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第四十九話 「恐竜達」

 少し進んだところで暖を取ることにした。

 遺跡にはうるさかったモヒト教授自身も水温の低さと、冬に近づく秋の気温で震えっぱなしだった。

 デルターとコモ、モヒト教授は外套に包まり自分の手をこすり合わせて炎の恩恵に預かっていた。

 三人とも歯をガチガチ鳴らし、身体が熱を取り戻すのを待っている。

「デルターさん」

 ランスが話しかけてきた。

「何だ?」

 デルターは震えながら応じた。

「デルターさん達が飛び込んだ水は海水でしたか?」

 そう問われ、デルターは思い返し、特にしょっぱくも目に染みることもないことを無かったことを思い出した。

「いいや」

 デルターが応じるとランスは不思議そうな悩む顔をした。

「プレシオサウルスやモササウルス達は、御存知の通り海竜なんですよ。だから海じゃ無きゃ生きて行けないのではと思いまして」

「確かに、そうですね。ここから海は遠いです」

 モヒト教授が応じた。

「だったら俺達が戦ったのは海竜じゃないということか?」

 コモがこちらも寒さで震えながら尋ねる。

「いえ、図鑑で見た海竜とそっくりなので、海竜で間違いは無いでしょう」

 ランスが応じた。

「適応したんじゃないか?」

 コモが再度言った。

「そうだとしても、この遺跡に中にずっと何十億年と生存していたのでしょうか?」

 ランスが問うとモヒト教授が応じた。

「そうですね、おかしな話です。隕石と氷河期で滅んだはずの彼らが、何故、この遺跡にだけ生存しているのか」

「裏があるってことかい?」

 デルターが言うとランスと、モヒト教授は頷いた。

「人の手が加わったのでは無いでしょうか?」

 モヒト教授が言った。

「誰かいるってことか?」

 デルターが尋ねるとモヒト教授は頷いた。

「そう考えられなくもないというわけです」

 一同は黙り込んだ。

 するとユキが声を上げた。

「来たわよ、コエルルスが一匹!」

 前方からこちら目掛けて駆けてくる影が見えた。

「ちいっ」

 三人は立ち上がった。デルターはピストルを、コモがショットガンを向ける。モヒト教授は両手で耳を塞ぎ後ろを向いていた。

「俺達だって好きでお前らを殺したいわけじゃ無いんだ!」

 デルターはモヒト教授の背を思い出し、恐竜に向かってそう言った。

「売られた喧嘩だからな」

 コモが言った。

「お喋りしてんじゃないよ。今よ、撃って!」

 ピストルの音が幾つも、ショットガンの音が八発轟き、迫っていた脅威は排除された。

 今のですっかり身体が興奮し熱を持ったらしく、デルターの震えは止まっていた。

 亡骸になったはずの恐竜へ、デルターと、コモは近づいて行った。

 その時だった。死んだと思っていたコエルルスが素早く立ち上がりデルターに噛みついてきた。

 が、コモのショットガンがその頭を吹き飛ばした。

「念のため装填しておいたのさ」

「悪い、助かった」

 デルターはコモにそう言った。今度こそグロテスクな亡骸となったコエルルスを眺めた。

 ランスとユキ、モヒト教授もやってくる。

「ああ、また罪の無い命が失われた」

 モヒト教授が言った。

 一同は焚火を消し、注意を払いながら先へと進み始めた。

 全員で仲良く固まっていては一緒に遺跡の罠に引っかかるだろうと考慮し、デルターとコモが先行した。ランスとユキはモヒト教授の護衛だ。

 耳を傾け、無言でコモと並んでデルターは歩いて行く。

 と、初めての分かれ道に差し掛かった。と、言っても先へ進むか、上に上がるかの分かれ道だ。

「つまり二階があるわけね」

 コモが言い、ランス達が追い付いてきた。

「よぉ、モヒト教授、どっちに行く? 選択権はアンタにあるぜ」

 コモが言うとモヒト教授は言った。

「出口への手掛かりと遺跡の規模が分かるかもしれません。二階へ行きましょう」

「オーケー」

 コモが言い先に階段を上り始める。

 階段は暗かったが、ランスが松明を用意し、コモとデルターに渡した。

「途中階段が閉じることだってあるかもしれない」

 ユキが考え深げに忠告した。

「そうですね、では我々はここに残りましょうか」

 ランスが応じる。

 デルターはランスと目を合わせて頷いた。

「行こうか、教授」

「はい、参りましょう」

 コモが先頭、モヒト教授を挟んでデルターがしんがりを務めた。

 階段は暗く長かったが、やがて太陽の光りが差し込み見通しが良くなってきた。

「俺が先行する」

 コモはそう言うと残る階段を駆け上がり、入り口を潜って行った。

 程なくしてコモが顔を覗かせた。

「大丈夫だ、それよりも凄いぜ!」

 その言葉にモヒト教授が慌てて階段を上って行く。デルターも後に続いた。

 そして眩い太陽の光の下、広い屋上へと足を踏み込み、その眼前に広がる光景に驚いた。

 確かにコモの言う通り、凄い光景だった。

 遺跡の外塀は遥か彼方に聳え立っている。その広大な庭を大きな恐竜達が闊歩し、小さな恐竜達が駆け回っていた。

「あ、あれはディプロドクスか!? あっちに見える水辺にたくさんいるのはパラサウロロフスかもしれない!」

 モヒト教授が興奮気味に言った。

 失われた世界がその箱庭にはあった。

 これはランスにも見せてやりたかった。

「どれがどれなんだ?」

 コモが尋ねる。

 モヒト教授が指したのは首の長い恐竜だったが、海竜とは違い四本の足がある。とても大きかった。

「あれがディプロドクスか、カミナリ竜のどれかだと思います。そして向こうのちょっとした湖のようなところにいるのがおそらくは、パラサウロロフスか、サウロロフス、あるいはランベオサウルスやチンタオサウルスと思われますね。図鑑からの情報ですが」

 のどかな世界だな。モヒト教授の興奮しきった解説を聴きながらデルターはそう思った。

 恐竜達との殺伐とした出来事を潜り抜けて来たからこそ、デルターにはそう思えた。

 デルターはうっかりモヒト教授の解説に聴き入っていたが、我に返り、遺跡の規模を確認した。自分達が来た側は見えなかった。ずいぶん進んだようだ。縦長の遺跡の未踏破地帯はまだ続いてはいたが、終わりが近そうだった。

 連なった長方形の石壁は遥か彼方に影だけを見せている。その壁が囲む箱庭の様子は、草が生い茂り、木々がまとまって生えている場所が点在し、西側の方はモヒト教授が言ったように輝いて見えることから湖のような沼地かもしれない。

 しかし、外に出れば、こののどかな光景も一変するだろう。肉食恐竜には追われ、それ以外だってどう行動を起こすか分からない。未踏破地帯の先から抜けられたとしても相当な距離がある。外を夜通し歩くことになる。それだけここは大きな遺跡だった。

 モヒト教授いわく、首の長いカミナリ竜とやらは巨木の枝に生えた草を食べている。コエルルスと思われる小型の恐竜達が群れを成し駆け回り、獲物を追い求めている。他にもデルターの知らない恐竜とやらがウロウロ歩き回っていた。彼がもっとも注意していたティラノサウルスの姿は見えなかった。つまりは入り口の方にいるのだろう。

 始祖鳥の声がし、デルターは我に返った。

「戻ろう」

 目ざとくこちらへ狙いを定め降下してくる影を見てデルターは二人に向かって言ったのだった。

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