B:第八話 青い鳥には気づかない
羽津学園へと向かっていると、椎名から通信があった。
「旦那? 今どこに居るの?」
「羽津学園に向かってるよ」
「何で?」
「そこにフェインがいるみたいだ」
「どこ情報?」
「信頼筋」
そういっておけばたいていの場合信じてもらえるからな。これで信じてくれない人は少々ひねくれていると俺は思う。
「うそだぁ」
「ひねくれものめ」
隠すことでもないので俺は椎名に詳細を話すことにした。
「じゃあ、正直に言うよ……魔法を使ったんだ」
「通信、切っていい?」
「お前さんから通信してきただろ。それで、何のようだ?」
「酷い、用事がないと通信しちゃ駄目なの?」
声が弾んでいる。どうせならなりきってやって欲しい。
「当たり前だろ」
あと、敵に囲まれたときにやたら通信しようするのやめて。思わず敵地中心でジャイアントスイングかましちゃいそうだから。
「オペレーター交代ってできるかな」
「戦闘モード起動します……的な?」
「いや、違う」
ひとしきり意味不明なやり取りを終えて、椎名は黙り込んだ。
「どうした?」
「旦那、気をつけてね。危ないって思ったらすぐに帰ってきていいから。私は別に、旦那がいいならこの姿でも……いいから」
初めて聞いた椎名の真面目な声に、俺は感慨深いものがあった。
「でも本当は戻りたいんでしょ?」
真面目な声もいいが、やはりどこか抜けているとこがいい。たまには茶化してやったほうがいいだろう。
しばらくの沈黙の後、椎名は言った。
「……出来れば」
「じゃ、お兄さんに任せなさい。何、大丈夫だよ。絶対に戻ってくるって。戻ってきたらそうだな、一緒にデートに行こう」
「死に急がなくても」
「で、返事はどうだい椎名ちゃん?」
「当然、駄目だよ」
「言うと思った」
椎名は改めて口説くとしよう。
「旦那、地藤グループへ連絡はどうする?」
「これがアルケミストを捜索しているのなら呼んだほうがいいだろうけどな。今回は残念なことに身内の不手際ってやつだ。一人で何とかしてみるさ」
「ん、わかった」
そろそろ学園が近い。
「椎名、大人しく待ってろよ」
「……うん」
通信は切れて、俺は校門前へとやってきた。
「お待ちしてました」
「お疲れ様です」
校門前には学園関係者が一人立っている。地藤グループの人だ。
「警報装置は切っていますので安心してください」
「助かります」
数度の会話のキャッチボールで相手とやり取りできるのは魅力的なことだ。時間が無いのなら、ぜひとも欲しいスキルである。
「では、お気をつけて」
校舎内へ侵入するととても静かだった。
「理科準備室だったな」
特別教室のあるほうへと走っていく。途中、黒くておよそ人ではないもの数体を倒したことを報告しておこう。ジェル状で、通常の弾丸は効果なかったものの、火に弱かった。
「ここだな」
準備室への扉をゆっくりと開ける。不思議なことに人の気配は感じられなかった。
「……いない?」
人体模型やかえるのホルマリン漬け、生物関連の教科書なんかが本棚に仕舞ってある。広さはそこまでない。
隠れるようなスペースも本棚の一番床に近い場所だけだ。到底、人が入れるとは思えないものの、引き戸を開けてみた。
「おやまぁ、学園にしては珍しい」
普通、戸棚の中にはしごなんてあるだろうか。恐らく、この下にフェインが居る。
いつもとあまり変わらない装備であるが、今回は非常に涼しげな弾丸を用意している。非常に高価なので、よほど奇妙なものが出てこない限り使用しないつもりだ。
「人に当たったら大変だからな、うん」
静かにはしごを下りていきながらフェインを捕まえた後、どうするか考えてみた。とらぬ狸のなんとやらだが、資産活用は計画的にって奴だ。
「まずは椎名を元に戻してもらって、それから何してもらおうか。俺の変わりに朝のジョギングをしてもらおうかな」
結局、答えを出せないまま下までついてしまった。そこには俺の想像していた景色とは程遠い事になっていたのだ。
