第十二節 戻す者 ①
「それで、説明したいことって?」と、ランドは言った。
わたしは、にやりとした。
「ランドは、知りたがりだねえ」
「……引き返すか……」
「歩きながら説明するのでダメです」
岩場地帯をまっすぐ貫く街道を少しだけ東に進んで、南へ抜けた。そこからさらに南東へ向かって歩いている。
まわりを見ると、なだらかな起伏のあちこちに、岩がぽつぽつと転がっていた。
踏みしめるたび、土と草が混じった柔らかい地面がわずかに沈む。
いつものように、風は吹いてない。
――ここは、十二番戦線領域。岩と丘陵の戦線。
魔獣の気配は、しばらくはない。
「――ねえ、戦線の仕組みか、魔力の性質の話、どっちがいい?」と、わたしは言った。
「……性質? 停滞とか、放出……のことか?」
「うん。出したらその場にとどまり続けるのが停滞魔力で、進み続けるのが放出。それに、召喚魔力だよね。
あと、ふたつあって、全部で五つだね。
まとめて五精魔力って呼ぶ」
「まだあるのか……」
「そう。循環と、律動。
イメージできる?」
ランドは、考えている。
待っていたら、話したいことが次々に浮かんできた。
循環は停滞に近くて、律動は放出の仲間――そう言われてるけれど――ほんとはまったくの別物だよ。
停滞魔力が循環魔力に変わることはないし。
ぱっと見じゃ違いはわからないかもね。
でも、魔力の動き方も、やってることも、ぜんぜん違ってて――
あと、この違いにもつながる話が、もうひとつ溢れてくる。
四精五系統・召喚一精原始系統。
五系統って言うのは、それぞれの魔力を使う五個の素質――つまり、得意分野のこと。
わたしは形成が得意。ランドは操作が得意なのは、自分でも気づいてるよね?
それで、召喚魔力だけ一精で分けられてるのは、完全に別枠だからだね。
召喚獣を喚ぶだけの魔力。原始系統っていうのは、喚んだ召喚獣の得意なことで……――
全部話そうと思った――そしたら、
「循環は……回って戻る、ってことか? 律動は……あれはなんて言葉だったか……
ああ、波だ。揺れる」
ランドはあごに手を当てて、ぶつぶつと話し始める。
「……それにしても扱いづらくないか? 単純な停滞とか放出と違って。
見た目についてはどうなんだ……? おれは木で。……リオナは、風……
属性って言ってたか。
木と風が同じなわけないよな……そこに絡んでくる要素もあるんだろうな。
だとしたら、ややこしすぎないか……」
ここまで言って、ランドは顔を上げて、こっちを見てきた。
「まあ、まず聞きたいのは戦線の仕組みの方だよな」
……。
「……本を読みすぎてるからそうなっちゃうの?」
「なにがだ」
「……で、聞きたいのは戦線の仕組みなわけだ?」
「さすがに、そうじゃないか?」
「ふーん……」
あとで、ぜったいはなす。
ランドの循環と律動のイメージはちょっと違うから。
「ランドは、空葬して魔獣の死体が消えちゃうのに、わたしたちはどうやってお金を稼いでると思う?」
「……確かに。証明ができないのか……どうするんだ」
わたしは、言葉を選びながら話し始める。
「……空葬した体が消えると、そこから泡みたいな球が何個か出てきて、そのなかに、一番大きな球があるよね。
それを、原形っていうんだけど……」
「……原形……。そうか……」
ランドの返事が妙に静かだったから、なんか、しんみりしてしまう。
「原形っていうのは、元はそのものだった命のことらしくて……。
命の流れの中心――核が、空葬のあとにだけ形として残るの。
けどそれも、すぐに空に昇っていくよね」
わたしは息を吸って、すこし整えてから、
「じゃあ、何が、魔獣を倒した証になるかというとね……。
魔獣が生きてるときから、命の流れが弱い部分があって、そこだけ流れが薄いの。
原形の端っこ。
その弱いところが外に出て、角とか爪みたいな、要は人を殺すための武器になる。
命の流れが薄いぶん外に出やすくて、凝って硬い形になる部分」
ランドは、真剣な顔をして聞いている。「それで……。説明は助かるが、倒した証明の答えは?」
「……ええと。その弱いのに硬い部分が、原形の外側にくっついてるって考えて。
原形の外殻。
だから、角とか爪を死体から外しておけば、空葬が始まるのがとても遅くなるから、それを戦線に置きっぱなしにしておいて、
戻す者に、回収してもらう」
「リターナー……」と、ランドはつぶやいた。
「外殻を戻す者。
戦士の戦果――証拠を、街の査定所に届けて記録にする者。
前へ向かう戦士と逆で、戦線の流れを後ろに戻す者。いろんな意味があるねえ――」
――ふう……。
伝わったかな。ランドは、また黙り込んでしまった。
「……まあ、あとは魔獣を見つけてからだね」と、わたしは言った。
「……遠からず、認識はしてたんだな」
「ん……?」
「人の手が加わると空葬の動きが変わる。
……なんとなく、そういうものだとは思ってたんじゃないのか」
人の手……? わたしは考える。
「……もしかして、いのりのことを言ってる?」
「ああ」
「うーん……。どうだろ。今の話は外殻のことだよね。
少なくとも、ランドみたいに魔獣の命を想って、考え続けることはしてない。
わたしたちは、祈らないよ」
「……そうか。
話を聞いてると、人と魔獣の戦いの均衡だと思ってたが、人の方が優位に立ってる気がしてきたな」
「うん。人は強いし、
勝手だよ。
誰もかれも、自分の都合で動いてる。
……っていうのがランドの思想だったよね?」
ランドは空を見上げていた。なにやら、にやけている。
「おれは、ただそう感じたってだけだ。思想なんて大げさなもんじゃない。祈りも」
「あっ、あのさ……!
……まだ深い話……する?」
わたしは、両手で頬をおさえて、「わたし、ひきつっちゃうけども……」
ランドは、すこしの間かたまった。
そして呆れたように笑いながら、静かに首をふった。
*
丘陵の上から、遠くにいる魔獣を視界に捉えた。
「いるね」
「いるな……」
侵攻する魔獣は一体。たぶん、シルエット的に象種。
「今回はわたしがやるよ。すぐ終わるから、離れて見てて。次は外殻剥いで、戻す者を呼んでみよう」
「ずいぶん余裕だな」
「まさか。本気だよ」
そう言って、わたしは風の魔力を纏って跳躍し、魔獣に向かっていく。




