朽ちゆく者と芽吹く者
【太陽賛美の大曲剣】 太陽に伸びる神樹を讃える賛美歌が彫られた大曲剣 今は朽ち 欠けているが構える事で僅かな間 聖属性の炎を宿す。 贖罪の聖女を支えた騎士は 多くを語られる事は無かったが 確かに次世代へ希望の芽を残したと言う。
【神樹騎士の鎧】 神樹騎士が纏う 腹部に穴の開いた鎧。 神樹の加護を受けた者 やがて全てを黄金樹へと委ね還る 故に其処に苦痛は無く 祈る者達は黄金樹を見上げるのだ。
作戦領域の到達を確認…。 ブリーフィングを再度、説明させて頂きます。
サルヴァ王国北西部、村落群にて呪縛者による不審死の通報あり。 被害者の遺体の損害度は酷く、深淵に濡れそぼった状態で発見されている事が確認され…本日夕刻時より、付近一帯の完全封印処置が敢行されました。
周辺地域住民への尋問により、深夜帯での森林部からの不審な獣声…並びに人に近い鳴き声が確認されています。
本件の最大目標は迅速な呪縛者の捜索、無力化が期待されます。
本日のオペレーターは私、アナスタシアが担当します。 …正しき死を、報われぬ呪いをどうかお導き下さい。
◆◇◆◇
籠もったローター音、振動によって上下に絶えず揺れる赤い蛍光灯。
話し声は無く、緊張が燻らせていた。
「コンフェ。 …本当に付いて来る気か」
「無論。 その為に御めかししたんにゃよ?」
視界が揺れ動き、薄暗い赤い光の中に沈むコンフェの姿を見つめる。 双眼の眼光だけがハッキリと…私のカメラの中心を捉えていた。
「カーミラちゃんが試作してくれたケブラー合成繊維で編まれた目出し帽と下着と防護服。 軍用ブーツはベヒーモスの革を使った高級品…まぁ何とかにゃるでしょ」
「そうだが…そうだがよ。 人型兵器が使えない今、私が何とかしようかなって思っていたんだがな」
月に二度ある完全分解整備にぶち当たってしまい、死神部隊で動けるのは私だけだった筈…何だがなぁ。
まさかコンフェが輸送機に乗り込んで来るとはな…。 多分皆んなに心配され、引き留められたのだろう…体毛は若干逆立ち、尻尾がバタバタと座席を叩いている。
「……」
「…ハァ。 分かったよ…但し、私の前には出るなよ」
「そう来なくちゃね。 …ありがと、ヘラルド」
「あぁ…。 皆、お前が大切なんだ…帰ったら一緒にごめんなさい、しような」
「うん…」
…無事に帰れたらの話だがなと、そんな事を考えていると通信が繋がる際の僅かなノイズを聞き取り、付いていた片膝を伸ばして立ち上がる。
《ハービンジャーに通達。 間もなく作戦領域に入ります。 降下用意…!》
「了解…」
降下用ハッチに近付き、開閉装置を殴る様に拳を叩き付ければ重低音と共に突風が防護シールドを揺らす。
「武装の出力回路良し! 動力圧力オールグリーン! 」
エンフォーサーのエネルギー供給チューブをダイレクト・ボックスに繋ぎ、左手にレーザーダガー【マデューラ】を握り込む。 両肩の武装は今回は無しだ。
「装備点検良し! 降下待機。 コンフェ! 降下用意!!」
降下体勢に移りつつ、コンフェに発破を掛ける。
「了解! 装備点検開始! 」
「…。 装備点検報告!」
「…装備点検良し! ニャ!!」
左太腿に装着したマグポーチに収納された拳銃と予備マガジン2つ。 腰には自動小銃をぶら下げ、胸部に3つのマガジンを。
左脇に特大の保弾子を2つ。 肩に担ぐは、固定二脚の付いた二メートル前後はあるだろう対戦車ライフルだ。
「おま!? 重く…無いのか?」
「え?! 全然大丈夫にゃよ!」
絶対に30kg以上あるやろ…。 何でこう、この星の人類は規格外なんだ…。
《降下地点まで残り40秒前…》
軽々とハッチ付近の手すりを掴み、目出し帽を深々と被る所作には未だ余裕がある。
流石、私が惚れた人間だ。 私の目はどうやら節穴では無かったらしい。
「なら良い。 …後、私にもっと寄ってくれ」
「大丈夫ニャよ。 この高度なら落下傘何て必要無いし…万が一なら魔法とかあるから」
手すりを掴みながら此方を見るコンフェは耳を尖らせ、瞳孔を大きく丸める。
…本当は怖いのだろう? 私だって任務の度に恐怖と不安と向き合い続けているんだ。
誰よりも強く、抱え込み易いお前が一番大変な筈だ。
…なので私は嫌われる可能性を承知で手すりを握る手を叩き、無理矢理身体を抱える。
「あ、――チョッ!!」
「aaa…ゴチャゴチャ喋んなよ? 今回の任務の間はお前の思考も瞳も、引き金を弾く指も喋る口も…私の、私の物だ。 有無は言わせねぇッ!」
「え、あ…にゃ…」
《残り、10秒前…》
ハッチの外を見れば避難処理の為、営みの灯火を失った村落群…何時にも増して呪いの湿った臭いが空気に混じっていた。
《「5…4…3…2……」》
…何が起ころうとも、私は深淵にとっての死と恐怖で無ければならない。
《「ゼロ! 降下開始ッ!!」》
オペレーターと共に掛け声を上げながら私は勢い良く踏み出し、コンフェを抱えながら空中へ身を投げ出す。
輸送機は夜の空の彼方へと消え、私の身体は夜の風を裂いて榛の木の枝を圧し折りながら深淵の様に深い闇の森へと降下して行く。
メインブースターと姿勢制御ブースターの緋色の閃光が作戦領域内の森の外縁部を照らす。
青臭い薬品臭にも似た独特な森の臭いをセンサー一杯に拾いつつ、地上へと降り立つ。 ブースターが照らしていた森は緋色の光源を失って再び闇に包まれる。
地面は僅かに湿り気を帯び、闇から不安が這う。
「来ちまったな…」
「え? にゃに? ヘラルドはまさか暗い所が怖いの?」
「お黙り」
抱え込んでいたコンフェを地面に降ろし、マデューラの緋色の刃を展開して左手に構え。 エンフォーサーを右手に構える。
不気味な程に静まり返る暗所だと言うのに傍らにいるコンフェは対戦車ライフルを構え、飄々としているのを見て関心していた私がいた。
本能が欠落しているのか、それとも訓練の賜物か…。 恐らく後者なんだろうな。
私はどうも駄目だ。 …自らの最期の瞬間に焼き付いた記憶が感覚を揺さぶってしまい落ち着かない。
《メインシステム戦闘モード起動。 並びに深淵の残滓反応をマーカーで表示します》
「行くぞコンフェ。 オペレーターがご丁寧に死地へのヴァージン・ロードを示してくれたぞ」
「了解にゃ。 アレフおじさんを呼んで来ないと…」
「あぁ…。 お前の手を取る準備は出来てるさ…、行くぞ」
苦し紛れの軽口を返し、肌寒い闇の森を武装の照準を崩さぬ様に進む。
マーカーの付与された呪いの残滓を辿って足を進めるが吹く風も無く、木々のざわめきも…鳥獣の鳴き声一つ無い。
余にも無音。 …異常、その一言に全ての説明が収束する。 何なら起きる筈も無い耳鳴りがメモリーチップを引っ掻く。
「…」
「…」
何時でも戦闘に移れる様に安全装置に掛けた指が噛み、疼く様に何度も表面の凹凸をなぞる。
そんな動作を続けながら森の中を進んでいると不意に何かの声が聞こえ、反射的に足が固まってしまう。
「何だ…この声」
「助け、て? そう…聞こえる気がするニャね…」
耳を澄ませれば呻きとも、くぐもった声とも言えない鳴き声が聞こえる。
「ぇ゙ぇ゙ぇ゙ル゙ブ…ぇ゙ル゙ブ…」
…負傷者がいるのか? 然しそんな情報は…。
「ヘラルド。 視界の倍率を上げて探せない?」
「今やってる…」
助け? を求める声の方角へと倍率を上げ、赤外線カメラも併用しながら慎重に歩を進めながら正体を探る。
木々や草花は土壌に積もる腐葉土によって豊かに生い茂り、此方の視界に立ち塞がる。 しかも複雑な高低差が探る目を乱すのでより深く、より音源の元へ近付かなければならない。
「此方からだと全然にゃね…。 もしかしたら実体を持たないタイプの呪縛者か…」
「どうだろうな。 ……ッ! …いた」
凡そ700m先、森の窪地を沿って流れている小川にソレはいた。
黒くのっぺりとした人型の身体のナニかが村民の遺体を貪り、まるで助けを求める様な声を発していた。。
「ぇ゙ぇ゙ル゙ブ…ぇ゙ル゙ブぅ゙ゥ゙ゥ゙…」
最初こそ熊が動物を捕食していると思い込もうとしたが無理だった。 …どう見てもアレは動物では無い。
《特定の高エネルギー反応を確認。 呪縛者へマーカーを付与》
「オペレーターからのお墨付きだ。 初撃は私が、コンフェは追撃と万が一に初撃を外した時のバックアップを頼む…」
「私にも見えた。 逃がしはしにゃい…」
片膝を湿った地面へと付き、射撃姿勢を安定させる。 脇を軽く締め、左手はマデューラを持ちつつ右手に構えたエンフォーサーの銃身を掴む。 低く唸り出す冷却装置の振動を極力抑え、呪縛者の胴体に照準を合わせる。
捕食動作が大きく、的の小さい頭部は狙うべきでは無いと判断した。
「射撃準備よし…」
「此方も…万全ニャよ」
少し横目に見ればコンフェは地面へと寝そべる様に腹這いになり、両足を開いた体勢で固定二脚を立てて対戦車ライフルを構える。
「「……」」
呪縛者は私達に捕捉されている事に気が付かずに遺体の腸を貪り続けていた。
…後は引き金を引くだけだ。
「3、2…1。 …ッ!」
引き金を引き、EN弾が音を振り袖に撃ち出されて木々を抜け、闇夜を切り裂いて確かに一直線に呪縛者の胴体へと吸い込まれる。
一瞬の光の尾は呪縛者の胴体を貫いた事で水に落ちた石の如く闇に飲み込まれ、間違え無く風穴を開けた。
「効力射を確――」
引き金を一度引いた私の目に映るのは消滅する呪縛者では無かった…。
顔にある筈の口は無く、只々のっぺりとした顔面に付いた半ば溶け出した2つの眼球で私の目線を射止める呪縛者の姿である。
その表情に感情が籠もっているのか判断出来ず、一瞬の虚を突かれた私の視界から呪縛者が消え失せた。
「嘘だろ!? クソったれ…! 何処行きやがったんだ」
「あんな呪縛者は初めて…! サプライズって奴にゃね」
「んな事言ってる場合か?」
