第四話 私を忘れずに
赤い月の下で赤い目に黒い目のオッドアイだった少女はひとりたたずんでいる。
既にその両目は鮮血のような、いや乾いた血のような赤黒い色に変貌していた。
少女にはもはや頼りになる者など一人もいない。もう、この少女は『神無月梓紗』とは呼べない存在へと堕ちている。
ただ人の悪が人の形をしているだけの、ただそれだけの存在だ。
なのに、それなのに『ソレ』は周りを蹂躙せずに呆然と虚空を見つめている。
人ならざる存在を人が理解するなど不可能。ならばその行動が意味する事は誰にも分かりはしない。
桜の花びらが舞い降りる地で、『ソレ』は待ち続けているようにも見える。策をねっているようにも見える。
「──────」
それは、一体なんと言ったのか。
歌うようにも嘆くようにも嘲るようにも聞こえたその声は、届けたい者には届かずに空中で霧散していく。
もともと届くとも思っていなかったのだろう、『ソレ』は人間のまねをするように、拙い動作で歩き、時にそれが嘘のように滑らかに走りだし、また拙く歩き出す。
場所は木材でできた一つの小屋へと。
目的は、なぜか定まらぬままに。
『ソレ』は、何もなく、小屋に着いた。
小屋に着いても何故か目的が定まらずにトビラの前で悩むばかりだ。
よくよく考えてみれば『ソレ』の目的があるのかどうかすら分からない。いや、根本を考えたら何故『ソレ』が元々神無月梓紗なのかすら分からなくなる。
神無月梓紗、確か私の名前だったはず。けれども、それは明らかに私のはずの『ソレ』とは違う。なら、『ソレ』は私とは違うだろう。
ただ、ぼーっと眺めている私とは違い、『ソレ』は、頭を抱えるまでして悩んでいるようだ。
……その様子を見て、何を悩んでいるのだろうと考えてみる事にした。
ふと、考える暇などなく答えが浮かんできてしまった。
曰く、表に出てきた瞬間にどうやっても、世界を復活する事はできないと、そう解ってしまったらしい。
それだけか、と場違いな怒りがこみ上げてきた。
表に出てきた、と言うならそれまで表にいた何者かを引きずり落としたのだろう。それを、目的を達成できないからと諦めると言うのか。
勝手に人の体を使っておきながら、「できませんでした」で終わらせるのか。
巫山戯るな。貴様がやった事でその表の誰かがどんな身に覚えのない報復を受けるというのか。
それを、貴様の徒労で、受けると?
なら、徒労と分かっているならさっさと表の誰かに一秒でも早く体の主導権を渡せばいいのだ。そんなことも分からないならもう、一度も表には出ない方が良い。
何故か妙に腹がムカムカしながら、『ソレ』を見ていた。
『ソレ』は決心がついたようにトビラを開ける。
果たして、その中には──




