第二節 黒の世界
こまった!
黒い森に入ったのはいいけれど、切り拓かれてるわけもなく……木とか藪や、落ちて積み重なった葉っぱや枝やらで、常に行き止まりみたいな状態。さいわい、暗くてあたりが見えないなんてことはないけども。
「ふう……」
朝から動き続けてすこし疲れたので、わたしは、わずかな空き地を見つけて休憩することにした。
よいしょ……と、腰を下ろして木にもたれる。
周りを見ても、あるのは黒い木ばかり。黒い森というだけあって、幹も真っ黒。枝も、葉も、そして地面に生えてる植物も黒い。
あらためて、異様な森だと思う。
そういえば、出発前にヴァンが言ってたっけ。
種が黒い木の幹について発芽して、やがてその根は幹に絡みついて成長する。そして、古い幹の隣に新しい幹がぎちぎちに隣り合うような、歪なずれを繰り返しながら、果てしなく上へと伸びようとする、光の大地には無い植生。
森へ入ってみて驚いたことがある。そんな木が変な伸びかたして、上の方はとうに塞がれているはずなのに、ここには光があって、周りが見えないなんてことはない。
――あっ。ヴァンが言ってたことがもうひとつあったっけ。上へ上へ伸びようとする黒い木の成長を抑えてるのは、やっぱり陽の光なんだって。凄いね。
そんなことを考えてるうちに、視界の端できらりと、何かが光ったのに気づいた。その地面のあたりまで、這いながら見にいってみる。
それが何かわかった瞬間――
「えええええっ! あった!」と、わたしは叫んでしまった。
「遺物!」
わたしは興奮している。
誰にも気づかれない黒い森。そのことをわたし――わたしたち――が知っているのは、これまでに発見された、つまり気づかれた森がいくつかあったわけで。面白いもので、そんな珍しい場所には、総じて珍しいものが眠っている。光の大地とまったく違う環境なわけで。
黒い森の遺物としてまず名前が上がるのは――黒樹石。そう、この光り輝く石のこと。
「地表に見えているだけでこの大きさ! 埋まってるのはもっと大きいんじゃないの!」
わたしは、ポーチから採掘道具を取り出す。なかなか目当てのものを取り出すことができず、ポーチの中身がバラバラと落ちているが、それも気にならなかった。
「いったい、いくらになるのかな! かなりの値がつきそうっ!」
と、はしゃいでいたら、わたしはふと冷静になった。
――しまった!
こんな森の中で大声を出すわけにはいかない。
そして、なんとなく進んで来ただけなのにこれがあるということは、この森にはまだかなりの黒樹石が眠っているかもしれない。まだ誰も見たことがない遺物もあったりして。
まったく……。目の前の利益に飛びつくのも商売人の娘の性。それで次の商機をみつけるのも、そう、宿屋の娘のね。
「…………」
冷静になったわたしは上を見る。相変わらず真っ暗で、いったいどこから光が入っているのか分からない。
「この森はどれほど昔からここにあるんだろうねえ……誰にも気づかれないで」と、わたしはつぶやいた。
ところで――
さっきからお肉の焼ける匂いが微かにするんだよね。なんでだろう?
まさか、とは思うけど……。
「うん。まだ調査を続けよう! とりあえず、においのする方に行ってみよう!」
出発の時に持ってた食料を、道中の3分の1ぐらいで食べつくしてお腹がすいているわけではない。決して。
さっきの大声でこの森の未知のものを起こしたかもしれない。それに、黒い森は魔獣の気配を遮断する。視野の広さには自信があるけど、それもここではあまり役に立たない。慎重にいこう。
「きゃあああああああああああああああっ!」
わたしは叫んでいた。
匂いの方へ真っ直ぐ行こうと思い、黒い藪も気にせず突っ込んだら、その藪が突然なくなったもので、前のめりになって転んでしまった。
地面に寝そべったまま、首だけ動かして左右を見てみると、不思議なことに、そこだけ木が生えていなくて、ちょうど道のようになっていた。
なぜかそこだけは、人ひとりは余裕で通れそうな空間が出来ていて――上は暗いし塞がれてるはずなのに――どういうわけか木漏れ日的なものまで差し込んでいる。
「なんだか、おあつらえむきだねえ」
わたしは、そうつぶやいた。
そして、この道を見ていて思ったことがある。
「……この森には、魔獣はいないのかもね」
考えてみれば当たり前のことだった。大きな魔獣が通ると必ず痕跡が残る。これまでこの森の中を結構進んできたけれど、なぎ倒された木とか、足跡とか、そういったものはなかった。
いつも黒い森の魔獣を感知する時は、もっと開かれた場所で、気配――要するに直感――に頼ってるから、こんな初歩的なことに気づかないでいた。
――と、そんなことを考えていると、左側の道の奥から、何かがこっちに向かってくることに気づいた。
――それは、人だった。
……ひと。人?
「ひとっ!」
おそらく、さっきのわたしの悲鳴のせい。
その人は、男のひとだった。走ってわたしの方へ向かってきた。もっとも、途中でわたしがただ寝そべっているだけなのに気づいて、速度を落としたけれど。
そして、離れた位置に立ち止まって、こっちを見ている。
息を切らしていた。手には魔力で形成された杖を持っている。見たところ木の魔力だね。
――こういう時、まず何を言えばいいのかな? 体半分だけ藪から出たこの状態で。
「初めまして! わたしはリオナ!」と、とりあえず自己紹介してみた。
「大声出してごめんねっ!」