瞬きをしない私の視界から消えた呪縛者は付与されたマーカーによって直ぐに補足する事が出来た。 小川から大きく右に離れた位置から再出現した呪縛者は私から視線を外す事無く急速に距離を縮めて来る。
どうやって一瞬で移動したかは置いとくとして、その動き方は異様だ。 真っ黒な身体から伸びる手足は動く事無く真下へ垂れ下がり、等速直線運動の様に身動き一つせずに高速で此方に迫って来ていた。
「サプライズにゃ…! クソったれの呪い…が!!」
「潔く…成仏しろ!」
私がエンフォーサーを撃ち続ける傍ら、コンフェの対戦車ライフルの弾丸を押し出す燃焼ガスが太陽光に見間違える程の閃光を撒き散らし、轟音と共に的確に呪縛者の手足を吹き飛ばして行く。
「ぇ゙ぇ゙ル゙ブ! …ぇ゙ル゙――」
流石に風穴が空き過ぎたのか呪縛者は地面へと倒れ込み、身体から白い光の粒子を夜空へと昇らせ始めた。
私の尻拭いをしていたコンフェは5発を冷静に撃ち切り、慌てる事無く下部のカバーを外して5発の保弾子を押し込み、カバーを閉めてボルトを強く引き込む。
「射撃辞め。 …焦ったが今度は成仏するみたいだ」
「いきなりクライマックスでヤバかったにゃね。 …トドメはヘラルドに任せるよ」
「了解だ」
膝に付いた泥を払い、地面へと倒れた呪縛者へと私は近付く。 至近距離で改めて見て判明した呪縛者の正体、ソレは様々な動物が深淵による膿で溶けて混ざり…歪に一つの形を形成した者、だった。
…こんな死に様の何と悲しく、悪しき事か。
まともな死に様に呪いの膿などある筈も無いだろうに。
「まともな死に方じゃ無かった私が言うのも何なんだが…。 来世では正しく善い死に方が出来るのを祈っとくよ…死神としてな」
「ぇ゙…ル゙ブ――」
穴だらけの身体を痙攣させる呪縛者の頭部を左手に握るマデューラの緋色の刃で両断し、一気に白い光の粒子となって闇の森に消える。 然し、未だ森は不気味な程に寂然を保つ。
…呪い狩りの時間は未だ終わらない。
「任務を再開するぞ。 まだまだ呪いは匂い立っている」
「了解にゃ。 深淵は未だより善い死を待っているからね…」
多孔式のマズルブレーキを指先が空いたグローブで拭いながらコンフェが側に寄ってくる。
呪いの残滓は先へと続いている。 次は何が出てくるのやら…。
◇◆◇◆
【闇の森・内縁部】
最初の交戦を経て、私達は闇の降りた森の外縁部から内縁部へと到達する。
湿った地面は更に水分を含み私達の足を取り、泥で汚れて行く。 オペレーターが示す呪いの残滓は森の奥へと進む程に濃く、疼く様な生暖かい臭いを漂わせていた。
「帰ったら足の隙間の泥を流さんとな…。 ちょっと新感覚で気持ち良いが」
「新品のブーツが汚れちゃうにゃね。 まぁ…軍用ブーツは汚れてなんぼだけどね」
昼間の太陽を溜め込んでいるのか、浸かる足先の泥は少し暖かい。
難点は汚れてしまうくらいかな…。 畑の良い肥料にもなりそうだし、子供達は喜んで飛び込む筈だ。
私が泥遊びしたのは何時だったか…、そうだ。 訓練の匍匐前進で死ぬ程泥まみれになったなぁ…。
教官の怒鳴り声が頭の隅に未だこびり付いてる気がしてならない。
「…なぁコンフェ」
「ん?」
「今回の任務さ…何か嫌な予感がするんだよな」
風のざわめきも動物の鳴き声も一切無い森、嫌でも本能が警告する。 直ぐに立ち去れと…。
「私達死神部隊は何時も命懸け。 …そうでしょ?」
「まぁな。 いつもの様に熟せば成せる…か」
進む度に引き抜き出来る足型の穴、4つ二組…進んで進んで、進む度に薄く張る水が足跡に流れ込んで泥水に変わる。
《高濃度の残滓を複数確認。 周囲の警戒を…》
「何かいるってよ。 しかも複数」
「ニャハハ…態々呪いの方から来るなんて最高にゃね」
肩に担いでいた対戦車ライフルを腕力に物を言わせて中腰の姿勢で構えるコンフェ。
そして私もまた、構えの姿勢を取ろうとすると泥濘んだ地面が小刻みに揺れ動き、何かを押し出す。
…ソレは騎士の成れの果て、大曲剣を携えた恰幅の大きな鎧の主達は最早深淵の呪いに溶け出しているのか頭部は無く、首元から暗く淀んだ光を宿し、腹部からは無数の茨が腸の様に飛び出していた。
《複数の呪縛者にマーカーを付与します》
「「ヴヴヴォぉォ…!!」」
「大世帯だなぁ…まるでフランスの川に浮かぶ糞みてぇだ!」
「騎士には騎士らしい作法を…にゃ」
大曲剣を構える呪縛者達は間合いを開けたままに生前の習慣を繰り返している様だな。
…此処は戦士として尋常に、と戦う所なんだろうが…。
「「甘ぃんだよ呪い共がッッッ!! 」」
現代の戦いを叩き込む様に互いに引き金を引き、先頭の呪縛者を穴だらけにして吹き飛ばせば慌てるように呪縛者達は重い身体を引き摺り、殺到して来る。
彼等はソレすら悪手だと言う事に気付いてはいない、或いは呪いに変異しているが故に分からない。
「威勢が良いのは見た目だけか!」
「鴨より撃ち抜きやっすいにゃねぇ!!」
コンフェは対戦車ライフルの下部カバーを握り、立射の姿勢でボルトの後退時の衝撃を圧倒的フィジカルで受け止める。
呪縛者の土手っ腹を吹き飛ばす度、右斜め上へと弾かれて回る薬莢が次弾の硝煙と煤で後方の泥濘んだ地面に濡れ、目出し帽を汚して目からは涙が止まらずに流れていた。
「ラストリロード! ヘラルド! バックアップを頼むニャよ!!」
「最初からそのつもりだっつーのッッ!」
5発を撃ち切ったコンフェに殺到する呪縛者達に立ち塞がる様に引き金を引いたままに躍り出る。 地面を抉りながら大曲剣を斬り上げる呪縛者の攻撃が防護シールドを削るのを感じつつ、だがひたすらにエンフォーサーのEN弾で身体を繋ぎ止める呪いを消し飛ばし、左手にマデューラを握ったまま殴り飛ばして蹌踉めいた所を素早くマデューラのエネルギー刃で斬り伏せる。
《シールド残量、残り60%。 深刻なダメージを受けています…回避して下さい》
「流石に命の危機を感じるなぁ…!」
身を削り、地獄の猛攻を押し退けながらシステムの無慈悲な報告を聞きながらエンフォーサーの引き金を引き続ける。 冷静装置は赤熱し、システムによって引き金を固定されるまで残り僅かだろう。
「コレが最後の徹甲焼夷弾だ! 汚え花火になって輪廻の輪に戻りニャがれェッッ!!」
「すげぇ早業だなコンフェ! 今度から渾名はミチュレックだ!!」
私の防護シールドの内側に入るとは言え、呪縛者達の繰り出す大曲剣の振り回しや叩き付ける様な理性のへったくれも無い意志無き殺意の嵐の最中、涙で歪む視界にも関わらずに対戦車ライフルの固定具を外して底蓋を開け、保弾子を上へと押し込み底蓋を叩き閉める。
そして前進するボルトの動きに弾かれる様に銃口を再び呪縛者に向けて引き金を引いていく。
聖女の祝福を施された真鍮製の薬莢が撃鉄に叩かれ火薬を燃焼し、ガス圧が徹甲焼夷弾を憎悪の呻き声よりも速く押し出して呪縛者達の身体を爆発する様に破断させながら深淵を焼夷剤が焼き尽くす。
「行くよ駄目押し!!」
「おう!!」
最後の一体となった呪縛者へコンフェが空になった対戦車ライフルを叩き付け、蹌踉めいた所を私が空高く蹴り上げる。
上空へと呪いの残滓を撒き散らしながら舞い上がり、身動きが出来ない呪縛者へコンフェが私の身体を駆け上がって跳躍し…。
前転による回転力を踵に集中させ、呪縛者を地面へと叩き落とした。
「おま、コンフェ。 其処は小銃で穴だらけにする所ですやん…」
「よいしょっと! 弾代高いにゃよ? 肉弾殺法なら無料ニャ!」
泥の奥底へとめり込ませた呪縛者の背に着地したコンフェが身も蓋も無い事を言いながらトドメを刺す。
周囲で黒焦げになった呪縛者達からは暗く白い光の粒子が立ち昇り、縛られていた魂が解放されて行く。
「終わり良ければまぁ…良いか。 彼等が善人か悪人か、私達の知る由もないが…安寧を祈っておこう」
「深淵の残滓もいよいよ少なくなって来たし、もうひと踏ん張りって所にゃね」
残滓は森の奥へと続いている。
…未だに風の慟哭も、動物の鳴き声も聞こえず、其れでも…だからこそ私達は進み続けなければならない。
深淵は私達の死を願っている。
◆◇◆◇
呪縛者が完全に消滅するのを見届けた私とコンフェは再び泥濘んだ道なき道を進む。
硝煙の染み付いた泥だらけの身体はちょっとした虫除けになって便利だ。
…葉巻があれば尚良いのだがなぁ…。
まぁ…咥える口、無いんだがな。
《システムより報告。武装蓄熱量、規定値まで低下。 出力修正を更新します》
「コンフェ。 弾薬は大丈夫そうか? 次も大軍で押しかけられちゃ、たまったもんじゃないしな…」
「えぇと、小銃の方は120発分。 予備の拳銃は27発分、かな」
足を止めずに簡易的な銃の手入れをしながらそう聞くとコンフェもまた、木製のストックや機関部周辺の泥汚れを拭いながらそう答える。
森は静寂を保っているので互いの小銃を弄る音が響き、パラパラと乾きかけの泥が身体に当たり砕けて地面に標を残す。
コレならパン屑の様に鳥に啄まれる事も無いだろうな。
「矢鱈と瘴気も濃くなってきたニャね。 …多分、て言うか絶対にあるね」
「そうだな。 まぁ…あるだろうな、侵食領域が…」
森の奥地へと近付く度に絡み付くような生暖かい臭い、私達のでは無い鼓動がゆっくりと…然しハッキリと響かせて存在を主張する。
呪いの発生点は此処だと…。
「だがなぁ…暗すぎて何処に向かえば良いものか」
「確かに規模を観測出来ていない状況じゃ、方向感覚を維持するので精一杯にゃし…」
「ある程度は残滓を追えば分かる。 問題はその後だが」
「うにゃ。 私達なら何とかなりそうだけど…取り敢えず油断大敵だね。 気を抜いて負傷した、な〜んてアスター教官が聞いたら怒りのブートキャンプが始まるニャ」
「アハハ…容易に想像出来るわな」
絶対にその場での腕立て伏せからの地獄の矯正訓練が始まるだろう。
