第十九節 混沌と普遍の狭間で (第二章完)
――あれ……?
どこかで、風の音がしている。戦線でそんな音、するわけないのに。
……戦線……? ……そっか。
さっきまで全身を焼いていた痛みが、遠くにある。
身体の輪郭が曖昧で、指先の感覚もない。
でも、落ちていく感じだけは、はっきり残っていた。
暗い。
けれど、どこかあたたかい。
木の、匂い……?
いや、するわけないか……。
……ランド。
ランドが二十秒、耐えてくれたから最後の矢を放てた。
……でもさ、あんなの、避けられるわけないじゃん……。
ぼんやりした意識の中で、さっきの光線が頭の中に焼き付いて離れない。
黒い光。
空が割れる音。
大地がえぐれた衝撃。
声を出そうとしたけれど、喉が動かない。
代わりに、胸の奥で言葉が浮かんでは消えていく。
ぼんやりとした意識の底で、誰かの声が揺れている。
いや……揺れてないか。
ふぅ。
ゆっくりと、意識を浮かせていく。
光が滲む――。
*
青空。
わたしは、ガバッと起き上がる。
そして、体じゅうを触った。
また、あお向けに寝ころがった。
「よかった……ぜんぶ、ついてた」
「なんて言い方をするんだ……」と、ランドは言った。「ついてなかったことがあるのか……」
わたしは、空を見上げた。
「はぁ……死ぬかと思った……」
「……本当にな」
「……あ」顔を左に傾けて、隣にいるランドを見る。
「外殻は取ってくれた? どこかに飛んでったはず」
「……いや、まだ」
ランドは、ちらっとわたしを見て、
「それ、そろそろいいか……?」
そう言って、わたしの下のほうに視線を送った。
背中の下には、淡い木の魔力がまだ残っていた。
――ずっと魔力坐をつくってくれていたんだ……。
ランドは右手に杖を握ったまま、右膝を立て、その膝に腕をのせて座っている。
ランドは放出魔力なのに……いまも魔力を消費し続けているのに。
「うん」
魔力坐がなくなって、わたしは少しだけ沈んだ。
杖を消した途端、ランドが急にのけぞった。
「ぶはぁっ……っ!」
物凄い音で、息を吐く。
「……べつに、よかったのに……」と、わたしはつぶやいて、
「それで……何だっけ。あとで話をさせてくれ、って?」
ランドに声をかけた。
息を整えたランドは、ようやく口を開いた。
「……何人か……見にきていたな。あれは戦士なのか」
「ヘぇ……? 話す気はないわけだ……。
……まあ、十二番線であれだけやったんだし、見にきたのかもね。そのうち噂が広まるよ」
わたしはゆっくりと起き上がり、目の前の光景を見た。
丘陵はほとんど吹き飛んでいた。いくつか散らばっていたはずの岩はもうない。
また寝た。
「……でも、また丘陵はもとに戻るよ」
「修復……だったか。それはなんだろうな……。
傷とか、破れた服まで見るたびに直っている気がしたな」
わたしは、はっとする。
わずかに寝返りをうって、ランドに背中をむける。
「やっ、やぶれ……みられ……」
「自分の服のことをいっているし横目で見られる範囲のことだけだ」
ふたりして黙った。
切り替えよう……恥ずかしいし。
「……にしてもね、わたしたちじゃなかったら、何人やられてたことか。
まあ、これだけやれたから、もう新天地行っても大丈夫かもね。なんとかやれそうじゃない?」
「…………」
わたしはバッと起きて、首をぐるっと回して、ランドを見た。
「……で! 何を話すの? 怒ると思ってんの?」
「……はあ」
ランドは、しばらく間を置いた。
「……祈った結果がこれなら……
おれは……ここにいるべきではないんじゃないのか」
「これからはとどめはわたしがやったほうがいいかもね」
わたしは、とっさに返事していた。
「……は」
「わたしじゃなくても、組織の誰でもね。言ったでしょ? あの崖の上で。もう組織に入っちゃったんだから、逃げられないんだよ」
わたしは、にやっとしてみせた。
ランドは――なんか諦めたような顔で――笑った。
「……ねえ、わたしからいっこ、言っていい?」
「……」ランドは前を見たまま、静かにうなづいた。
「ランドは、普段はそんな感じなのに、戦いかただけ……なんか、こう……
魔力全部ぶちこんじゃう感じ? 後先考えないというか……。力抑えられないタイプ?
なに? クニツカミって。ぶらぶらしてたけど」
「……クニツカミ……?」と、ランドはつぶやいた。
「……ええ? ランドが言ったんでしょ。あの木のお人形」
ランドは黙り込んだ。
「……さあな。あれが……クニツカミ……」
ランドは右腕を上げて、顔を隠した。表情は見えない。
「必死だったからな……」
――あ。
ランドが戦線に出てまだ三日目なの、忘れてた。
「なんなんだ……でかすぎるだろ……」ランドは力なく言った。
必死で……。ほんとに、必死で戦ってた……。
「……いっ、いやもう! ほんとにね。わたしも初めて……あんなの。
信じられないよね。いまもあんなでかいのと戦ってる戦士がいるなんて……」
わたしは目を擦りながら、
「ぁ……あ! あれじゃない! 外殻、あの黒いやつ」
「……ああ」
「今日はもう十分かな。疲れたし、戻す者呼んで帰ろっか。
ソウは戦線にいて、街に戻ってくるのは夜だろうから、そしたら動こう」
そう言って、わたしは立ち上がった。
「ソウか……そういえば、そうだったな」
ランドも立ち上がった。「見に来ていたやつらのなかにはいなかったはずだ」
「来るわけないでしょ。感知できないんだから」
「まだ辛辣なのか……」
歩きだすと、背中のほうからランドの声がした。
「おれのせいだ。……悪かった」
わたしは振り向いて、笑いかけた。
「いいよ別に! 気にしないで!」
そう言った瞬間、抉れた地面に足を取られて転びかけた。大地は、戦いの跡でボコボコになっている。
ふと見上げると、空の青がどこまでも続いていた。
いつもと同じ空。陽光はさんさんと大地に降り注いでいる。
魔獣の気配は、しばらくはなさそう。




