表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/30

A:第七話 彼は彼女に協力することにした

 女の子を家に招く。しかも、彼女が部屋にやってくる初めての日だ。これで浮かれなければどこかに問題や事情を抱えている。

「どうぞ、はいって」

「う、うん。お邪魔します」

 冬治は全然はしゃいでいなかった。全く浮かれていない表情だが、生殖機能に問題を抱えているわけではない。二人に漂うのは妙な緊張感だ。

「凄いね、夢川君の家って探偵業なんだ。お父さんが探偵?」

 ごまかそうかと考えて、冬治は首を振った。ここまでつれてきて今更その選択肢はありえない。

「違うよ」

「お母さん?」

「それも違う」

「じゃあ……おじいさんだ」

 爺さんにはまだ会ったことがない。

「俺、俺だよ俺」

 探偵が詐欺の手口を真似るなんて変わっている。

「夢川探偵事務所の所長は、俺だよ」

 コルクはぽかんと口を開けるが、我を取り戻して笑った。

「まっさかぁ」

「これ、俺の名刺ね」

「……ほ、本当だ」

 名刺も偽物じゃないのといわれたらどうしようと考えていただけに、冬治はほっと胸をなでおろす。まさか名刺一枚であっさり信じてもらえるとは創造もしていなかった。

「今日、俺のほうからもコルクさんに話したいことがあってね」

「う、うん」

 かなり緊張した面持ちのコルクに、冬治は言った。

「ごめん、お茶を出してなかった。コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

 定番の台詞である。ごはんにする? お風呂にする? それとも私? そのぐらい、定番だろう。いや、もしかしたら私と仕事、どっちが大事なの? そっちのほうがメジャーかもしれない。

「んっと、じゃあ、紅茶で」

「了解……ああ、ごめん、紅茶切らしてた」

 ちょっと情けない表情をして冬治はコルクを見る。コルクの緊張はその表情で消えていた。

「ないなら別に、コーヒーでもいいよ」

「ほいほい……おっと、いけない。コーヒーもなかった」

 こいつ、おちょくってるのか。コルクの視線が冬治に突き刺さった。一瞬だけ和んだ空気にまた妙な緊張感が生まれつつあった。

「こほん、大丈夫。安心して」

 そういって冷蔵庫からオレンジ色の容器を取り出して見せる。

「九十パーセントオレンジジュースがあるからさ。これでいいかな?」

「……いいけど」

 二人の話し合いはこんな今一つなやり取りから開始されるのであった。

「コルクさんも話があるみたいだけれど、どうする?」

 伺うような冬治の視線が何だかおかしかった。稀に見せる表情が本来なのかと思えば、いつもとのどこかのんびりとした調子なのだ。

「どうするってどういうこと?」

「俺から話すか、そっちから話すか……半分ずつ話していくのもいいかもしれないね」

「私のほうはとても、大切な話」

 久しぶりに見た、決意の表情。二十年程度しか生きていない冬治が見てきた中でも最高ランクの決意の表情だった。

「そっか、なるほどね。凄く大切な話だっていうのは今の表情で伝わってきたよ。ちなみに、俺も同じくらい、大切な話をしたいんだ」

 その表情はいつもと何にも変わらない。たまには店屋物でも頼むかというときと、全く変わっちゃ居ない。

「ごめん、夢川君の表情いつもと変わらないから大切な話かどうかわからない」

「……あ、別に決意の表情はしていないからね」

 顔をぺたぺた触って冬治はきりりと表情を引き締める。

「どう、この表情? 正直な感想でお願いしたいんだけど」

 ここは正直に言ってあげるべきだろうか。コルクの顔には迷いが見て取れた。

「正直、微妙」

「そっか、あはは、いいんだ。シリアスな顔は似合わないってよく言われるし」

 でも探偵系ってシリアスな顔よくするよね。コルクはその言葉をジュースと共に飲み込んだ。少々苦いオレンジジュースだ。残り一割は苦味系の何かが入っているのだろう。

「どっちも大切な話。先に言うか、後で言うかで色々と代わると思うんだよね。だから、ダーツで決めない? フェアプレイで」

 そういって壁を指差した。安っぽいダーツ道具がまとめてかけられている。

「ごめん、私ダーツ苦手」

「うん、それならフェアじゃないね。じゃあ……」

 サイコロ、一生ゲーム、将棋、囲碁……などなど、色々と提案をしてみる。これだというものになっても、将棋だとボードはあっても駒が無かったり、囲碁だとその逆だったりする。

