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第五十一話 「モヒト教授の答え」

 アンドウモリエは壁の前に立っていた。物語の魔法使い風の格好は何故か遺跡に良く馴染んでいるように見えた。そして同時にモヒト教授が言った禁忌に触れていることも思い起こさせる。

 一同が追い付くのを相手は待っていたらしい。

「おめでとう諸君。ここが遺跡の末端だ」

 アンドウモリエは振り返ってそう言った。相変わらず頭巾が目元まで隠しているため、口で表情を読むしかなかった。

「その壁を記念に見せるために俺達を呼んだのか? アンタの言うオフィスはどこだ?」

 コモが言うと、アンドウモリエは壁を三度軽く叩いた。

 すると石壁がスライドし、入り口が現れた。

 中は小さな格子窓が並んでおりどちらかと言えば明るかった。

「私はここに残るよ」

 ユキが言った。アンドウモリエに心を許していない証拠だ。デルターもまだどこか芝居がかった様なアンドウモリエを受け入れたわけではない。だが、モヒト教授が行くなら行かねばならない。しかし、ユキだけを残して良いものか。コエルルスの件もある。

「俺もここに残るぜ。お嬢さん一人にするわけにもいかねぇしな。どうせ、中は禁煙なんだろ?」

 コモが言い、煙草を吸い始めた。

「分かった。じゃあ、ランス、俺達で行くぞ」

「ええ」

 ランスは頷きデルターと共に入り口を潜った。

「異変は無いと思うが、あなた方はおそらく見落としただろう。遺跡の中ほどに時差で外へ開場される場所がある。精巧な仕掛けがある。時折、コエルルスや通れる恐竜達が迷い込んでくる」

 アンドウモリエがそう言い、ランプに火を付けた。部屋が明るくなった。

 蔵書や書類の束がそこら中の棚に押し込まれていたり、台に散らばっていたりした。

 学者の部屋だな。

 俺には苦手な勉強尽くめの一室だ。

 デルターがそう思った時だった。入口の石壁が閉じた。

 デルターはピストルをアンドウモリエに向けた。

「心配いらない。外でも中でも壁を三度叩けば開くようになっている」

 相手はそう言った。

「あなたはここに籠って恐竜の復活を研究していた」

 モヒト教授が口火を切ると、アンドウモリエは笑った。

「言ったはずだ。今の技術ではそれは不可能だと。今の私は恐竜と戯れているに過ぎない。戯れながら彼らの生態を研究している。時期にここの恐竜達も死に絶えるだろう。私の記録が後の世の助けになればと思っている」

「ならば良いのです。素晴らしいことだと思います」

 モヒト教授は頷いて応じた。

 広い部屋だった。

「てっきりホルマリン漬けの瓶とかがあるかと思ったのですが」

 ランスが言った。

「ええ、私もそういうのを想像してました」

 モヒト教授が同意した。

 デルターは部屋中に置かれた書類の詰まった棚という棚を見ているうちに、視界に動くものを捉えた。

 茶色の肌でずんぐりしている。口は鳥のくちばしの様で、獅子のたてがみのような分厚い皮膚が広がっている。

「こ、これはプロトケラトプスでは!?」

 ランスが驚きの声を上げると、伏せていた恐竜は顔だけこちらへ向けた。つぶらな瞳がどこか愛くるしい表情だとデルターは思った。

「おお!」

 モヒト教授も驚愕していた。

「その通り、プロトケラトプスのメスだ。今は卵を温めている」

 アンドウモリエが背後で言った。

「資料を見せていただいても?」

 モヒト教授がアンドウモリエを振り返る。

「御存分に」

 その返事が聴こえるや、自分の荷物を投げ出し棚の一つへと走った。

 これは長くなりそうだな。

 デルターはそう思い、アンドウモリエに敵意無しと判断を下して、書類に占拠されていない開いている椅子に座った。

 ランスの方は恐竜に夢中になっている。

 気付けばデルターは夢の世界へ落ちていた。




 二



 目覚めて初めて自分が寝入っていたことに気付いた。

 異常はない。ランスが同じく開いた椅子に座って寝ていた。

「これだけの書類を全てあなたが?」

 モヒト教授が驚いたように言う。

「左様」

 アンドウモリエが応じるとモヒト教授は感嘆していた。

 学者同士の話し合いが始まり、デルターは仕方なく一つの図鑑を手に取った。

 大きな体に長い牙を生やした四つ足の恐竜のページが開かれた。

「イノストランケビアですね、私が大好きな恐竜ですが」

 ランスがいつの間にか起きてきてデルターの隣に並んで言うと、アンドウモリエが応じた。

「残念だが、ここにはいない。絶滅してしまったようだ」

「それにしても、アンドウモリエ教授、ここには恐竜時代の色々な生物がごちゃ混ぜに生息してますね」

 モヒト教授が言うとアンドウモリエ教授は頷いた。

「私もそれが気になっていた」

「そして爬虫類の天敵、冬の寒さを乗り越えていると判断してもよろしいでしょうか?」

「さすがは考古学者殿、鋭い点を指摘されるな。それについてはこの遺跡に秘められた恐るべき技術が姿を見せる」

「と、言うと?」

 モヒト教授が問う。

「この遺跡とそれを囲む塀自体がある程度の危機的気温をさっすると高熱を持ちこの箱庭を温めるのだ」

「そんなことが?」

「ああ。どういう仕掛けかは分からんし、手を付けるつもりもない。研究のために壊してしまっては元も子もなくなる。今が良ければそれで良い。世の中には解明されなくて良い謎もある。それがこれだと私は思うのだ」

 それから学者談議が始まった。

 デルターはうんざりし始め、水を差すような形になったが尋ねた。

「ここから出るにはどうすれば良いんだ?」

「先ほど説明した時差式で開く入り口から外へ向かうか、遺跡の入口へ向かうかだ。正直、前者はおススメできないがな。肉食恐竜の餌食になりに行くようなものだろう」

「しかし、入り口にはティラノサウルスがいるみたいで、だから我々はこうしてここまで来たわけです」

 ランスが言うとアンドウモリエ教授は答えた。

「奴か。あいつは人間の肉の味を知ったからな。私の同僚が二人ほど犠牲になった。これを使え」

 そうして渡されたのは導火線のついた中身の詰まった筒と玉だった。

「煙幕と勘尺玉だ。これで欺くことができる。私はそうしてきた」

「なるほど、勘尺玉で驚かせて、煙幕で視界を奪うんですね」

 ランスが言うとアンドウモリエは頷いた。

 すると文献を漁っていたモヒト教授が一息吐き、満ち足りた顔をして言った。

「我々は大人しく帰ることにしましょう。この世界はアンドウモリエ教授にお任せして、静かにしてあげましょう」

「学者さんのことは分からないが、興味が無いわけでは無いんだろう?」

 デルターが問うとモヒト教授は頷いた。

「ええ。ですが、私はここでは不要の人間だと思うのです。恐竜達の生を見守り、後世のために記録する人間は既にいるのですから」

「その様子だと他言無用にしてもらえるようだな」

 アンドウモリエ教授が言うと、モヒト教授は頷いた。

「この楽園はあなたに任せましたよ、アンドウモリエ教授」

「フフッ、ありがたく任されよう」

 二人の研究者は固い握手を交わしたのであった。

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