第十三節 戻す者 ②
象種の魔獣が丘陵を踏みしめるたび、地面を震わせていた。
象種がわたしの気配に気づく。こちらを向くより早く、わたしは上空から矢を放った。
――本気で、気を抜かない。
そう決めて跳んだはずなのに、着地したときにはもう魔獣は倒れていた。
風の魔力の余波がおさまる。
十メートルはあった魔獣の巨体は、丘陵を押しつぶすように横たわっていた。
気を抜かない。
そう思ってはいても、わたしは一番戦線の戦士。やっぱり、十二番線の魔獣は話にならなかったりする。
外殻を落としやすいように、象種の重い頭を少しだけずらす。そうしていると、魔力坐の音が近づいてきた。
ランドは、なぜか急いで来た。祈らないからといって、空葬がそんなに早く始まるわけでもないのにね。
「こいつの外殻は分かりやすいよね。ここ」
わたしは、象種の口から突き出た長い牙をこつんと叩いた。
ああ、とランド。
「これを切って落とします」
わたしは手に形成した魔力の刃を握り、思い切り振り下ろした。
ばきっと音がして、外殻がごとん、と地面に落ちる。
いつものように、切り口はところどころ波打っていて、細かい欠けがいくつもあった。
「まあ、剣士じゃないから、断面はこんな感じだよね」と、わたしは言った。「でも、なんとなく刃っぽくはしてる。剥がせればいいから、形成するのは別に棒でもなんでもいいよ」
自分の切れ味のなさそうな魔力の刃を見て、
「……カルラならもっと音もなく、スパッといくんじゃないかなあ」
そうつぶやいた。
「外殻の状態はどうでもいいんだな?」
ランドは真面目な顔で、刃と外殻をながめている。
「うん。あくまで証拠のためだけ。
じゃあ、これから戻す者を呼ぼう」
そう言って、わたしは外殻を持ち上げる。そして、丘陵の高いところへ運びはじめたとき、
背中のほうで、ぱしゅっと音がした。
――空葬が、始まっていた。
わたしは、歩くのをやめて、振り返る。
気配で、ランドが立ち止まっていることがわかったから。
空葬は、魔獣を殺したあとに必ず起こる。ランドだって、獣の狩りで何度も見ているはずなのに。
ランドは、空へ昇っていく原形を見上げていた。
「……役目を終えたんだね」と、わたしは言った。
ランドは無言のまま、こくりとうなづいた。
わたしは前を向き、肩にのせた外殻を軽く振った。
「今度は、この外殻はわたしが倒したものだよって証明しないとねー!」
なだらかな坂の途中から見える空は晴れ渡っていた。
少し経って、ランドがあとをついてきた。
「――あ……あれ……?」
丘陵の上に立ったわたしは、両足のポーチに手を突っ込む。
「いつも、なにをそんなに詰め込んでるんだ?」と、ランドは言った。
「……女のコにさ、そう言うこと聞く? 普通。
……あ、あった」
取り出したのは、戦果を証明するための道具――
わたしの戦士番号が書かれた――番号布、
煙信玉、それから、火打ち石と打ち金。
まず煙信玉と火打ち石のセットをランドに手渡し、細長い布を外殻の先端に括りつけた。番号がよく見えるように。
垂れ下がった布を指さして、
「この番号で、どの戦線にいてもわたしの戦果だよって伝わる」
「なるほど」
ランドはうなづき、手に持った道具をながめた。
「それで……この玉に火をつけると、何かが出て……リターナーが来る?」
「そう。真っ白なケムリが出る。
煙信玉っていうの。
外側に火花を落とすと着火して、中には燃えつづけるものと、煙をゆっくり出し続ける粉が入ってる」
わたしは考えてから、「五時間は余裕らしいね」と言った。
「へえ」と、ランドは言った。
「リターナーと直接合うわけじゃないんだな」
「そうだねえ。ケムリを見た戻す者が、取りに来てくれる。
戦士はそのあいだにも魔獣を倒す。効率的だね。
わたしは煙信玉の仕組みを知らないけれど、それを作ってるひとがいる。
みんな、それぞれのことをしてる。
でも、間違いないのは、戦線にいる人は、全員前を向いてるってことだよね」
ランドはなにやら鼻でわらって、
「分かった。
……じゃあ、おれの番号も必要か」
「え……?」
わたしは、きょとんとした。その反応に、ランドは道具を持ったまま固まった。
「いや……なんだ……?
その番号の登録は時間がかかるのか?」と、ランドは言った。
「……すぐだよ。査定所はどの街にもあるから……」
「そうか……」
少し間を置いて、ランドは眉をひそめた。
「は……? おそらく、その査定所から金が払われるんだよな?」
「まあ……」
ランドは納得してない様子で、わたしを見据えてきた。さらに間を空けてから、
「うわ……」
わたしは、やれやれ、と首をふった。
「はぁ……。誤解してる。
べつにお金を独り占めしようってわけじゃなくて……
ひとつ、聞きますけどもね。
ランドはひとりで戦線に出るつもりあるの? 番号いる?」
「いや……いくだろ……。
必要だ。番号も……それに火打ち石も、だ」
「なんで!」
ランドは口を開けて、愕然とした顔をしている。
もう無理だと感じて、わたしはにやっとした。
「冗談だから。昨日は忙しかったから、あとで行こう。
……はぁ」
「……はあ……」と、ランドもため息をついた。
森に一人でいたランドは、火打ち石の扱いが上手かった。そうして、真っ白い煙が、風のない、晴れた空へと上がっていく。