何度も血反吐を吐き散らしながら地べたで這い蹲っていたコンフェとカーミラの愉快な姿を見てきたから確信出来る。
「…にしても歩き辛いな。 暗くて良く分からんが石畳でもあるっぽいな?」
泥濘んだ土壌を抜けたのは良い物の、今度は廃れて姿の形も無い様な営みの跡が足を取り、進み辛い。
「サルヴァ王国は昔からプラジュナー共和国並みに遺跡が多く点在してたらしいにゃよ。 だから多分この森も遺跡の一つや二つ、あるのかも」
「其れは…かなり厄介な事になるな」
地表に建てられているタイプの遺跡から良いが…。 地下に遺跡があった場合、捜索の時間も掛かるし…何より危険過ぎるな。
「一度帰投し、補給しに戻るのも選択肢に入るか…」
「それもありニャね――ヘラルド。 あ、アレ見て」
「どうし――おっと、アレは…」
大きな金属音を響かせて射撃姿勢に移り、指で示した方向を見ると木々の隙間から大きな遺跡が姿を覗かせる。
「あんなデカい建物…上空から見え無かった筈だが…」
「恐らく侵食領域内だから視認出来なかったみたいにゃね。 此処まで来たからには行った方が賢明…か」
木々を抜ければ其処を線引きする様に大地が二分されており、朽ち掛けた石橋の先に赤茶けた風貌の遺跡が聳え立っていた。
丑三つ時も回らぬ深夜帯だと言うのに境界線の向こう側では燦々とした太陽の光が輝いている。
「どうやら遺跡? に向かうこの橋が侵食領域の境界線になっている様だな」
「境界線を隔てる部分の厚みを見る感じ…かなりデカいのが待っているんじゃにゃいかな」
周囲を警戒しながら石橋の中央まで進み、慎重に足を進めれば侵食領域の境界線だろう夜の闇とは違う黒い膜が先に進む事を拒む様に立ち塞がる。
コンフェが境界線に触れているのを見て、私も試しに触れてみればゴムに押し返される様な感触が手の平に伝わり、手を離せば黒い膜は小さく揺れ、周囲に波紋を返す。
「此処を抜けなければ先には進めないし、どんな環境に飛ばされるかも分からない。 …其れでも一緒に来るかコンフェ?」
「無論。 呪いを有るべき場所に戻さなければならにゃいし、何より死ぬなら貴方の側以外は嫌ニャ…」
「…そうかい、じゃあ…行こうか」
互いの瞳を交わし、黒い膜を突き破る様に進む。
…その場に残ったのは闇の森の静寂だけであった。
◇◆◇◆
【闇の森・深奥部?】
《メインシステムより報告。 防護シールド残量が規定値まで復旧しました》
黒い膜を破るかの様に境界線を越え、私達の視界は夜の闇から昼間の太陽光に晒され、暫くの間ボヤケていたが段々とその全貌が鮮明に移り変わって行く。
床を這う萎びた木の根、至る所で乾き切らぬミイラが枯れ木に抱かれて太陽に晒され、夥しい数の人骨が石畳の端に寄せられて積み重なり、石材で作られたであろう円柱からは炎が空高く燃え盛っていた。
そして無造作に置かれた壺からは乱雑に腕の骨が無数に飛び出している。 …恐らく本来は地下深くにあるべき墳墓が私達の前に曝け出されているのだろう。
何処かの墓守の記憶か、墓荒らしの記憶か…、或いは別の上位存在の記憶の断片が呪いによって表面化してしまっている…。
「趣味が悪い…と言うより、只々気味が悪いな…。 しかもよ…見ろよコンフェ、ミイラが木に巻かれているぞ」
「う、本当に気味が悪いにゃね。 …ん? ちょっと待ってヘラルド」
「どうした? さっさと先に…」
進む度に踏み割れる木の根と人骨の乾いた音を聞きつつ、気味が悪いミイラの枯れ木の前を通り過ぎようとするとコンフェに呼び止められた。
「何だ欲しくなったか…一本持ち帰って飾るか?」
「違うにゃ! 木の生え方を良く見て」
「生え方…?」
振り返って再度、マジマジと見るとある違和感に気付いてしまう。 …この木、根元が余にも細いのだ。
「確かに根元がやけに痩せ細っている? あぁ〜…アレか、ツタ植物的な奴か」
「違う違う。 ミイラの部分を良く見て…」
「ふむ……」
木の上部、空に向けて手を伸ばしている様に木に巻かれているミイラを改めて見る。 …背から腹部を突き抜けている…余にも細い枯れ木にそんな重さを支える様な頑丈な雰囲気は無さそうだ。
嫌、でも…、まさかな…。 木がミイラを押し上げているのでは無く、ミイラの身体から木が生えているのか?
有り得ない筈…、だと言うのにそんな考えが頭をよぎってしまう。
「おいおい…まさかコレ、植物じゃなくて…もしかしてキノコ的な奴だったりするか?」
「…多分ね。 何方かと言えば菌類と植物の中間的な存在かも。 詳しく調べないと分からニャいけど…」
「本当に気味が悪い…」
この星の環境がそうさせたのか、呪いが歪めたか…。 何方にせよ改めて気味が悪いと思わない訳も無く、直ぐに目線を外す。
…余り気分の良い物では無いからだ。
「直視してたら此方の身体からも生えてきそうだ。 …早く行くぞ」
「それもそうにゃね。 …」
「…お前まさか漢方にしたらどんな効果が有るのかな? とか考えてるんじゃないよな?」
「ニャハハ…。 そ、そんな訳無い無い…、さささ先を急ごう!」
目出し帽越しでも分かる程度には目が輝いていたが…。
まぁ…地球でも昔は人の遺体は染料や薬になっていたと聞いた事があるので、コンフェの反応は普通の反応なのかも知れない。
◆◇◆◇
【病み喰らいの神樹・最下層】
《ハービンジャーへ通達。 座標情報と深淵の残滓反応のマッピング形式を更新しました。 》
「了解した。 今の位置は…マイナス高度? 地下、なのか此処…」
「ニャんだか息が詰まるにゃね、何て考えてたけど地下なら当然だね」
淀んだ空気が満たされた遺跡の中を彷徨う私達、それを照り付ける太陽は一体何なんだろうな…。 残滓を追って棺を開けて回り、暗室や石室の様な部屋に積まれた人骨を漁っていても太陽は傾く事も無く頂上に陣取っている。
「深淵が誰の記憶を参照しているかは分からんが、せめて環境は雰囲気に合わせて欲しいもんだ」
「気が利く様な存在ならそもそも人の遺志や魂を弄ばニャいでしょ…」
「確かに、ソレは言えてる」
視界に可視化された深淵の残滓を追うも、あちら此方に続いては途切れたり、突然壁を登る様に残滓が現れたりしているのだ。
かれこれ数十分は人骨をひっくり返しているので流石に疲れてしまった。 …少しコンフェを休ませてから任務を再開した方が良さそうだな。
「ハァぁぁ…。 休憩だ休憩、…流石に疲れたわ」
「ふぅ…。 お腹空いたにゃね〜…」
小銃の脇に抱え込みながら壁に寄りかかり、地べたに座ると同時にコンフェの腹の虫が鳴り響く。 夜中とは言え、任務中なので激しく体力を消費しているから仕方あるまい。
この階層? には呪縛者や罠の類はなさそうだから休憩するなら今しか無いだろう。
「戦闘糧食と即席麺があるが、どっち食べたい?」
「ん〜、どっちも!」
「aaa…へいへい。 三分待ってろよ? 可愛い食いしん坊め」
万が一に備えて懐の奥に忍ばせておいた奴等が役に立つ時が来たな。
「先に戦闘糧食を食っとけ」
「――と、随分丸い缶にゃね。 …んーー不味いし苦い!」
「ククッ…戦闘糧食・D型か…。 軍用チョコレートだったみたいだな、疲労と意識の覚醒を促す成分ドバドバよ」
即席麺の容器の蓋を開けて魔術で熱湯を注ぐ傍ら、コンフェに戦闘糧食を投げ渡すと早速、味の感想…悲鳴が聞こえて来たので笑いそうになる。
戦闘糧食が美味しいと駄目だからな、悪魔でも継戦の為の補給物資だし…美味しかったら兵站が崩壊しかねんよ。
…個人的には戦場でも美味いもんが食いたいけどね。
「薬物と科学成分のタブルコンボが脳に染み渡るニャ…。 もしやコレは金になるのでは」
「苦すぎて誰も食べんだろ。 しかも発掘品だし…ハイ、三分経ったぞ〜」
目出し帽を脱ぎ、手に握り締めながら軍用チョコレートの力に呑まれているコンフェにフォークと即席麺を渡す。
「おほー! やっぱり即席麺は良いにゃ〜。 長持ち味良しコスト良しの完璧商品! 発明者は天才にゃよ!」
「喜び過ぎだろ。 そんなに戦闘糧食が不味かったか」
「うん! 不味い!」
苦味で丸まっていた尻尾が伸びて荒ぶっている。 一応任務中だから落ち着いてくれ。
「然し…どうした物か」
「ニャにが?」
片膝を付いて機体を休める私が零した言葉にコンフェが麺を啜りながら聞いてくる。
「何って、今回の元凶だよ。 怪しい棺は粗方ひっくり返したし、中央付近の祭壇も調べ尽くしただろ? なのに呪縛者が1人もいないし…魔物さえ出てこない…。 あるのは人骨と木の根っこ…正直お手上げだ」
私が苦手とする事、ソレは謎解きだ。
入口と思われる場所から直ぐに見渡せる乱雑に繋ぎ合わさた部屋の数々や大層立派な祭壇。 上下が逆さまだったり、規則性も無く中途半端に描かれた壁絵が床や天井に描かれている。
もしかしたらヒントが散りばめられており、特定の手段で道やら階段が出て来るかも知れないし、出て来ないかも知れない。
侵食領域内では感情や魂の記憶が元になっている場合が多いと聞いているので、恐らく年月や呪縛者次第で曖昧な部分はチグハグな状態で深淵は無理矢理整合性を図ろうとする。
…そうなれば謎解きが物理的に不可能な場所が形成されてしまう、そうなれば此方からはどうする事も出来無い。
「…ぷはー。 以外と正解が近くにあったりするかもよ? 灯台下暗し、ニャ〜んて諺が東方にあるみたいだし」
「だと良いんだがなぁ…」
即席麺を啜りきり、大満足な表情を浮かべた彼女は笑顔でそう答えるが…実際の所は何の解決にもなっていないのである。
「親切な誰かが道案内してくれたら良いが…人生そう上手くいかん。 一から探し直そうか」
「ご馳走様。 きっと何とかなる! 多分!」
本当にお前は可愛いなぁ…まるでスポットライトに照らされているみたいに下から光が差している様に見える。
太陽の光なんか比じゃない……ん?
