第4話「整いすぎた庭」
照会書が届いたのは、澪が根の地図を仕上げた翌朝だった。
御子柴がプリントアウトを澪の机に置いた。県警サイバー犯罪対策課長名の、捜査関係事項照会書だ。
「来たな」御子柴が言った。「君が地図を描いて構造が見えたから、警察も“何を訊けばいいか”が明確になった。照会の対象がピンポイントで書いてある」
照会されているのは二つ。ひとつは、マコトのエンジンが検出した詐欺アカウントやIPなどの情報。もうひとつは、金のチョークポイントを解析した根の地図だ。そしてこの書面は、片側通行ではない。
「両方向ね」澪は書面の項目を指でなぞった。「私の解析を渡す代わりに、被害者のデータを正式に譲り受ける。実名の個人情報は、この書面が来ないと私の手元には来ないから」
「そこまでして被害者の名簿を欲しがる理由は」御子柴が訊いた。「犯人側の構造は、もう描き切っただろう」
「描いたのは、片側だけよ」澪は根の地図を指先で示した。「広告も、口座も、インフラも――ぜんぶ“撃つ側”の骨格。でも、それがどこに、誰に当たったのかは、この地図には載っていない。撃たれた側を、私はまだ一度も見ていないの」
「実際の被害と、突き合わせるわけか」
「撃ち手の絵が、ほんとうに人を撃った絵なのか。重ねて、初めて裏が取れる」澪は書面を置いた。「片側だけの地図は、まだ半分よ」
御子柴は頼もしそうに薄く笑った。
***
警察から下りてきた被害者データを、澪は自分の地図へと重ねた。撃った側と、撃たれた側。最初はただの答え合わせのつもりだったが、データの落ち方が明らかにおかしかった。
「……ばらけてない」澪は画面を凝視した。
「ばらけてない、とは?」御子柴が顔を上げた。
「無差別なら、引っかかった人の年齢も関心もばらばらになるはず。撃つ数が多いほど、ばらける」澪は年齢と地域の軸で被害者を撒き直した。「これが、寄ってる」
年齢、地域、関心。普通なら四方八方に伸びる雑草の根のようになるはずのデータが、寸分の隙もなく寄り集まり、幾何学的な塊を成していた。まるで、職人が丹念に刈り込んだ庭木だ。
「配信の偏りかもしれない」御子柴が確かめるように言った。「詐欺側が、高齢の富裕層に届く広告面を狙って撒いただけ、とか」
「私も最初はそれを疑ったわ」澪は別の窓を開き、詐欺広告が表示された母集団の分布を隣に並べた。「配信で偏ったなら、“広告を見た人”の山と“引っかかった人”の山が、同じ形で重なるはず。でも──ずれてる。撒いた網は普通に散ってるのに、獲物だけが一点に集まってる。届いた中から、当たりだけが抜き出されてるのよ」
その一言で、二つの分布の食い違いが誰の目にも見える形になった。
「整いすぎてるのよ。自然に生えた形じゃ絶対にない。これは――狙撃の跡」
彩と御子柴が画面を覗き込んだ。
「あらかじめ設計された“庭”よ」澪は続けた。「誰かが、騙されやすい人を選り分けた“名簿”を裏で流してる。当たりやすい的だけを並べて、そこに精密に撃ち込んでるから、これだけきれいに揃う。……手際がよすぎるわ」
「警察に申し送りをしておこう」澪は言った。「どこかに選別のためのリストがあるはずだと。それと、明日には新しいインフラへ枝が生え変わる。だから、マコトの中で網を回し続け、更新した解析をその都度警察へ渡す。描き続ける地図を渡すのよ」
御子柴はその意味をすぐに理解した。彼は警察の窓口へ、解析の所見と、今後の継続的な情報提供の約束をまとめて申し送った。
「いいな、それは」御子柴が戻ってきた。「“詐欺ゼロ”を掲げて官民連携で解析を出し続けるプラットフォーム。いい実績になる」
澪は興味なさそうに肩をすくめた。「私は仕組みを作っただけ。信用を回収するのはあなたの領分でしょう」
***
御子柴は、いつの間にか用意していた皿を澪の手元に置いた。三日も品切れが続いていたはずの、季節限定の一皿だった。
「経費だ」御子柴は短く言った。「CTOの判断精度は、会社の資産だからな」
澪は画面に目を戻したまま、フォークを取った。
「……まあ、悪くないわ」
御子柴が満足げにコーヒーを淹れに立つ。その背中に、彩が聞こえないほどの声で呟いた。
「(品切れの一皿を、どこからか三日ぶんの執念で調達してこられたのですねぇ……。それを“経費”の一言で澄ませておいでとは。御子柴さま、本日も片想いは見事に黒字でございます)」
「で、どうやって気づいたんだ。あの整いすぎに」御子柴が訊いた。
「地図と被害を重ねて、寄り方が偏ってた。配信の偏りって線を潰したら、残ったのが“選別”だっただけよ」
澪はフォークを動かした。品切れだったはずの一皿がなぜここにあるのか、その理由を彼女が考えることはなかった。
***
それからしばらくして、詐欺リングの一味が一斉摘発された。ニュースの扱いは控えめで、押さえた末端の人数と被害額が淡々と報じられていた。記事のどこにも、シグマの名も、澪が描いた地図のことも出てこない。ただ、逮捕された口座の並びは、澪が「金の要」と印を打ったノードと綺麗に重なっていた。名前の出ない一枚の地図が、扉の位置を正しく指していた。
「全部は獲れてないんでしょう」澪は記事を横目に言った。
「ああ、末端を押さえただけだ」と御子柴。
「でしょうね。上は匿名で、海外に拠点があれば踏み込めない。しばらくすれば、別の顔で湧いてくる。それが相手の設計だもの。でも、抑止と被害の最小化ができれば、それで充分よ」
澪が画面の隅に呼び出した根の地図では、摘発された末端のノードがいくつか灰色に沈んでいた。しかし数日と経たず、かつて澪が「ここに何かある」と睨んだ姿なきハブの位置から、また別の若い線が芽を出し始めた。切られた尻尾の代わりに、時間をかけて別の神経を繋ぎ直すように。
「トカゲの尻尾を切っただけね。システムのほうは、まだ生きてる」
灰色に沈んだ末端の奥で、名指せない中心がまた蠢いている。
構造の上を警察が歩き、人間を捕まえた。
しかし、あの「整いすぎた庭」を作るための、騙されやすい人のリストはどこから来ているのか。
澪の手元には、その冷たい違和感だけが静かに残っていた。
窓の外で、夜が明けようとしていた。
見比べて気づく、不自然なほど“整いすぎた”手つき――手入れされた庭のような違和感にゾクッときたら、【びっくり】を! その正体は伏せたまま、いよいよ決着へ。続きはブックマークで。




