父と母の再構築
父が頻繁に出入りするようになった。
いつ再婚したのかは後々知ることになる。
父は土方の仕事で内地に出張することが多くなった。
最初のころは比較的、暴力や暴言なども減っていったように思う。
父が出張中に、母は再び不倫相手を家に入れるようになった。
ある男が家に入り浸り母と仲良くなっていたころ、
突然「○○ちゃん好きなもの買ってあげるから一緒に出掛けよう」と言ってきた。
私は嫌悪感しかなかったため、何度もやんわりと断るが、母が押しに押しまくってくる。
何か企んでいるのはわかっていたが、嫌々ながらも男の車に同席した。
大きなデパートに連れて行ってもらい、クレープをごちそうしてくれた。
何が欲しいかと聞かれ、ずっと欲しかったスティッチの大きなぬいぐるみにした。
ちゃんとお礼は伝え、そのあと普通に自宅へ帰ってきた。
私の警戒心はなくなっていなかったが、よくしてもらった以上は、
変なことをしてこない限りは、リビングにいるときに話しかけられた際は
返答していた。ある日、私が当時ハマっていた少女漫画を見ようとしたときに
部屋にないことに気づいた。リビングに行ってどこかに忘れたのかもしれないと思い
探していたら、その男が声をかけてきた。
「○○ちゃん、そんなエッチな漫画読んでるのー(ニヤニヤ)」と。
心底気持ち悪かった。急いで漫画を回収して自分の部屋に戻る。
ずっと避けていたのが気に食わなかったのか、母と上手くいかなくなってのか
その男は知らないうちに見なくなった。
そのあとも頻繁にいろんな男が出入りしていたが、
私は慣れてしまったのか気にしないようになっていった。
ときは流れ、私は小学校4年生。弟が一年生。次男が三歳になっていた。
この間も母と父が出張後のギャンブル生活は変わらず。
祖母の素行も変わらずだった。
誕生日に私は当時はやっていたゲームを買ってもらった。
友達と公園で外遊びもしながら、ゲームで通信したり楽しい小学生生活だった。
しかし、両親がギャンブルで負けると毎回夜中に夫婦喧嘩、夜ご飯ももちろんなし。
お風呂も昔のアパートで湯をためて洗わず炊きなおして腐った匂いのするお風呂に入り、
シャワーで何とかすましていた。ゲームが突然家からなくなるときは大体生活費が追い付かずに
両親が中古屋で売っていた。最初はショックだったが、買ってもらっては売られの繰り返しだったので
何とも思わなくなった。
ある日いつものごとく親が返ってこず、ギャンブルに夢中になっていたころ。
弟が小児喘息の発作を起こした。ヒューヒュー呼吸が鳴り、苦しくなったり、
どんどん息が苦しくなっていくのが分かった。親には薬がどこにあるのかも
知らされていなっかのでパニックになりながら、家電で母と父に電話をかけまくった。
しかし、一向に出ない。弟の命が危ないと思い、当時の私の担任の先生にSOSを出す。
先生は電話にすぐ出てくれて、応急処置の仕方、万が一の救急車の呼び方を教えてくれ、
弟にすぐその方法を行い、少し落ち着いてきて呼吸が時間をかけてゆっくりになっていた。
私は先生に何度もお礼を言った。先生が「何か困ったらいつでも連絡してね。」
と言ってくれとてもありがたかった。
両親が夜中に帰宅した際このことを話しなんで電話に出てくれなかったのかと
激しく怒ったが、母は「そんなんで死なないから(笑)」と。
心の底から怒りがこみ上げた。もうこの大人たちは頼りにならない、そう確信した。
あくる日の長期休み。朝からまた両親がいない。冷蔵庫は空っぽ。
お金も置いて行ってくれない。空腹に耐えかねた私は、ティッシュを口に入れて
味をかみしめる。ティッシュって意外と甘くておいしかったのをいまだに覚えている。
小さい弟たちには何か食べさせないとと思い、家じゅうを探し回って、一円玉貯金箱を
何とか探し当てた。一枚ずつ数えて、1円玉を百枚、サンセットを自分の財布に入れて、
弟に買い物行ってすぐ買ってくるからお家で待ってて、危ないことしないようにねと
言い聞かせ、近くのコンビニに。大きなペットボトルのジュースと卵、ウインナーを
かごに乗せ、レジに。店員さんも大量の一円玉を出され困った様子だったが、
すみません、すみませんと頭を下げて、これが買えないと兄弟に食べさせられないのです、、、
と頭を下げた。なんとか時間はかかったが、店員の優しいお姉さんが数えてくれて
買うことができた。急いで家に帰り、弟たちの安否を確認し、
キッチンに立って卵料理と焼いただけのウインナーを弟たちに食べさせた。
そのころ真夏だったので、弟たちはジュースをがぶがぶ飲む。私も乗りの量を確認しながら飲む。
そんなような生活の中もうついに限界で、担任の先生に相談した。
先生は学校に来れなくても給食費を払えてないくても、
もってける日は給食の残りを届けてくれた。
あの日兄弟で食べた給食のハヤシライスのおいしさが忘れられない。
気づくと父は出張に行かなくなり、四六時中家にいることになっていた。
母は代わりに朝昼晩働いていた。
父は、朝から酒を飲みながら横になってパチンコのテレビ番組を見ていた。
お腹がすいてリビングに行こうとすると、父が逆行し、
私たち子供に「下に降りてくるな!うるせえな!殺すぞ!」と脅され、
みんなのどが渇いても、お腹が減っても耐えるしかなかった。
時々、父が機嫌がいい日は何かしら用意してくれることもあったが、
料理の内容が、水出し麦茶に浸したお米にふりかけを乗せるという父オリジナルお茶漬け
だった。あまりにも不味くて食べれなかったが、「おいしいだろ」という父に
逆らったら暴力を振るわれるのが分かっていたため、もらえるだけでありがたいと
我慢してばれないように嗚咽しながら間食した。
母は帰宅後へとへとで話を聞いてくれる様子もなく、
次第に新しくできた男の家に泊まるようになっていた。
どんどんまた家庭が壊れてく音がした。
そんな時、出会ったのがTさんという母の友達でいてくれた弟のママ友さんだった。
弟の小学校入学のときにお友達ができ、その友達のお母さんで、とても
私たち兄弟を可愛がってくれていた。こんなに優しくていい人がママとつるんでくれてるのが
不思議だった。これから登場してくるTさんは私の今後の人生でも支えてくれる命の恩人となることとなる。母が仮面を作り虚言壁や、自分の都合いい時に利用してこの人を傷つけていると知るまでの
物語を書いていこうと思う。