何で下から光が差しているんだ?
「お、おま、コンフェ!? 何だその足元の光りぃ!!?」
「え? 光…? うわッ! ニャ、にゃにゃにこれェッ!??」
私の動揺が伝播して慌てて避けたコンフェの足元からはボンヤリと発光する文字らしき物が揺蕩っていた。
「な、何だこれ…」
「魔法文字ニャね。 しかも魔法文字の中でもかなり古い部類の…」
突然の邂逅に私とコンフェは困惑を隠せずに床を揺蕩う光る文字を手でなぞったり、近くにあった人骨で突いたりして見るも特に反応は無い。
…罠、ではなさそうだ。
「う〜む…読める?」
「歴史研究の過程である程度の解読と発動条件は分かるニャけど…期待しないでね?」
「かまへんかまへん。 何方にせよ行き詰まってるんだし」
魔法文字の発動過程を探る為に集中し始めたコンフェの邪魔をしない様に少し離れ、壁際の位置で見守っていると魔法文字の光が静かに黄色く変質し始める。
「どうやら使役、召喚? を綴った文字みたい。
発動条件は人肌の温度と女性の血…」
「…やるんだな」
「えぇ…」
視線を交わし、親指を噛み、じわりと浮かんだ血の珠を黄色く揺蕩う文字へ押し付ける。
…すると光が一瞬、床に引き込まれる様に消えたかと思うと先程よりも強い閃光が部屋を包み込んだ。
「マブっッッ!!」
「さぁ吉と出るか凶と出るか…」
黄色の閃光の奔流から一筋の影が奔り、重い金属の擦れる音と共にソレは侵食領域内へと召喚される。
「誓約の求めに応じ! 来たれり! 神樹の安寧を拝領し、その聖なる力の守護者!」
恰幅の良い全身鎧に、肩に担ぐ賛美歌の彫られた大曲剣。 樹を模したタバードを羽織る男がゆっくりとその姿を現す。
「我の名は! 神樹騎士ジークバルトだ! ゥワアハハッッ!!」
魔法文字の閃光も消え、豪快な笑い声を上げている全身鎧の男だけがその場に取り残されて私達はお互いの顔を見合わせる。
どう反応してやる? …何て困惑は口に出すのは野暮ってもんだろう。
「ど、どうしようか…一応喜んでやるか? コンフェ」
「スー…、うん。 口には出したく無かったけど、やっぱり反応に困るにゃね」
「貴公らよ。 我を呼んだのは貴公らで相違ないか?」
巨体を揺らし私を見上げるジークバルトと名乗る男に目線を合わせる為、膝を付いて兜のスリットから覗く視線を見つめる。
その目は力強く、太陽の如き光を宿していた。
「あぁ…違いない。 大きな壁に拒まれてな、たまたま魔法文字を見つけたんだ」
「壁って言うか、迷子なんだけどね。 それで私が魔法文字を発動させたニャ」
「ほう! そうだったか…やっと我も使命を果たせる時が来た! 」
「使命…?」
耳を伏せ、尻尾を股に巻き込んでいるコンフェを摘んで肩に乗せる。
なんの変哲もない陽気なおっさんっぽいが…何を警戒しているんだ?
「貴公らが発動したのはな、制限時間付きの魂の再現だ。 我等神樹騎士の使命は神樹を守り、深淵を限界まで取り込んだ神樹を燃やす事なのだよ」
「つまり唯の召喚術じゃニャいんだ」
「その認識で構わんよ今世の贖罪の聖女よ」
「な、何故それを知っているのだ、ジークバルト殿?」
コンフェを見て、まるで最初から知っていたかの様に言うジークバルトに私は思わず聞く。 何より今世と言う言葉も妙に引っ掛かる。
「我等の時代の聖女は未来視をベルカ様より賜り、深淵の氾濫に備えていたのだよ。 神樹騎士は贖罪の聖女の深淵への対抗策であり、その未来視で得た情報…つまり次世代の聖女とその伴侶の事は事前に知り得ていたのだ」
「成る程…。 では私が何者かも知っていると…」
腰に手を当て、誇らしげなジークバルト。 何だか話せば話す程に初対面だと言うのに毒気が抜けてしまうな。
「うむ! 勿論、聞いておるぞ! 何でも金属の身体を持つ人間種だとな…、聞いた時は我も流石に耳を疑ったぞ? 貴公!」
「ハハハッ! 無理も無いですよ、金属の身体を持つなど私自身も肉体が死ぬまで予想していませんでしたし…。 見た所、ジークバルト殿も今は肉体無き姿と見受ける…」
「その通り! 我は次世代の神樹を燃やす為に死後、魂を魔法文字に聖女様に縫い付けて頂いたのだ。 …この使命を終え、我は貴公らの事をあの世の仲間達の酒のツマミとして持ち帰るとしよう! ゥワァハハハッ!」
やっぱ良い人だな。 コンフェの奴、以外と人見知り何だな。
「因みに何ですがジークバルト殿? 随分と体格に恵まれているが…どんな鍛錬と食事をしているんだ?」
「ん? この身体か?」
私が恰幅の良い身体を指差すと彼は自らの腹を機嫌良く叩く。
「ウワハハハ!! コレは唯の中年太り、夢と希望が詰まっているのだよ! ほれ!」
そう言ってタバードを捲ると大きな腹部を覆う金属プレート…では無く、ポッカリと空いた腹部に無数の茨が詰まっていた。
「「バケモンじゃねぇか!!!」」
少し前に戦った呪縛者と同じ様に、思わずコンフェと一緒に豪快に笑うジークバルトに突っ込みを入れる。
矢鱈とコンフェが警戒していたのはこれが原因かよ、こんなん分かるか!
「何を驚いているんだ貴公ら? 神樹騎士は神樹の神秘によって内臓は植物へと置換される。 現に我等の時代の聖女様だって顔から下は植物だったぞ?」
「フシャャャ!! 旧先代の聖女、怖いニャぁ…!」
「倫理観と言うか…常識も違うか、時代が時代だもんな」
不思議そうな本人とドン引きする二人組、淀んだ空気が充満する侵食領域内で何とも言えない空気が混ざって漂っていた。
◇◆◇◆
斯々然々、カルチャーショックはあったものの…私達は進展への期待を頭の隅に持ち、祭壇へとジークバルトと共に足を運んだ。
「色々と言いたい事はあるが…よろしく頼むよジークバルト殿」
「うにゃ。 信じてるからね? 茨のおっちゃん…」
「ウワハハハ! 任せなさい!」
この階層の祭壇に着き、陽気なおっさん。 警戒を解いたコンフェが横に、そして人骨と枯れた木の根っこが床一面に転がる祭壇の前に仁王立ちの二人の後ろに立つ私。
「では行こうか。 貴公らよ」
「「何処に?」」
「何処って…次の階層だろう!?」
驚いている様だが…散々この階層をひっくり返し、次の階層への手掛かりが何も分からず貴方を呼んだんですよ…。
「その階層への道が分かんニャイからおっちゃんを頼ってるんですにゃ」
「…それもそうか」
「そうだよ」
…何で私達はツッコミに回っているのだろうか。
「相分かった。 …結論から話すが、この祭壇が本来の墳墓の入口となるのだ。 今は深淵によって階層が歪んではいるが…幸い仕掛けは健在の様だ」
そう言ってジークバルト殿は祭壇の奥、正確に言えば三角形状の奥ほどに狭まる壁に沿って鎮座する蛇の頭部を模した6体の石像。 左右に均等に置かれ、先細る中央だけには石像が置かれていない…、その一点を力強く指を差す。
「ニャルほど…仕掛け扉か」
「先細りする壁にしか見えんが…。 随分と巧妙な造りの入口なのだな」
「大正解だ貴公ら。 開け方はだな…見ていろよ?」
そう言ってジークバルトは左から2番目の蛇の像の口に腕を入れ、探る様に動かす。
するとカチリと嵌め込む様な音が聞こえたと同時に地面が小刻みに揺れ、先細りする中央の壁が土埃を振り落としながら横にズレて道が現れる。
「さぁ行こう。 貴公には少々ぅ…狭いかも知れんがな? ゥワァハハッ!」
蛇の像から手を抜いて此方の身長と次の階層への入口と見比べていたジークバルトは肩の大曲剣を担ぎ直し、入口の横に立つ。
「コンフェとジークバルト殿が通る分には余裕があるが…確かに私には狭いな。 」
「しかも自由に飛べニャいかも」
次の階層がどんな構造かは入ってみないと分からない…。 唯、恐らくは何処かの建物の内部だろうが…、何なら灼熱の環境や極寒の環境に放り込まれても侵食領域内なので特段驚きはしない。
「取り敢えずコンフェは私の左斜め後ろに、ジークバルト殿は…」
「敬語や殿付けは辞めてくれ。 ジークバルトと、気安く呼んでくれる方がやりやすい」
「分かり…いや、分かった。 ジークバルトは取り敢えずこの私、ヘラルドとコンフェの飛び道具の射線上に入らない様に頼む」
コンフェを左斜め後ろに移動させ、ジークバルトには遊撃要員として自由に動いて貰う代わりに、エンフォーサーの銃口を見せて此方の獲物が飛び道具だと知らせる。
多分ジークバルトが本来生きていた時代には到底私達が持つ技術等有りはしない筈、だからこそ事前に知らせてなければお互いに危険に晒されしまうのは予測出来た。
音や光も相当な代物だし、幾ら勇敢な騎士でも驚いてしまうかもな…。
「承知した…我の時代から相当な技術進歩があったと見る。 強く、そしてより危険に」
「あぁ…しかも同族に向け続けられて来た物だ」
「馬鹿とナイフは使いよう。 そんニャ言葉も今じゃ銃の前では陳腐な物になっちゃったにゃ」
今までも、これからも間違えた使い方となる銃も今この時だけは正しい使い方をされているんでは無かろうか、なんてね…。
「…ふぅ。 じゃあ行くぞ。 命大事に、な」
「「了解」」
そうしてポッカリと暗い口を開いた次の階層へと私達は踏み出した。 …出来ればこの階層の様に何事も無ければ万々歳だな本当に。
◆◇◇◆
【病み喰らいの神樹・囁きの掃き溜め】
狭く暗い暗い通路を抜け、私達は次の階層へと無事に辿り着く事が出来た。
途中、私の肩や背中のブースターが壁を削ってしまい、コンフェとジークバルトが土塗れになるアクシデントがあったのは内緒のお話である。
「此処が二階層目…か」
「んにゃ。 本来の階層とは懸け離れてるっぽいけど」
「よりによってこの場所に繋がるか…因果とは厄介な物だ…」
最初の階層とは打って変わって人工的な構造は見受けられない。 暗闇に続く巨大な木の根、湿った地面、人の手の行き届いていない壁や天井からは石像が生え、時折痙攣する様子が視界に映ってしまい、気分は最悪だ。
…何より最悪なのが四方八方から囁き声が聞こえる事である。 囁きの出所は言うまでも無く石像からである。
