第3章「赤き月が落ちる日」・2
特訓開始から一週間が経ったGW最終日の深夜。ひとり学校の屋上にやってきた蒼だが既にそこには居た。リーダーの玲司は金網フェンスに背中を預けて缶コーヒーに口をつけている。そして蒼と目が合い、ニヤリと少しキザな笑みを浮かべた。
「来たか夜見」
「みんなは?」
「あそこに居るぞ」
「やっほー」
「うっす」
玲司が指差した方を見ると奥の方にはカップ麺を啜っている轟やイヤホンで音楽を聴いている萌葱、『血みどろクマくん』の肩に乗って校舎の壁を直接登ってやってきた桃歌など次々にメンバーが集まってきた。しかし一名ほど姿が見えない。
「そういえばあの子はどこよ?」
「ここ……」
蒼の存在に気づき、イヤホンを外した萌葱がまだ姿の見えない姿の見当たらない白について質問するが、いつの間にか白は萌葱の背後に立っていた。
「ほんとアンタ気配なくいつの間にか立ってるわね。居るならなんか言いなさいよ」
「ごめんなさい」
いまいち反省しているのかしていないのかわからないが萌葱は呆れたように小さくため息を吐くともういいとジェスチャーする。
そして定刻通りメンバー全員が集結して玲司はごほんと咳払いした。
「みんな揃ったようだな」
勢揃いした『オルフェンズ』のメンバーに向かい合う玲司は神妙な面持ちでひとりひとりと目を合わせる。やはりリーダーの玲司含め多くのメンバーは最後の戦いに赴くということで顔は若干強張っている。しかし白はこの状況においても冷や汗ひとつかかずにポーカーフェイスを貫いているのは流石としか言いようがない。
「遂に最後の『ニラートマン』だ。心して掛かれみんな! これが最後の戦いになる!」
「絶対に勝つわよ」
「みんな頑張ろ~」
「燃えてきたぜ!」
他のメンバーが気合を入れてに鼓舞し合っている中、蒼の気分はとても重かった。勿論想像もできないほど巨大な敵にまだ未熟な自分が立ち向かわねばならないというのもあるが、それとは別に何か嫌な予感がするのだ。その正体が何なのか蒼自身にもわからないし気のせいだと思いたいが……
すると蒼の隣に白がやってきて俯く顔を覗き込む。
「緊張しなくていい。キミならきっと大丈夫」
「……ありがとう」
やはり淡々とした口調だが白なりの気遣いが感じられて蒼の気持ちは少しだけ楽になった。そして一度目を閉じ、ゆっくり深呼吸すると改めて仲間たちの顔を確認する。これから命がけの戦いが始まるがまた彼らと再会することを願わずにはいられない。とても短い時間だが、それでも『アートマン』という共通点を持った友人たちなのだから。
「では行くぞ!」
玲司の声とともに『オルフェンズ』のみんなが一斉に『アートマン』を呼び出し、赤い月が浮かぶ夜空……いや、それを覆う『怒りの日』の腹を見上げる。満月みたいにあの中央に埋め込まれた真っ赤な核を破壊すればすべては終わりだ。
◆◆◆
深夜〇時の彩羽市上空一〇〇〇メートルほどの高度で静かに佇む『怒りの日』。地平線まで続くその深い闇色の巨躯に巨大な影の穴が生じ、その中から続々と蒼たち『オルフェンズ』のメンバーが姿を現す。
「なんとか夜見のおかげでここまで来れたな。これで第一関門はクリアといったところか」
「夜にだけ干渉できるように実体化するのか……干渉できるのは僕たち『アートマン使い』だけみたいだけどすごく大きい……」
「っていうかなんだコレ!? 彩羽市まんまじゃねぇかここ!」
蒼たちは周囲を見回し、そのあまりに異様な光景に目を見開く。あまりの大きさにその全貌が見えなかった『怒りの日』だが、なんとその巨体の上には眼下に広がる街がそっくりそのまま同じ姿でそこにも広がっていた。言うなれば街の上に同じ街があったのだ。
「人が居ないのとか電気とか通ってないのを除けばほぼ街そのままね。なんなのコレ……」
慣れ親しんだ街の姿であるのがむしろ恐ろしく感じてしまい、蒼たちは一箇所に固まりながらバスのロータリーが広がる駅前の広場を歩く。何台も並ぶバスは見た目こそ本物と同じだが、あくまで作り物で動きはしないようだ。