「よし、じゃんけんにしよう」

 コルクはちゃぶ台返し後におちょくってんのかごらぁと言いたくなった。

「凄く、無駄な時間をすごした気がするんだけど」

 どうにかこうにか感情を押し殺し、冬治を見やる。

「気のせい気のせい。んじゃ、行くよ。じゃーん……」

「待って」

 ちょきを出そうとしていた冬治は慌ててグーを出した。

「な、何さ? じゃんけんも苦手だから嫌だなんて今更言わないよね。さすがにじゃんけん駄目だって言われると……」

「私、グーを出すよ」

 無表情でコルクは言った。

「え?」

「夢川君、さっきちょきを出すつもりだったでしょ」

「いや、違うよ。グーを出すつもりだった」

「そっか、じゃああいこだったんだね」

 なんだ、こいつは。冬治は目の前で薄く笑うコルクを見た。その笑み、嘲笑。ただ薄く笑っているだけなのに、冬治には小ばかにして笑っているように見えるのだ。

 偶然、良くある偶然っ。たった一度当てられただけだ。

 冬治は自分を鼓舞させる。人の心を理解できるわけもないと。相手の心理は読めても、心は読めないとっ。

「ねぇ、夢川君。何か、賭けていなくてよかったね」

「は、はぁ? 何を」

「だって、賭けていたら夢川君の負けだった。そうでしょ」

 コルクは笑った。唇を歪め、喉を鳴らすようにして笑うのだ。その嘲りは冬治の全てを、虚勢を見透かすような微笑っ。

「……あのさ」

「ん? 金額を倍にして勝負する?」

「……どこら辺で落とすつもり? のったはいいけど、終わりが見えなくって」

「こほん、じゃあここら辺で終わらせておこうか。まさか夢川君が乗ってくれるなんて思わなかった」

 俺もコルクさんがそういった方を知っていたことに驚きだよ。冬治はため息をついてまたもグーを作り出した。

「じゃあ、改めて。じゃーんけーん」

「ぽんっ」

 冬治、パー。コルク、グー。

「よし、まず一枚」

 一枚目は当然、屈したからである。

「一枚?」

 コルクの言葉に冬治は今の状況を思い出した。

「ごほん、なんでもない。んじゃ、俺から話すね」

 アウトでセーフな方向性のじゃんけんではない。もちろん、掛け金倍増でのじゃんけんでもない。どちらが先に話すかのじゃんけんなのだ。

「あ、負けたほうが先に話すのか、それとも勝ったほうが先に話すのか決めて無かったね」

「もう、いいから。夢川君先に話してよ」

 散々引っ張っておいてそこから決めるつもりかとコルクは冬治のことを少しあきれたような目で見ていたりする。

「ごめんごめん。じゃ、話すね。コルクさん、君、アルケミストって知ってるかな?」

 冬治は回りくどいことが苦手だった。

「……」

「名前ぐらいは知っているよね? 俺、この前起こった小説化消滅……いや、変換事件? その犯人のアルケミストを探すためにあの学園に来たんだよ」

「え」

 冬治はデスクの引き出しの中から冊子を取り出した。

「それは……」

 コルクの目が見開かれる。知っていると、目が語っていた。

「俺が転校してきたときに見つけたよ。不思議な道具なんかが書かれていてね、面白いんだ。これ自体、終わりを見つけられない本だし」

 冬治が全力で本をめくってもページに終わりは無かった。途中から白紙だけが続いている。冬治がめくればめくるほど、永遠と白いページは増えていく。それでいて、本の厚みが変わるということはない。見ていて不思議な現象だ。

「知っていること全部、話して欲しい。もし、話してくれないなら……ちょっと面倒なことになる」

「面倒なこと?」

「詳しくは教えられないよ。コルクさんが想像するよりも、面倒なこと」

「……校舎内を全裸で走破する、そんな感じ?」

「いや、全然違う」

 それはそれで面倒そうだ。

「話す。といっても、話せることなんてほとんどないけどさ」

「……コルクさん、知っていることは話して欲しいな」

「そうじゃなくて、記憶がね、ほとんど盗られちゃったんだ」

「盗られた?」

 記憶を盗む、そんなに珍しい道具でもあっただろうか。冊子で確認するかどうか悩み、結局コルクの話を待つことにした。

「うん、確か万物融解液を作って、自分の本質を知りたかった。あと、そのコルクの書は多分、大切なもの。それがあれば記憶を思い出せるかもって……失くしたのは偶然。夜、あの場所で液体を使って、意識が朦朧としていたから間違えて失くしてた。夢川君が出さなかったらずっと忘れていたままだったのかも」