「この階層は何を目的を持った場所何だ?」
「うむ。 此処は深淵の氾濫を食い止めようとした者達が眠る場所なのだが…」
「やむを得ず普通の死者とは隔離した。 …て、感じニャね」
「…そうだ。 深淵の最中に死した者は例外無く汚染され、我等神樹騎士は遺体を魔法で石像に変え、急拵えの場所に埋めるしか無かった」
「だからって天井にも埋めたのか? 囁き声の愉快な合唱をセンサーが全部拾っちまうから頭が可笑しくなりそうだ」
「天井に? いや、我等はそんな愚弄はせぬ筈…」
「ニャ…? あ、マジか…!」
何気無い行動だったのだろう、コンフェが魔術を展開して光源を生み出し、尊厳のへったくれも無い掃き溜めの様な光景が私以外の両者に露わになった。
「まぁ…侵食領域内だし、こんなもんだろ? 気にする事ないさ…うん」
「深淵は此処まで死者を辱めるか、やはり燃やすべきなのだな…神樹を」
「行き先は…木の根を辿れば大丈夫そうにゃ。 長居は良くニャいみたいだし」
私の頼りないフォローもそこそこに、至る所から生えた石像から揺ら揺らと影の様な手が伸び始めたのが見え、私達は木の根を頼りに先を急ぐ様に足を進める。
囁き声が魔術の光源に右から左へと伸びては消え、石像の苦悶に歪む顔が闇に再び消えて行く。
時折痙攣する石像の影が視界の端で荒ぶり、緊張感だけが積もる。 急拵えの墓場は進む事に荒さを目立たせ、曲がり道や別れ道に至るまでに墓場の様相から唯の洞穴の様相へと姿を変え、足先に当たった石が地面から弾き飛んでいった。
「なぁジークバルト。 この場所何時まで続いているんだ? 墓場にしては随分と広いじゃないか」
「う〜む…我の時代ならそろそろ終わりが見える筈なのだが…」
「そろそろにゃんか出てくるんじゃない? ほら、広場みたいな場所が見えてきたし…」
頭上に光源の塊を浮かべたコンフェが銃を構えながら指差した先、うねり這う巨大な木の根を追った先にその場所は静かに眠っている。
僅かに窪んだそこは丁寧に切り出された石材が円状に敷き詰められ、今まで進んで来た道が如何に杜撰であったかを物語っていた。
…若しくは深淵によって切り出された何処かの一場面だろう。
「マジにってな…」
「近付いたら絶対エンカウントする奴にゃ」
「うむ…マジ、エンカウン? うむむ…若者言葉は分からぬ」
恐る恐る窪んだ広場へと進んで行くと背筋をなぞる冷たい風が閉所で蠢く。
《高濃度の深淵反応を検知。 マーカーを付与します》
「来るぞ…」
窪地に濃い深淵が渦巻き、6体の呪縛者がまるで静かに水面に身を投げた死人の映像を逆再生する様に現れた。
大きな円盾に身の丈よりも巨大な剣、全身を覆う鈍色の鎧は石像と同様の苦悶の表情が無数に浮かび、兜と鎧の隙間からは黒い呪い膿が脈打ち、か細い木が伸びている。
「し、知り合いかジークバルト!?」
「神樹騎士の中でも処刑者と呼ばれていた同胞達だ…! やはり彼らも深淵に呑まれていたか…ッ」
「どうする!? 多勢に無勢にゃよ…!」
私の脚部を遮蔽物に、中間姿勢で構えるコンフェが焦りを滲ませながら告げる。
私と比べればとても小さく、抑え込め易そうとは言え…相手も過去は歴戦の猛者、唯では済まないだろう。
「慌てるな。 多勢とは言え、私に比べれば珍竹林だ。
…色々と思う所はあると思うがジークバルトは右から相手を頼む、コンフェは膿を狙い撃て」
両者に私の焦りを悟られぬ様に一息でするべき事を伝え、エンフォーサーを呪縛者達に向ける。
「さぁ…執行の時間だ。 恐れるな、死ぬ順番が来ただけだ…」
「「「オ゙ォオォぉォォッッッ!!!」」」
深淵の黒い膿によって歪に円盾と剣を構えた呪縛者達が唸り声を上げ、地面を蹴り上げて亡者の様に大挙して来たのでジークバルトは魔法陣を展開して左手を同胞へと向け、私達は迷わず引き金を引いた。
「出力修正。 ラピッド・ショット…!!」
「照準を合わせ…慌てず、潜める息に合わせ…撃つ!」
「偉大なる神樹よ、悍ましい呪いを退けよ【霊々の槍】!」
反動の風圧で後方へ土埃を巻き飛ばし、緋色のEN弾を機関銃の如く撃ち払われ、脚部付近で狙い澄ました小銃の一撃一撃が発砲炎と共に零れ落ちる薬莢を硝煙に燻らせ、魔法陣から捻じれた木の槍が呪縛者へと殺到する。
先頭を駆ける呪縛者は円盾で防ぐ前に私が放つEN弾の速射に倒れ、直ぐ後ろに続く2体は円盾を斜め上へと構え直して緋色の篠突く雨を弾き駆ける。
だがしかし、膿の蠢く首元を僅かに晒してしまい、ジークバルトに貫かれ、コンフェに射抜かれて地面に倒れて霧散した。
《エンフォーサー排熱限界。 強制排熱開始…》
「白兵戦用意!」
主兵装の引き金が固定され、側面から冷却装置が飛び出して熱を噴き上げるのを見てエンフォーサーを背に仕舞い、左手に握るマデューラを構える。
「左は私に…! 近付けば倒せる何て、聖女にゃめんなよ!!」
「同胞よ、此の様な形の再開になるとは思わ無かったぞ…!」
2体の呪縛者へ小銃を地面に投げ出し、拳を構えて飛び出したコンフェ、大曲剣を後ろ手に深く構えたジークバルトが巨体に見合わぬ速度で走り出した。
両肩の二者を抑え込められた真中の一体は速度を緩めずに更に速度を上げ、私に向かって突撃の勢いの儘に突き出す。
「aaa…理性なき闘争、ソレは私の愛する闘争では無いのだよ」
「ァ゙ア゙ア゙ア゙ァッッッ!!?」
防護シールドを削り、胸部の装甲板を滑る剣に目もくれずに呪縛者の頭部を右手で鷲掴んで持ち上げる。
「これでは弱い者虐めだな…」
「…ッッッ!?!?」
苦し紛れに叩き付けられる円盾と剣が防護シールドに引っ掻き傷を残す…唯、それだけだ。
トキメキも熱も感じぬ一方的な蹂躙、何だか此方側が申し訳無くなってしまうな。
「ハァ…。 済まない、戦士に情は不要か」
頭が鷲掴みにされている事で露わになっている呪いの膿を私は躊躇無く、左手のマデューラで緋色の残光を曳き…切り裂いた。
「ア゙ア゙ァッ…ア゙ァア゙ァァッ…」
「aaa…死神部隊の名の下に、巡り巡ってより善い死を。 次会う時は滅茶苦茶に…獣の様に殺し合おう、何もかも真っ黒に灼けるまで」
呪縛者が私の手の中で霧散する最中、コンフェとジークバルトの方も決着へと進展する。
「…ㇷッ! たアッ!!」
「ア゙ア゙ァッッ!!」
呪縛者による円盾のカチ上げと叩き付け薙ぎ払い、乱雑でいて過去の栄華を何処か残す剣筋の数々がコンフェへと殺到する。
目出し帽は裂け、防護服は既に襤褸布の様相。 だが然し、肌に傷が付く事は無い。
「ア゙ァ――!?」
「行儀の良い振りは辞めにゃ…」
紙一重で避けられていた攻撃も何時しか肌を斬り裂くかと思われた刹那、呪縛者の身体がくの字に吹き飛び、その場に仁王立ちするコンフェは襤褸布になった防護服と目出し帽を脱ぎ捨て、上半身サラシ一枚になった。
身体から湯気にも似た闘気が登り、身体に刻まれた夥しい数々の傷が赤く開く。
「ァア゙ア゙ッッ!!」
「…」
吹き飛ばされた呪縛者は地面に2本の線を引きながらも体勢を崩さぬ様に気張り、再び突撃の構えを取ってコンフェ目掛けて駆ける。
目にも留まらぬ速度で距離を殺し、くすんで鈍く光る剣、その切っ先が迷う事無くコンフェの腹部を貫かんと突き出され、剣を血で塗ら……。
「聖女式戦闘拡張技法。 …無手戦技【羅刹・閃撃殺】ッッ!!!」
「ア゙ア゙――!?」
突き出された呪縛者の剣はコンフェの腹部を貫く事は叶わずに一瞬で砕け散り、代わりに呪縛者の身体には閃撃が刻まれた。
深淵により弄ばれていた戦士の身体は古傷の開いた聖女から滴る血によって浄化され、拳は呪いの膿を完全に消滅させた。 それ故に感嘆の声とも拳の痛みに喘ぐ声にも似た声を上げて呪縛者は光の粒子となって霧散する。
60秒にも満たない、祝福とも呪いとも言える刹那の決着であった。
「贖罪の代行者。 その名を冥界に伝え、輪廻を巡れ…。 私の名はコンフェ、コンフェ・ドール・ベルカ…ニャ!」
これで呪縛者は最後の一体となり、ジークバルトと呪縛者の一騎打ちへと切り替わる。
「とぅあアッッ!!」
「ゥ゙ア゙ア゙ッ!」
転がる様な身の熟しでいて、恰幅の良い身体による肉薄したジークバルトの剣戟はビリヤードで弾かれる球の様であった。
一方呪縛者の方も辿々しい足運びでも理性の無い剣筋でも無く、大曲剣と剣が火花を散らす度に全盛期を思わせる戦いへと変容する。
神樹騎士同士、呪いに縛られていたとしても繋がりがそうさせるのか、或いは友との邂逅故か。
「深淵を防げなかったとはお互い、難儀な物…よなっ!」
「ヴゥ゙ゥ゙…ア゙ァッッ!」
刃が描く死線を避けつつジークバルトが地面を叩く様に触れると無数の茨が生え、蛇の様に這い回りながら呪縛者へと迫る。
呪縛者は噛み付かんと迫る茨を円盾で弾き返しては剣で断ち斬り、追いすがる茨の数々を黒い影を靡かせ翻弄する姿を見たジークバルトは茨が蠢く、自らの腹部に左手を突き入れた。
「新たな希望は既に芽吹いた。 我等の時代は我等の手で終わらせよう…」
ゆっくりと抜かれた左手からは血が垂れる事は無く、代わりに黄金色の小さな輝きが握られている。 それを大曲剣へと這わせると刀身は空間を黄金色の閃光で包みだす。
「ァァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァッッ!!」
「黄金樹よ、太陽なる我等が母よ…」
全ての茨を断ち斬り円盾を構えて突進、右から左へと袈裟斬りへと派生し、盾殴りから跳躍斬り…そして突き斬り払いと、瞬きをも許さぬ殺意が呪縛者の怪しく光る赤い眼光の後を引く。
「我も直ぐに逝く。 同胞よ、一時のさようならだ」
より強く大曲剣が黄金に輝き、呪縛者の剣筋を避け、大きく間合いを開けたジークバルトが上段に構え…。
振り下ろした。
「戦闘拡張技法。 …戦技【黄金波】」
「ア゙ア゙ァ――」
