってる」

「公私混同はやめてくださいよ」

「それもわかってる……つもりだ」

 多分、大丈夫だろう。椎名ならうまくやってくれるさ。


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