第二十三節 リーダー
さっきのことなんて何もなかったかのように、リーダーは微笑んでいる。
みんなでふざけ倒している時も、わたしとヴァンが言い合いして――わたしが負ける――険悪になっている時も、穏やかに、黙って眺めている。
いつもと変わらない、その顔で。
「なんか、久しぶりな気がする! こんな遅くにどうしたの?」と、わたしは声をかけた。
リーダーはわずかに首を傾けて、
「そうだったかな。ヴァンの作戦に巻き込まれると、時間の感覚が曖昧になるんだ。きみは無事に抜け出せたかい?」
う……。
言葉に詰まる。毎回、少し戸惑ってしまう。
ずいぶん遠回しで――ふわっと逸れていくような言い方をするから。なんか、遠くから話しかけられているみたいに感じる。そのせいで、佇まいと見た目まで、余計に浮いて見える。
いつも通りの黒ずくめ。大きめのコートを羽織って、袖の先からは手がほとんど出ていない。
頭にはビーニー、右目には眼帯。癖のある銀色の髪が顔の右半分を隠していて、眼帯の痕跡は、左眉の上にバンドがわずかに覗くだけ。
身長は、一六八センチのわたしより低い。
それに、決して健康そうには見えない青白い顔。夜の暗さもあいまって、ひ弱な感じが際立つ。全身ほぼ黒だから、顔だけがぽつんと浮かんで見えた。
……それなのに。
この人が、八歳のときに、光の大地を荒らした厄災を討伐したなんて。
組織で、同じ部屋に並んで座っていたりすると、たまに信じられなくなる瞬間がある。
雰囲気は、驚くほど静かで、優しい。
けれど、その静けさの奥には、計り知れないほどの深い魔力――
そして、激情。怒りの咆哮。
分かったつもりになって、また分からなくなる。そんな存在。
それが、リーダー。
「うん、一応。ヴァンの頼みごとって、ほんとめちゃくちゃだから。今日の依頼は、いつにもまして雑だったけど――あっ」
わたしは、隣にいるランドに目をやる。
「黒い森の名残を調査してこいってさ……」と続けて、
「それで、仲間が増えたよ。不思議なランド!」
そう言って、ランドの方へ片手をぱっと差し出す。紹介の合図。
「ランド」――今度はランドを見ながら、
「リーダーのドレイザー」手をリーダーの方へ向ける。
これで、紹介おわり。
「へえ」リーダーは笑った。「さすがヴァンだ」
そう言ったあと、
「遅くなったね。よろしく、ランド」
ランドは無言のまま、こくり、とうなづいた。
――そういえば、こんな存在を初めて見るランドはどうなんだろう?
そう思って、ランドの様子をうかがう。
――ふふ。
目をまるくして、リーダーを凝視している。瞬きも忘れて。おどろきと……探っている? なんの表情なのか、判断できない。
――ランドはまだ、理解が追いついてないみたい――
わたしは視線を戻し――いや、またランドを見る。
……いや、見すぎじゃない?
そしたら、ランドは急に落ち着いた素振りで背筋をはって、うやうやしく、お辞儀をした。
「ランド・ランディア」
……へ?
そういえば、下の名前聞いてなかった。ランディアって言うんだ。
「というか、その感じなに?」と、わたしは声に出して言った。
リーダーは、小さな声で、確かめるようにランドの名前をつぶやいた。
「よく聞くような、聞かないような。まさに風が運んできた名前だね」
「うわっやば……」
引いてるわたしを無視して、ふたりは会話をはじめる。
「……流されて、気がついたら、連れ出されてたような……」
「はは。奇妙なこともあるものだ。ヴァンからは、リオナが七番戦線にいるとしか聞いてなかったんだ。まさか、歩いてくるとはね」
「ええ。なので、道中でいろいろ聞きました。まだ会ってないのに、まるで、皆さんがすぐ近くにいると思えるぐらいに」
ランドはぼそっと、「……延々と」とつけ加えた。
「ねえ、商売人の世間話? わたしのときはそんなんじゃなかった!」
ランドは無言で見てきた。
わたしは、ランドをにらむ。
「……なめくさってたってこと?」
「そうだが?」
「なんだこいつっ!」
……あきれた。
なにさっきの流暢な会話。
ぜったい、目覚めてから五年じゃないでしょ。
やれやれ……。わたしは、リーダーに顔を向ける。
リーダーは、そんなわたしたちを微笑んだまま見つめていた。
そして、「想像がついたよ」と、穏やかに言った。
「……それで、リーダーは何しにきたの?」
わたしが七番戦線にいたことしか知らないみたいだし、よくわからない。
「その通り……ただ、本題の前にもうひとつ寄り道してもいいかい」
そう言って、リーダーはじっとランドを見つめた。まるで、演技っぽく、素敵なお人形をながめるみたいに。
でも、これはわざとで、もう次に何を言うのかもまとまっているのは知ってる。いつものリーダーの手口。
「それで、調査対象の黒い森の名残は見つかったんだ? ……誰もが見落とす忘れられた森、だったかな。そこにランドがいた……と」
「うん。目的は遺物ね。だけど、森が本当に在ったことはヴァンには言わないで。決めたから」と、わたしは言った。
「ふむ……?」
リーダーは演技の姿勢を崩さず、わたしに顔を向けた。
少しの沈黙。
「わかった。それでいこう」
いたずらっぽく笑って言った。
理由は聞いてこない。――それが、リーダー。
リーダーは、話を続ける。
「それで、だ。ふと、思い浮かんだことがあってね。
召喚魔力についてなんだけど」
「えええええーッ!」
「――――――ッ!」
思わず、叫んでしまった。
――まさか、ランドがハーフだって見抜いたの?
どうやって……!
言葉をうしなった。ランドの視線は、どこかあっちの方を行ったり来たりしている。
リーダーは演技するのをやめた。といっても、いつもの微笑みに戻っただけ。
「さて、本題に移ってもいいかな。
カルラから、ちょっとしたお願いがあってね。ある人をスカウトしてきてほしいみたいなんだ」
言うだけ言って、こっちの反応を見ただけで、勝手に満足して、それ以上は踏み込まない。
どうやったら次の話題に移れるのかさっぱり分からない。
――そう、
これが、リーダー。最強の傍観者でもある。
混乱したまま、わたしはリーダーが言ったことをまとめる。
カルラ、依頼、ある人を、スカウト……?
つまり、今日ランドを誘ったのに、明日はまた別の人を誘いに行くってこと……?




