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とある調査依頼

 ◇



 人の住む光の大地がある。


 黒い森に覆われたその世界で、人々は光の力を享受しながら生きている。



 ◆



 光の大地のある日の昼下がり。開け放たれた窓から光が差し込む、とある組織の一室で、何やら話し声がする。


 リオナは、いつも通り大きな声を上げていた。だが今回は、いつにも増して声が大きい。


 光の大地に取り残された黒い森が見つかったというのだから。


「えええええっ! 黒い森の名残が見つかったの? あの、人の意識から外れ続けるっていう、あの、あれでしょ!」と言ったリオナは、両手を机にのせ、身を乗り出していた。机の向こう側に座る相手に、顔が触れそうなほどの勢いで。


「じゃあ、遺物もあるかもっ!」リオナの顔がぱっと明るくなった。


「ああ。その調査をお前に頼みたい」と、ヴァンは言った。「すぐに発てるか? 今夜は適当に街道沿いの街に泊まって、明日の朝には目的地に向かってくれ」


 ヴァンは、机の引き出しから丁寧に書かれた地図と、リオナが使うであろう、ちょうどいい分の旅費を取り出した。「頼んだ」


「ちょっ……! ちょっと待ってよ! まず! 情報源は!」


 リオナはヴァンの出した地図を指さして、


「それに、ここにあることは間違いないの? ……というか! その情報源、なんでそんなすごい情報をヴァンに教えたの!」急に冷静になったようだが、話す勢いは変わらない。


「情報源、か……悪いが、何もかも定かじゃない。だからな、それを確かめてきてほしい」


 悲しいことに、ヴァンが机を指でトントンと叩く様子からは、早く出発してほしいという気持ちが見え見えである。


「まあ、すごい情報を知ったのは、俺がスゴいからだな!」ヴァンは、けけけっと笑った。


「いいからッ! 未開の場所で危険なのわかってる? 危険なの! 誰から聞いたの! それを、ヴァンが、知った理由は!」リオナは食い下がる。彼のあからさまな態度を知っていて、問い詰める。


 リオナはヴァンを鋭くみつめた。


 すらりとした体格に、目鼻立ちのはっきりとした、俗に言う類いまれなる美貌の持ち主であるリオナが、生来の早口と高い声でまくし立てるその様は、往々にして痛快めいたものや、彼女の快活な印象を他者により強く与える一方で、聞く者が思わず吹き出してしまうほど滑稽(こっけい)に映ることもあり、それもまた紛れもない事実であった。たとえ本人が真剣であっても。


「笑っちまうほどうるせーなお前は……ふう……そこまで聞くんならな……」


 そう言ったヴァンは体勢を整えた。だが、両手を口もとに持ってくるその仕草は、いかにも演技じみていた。続く言葉も演技じみたものになるのは確実だった。

 

「親愛なるリオナ。ここから先はだね、きみの常識が(くつがえ)される形而上の話になるが、よろしいか?」


「は? こいつやばっ……! ねえ、ミナコッ」


 そのとき、少し離れたソファに座っていた小柄な少女が振り向いた。ずっと聞き耳を立てていたのだろう。


「きっしょいね、うせろっ!」と、ミナコが口を挟んだ。


「うるせー! てめーがうせろや!」


 ヴァンは、ばんっと机を叩いて立ち上がり、リオナの方を向いた。


「リオナもな! これまで生きてきて、不思議じゃない事なんてあったか! ごたごた言わずに行ってこい!


 ……気をつけろよ、頼んだぞ」


 その緩急のつけ方、表情すら一瞬で変えるその術が、彼独自の交渉術――あるいは説得術――であり、彼に関わった者を時おり驚かせることもあるが、この組織ではみんな慣れっこである。


「ち」


「舌打ちすんなや! このっ! 胸元大平原がヴッ――――!」


「あーっ! 禁句じゃん!」


 吹き飛ばされていくヴァンに向かって、ミナコが言った。



 騒動のあと、


 リオナは腰に手をあててしばらく考えていたが、やがて首を振った。


「はあ……行くよ、黒い森の名残。わたしもすごく興味あるし。とくに遺物、大チャンスだよね。


 ……さすがに、最低限の情報は調べてあるんでしょ? 黒い森と、その名残の」


 そう言って、リオナは居室から自室へ向かうため、廊下へと歩き出した。だが、部屋の境目でヴァンの方を振り返り、


「つぎ言ったらぶちきょ……ころすから」


 言葉に詰まりながらも、歩調を緩めての捨て台詞だった。



 *



 自室での旅支度を終えたリオナが戻ってきた。


 ヴァンはというと、先ほどリオナに吹き飛ばされてからというもの、床に仰向けになったまま、両手を腹の上で重ね、じっと天井を見つめていた。


 リオナは、寝転んだままのヴァンから、黒い森とその名残についてのわずかな情報と、要点を受け取った。お互い素知らぬ態度で平然とやり取りする光景に、ミナコは吹き出しそうになり、口元を手で押さえた。


 リオナの足音が遠ざかっていく。


 その後、部屋にはヴァンとミナコが残った。


「……やっぱりさぁ、危なくない? 黒い森でしょ、何があるかわかんないじゃん」


 ソファの背もたれに頬を押し当てながら、ヴァンの方を見てミナコが言った。「だからリオナ、いろいろ聞いてたのに、秘密主義のこのボケは」


「あぶない……? そんなのいつもだろ。それを知っていて俺は、お前らを送り出してる……というか、リオナなら大丈夫だ。だからいかせたんだ……」


 淡々と話すその口調に、ヴァンのいつもの活力は感じられなかった。


 リオナの体型をからかったことへの後悔ではないのは――いつものことなので、明らかであるが、天井の一点を見つめ続ける様子からは、意識が何か別のことにとらわれているように見えた。


 それは、リオナに吹き飛ばされたことをきっかけに、考えないようにしていた何かが、また静かに戻ってきたようだった。


「一番がんばり屋の、美人が連れ去られちゃうよー?」と、ミナコがにたにたしながら言った。


「美人……? そうだな……だからあいつはもっと、なんかこう、うまくやればいいのにな……いや、そんなこと意識してるかも怪しいか……あれじゃ」


「ヴァン……?」


 いつもと違うヴァンの様子に気づいたミナコがソファから立ち上がり、コソコソと様子をうかがいにいった。まるで人の顔を上から覗き込むときは、コソコソとするのが道理であると信じているかのように。


「ん……? ああ?」


「ずっと、きっしょいこと、口走ってたよ」


「ああッ?」ヴァンはようやく我に返ったようだった。


「……それでだ、ミナコの依頼だけどな――」


 ヴァンが立ち上がったとき、ミナコはすでに――逃亡して――いなかった。


 ヴァンは持ち場である机に戻ると、ぼんやりと、それでいて一通り、机の上にある自身の商売道具――あちこちに積まれた紙の束と、いくつものペン――を見まわした。


 開け放たれた窓から入り込む昼下がりの風が、彼が書き留めた幾多のメモの表層を、ふわりと揺らした。


「夢を……見たんだよ」


 ヴァンは、ぽつりとつぶやいた。

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