「そうなんだ」

 鵜呑みにするわけにもいかない。見た目に騙されて相手を逃がすのは既に体験済みだ。今にゲル状になってバケツに逃げ込むかもしれない。

「ふーむ」

 見た限り、嘘はついていそうにない。しかし、騙されたくもない。いや、待て、仮にも相手は彼女なのだ。彼女を疑うのは……人として、どうだろうか。

「あのさ、もしかしなくても俺の彼女になったのは……」

「うん、その本が目的」

「なるほどなぁ」

 こちらも似たようなものだ。相手を利用していたのは二人とも。喧嘩はしていないものの、裁かれるときは両成敗だ。

「それで、その。私の大切な話っていうのもそれに関係があること。ごめん、私、焔先輩のことが好きなの」

「ここはがーんっていっとけばいい?」

「う、うーん、どうだろう。わかんない」

 少し前から分かっていたことなので、冬治にとってショックを受けるようなことではなかった。

「じゃ、別れたほうがいいのかな」

「そう、だけどね。その、別れた彼氏に偽の私を捕まえてってなると一緒に居づらいよ。情報共有とか必要だよね。別れたあともお友達でってなると……周りも変に勘ぐるだろうし、優奈、結構鼻がいいから」

 優奈は一度、変なものを見ている。そして、コルクと関係があるかもしれないとにおわせた状態だ。

 ごまかせないわけでもないが、一からの説明と新たな嘘の上塗り……面倒そうだ。だが、別れた二人がこそこそしていたらどんな凡人でも何かあると勘ぐるだろう。

「……じゃあ、現状維持のまま、俺はアルケミストを捕まえて、コルクさんは焔先輩を捕まえると?」

 俺、上手いこと言ったかもしれないと呟いた。

「うん、出来ればそれがいいっていうのは……むしが良すぎるかな。夢川君って焔先輩とも仲良くなっているし、何か頼めるかもしれない」

 こりゃまた無駄な仕事を積まれたものだ。冬治はため息をついてコルクを見た。申し訳なさそうで、どこか期待した目をしている。

「いいよ」

「ありがと……あのさ、全部終わったら何かお礼するね」

「お礼ね、別にしなくていいよ」

「ううん、こういうのは気持ちだから」

 なるほど、仮にも彼氏がいながらほかの人物を好きになった。さらに、その人とくっつけて欲しいときたもんだ。

 もう、苦笑するしかない。

「んじゃ、これからお昼は毎日焔先輩を誘おうか」

「う、うん。夢川君からお願いできる?」

「わかった、やるよ」

「最近さ、周りからあまり仲良くないね、破局寸前って言われてるよね」

「ああ、そうだね。いまやクラスの噂の元だよ」

 これも愛の一つの系統かと言われている。実際、お互いに打算で付き合っていたから愛はないのだ。あるなら、哀だ。

「このままだとまずくない?」

「ん、そうかな」

「そうだよ。怪しまれるかも。現に、優奈だってどこかおかしかったでしょ?」

「一度もめてたね」

 二人が軽く言い争ったのは珍しい。スーツの男とあんな雰囲気になったらお互い飛び出す危険なおもちゃを使用していて超エキサイティングしていたところだ。

 仲がいいほど、喧嘩をしたときの反動は激しいものがある。

「デート、したほうが良くないかな。デートしたこと無いって周りに言ったら凄く驚かれた。まだしてないんだって」

「ああ、そうなんだ。別に行かなくても口裏を合わせておけばいいんじゃないの」

 映画を見るために待ち合わせをして、映画を見て、お昼を一緒に食べて、からのショッピングで充分な気がした。この程度なら口裏を合わせるなんて余裕だ。

「ふふ、夢川君は女子の追求の凄さを知らないからいえるんだよ」

 どこか暗い笑みをたたえている。

「仮想デートで満足している恋人なんて私は嫌だよ」

 そんな事を言うコルクはやるならとことん派なのかもしれない。

「そっか、わかった。じゃあデートしよう……焔先輩も呼ぶ?」

「それだと、この前と一緒になるから今度は二人きりで。その、焔先輩と行くときの練習したいなって」

 踏み台。紫色のあれと同じで冬治は踏み台にされたのだ。大人への階段を上がるための、踏み台だ。

「ま、いいか」

 恋する乙女の表情は見ていて悪くは無かった。多少、強引な方法をとられたものの、今はアルケミストを捕まえるのが先決だ。

「それで、デートコースはどうするのさ」

「うん、夢川君が決めて」

「え、俺?」

 何か嬉しいことでもあったのか、コルクは非常に楽しそうだった。

「今度中間テストがあるでしょ? 三年って受験もあるからさして難しい問題も出ないんだって。だから、そのタイミングで焔先輩と夢川君が一緒に遊びに行って、その行った場所を参考にしつつ、私がデートコースを作る。それから、私と夢川君がデートコースを回る。夢川君からアドバイスをもらいつつ、ね」

 女の子ってたくましいな。冬治は近くの窓から紙ひこうきを飛ばしたくなった。

 手伝うといった手前、取り消しは出来ない。

 まさか焔先輩とデートすることになるなんてね。冬治はめぼしいデートコースを頭の中にまとめるのだった。

「あ、適当に駅前でぶらぶら、なんて駄目だよ。きっちりしっかりやってもらうから」

「……わかった、本気出すよ」

 まともなデートなんてしたことないなと冬治は一人ごちるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