第十六節 祈りの代償とクニツカミ
魔獣から吹き荒ぶ圧を、まともに受けて立っている。
覚醒のピークは――そろそろ終わる。
覚醒の魔力は、最初に膨れ上がり、最後に収束する。
それでも、一層重く響き続ける破裂音。まるで大地が鳴っているかのよう。
獣力の性質は、爆発魔力。
揺らいでいた獣力が、ゆっくりと魔獣の中へ吸い込まれていく。
気取られたら、終わる。
流れから漏れた殺意の塊みたいな爪と牙。あれにやられたら、死ぬ。
意識が研ぎ澄まされていく。
その奥で、あのときのリーダーの言葉が浮かんだ――。
*
まだわたしが組織に入ったばかりのころ。ヴァンに渡された魔獣等級の紙を眺めていると、リーダーがすっと現れた。
もっとも、ちらちらとこっちの様子を伺っていたのは気づいていたけれど。
「ヴァンは色々と渡すだけ渡していってしまったようだ。説明は必要かい?」
「え……いや、別に」
「これはねえ。ちょっと問題があるよねえ」
「ねえ……どうしたの、急に」
「千年という長い時間は、僕たちを戦線という型に嵌めるには十分過ぎるんだよ」
リーダーは紙を指先で軽くなでた。
「太陽は東から昇って、西で長く滞空する。
その光を求めて、魔獣は東の果てから押し寄せてくる。
おあつらえ向きにね。君のお気に入りの言葉だろう?」
「……」
「――はは。そんな楽しそうな顔をしないでくれよ」
「煽ってるんだけど」
「……だから、最前線の戦士が強い魔獣を倒す。結果、弱い魔獣だけが十二番まで流れてくる。
で、これまたおあつらえ向きに、僕たちは魔獣の強さが分かってしまうんだ。
離れた場所にいる魔獣の力さえ感じ取れる。等級という目安まで作ってね」
「……それで?」
「問題というのは、等級は便利だけど……戦士の心まで縛っていやしないか、ということなんだよ。
無意識のうちに自分の幅を狭めてしまう。自分はここまでだって」
「……」
「うん。もう少しで終わるからさ。
……そうなんだ、僕はいままさにこういう感じなんだ。最適な言葉が次々と浮かんできてる。これまで、わだかまっていた全てを君に――」
「あぁーっ! もう!」
「ただね、リオナ。
勝手に造り上げたそんな階級に固執してるばかりに……
僕たちは黒い森の縁から、わざわざ魔獣を招き入れてるんだ」
「招き入れる……?」
「魔獣を後ろに流すのは危ないよ。
ただ偶然に上手くいってるってだけで、僕たちは不安定でぐらぐらした台の上で、なんとかやれてるだけなんだ。
ほら、轟なんて最たる例じゃないか。覚醒はそこに刻まれてるように、容易に起こる。
限界なんて、魔獣はすぐ超えてくるのにさ」
「……じゃあ、どうするの? そんなこと考えたのはリーダーだけじゃないと思うよ。
でも、上手くやれてた歴史が証明してるんじゃないの? 問題ないって。
でさ……リーダーはさ、何が言いたいの? 結局」
「結局……か……じゃあ、こうしよう。
みんな、本気でやる。後ろにいることに甘えない。
それが……一番現実的で、僕の言いたいことかな」
「戦士をなめてるの?」
「いいや……悪かったよ。なめてなんかいやしないよ。
最近……なんだかおかしくなっていてね。
……ただね、もしそれすらできないなら、
戦線という考え方そのものを見直すしかない」
リーダーの声が低くなった。
「光に頼り切った仕組みを……
あの象徴を、いったん壊してでもね」
「……あの、リーダー……?
よく知らないけど、その思想はやばいよ?
みんな頑張ってるんでしょ。リーダーほど強くない。
そりゃ、死んじゃう戦士はどうかと思うけど」
「はは……わかったよ。もう」
リーダーの顔が、ふっと優しくなった。
「やばいかあ。そうだよね。おかげで、目が覚めた気がするよ。
ありがとう。リオナは、ホントに強いねえ」
無意識に留めていた記憶――。
*
――ドンッ!
背後で、ふたつの気配が途切れた。
振り返らなくても分かる。ランドがあの二体の魔獣にとどめを刺した。
すぐ横から、荒い息が聞こえてきた。
「……リオナ……」
ランドが駆け寄ってきた。全速力で。
わたしは魔獣から目を逸らさず、何も言わない。
――きれる。
いま、この状況で「おれのせいだ」とか「祈ったせいだ」なんて言おうものなら。
ランドは息を整えながら、短く言った。
「……あとで、話をさせてくれ」
わたしはほんの少しだけ笑って、
「よしっ! あとで、ね……。
じゃあ、今は本気でやるよ!」
ランドは杖の先を地面に叩きつけた。杖を中心に、何かの記号みたいな光が波紋のように広がった。
「クニツカミ」と、ランドは言った。
……は?
「なに――」
次の瞬間、下から何かが盛り上がってくる気配が走った。
わたしは反射で跳んで避ける。
視界の端に、大地を突き破って立ち上がる巨体が映った。
三十メートルの轟魔轟獣と並ぶ高さで、真正面にそびえ立ったのは、木の人形。ランドの魔力が、樹の芯を駆け巡っていくのが分かった。
一本の巨大な樹の柱の底に、球の下半分みたいな足がひとつだけくっついていて、
そのせいで、不安定にゆらゆら揺れていた。
肩あたりからは、逆さにした樹のような腕が二本伸びて、先端の分厚い葉の塊から魔力の波動が漏れている。
ランドは、その大きな人形――クニツカミの頂上に立っている。
轟魔轟獣が爆ぜ、大地が深く沈んだ。
空気が震える――
来る。
わたしは矢を構え、風を噴かせる。
凄まじい勢いで魔獣が突っ込んできて、クニツカミの胴体をぶち抜いた。
巨体がぐらりと傾く。クニツカミの横をすり抜けながら、
わたしは、魔力を込め続けていた矢を全力で投げつけた。
風を纏う一撃。避けられたけど、矢が切り裂いた軌道を突風が奔り、魔獣の体勢を崩した。
体勢を崩したまま、爆ぜた魔力に押し上げられた魔獣が宙を飛び、こちらへ飛びかかってくる。
決戦が、始まる――。