フェインは立ったまま壁に磔にされて拘束されている。目を瞑って動かないが、胸はかすかに動いている。
まだ、生きてはいるようだ。そして、それに近づくゲル状の緑色の化け物。色違いが出てきた……さっきのゲル状のリーダー的存在かもしれない。
「……遠慮は要らんな」
知り合いが化け物に襲われている。だったら、引き金を引くのに躊躇はない。
乾いた音が響いて、ゲル状態の化け物は一瞬動きを止めた後、霧散した。さすが、一発三十万する弾丸は違うね。最近、椎名のおかげで資金繰りが良くなったから奮発して買ってみたんだ。思った以上にすさまじい効果だった。
化け物はほうっておこう。今の俺には関係がなさそうだし。
「おい、フェイン」
「ん……あれ?」
頬を叩いてやると思ったよりもあっさり目を開いた。つまらん。
「冬治さん?」
「そうだよ、冬治だ。怪我は無いか?」
「ええ、はい」
どこかをいためている可能性もある。まぁ、元気だということで本題に入らせてもらおう。
「お前、椎名を悪魔にしただろ」
「……気づいて、撃ちませんでしたか」
「当然だ。俺が椎名を撃つわけがない」
ちょっとだけぶっ放そうかと思ったけどね。
「縛られているところ悪いが、あいつを元に戻してもらうからな」
「……わかりました。いいでしょう」
「何で上から目線なんだよ」
拘束器具を外し、フェインを背負ったところではしごから大量の特殊部隊が降りてきた。
「おや、これはTPさん」
「……スーツの男さん?」
Sさんとはまた別の黒服の人物、スーツの男。そう名乗っているためにスーツの男と俺は呼んでいる。
「既に戦闘後のようで。アルケミストを退治した……そういうことですか」
「いや、私はただ、フェイン……助手のこの子を助けに来ただけです。あいにく、アルケミストは居ませんでしたよ」
ゲル状で緑色の化け物はいたけどさ。
「それは残念ですね。ここも違いましたか」
その後、スーツの男さんと別れて俺とフェインは事務所へ歩いて向かう。
「……怒っていますか」
「それなりに。まず、話を聞こうか。何故、あいつを悪魔にしたんだ」
「半分は手助け、もう半分は邪魔でしたから」
手助け、そちらは意味が分からなかった。問題は邪魔のほうである。
「邪魔、ほう」
椎名に対して俺もたまに思うけれど、悪魔にしてやろうとはさすがに考えていない。
「どんな風に邪魔だったんだ」
「……アルケミストを探すことに関して」
そういうとフェインは俺の探偵事務所のやり方を話し始めた。
「なるほどね、他の依頼をあいつが保留する。すると俺が仕事を終えて戻ってくると次はそっちに行って……良く考えたらアルケミストなんてほとんど探せていないな」
優先度数が低ければ当然そうなる。
「アルケミスト、そんなに探したかったのか」
「ええ、私は……まぁ、言ってしまえば人工的な悪魔を作っていました」
「人工的な悪魔、ね」
悪魔って居るんだろうか。様々な存在と触れ合ってきた俺でもまだ本物の悪魔は見たことが無い。いなけりゃ出会うことも無いだろうが。
「今はせいぜい、変身して身体能力強化を促す程度ですよ」
「ふーん」
「それを意のままに操るにはここに住んでいるアルケミストの力が必要でした」
フェインが言うにはアルケミストはホムンクルスと呼ばれる存在を操っているらしい。その技術を手に入れるのが彼女の目的だったとか。
まぁ、アルケミストを探していたら逆に地藤グループに捕らえられたそうだがね。
「ふと思ったんだが」
「何でしょう」
「アルケミストを優先して探したい。そうお前さんが言っていれば……一人でも捜索できていたのでは?」
俺の背中の少女は黙っていた。
「……ああ、そうですね」
どうやら思い至らなかったらしい。
「もう少し、責めたいところだが今は椎名だ。急いで帰って、元に戻してもらうからな」
それ以降は無言だった。フェインは肯定も否定もしていなかったので、実際に人間の状態に戻せるかどうかも定かではない。
それでもまぁ、多分大丈夫だろう。なんとなくそんな気がするのだ。




