第二十七話 「救出戦」
踏み倒された草を目印に、デルターとランスは慎重に盗賊達から距離を取り後を追った。
少し先から盗賊どもの語らう声が薄っすらと聴こえている。道に間違いは無い。
瞬間、デルターは左を見た。
鋭い切っ先が顔目掛けて迫ったが、間一髪でかわすや、その腕を取り、後ろに回り込み首を締め上げた。
「ぐぐぐっ・・・・・・」
盗賊が目を白黒させ呻き声を上げている。
「ランス、ナイフの柄でこいつの頭を殴れ」
デルターは無益な殺生は好まない。このまま腕で絞め殺そうとは思っていなかった。
「は、はい」
ランスが慌てた様に腰からナイフを取り、慎重に狙いを定めて、柄の先端で賊の頭を殴った。
「ぐえっ」
盗賊は気を失い倒れた。
「危ないところでしたね。全く気づきませんでしたよ」
ランスが賊を見下ろしながら言った。
「そうだな、危かった」
デルターも正直に述べた。
「どうします、この盗賊は?」
「縛るものも無いしな。置いて行くしか無いだろう」
「金貨一枚でそいつを縛っておいてやるぜ」
不意に聞き覚えのある声がし、右側から黒い外套を羽織ったキンジソウが現れた。手には縄をぶら下げていた。
「ニャー」
黒猫のペケさんも一緒だった。
「キンジソウ、お前どうしてここに?」
デルターが驚いて問うとキンジソウは得意の不敵な笑みを浮かべた。
「偶然さ」
明らかに煙に巻こうとしている返事だった。だが、追及したところで本当のところを話しはしないだろう。
「キンジソウさん、その節はお世話になりました。実は仲間が一人さらわれてしまって、助けに行きたいのですが、御力添えをお願いできないでしょうか?」
ランスが言うとキンジソウは応じた。
「金貨十五枚で手を打ってやる」
「くっ」
デルターは呻いた。もう財布の中身にそんな金は残ってはいない。いや、あるにはあるが、王都までの道のりを考えると無駄に使うわけにはいかなかった。
「この守銭奴め」
デルターは怒りを収めながら吐き出した。
「ですが、賊は二十人近くいるんですよね? コモさんのことも心配ですし、ここはお金を払ってでも・・・・・・」
ランスが言ったがデルターはかぶりを振った。
「もともとキンジソウはいなかった。俺達二人でやるつもりだった。最初から最後までな。そうだろ、ランス?」
「え、ええ」
「その意気を思い出せ」
デルターとしてもキンジソウの様なプロが力になってくれたらありがたいが、お金はマイルス神官長が出してくれた大切なものだ。この前のような町全体が危機的状況というわけでもない。今回はキンジソウは雇わない。そう決めた。
「だが、一枚だったな」
デルターは革袋の財布から金貨を摘まんでキンジソウに渡した。
「時間がどのぐらい掛かるか分からねぇ、その間にこの賊野郎が目を覚ましたら厄介だ。そいつをラーズの保安官事務所まで連行してくれ」
「良いぜ」
キンジソウは金を受け取ると、均整のとれた身体にヒョイと倒れた賊を担ぎ上げた。
「保安官まで届けるのは特別サービスだ。じゃあな」
キンジソウはデルター達の来た方角へと歩んで行く。
「ニャア」
ペケさんもその後に続いて行った。
デルターはランスを見た。ランスは頷いた。
「いきましょう。我々でコモさんを助けるんです」
地味な顔には頼もしい笑みが浮かんでいた。
二
デルターとランスはピストルを手にひしゃげた草の後を追って行く。
やがて盗賊達の声が大きく聴こえるようになった。
二人は茂み沿いに回り込んだ。
天幕が幾つかあった。ガラスの乙女像の積まれた荷馬車もある。
盗賊達が火を取り囲み、酒盛りを始めていた。
見たところ十人はいる。残りはどこだろうか?
「デルターさん、あれを」
ランスが声を潜めて指差す。
洞窟があった。
「俺達の目的はコモを助けることだ。ガラスの乙女像は、村人には悪いが回収はしない」
「分かってます」
ランスが頷いた。
二人は待った。盗賊達が酔い潰れるのを。
陽が暮れようとしていたが、しぶとく待った甲斐があった。座って成功を語り合って盗賊が一人、また一人といびきをかき始めたのだ。
「コモの奴が天幕にいてくれれば良いが」
デルターは足を踏み出し、茂みから出た。
「手分けして探しましょう」
ランスが応じる。
二人は別れて計六つの天幕を探したが、あったのは弾薬とコモの使っていたショットガンだけだった。
二つともありがたく頂戴し、二人はぽっかり開いた洞窟を見た。
「コモの奴は中だな」
「そうですね」
「油断するなよ、ランス」
「ええ、行きましょう」
デルターが先に踏み込み、ランスがその後に続く。
「洞窟の広さが分からない。途中で敵とはち遭ったら、俺に任せろ」
デルターはピストルをしまい、頭陀袋をランスに渡すと雑用で鍛えられた太い両腕を自由にさせたのだった。