眩くも音は無い、只々黄金色の奔流が枝分かれする木々の様に伸び、呪縛者を包み…閃光が消えて薄暗さが戻る頃には呪縛者の姿は無くなっていた。
…静けさだけが、あるがままを伝えている。
勝者3名。 祝う者無し、終幕は未だ降りず…。
◆◇◆◇
《主武装の冷却完了。 セーフティロック解除…》
「aaa…何とか…なっちまったなぁ〜」
「そうにゃね〜…」
「そうにゃね〜ちゃうねん。 拳銃か軍用ナイフを使いなさい…何故に肉弾殺法で行くねん」
敢えての素手なのか、本能か…多分、…て言うか絶対後者だろ。
「女神が囁いたんにゃよ…拳こそ正義だって!」
「ホントかいな」
サラシ1枚にトラウザーズ姿で胸を張って自慢げにしているので自動小銃を手渡しながら軽く頭にチョップを入れる。
「ヴニャッッ!? 痛いにゃよ!!」
「aaa…命大事にって言ってんだろうが」
全く…死んだらどうすんだ。 優しい優しいお人好しのアイツと違って俺は祈らんぞ…。
「全く…小銃の動作を確認しとけ。 後、弾数もな」
「了〜解。 …残弾はこのマガジンが最後ニャ、予備に拳銃は持ってきたけど…相手によるけど拳銃の弾じゃ心許無いね」
襤褸布になった防護服からマガジンを抜き取り、叩く様に装填するコンフェがそう答える。
オペレーターから送られて来る情報だとマイナス高度からは少しマシな高度まで上って来た様だが…元凶まで何の位か分からないからな、無駄弾はこれ以上出せない。
最悪2人には魔法やら魔術やらで対応して貰うしか無いな…。
「ジークバルト…。 侵食領域がこれ以上拡大する前に進まねばならないが…行けそうか?」
「…うむ。 おぉ! 済まないな、少々感傷に浸り過ぎた…」
木の根が続く道を見やり、左手に呪縛者から出た灰を握り締めて立ち尽くすジークバルトに声を掛ければ彼は思い出したかの様に私に振り返り、無理を押し通しながら陽気に振る舞い出す。
「さぁ貴公ら、神樹までは残り数階程だ! 例え階層の順番がひっくり返っていても口笛を吹きながらでも着くぞ? ゥワァハハハッ!」
「だと、良いねぇ…」
「うにゃ。 成るように成るニャよ」
大きな身ぶり手ぶりで巨体を揺らしながら行く先を指差す彼に私達は同情では無く、…なんて事無いさの精神で返事を返し、私を先頭に木の根を再び辿りだす。
次の階層へと足を踏み入れる頃には冷たく淀んだ気配は無く、枯竭と風化による擦り切れた思い出の匂いがした。
◇◆◇◆
【病み喰らいの神樹・霊廟】
魔術の光で照らされた木の根を頼りに進み、私達は新たな階層に到達した。
待ち受けていた階層、此処は意匠の施された石棺が均等に石造りの壁に設けられ、穴に納められている空間であった。
壁に掛けられた松明や魔術の光があるのにも関わらず、薄暗く湿っている。
耳を澄ませれば水の流れる音も聞こえ、寂しさよりも冒険心が擽られる様なそんな雰囲気が足元を浮つかせてならない。
「流石に私の巨体だと狭いな…」
「そろそろ縮めば?」
「それもそうだな。 人様のお墓を壊す前にな、ハハッ…」
「貴公は小さくなれるのか!?」
「あぁ…太陽の王女様のお陰様でな」
身体を縮められる事に驚くジークバルトが不思議そうに見上げてくるので身体を縮める…、すると改めて驚いた表情をスリット越しに見せる。
「凄いな…! 太陽の王女様がその様な加護をお与えになるとは…」
「太っ腹過ぎて最初こそ困惑したが…もしかして凄い事だったりするのか?」
…あの神、寝っ転がりながら手土産みたいに渡して来たから気にしてなかったな、恐らく面白がって渡したんじゃなかろうか。
「あの方は兎に角にも気紛れな御方でな…、動物を人に変えたり、人を動物に変えたりして愉しむ御方だったな。 後は人に化けて流行病を治して周る事もあった」
「神様らしい気紛れさだな。 人間側からしたらたまったもんじゃないが…」
倫理観が人に似てる割にはズレている辺り、格が違う。 …もしかして私が貰った力は祝福では無く呪いだったりしてな。
いや、まさかな…。
「二人共、お客さんが来るにゃよ」
「お客さん、ね。 何方かと言えば私達が客側だがな、…あ、ジークバルトは違ったか」
長く続く薄暗い通路の奥から乾いた音を響かせ、夥しい数の人骨が立ち上がる。 手にはシミターが握られており、下半身の骨を見る辺り男性…恐らく墓守りの者達の骨なのだろう。
光の無い瞳孔からは細い樹木が伸び、真っ直ぐに私達を見据え、行く手を阻む様に立ち塞がる。
「我も本来は死人だ。 客側だぞ? ぅワハハッ!」
主武装であるエンフォーサーをダイレクト・ボックスに繋いで構え、シミターを振り上げて此方に向かって走る人骨達に銃口を向け、左手に握るマデューラのエネルギー刃が薄暗い通路の先に続く呪いの残滓を暴く。
…もうひと踏ん張りだ。
「二人共、疾走るぞ! 遅れんなよ!?」
「案ずるな貴公。 これでも我は走るのは得意だ!」
「よいしょっと。 膝壊さニャいでよ、おじさん?」
身体をほぐし、重心を落とすジークバルト。 魔術で背に自動小銃を縫い留め、自らの血で錆び付いた二振りの短刀を生み出し、両手に握り締めて構える。
地響きさえ感じる墓守り達の大軍へ。
…古く濡れそぼった石畳を踏み砕き、朔月の矢となり駆ける。
松明の光が線となって流れて行く通路を緋色の閃光が墓守り達を貫き明滅させ、鈍く光る大曲剣が寄せては返す波の様な軌道を描き、血の滴る錆びた二振りの短刀が壁や天井を縦横無尽に…僅かな光の温もりを奪う様な冷光が墓守り達の頭蓋骨を砕く。
私が活路を阻む者達を防ぎ弾き、コンフェが分断し、ジークバルトが薙ぎ払う。
「ジークバルトぉ!! この階層は何時まで続く!?」
「このッッ! 階層は! 本来王族用の階層だ! 其処まで長い場所では無いのだ!!」
「本当か!? なら何で通路が途切れ無い!?」
十字路を真っ直ぐに進めど進めど途切れる事は無く、ただ焦りが積もる。
まるで同じ道を行ったり来たりしているみたいだ。
「ニャア!! 多分この階層は魔法文字が刻まれている…でしょ!?」
私が弾き飛ばした墓守りを無慈悲に砕くコンフェが叫ぶ様に言う。
「その通りだ聖女よ! 術者が死なない限り発動する妨害用の魔法文字だ!!」
進行上に人骨で作られた壁を大曲剣から放たれた光波で薙ぎ払い、ジークバルトは再び現れた十字路を指差す。
「この術は墓守りも迷う。 だから我等神樹騎士は目印を付けた!」
「目印か! そりゃ良いな! …で、どれが目印何だ!?」
「松明だ! 蒼い炎が灯る松明の方向へ走り抜ければ良い!!」
ジークバルトの言う通り、確かに十字路の一部の松明の炎は蒼く揺らめいている。
墓守りも退けながらも蒼い松明の方向へと飛び込む様に走り抜ける。 右、右、左、真っ直ぐ。
「次は…二股。 どっちだ?」
正解の道を辿る程に道は狭く、墓守り達の姿も減っていき…。 遂には墓守り達と刃と弾丸を交える事が無くなり、ただ無心に走っている内に私達の目の前には二股に別れた道が現れる。
松明を見やれば左右共に赤い炎が揺らめいており、蒼い松明は見当たらない。
「正解は二分の一、にゃね」
「本来は右手に進むのが正解だ…だが…」
「だが? 何だ?」
一瞬、言い淀んだジークバルトは私の頭から足先を一瞥してから力強く、通路のド真ん中…古ぼけた壁を見据える。
「貴公。 身体を縮める事が出来るなら当然、元の体格にも戻れるのだな?」
「あぁ…戻れるぞ。 もしかして何か良い案があるのか?」
「うむ。 ならば我等が進むべき道は一つ、右でも左でも無い…真ん中だ!!」
「…信じて良いのか!?」
「あぁ…!!」
「ならば…! コンフェ、ジークバルト! aaa…俺に掴まれ!!」
「「ガッテン承知!」」
身体の大きさを戻し、2人が私の身体にしがみついたのを確認し…私は二股の道、左右何方でも無いその高く聳える壁に向かって加速する。
「行くぞぉッッッ!!!」
身体を抜ける風と怯え気が私を笑う。 たが、私は止まらない。
…最高速度でぶち抜くだけだ。
カメラに映る全てが丁寧に積まれた石の壁だけになり、防護シールドの接触によって激しい衝撃を此方に返し、去れど空いていたらしい壁の向こう側の空間へと残骸を飛ばす。
「ダラッシャァァアァァッッ!!!???」
壁をぶち抜き待っていたのは隠し部屋…では無く、底の無い虚空の空間だけだった。
「ニャァア゙ァア゙ア゙ア゙ッッッ!?」
「ぐおおぉォオォッッ! コレが最短、経路だ! ゥワァハハハッ!!」
「aaa…ざっけんなや!! イバラカスぅッ!!?」
突進の為に前傾になっていたのが災いし、私の身体は前後左右が分からない闇の中で回転しながら落下する。
必死に掴まっているコンフェが地獄の形相で爪を立て、事の本人である茨野郎は笑いながらも必死に私の身体に引っ付いている始末だ。
下へ、下へ、下へ…。
◆◇◆◇
【病み喰らいの神樹・死痕の呪縛者】
位の高い者達が眠る場所には墓守りが居るように、死因の記録を守る者が居る…。
死痕…、そう呼ばれる者がいた。 其れは代々に受け継がれ、庇護されて来た。
其れは呪縛者となって魂を縛られようとも変わらず…。 一つの身体に3つの仮面、6本の手にはランタン…。
死を暴き、嘲笑う者達を追い出す為、幻覚や空間干渉に秀でた三者の死痕は一人となり、今日も侵入者を惑わせ続ける…筈だった。
「…?」
ランタンの光に照らされた書物を見つめ、呪いとなっても役割を全うしている彼らの暗く静かな仕事場は墓守り達と侵入者の不敬な足取りのせいで地鳴らしが起き、土埃が大事な書物に掛かる。
「…ッ。 …!」
彼らは苛立ち、呪いで混ざり肥大化した身体を揺らしながら霊廟の空間へと干渉した。
左右前後の通路を入れ替え、幻術で遠近の感覚を惑わせる。
腹は立つが安い仕事だ。 悪党の邪魔をするだけで敬われ、こうして静かな仕事場でゆっくりと…。
「…?」
何時もの様に行く筈だった。 然し侵入者達は惑わされずに走り抜けている。
まさか看破されたのか? 若しくは霊廟に関わる誰かなのか?
