第二節 ―拠点にて― フロム・リオナ ➁
「なかった……」
読み終えたミナコは、手紙をヴァンの元へ――机の上に――すっと置いた。
首をふり、いかにも残念だという顔をつくって、差出人の要望を忠実に守った。
ミナコが元の位置に戻るのを待って――ヴァンは声を張り上げる。才気と怒りと遊びに満ちた、彼独自の抑揚で。
「ありませんでしたね、と来たぞ。おい。みなさん御存じの事実ですけどもってか?
誰と共有してるつもりなんだ!
俺は、黒い森の名残がそこにあるかどうかの調査を頼んでんだ!
少なくとも報告の形式は維持してくれや!
みんなへ、ってまず書くんなら宛先を俺にするんじゃねえぞ。煽ってんのか?
手紙の概念すら忘れたのかよ?
……いや、ランドって誰だ!
この情報の断片で何を読み取れってんだ?
これは報告じゃなくて詩だったか? 詩人がいるのか?
つーか! ランドの荷物はいらねえぞッ!」
ヴァンは一度黙った。立って、机を床に押し込もうとするような体勢は変わっていない。
そのまま、ぽつりと呟いた。
「ランド、か……。男か? そうだろうな。
そうか……あいつもやっと……」
ヴァンは、天井を見上げた。
「……きっしょ……」と、ミナコは小さな声で言った。
ミナコは、にやけながら――どこか楽しそうに――ヴァンの騒ぎぶりを眺めていた。ソファの方まで戻り、円形のテーブルの上に腰を下ろしている。両足をぶらぶらとさせて。
そして、隣に顔を向けたミナコは、
「リーダーになにか頼んだの?」
その視線の先には、カルラがいた。
カルラは、ミナコの問いには答えず、首をかしげて笑いかけた。ヴァンの方をちらっと見やり、目元にいたずらっぽさが滲むその笑みから、
――もうちょっと、彼の様子を見てみましょうよ。
そんな言葉が浮かんでいるようだった。
ヴァンがまた口を開く。
「……いや、今回の件ばかりは笑えねえ!
名残は無かったけど、ランドはいました!
……は? それで問いただされないとでも思ったのか。
殺す。ぶっ殺すぞ、リオナ!」
「まあっ!」
と、カルラが声を上げた。「何てことを言うのかしら!」
ヴァンの言葉が辿り着いた先は、どうやら彼女の望んだ結末では無かったらしい。
「よくないわ。ヴァン、そんな言葉、口にするものじゃないわ」
なおも彼女は首を振りつつ、よくないわ……とつぶやいている。そんな言葉を聞くのは二度とごめんだ、と言うみたいに。
「……それに、ヴァン。あなたじゃどう足掻いてもリオナに勝てないことは判っているでしょう?」と、カルラは続けて言った。
いつもと変わらず柔らかく、品のある口調だったが、そこには、戦士としての冷静な断言があった。
「そうだよ。あり得ない。ホント」
そう言ったミナコは、ヴァンをびしっと指差して、
「くたばってくださいっ!」
「ンフプッ……!」
とっさに口元を押さえたのは、カルラだった。
ミナコのノリだけで場を転がす、感情の所在すら分からない、緩急のつきすぎるやり口に――
カルラはこらえきれず、笑いが漏れた。
その瞬間――ヴァンとミナコは、なにやら目配せをした。それは一瞬のことであったが、長年、拠点の賑やかしを担当しているふたりの間に、何らかの交換がなされたことは確実であった。
しかし、ヴァンは――カルラの笑い方が少しばかり特徴的であったことには触れず――何事もなかったかのように、問いかける。
「……カルラの依頼とあるが、十二番戦線……? レイザーとカルラまで何か企んでんのか?」
ヴァンは、ようやく机から手を離していた。
「……え、ええ。でも、企みではないの」
カルラは気を取り直す。彼女の艶のある赤い長髪が揺れる。
「ある人の様子を見て来てほしいということをあの方……リーダーにお願いしたのだけれど、リオナに流したのね。もう、とっくに忘れていると思っていたわ」
カルラは、少し間があったあと、
「……まあ、私にとってはそれほど重要ではなくて……だから、リオナには申し訳ないわ」と、続けた。
「気にすんな」ヴァンは、リオナの手紙をあごでしゃくった。
「本人に言ってみろ。頼まれたからやっただけだって、嫌味かどうだか分からない返事が返ってくるだけだ」
「ふふ……ほんと、面白い方たち」
そう言った彼女は、思い当たることがあるようで、
「ごめんなさいね。戦いばかりで、みなさんとあまりお会いできていなくて……」
ヴァンは笑った。
「いいんだ。ここは戦線だしな。そこでぐうたらこいてるボケがおかしいだけだ。俺なんて、戦いにすら出ないしな」
ミナコはソファの背もたれに深々と頭をうずめたまま、上を見つめて、気だるげに言う。
「……おいてめー……あたしの本気みせてやろか、おん?」
ヴァンはカルラとの会話を続ける。
――もっとも、カルラはさっきのミナコの言葉により、また笑いをこらえていたのではあるが。
「とはいえ、レイザーから、戦いに生きているとは聞いていたが……まさか、こんなに帰ってこないとはな。
あいつにいきなり連れてこられて、ろくに説明もされていないんだろ? うちのこととか」
「ええ。だからね……」
カルラは、部屋の反対側――長い食卓がいくつか並ぶ方へ、静かに視線を向けた。
それから、ミナコとヴァンに微笑みかけた。
「いい機会だし、お話聞きたいわ。
良ければ、ご一緒にお茶でもいかが?」