「夜見君、『彷徨える影』の影はここでも使えそう?」
白に問われ、蒼は試しに『彷徨える影』の力で影の穴を展開してみるが、生み出された穴はとても小さく、すぐに消えてしまう。
「ダメだ……ここだとこのデカブツの『支配領域』が強力でみんなを入れられるくらいの大きさの影は展開できないみたいだ」
「まぁ目標地点まで直進であと一キロメートルくらいだし大丈夫だよー」
『血みどろクマくん』の肩に乗った桃歌がどこからか取り出した双眼鏡で目的の場所を確認しているが、ずっと少し離れたところに確かに赤い光の柱が天に向かって上っているのが見える。あからさまにここへ来いと誘導しているみたいだ。
「よし、では行動開始と行くか。みんな固まって動け。ここではスマホで連絡も取り合えないしバラバラに動いてお互いの居場所がわからなくなったらどうしようもない」
玲司が『焔剣帝』を従えながら先頭に立ち、みんなもそれに続いて偽物の街を駆け出す。
「下手したら遭難しちゃうかも~」
「そりゃ冗談じゃねぇ……」
「わかったらアンタ勝手な行動しないでよね」
「っせーな」
あーだこーだ騒がしい轟と萌葱を尻目に蒼は走りながら周囲を見回すが、視界の端に謎の黒い影が映り、咄嗟にそちらにあるものを確認する。すると白もその存在に気付き、ぽつりと言葉を零した。
「……『ニラートマン』?」
若干の疑問を含んだ声音だ。
「何っ!?」
「なんだアレ……人?」
「うーん、よくわかんないかも~『ニラートマン』とは微妙に違うような……」
他のメンバーもその『ニラートマン(?)』に気付き、足を止めて遠巻きにその姿をまじまじと見つめる。バス停の前に立っているそれは黒いのっぺらぼうみたいな姿をしていた。筋肉質な肌には白い幾何学的なラインが浮かび、手足は妙にひょろ長い。明らかに異様な見た目だが、その存在は蒼たちが近くに居るというのに特に反応もせず、ただカカシのように静かに突っ立っている。
「とにかくぶっ飛ばせばいいだろ! 『鉄王』!」
すると痺れを切らした轟が『鉄王』をけしかけた。
「ちょっ! アンタ勝手に……!」
萌葱が慌てて制止するものの既に遅い。
「オラァ!」
勢いよく『鉄王』が鉄拳を放ち、その細身の中心を正確に捉えた。すると謎の敵の身体は勢いよく吹っ飛び、ビルの壁面に叩きつけられる。するとその黒い影のシルエットはぼやけて徐々に薄くなり、やがて闇に溶けて消える。
「あれ? なんだ楽勝じゃねぇか」
「見掛け倒しなの……?」
轟は肩透かしを食らったような顔で黒い影が消えた場所を見つめる。あっけなさすぎて何か罠があってもおかしくないがどれだけ待っても異変が起きる気配はない。
「やや不可解ではあるが何もおかしなことは起きていないな」
「うーん、まぁ先に進もうか~」
腑に落ちないといった顔だがここにいつまでも留まっているわけにもいかず、玲司たちは再びその場を走り出した。赤い光はだんだんと大きくなっており、もう少しで目的の場所に到着するはずだ。
「夜見君」
「ど、どうしたの深雪さん?」
すると白がおもむろに蒼の上着の袖を軽く引っ張ってきた。いつも表情を変えることなく落ち着いている彼女であるが、今はどこか不安そうな様子に見える。
「なんだか……とても胸騒ぎがするの」
もしや彼女も蒼のように説明のできない焦燥感に駆られているのかもしれない。蒼は彼女を安心させるために袖を掴むその右手をそっと握る。
「だ、大丈夫だよ。みんなが居るしきっとうまくいくさ」
その言葉は半ば自分にも言い聞かせているようなものだった。
「みんな、あの敵よ!」
「またアイツらか!」
突如空間に亀裂が生じその中から一〇体もの黒い影が現れ、蒼たちの前に立ちはだかった。『怒りの日』の心臓部を守るため蒼たちの邪魔に来たようだ。玲司たちもすぐさまそれぞれの『アートマン』を排除に向かわせる。
「行くぞ……『焔剣帝』!」
「モモカも行くよ~『血みどろクマくん』!」
「夜見君、私たちも」
「うん……!」
蒼と白も『彷徨える影』と『死想の聖母』で敵に立ち向かう。こうして最後の戦いが幕を開けた。