そう考えていると一際大きな衝撃が此方にまで響いて来たのが分かった。
「!? …!!」
不気味な声が遥かに伸びる天井の暗闇から響き、身構えていると無数の石壁の一部が彼らの周りに落ちては砕けて床を汚す。
何者か知らぬが、あの高さから落ちて無事でいられる筈は無い、精々遺体は死霊術にでも使ってやろう…そう考えながら暗闇の広がる頭上を見上げる。
「…ッ!」
闇を裂き、落ちてきたのは…。
「「「のわぁぁぁア゙ア゙ア゙ァァッッッッ!!!」」」
「 ッ!?――」
眼前一杯に映る、人型の金属の塊であった。
…そうして彼らの意識は衝撃と共に消え、知らずの内にその魂は再び正しき死の軌跡を辿り始めて行く。
不名誉な死痕は注釈と偽装を込め、より善い死の記憶を後世に残す事を此処に誓おう…。
◇◆◇◆
【病み喰らいの神樹・御前】
「…うぅ。 い、生きてるかお前ら?」
「にゃ、ニャンとか…ね」
「うむ。 我は神霊故、無事だぞ」
偶然にも壁にぶつかる事無く落下し、石畳の床を抉りながらめり込んだ私の身体は半分程度埋まり、瓦礫やら土埃やらで空間全体を包み込んだ。
二人の安否を確認しつつ、辺りを見るに…どうやら此処は誰かしらの書斎の様であり、瓦礫の半ば埋もれてはいるがかなりの数の書物が散乱している。
「aaa…うむ。 じゃないが」
「そうにゃそうにゃ。 生きてるのが奇跡みたいな物ニャよ…マジで」
土埃が落ち着いて二人の姿がハッキリ見える様になれば、土埃で茶色っぽい毛並みになったコンフェの姿、ジークバルトの方は鎧が汚れ、まるで採れたての玉葱みたいだ。
「まぁ…終わり良ければ全て良し。 って奴だ貴公らよ」
「未だ終わりじゃにゃいし、何も良くにゃいニャ!」
突っ込みを入れられて兜を引っ叩かれると反動で両者の身体から土埃が舞う。
「ゥワァハハハッ! 済まない! 貴公らの頑強さを見込んで最短距離を選んだのだ! この部屋を出れば神樹は直ぐ其処だ!」
コンフェの突っ込み何て、なんのその。 私の身体から降りたジークバルトは石壁に近付き、手を添える様になぞり始めた。
「鼓動も強く感じる。 …本当に近いのだな、神樹が」
「…うむ。 神樹騎士だから分かるのだ…神樹は直ぐ其処だと」
なぞる手を止め、ジークバルトはゆっくりと両手を壁に付き、力を込める…すると石が擦れる音を響かせながら奥へと壁が、偽装された扉が開いていく。
薄暗かった空間が扉の先から差し込む光に闇が切り裂かれる。
「やっと辿り着いたにゃね」
「あぁ…。 寧ろこっからが本番でもあるな」
「さぁ貴公ら。 謁見の時間だ。 未来の幼子の悪夢を…呪いを、深淵を焼こう」
身体を縮め、地面から抜け出した私は輪郭さえ飲み込む光の先へ。
先に進み、光の中へと消えて行くコンフェとジークバルトを追い掛ける様に光の中へと進む。
◆◇◆◇
【病み喰らいの神樹】
《深淵の残渣追跡完了。 侵食領域内、最後の呪縛者です…最後のマーカーを付与します》
燦々と私達を照らす太陽、だが時刻は丑三つ時を少し越えた位だ。
大広間の一面に敷き詰められた石畳は悠久の歳月により朽ち、白い彼岸花が一面を覆い尽くしている。
「あぁ…。 神樹よ、神樹騎士ジークバルト、僭越ながら帰って来ました…約束を…今こそ果たさせて頂きます」
「aaa…。 アレが…神樹」
「神性に纏わりつく様に深淵が…、悍ましい嚢胞がくっついてるにゃよ…。 産まれるべきじゃない、歪んだ生命…」
白い彼岸花が咲き誇る先、神樹は這い蹲っていた。 嘗ての偉大さを誇示する巨木の身体は至る所から爛れる様に嚢胞が生え、深淵によって歪められたのか…青褪めた人の手足が生えており、コンフェの言う様に神性を…生命を歪めていた。
「取り敢えず嚢胞を潰して見るしか無いか…。 此処からは私一人でもどうにか出来るが…其れは違う、そうだろ?」
「…我はとうに覚悟は出来ている。 気遣いは不要だ」
「愚問ニャよ。 私達は死神、星を啄む鴉の様に呪いを啄むしかにゃい…」
背中の自動小銃を抜き、構えるコンフェに腰だめに構えられた大曲剣を輝かせるジークバルト。 私も再び身体を元の大きさに戻し、主武装であるエンフォーサーをダイレクト・ボックスに繋ぎ合わせ、構える。
「初弾は譲って貰う…ぞ!」
賽は投げられた。
引き金を引いた事で銃口を飛び出したEN弾が一筋の緋色の光で彼岸花を散らし、這い蹲っていた神樹の嚢胞の一部を消し飛ばす。
深淵の最中に沈んでいた神樹の意識を痛みで叩き起こしたようで、生えた手足を出鱈目に振り回しては周りの彼岸花が千切れて舞う。
「オ゙オ゙オ゙ぉォオォッッッッ!!」
「人様の出来物を潰したみたいで気持ち良いなぁ!」
「馬鹿な事言ってにゃいで行くよ! 死神部隊、第一議席…参る!!」
「我も自由に行かせて貰うぞ! ぅおおぉォッ!!」
爆発的な加速で駆け出し、花弁を後ろへ跡に残しながら急速に距離を殺す両者。
青褪めた手足で地面を移動し始めた神樹の身体から黒い膿が溢れ出し、無数の鉤爪を持つ腕が現れ、その腕にはびっしりと苦悶を浮かべる顔が蠢いていた。
《LAADシステムの並列起動を開始…》
「邪魔はさせない…!」
命を狩ろうと飛び出した鉤爪の弾幕がコンフェとジークバルトに殺到するのを見て、慌てずに対空照準機能を併用し、照準を合わせて迎撃していく…が、如何せん数が多い為に撃ち漏らしが出る。
「避けろコンフェ! ジークバルト!」
「安々とは行かないにゃね! 聖女式戦闘拡張技法【血潮龍天】!!」
小銃を撃ち払い、数本の鉤爪を撃ち落としたコンフェは撃ち尽くした小銃を投げ捨て、自らの腹部を深く引っ掻き傷を付けた。
腹部を染める血潮は戦技を叫ぶと共に五本の糸となり、鉤爪の弾幕の一部を縫い留め、その縫い留められた鉤爪の腕を駆け上がり更に距離を縮める。
「偉大なる火の力よ! 我が魂を燃やせ! 戦技【黄泉の祈り火】!!」
神樹騎士の魂を歪めんと迫る呪いの鉤爪、それをジークバルトは老い枯れた狼の如く駆け抜け、斬り祓った際の遠心力を利用して神樹との距離を縮めて行く。
戦技を唱えれば黄金の混じる白い炎が刀身に宿る。
それは誓いであり…悠久の語り部の熱だ。
「ぉォオォォ゙オ゙オ゙…」
目と鼻の先を疎ましく駆け回る両者を握り潰し、叩き潰そうと青褪めた手が伸びる。 だが、そうはさせない。
「aaa…汚い手で私の物に触るな」
青褪めた手を狙い撃ち、動きを鈍らせ…冷静に視界にコンフェとジークバルト、神樹が収まる様に彼岸花を踏み潰し、私も二人の後を詰める。
「祈られた者にも祝福を。 にゃまり弾をくれて上げる…!!」
「斬り断ち燃え上がれッ…!」
神樹の胴体へと到達し、その呪いで歪んだ巨木の表面をジークバルトは駆け回りながら嚢胞を斬り、コンフェは拳銃を抜き、すれ違いざまに引き金を引いていく。
「ア゙ア゙ア゙ァァオ゙オ゙ぉォぉォッッッ!!?」
次々と嚢胞を潰され、断末魔を上げる神樹。 正確には神樹の皮を被る悍ましい深淵の呪いが苦痛に叫ぶ。
《マーカー対象に高エネルギー反応あり。 攻撃パターンの変化に注意して!》
「ニャッッ!? ヤバッ!」
「クッ…! 深追いはまずいかッッ!!」
「出来るだけ距離を取れ!」
這いずり回りながら抵抗していた神樹は嚢胞を潰された事で大きく身体を震わせ、コンフェとジークバルトを振るい落とす。
「オ゙オ゙オ゙ぉォオォッッ!!!」
闇夜を思わせる慟哭を周囲に解き放ち、私達との距離を風圧だけで開ける。
そして神樹は身体を突き破る様に青褪めた手足を増やし、地面を抉りながら立ち上がる。
…膨れた腹に細長い手足の数々、立ち上がった神樹の出で立ちは何処か人の様でまるで違う。
「まるで栄養失調の人間みたい、だな!」
「確かにそうにゃ、けど…ッッ!」
増やした手足を存分に活用し、私とコンフェに向かって巨体を揺らしながら飛び込む。
私はブースターを吹かして飛び跳ねる様に避け、コンフェは身軽さで素早く神樹の身体の外側へと躍り出る。
お互い神樹の青褪めた手足をすれ違いざまに撃ち続けたにも関わらず、細長い手足には余り傷は付かない。
「硬ぇな…」
「何か活路があれば良いんにゃけど――」
「貴公ら! 地面から離れよ!!」
身体の向きを変え、此方を見る神樹の出方を伺いつつ、拳銃のマガジンを変えながら私の肩にコンフェが飛び乗った瞬間。 離れた場所にいたジークバルトから怒声の様な叫び声が聞こえた。
「…! 掴まってろコンフェ!」
「ニャッ!」
「魔術【炎嵐】ッッ!!」
私達が空高く跳躍したと同時、白い炎を滾らせた大曲剣をジークバルトが地面へと突き立てる…。
「オ゙ぉォア゙ア゙ア゙ァッッ!!!!」
すると地面を吹き飛ばして余りある火柱が暴れ狂いながら神樹を巻き込み、凄まじい高さの…正に嵐と欠損無い炎が天高く私達を越えた。
「熱ゥ゙ッッッ!!」
「ゥ゙ゥ゙ニャァッッ!!」
熱と衝撃は私達を揺さぶり、ジークバルトの方角へと叩き付ける様に吹き付ける。
恐らく防護シールドが無ければ肩に掴まるコンフェは勿論、私自身も火達磨になっていただろう。
「ぅ…ゥワァハハハッ!! 流石に、無茶し過ぎた…な。 魔力を使い果たした。 …最早身体が言う事を聞かん」
「だが、英雄の頑張り処だった…だろ?」
「あぁ…!! その、通りだ、現世の英雄よ! 少々老体にはちと、キツかったがなぁ…」
神樹を包む火柱に体勢を崩され掛けたが何とか地面へと着地し、ジークバルトの側へと駆け寄る。
「魂を削る事による威力の底上げ…、本当に無茶し過ぎニャよ」
「ゥワァハハッ…。 聖女様に、隠し事は出来んか…」
私肩から降りたコンフェの指摘の通り全身鎧は光を喪い、左肩から先は砂の様に砕けて地面に横たわる。
その姿はまるで、風に吹かれて削れる砂城の様だった。
「aaa…じゃあ、お別れなのか、ジークバルト」
「…いや」
私が呟く様に零した言葉に、ジークバルトはゆっくりと燃え続けている大曲剣を地面から抜き、私達の後方へと切っ先を向ける。
「どうやら天は…未だ我に最後の別れを言わせてくれるらしい…」
「おいおい…まだ、動くのか…!」
「執念の賜物って奴にゃね…!」
切っ先を追って振り返って見れば炎に包まれても尚、うつ伏せの状態で地面を削りながら此方に向かって一直線に突進しようとする神樹の姿があった。
「オ゙オ゙オ゙ぉォオォォ゙オ゙ッッ!!!」
「…貴公らよ。 済まないが詠唱の時間を稼いではくれまいか…」
「考えが…有るんだな?」
呆然とする私達の数歩先を行き、残った右手で大曲剣上段に構えるジークバルトがそう告げる。
「あぁ…我からこの未来に贈る。 最後の祝砲を、な…」
「…ハービンジャー」
「…言わんでも分かるぞコンフェ…」
ジークバルトを見つめていたコンフェが私を見る。
…最早言葉にしなくとも理解出来てしまう。
示し合わせた訳でも無く、黙って英霊の…ジークバルトに並び立つ。
…膨大な熱に身を焦がす神樹は私達の目と鼻の先だ。
「「一人だけに…! カッコいい事なんてさせるかッッッ!!」」
武装を背に仕舞い、重心を落として私は右手を開き前に、コンフェは左手を開き、手首を利き手とは逆の手で強く握り込む。
強く握り込んで前に突き出した利き手は圧力で閉じそうになるが、それを私とコンフェは耐えて大きく開き続ける。
「全ての幻よ、行き場を失い、弱者の守り手となれ。 魔法【古き黄金の障壁】」
「オペレーターに通告。 過剰出力排出弁を全閉鎖、出力制御棒を解放せよ」
《了解。 脚部アンカー…遠隔起動、全出力回路を防御機構へと解放します。 偏向防御システム、上位管理者権限に移行》
姿勢制御システムが遠隔により最適な動作の補助を受け、身に纏っていた防護シールドが利き手を起点に前方へ人為的制御で展開された。
コンフェの方は中略詠唱により、前方へと水面の様に揺れる黄金の障壁を展開する。
「ッッッ…すまぬ貴公ら!! 暫し耐えてくれ!!」
搾り出す様にジークバルトから出た謝罪の言葉に対する返答に、私達は言葉では無く行動で示す。
「「ガッテン承知ィッッ!!!」」
「オ゙オ゙ぉォオォォ゙オ゙ぉォッッッッ!!!!」
…そして、障壁へ莫大な熱と質量が衝突した。
「「あ゙ァア゙ァァア゙ァア゙ッッッ!!!?」」
凡そ数千トンの質量が、嵐の様に吹き付ける炎と呪いが…障壁を展開する私達に伸し掛かる。
伸し掛かる神樹の圧力によって四肢は潰れ、障壁を貫通する熱と呪いが身体の表面要素を瞬時に炭化させ、倒れ込みそうになるが…倒れる事は出来無い、…何より倒れたく無い。
「「ハァァア゙ァア゙ッッ――!!」」
何もかもが燃え、歪み奔るノイズが入り混じる…。 その意識の最中…鮮明に、ハッキリと…紡がれる言葉が聞こえた。
「世界樹よ、我等の聖なる黄金の樹よ、聖なる願いを芽吹かせ全てを救いたまへ…」
視界を乱す炎の中で優しく、光が全てを塗り替えていく。
「大地の光よ…全てを祓う聖なる力を、万物を救う真の力を与え給え」
炭化していた私達の身体が時間を巻き戻す様に癒える。
「我が魂を、想いを…未来の笑顔を守る一筋の矢へと番えよ。 戦技【黄金樹の光】…!!」
そして光が、普遍的な愛が…振り下ろされ、全てを攫って行った。
◇◆◇◆
《深淵の残滓反応消失を確認。 任務完了…お疲れ様でした》
「今回の任務も…何とかなったな」
「そうにゃね。 茨のおっちゃんがぜ~んぶ、カッコいい所を掻っ攫う形だけど」
防護シールドに伸し掛かっていた質量と炎、視界を覆い尽くしていた熱と呪い…そして最後に全てを塗り替えた光。
其れ等は夢の跡の様に消え、大広間は神樹の僅かな断片を残して夜明けの風に吹かれて静かに転がっている。
「…! そうだジークバルト!!」
慌てて振り返り、今回の立役者であるジークバルトを探せば焦げた大広間の床へ、大曲剣と共に胴体と頭部を僅かに残して虚ろに空を見つめていた。
「あぁ…貴公。 やったな…貴公らは世界を救った、貴公らこそが、英雄…だ」
「ニャに言っているんですか…私達は茨のおっちゃんのお陰で…」
コンフェが近くでそっと両膝を付き、朽ちゆくジークバルトを抱え…抱き締める。
「コンフェの言う通りだ。 ジークバルト、私達は貴方が居なければ神樹に飲まれていた…貴方が、世界を救ったんだ」
朽ちる間際、謙遜しだすジークバルトに励ましの言葉を投げ掛ければ、彼は幾ばくかの僅かな光を瞳に留まらせた。
「ゥワァハハハッ!! ありがとう、ありがとう!! 枯れ行く過去の栄華へ花を手向けてくれる等、正しく貴公らは英雄の素質が…希望の芽が芽吹いている…!」
コンフェの腕をすり抜け、侵食領域が解けた森の隙間から覗く夜明けの暁光、その眩い心地良さを背にジークバルトは冷たく新鮮な空気の最中へと昇っていく。
「「ジークバルト…!!」」
「さらばだ…。 未来の子供達…愛しき万世の英雄よ――」
深淵に欺かれていた廃墟で、私達は只々静かに紅色と青色の混じる空高くを見上げている。
…私達以外、もう誰も居なかった。
風に吹かれ、ざわめく森のの木霊だけが伝えている。 晴れた呪いに祝福のあらん事を。
茨の英雄にどうか、限り無い拍手と愛を贈ろう。
【神樹の呪縛者】 古の時代に祀られていた黄金樹の一株。 星の暗がりに淀む人間性を吸い上げていた 今や呪いを振り撒く者となり 呪いで腫れた嚢胞をぶら下げ 青褪めた手足で這い回る。 やはり意思なき善意とは穢れ歪む物だろう。
【松明】 油を染み込ませた布を巻き付けた木の棒 闇夜を照らす為の道具。 簡易だが確かに闇を暴き 揺らめいているだろう 火とは闇夜を照らす為だけでは無く 時代のうねりを照らしていた。




