●第六十九話 限りなく零に近い勝率-β
誠と十六夜が第一撃をぶつけ合った衝撃がツリーを揺らした瞬間。
水野秋奈と月影叶も戦闘を開始していた。
秋奈は叶の初撃が超能力の一切介入しない体術であることに疑問を抱きつつ、彼女の繰り出す回し蹴りから飛び退いた。
「………近接戦闘?」
「初っ端から超能力使ってもアタシの勝利で決定確定事項すぎてつまらないでしょ? 特別サービス、アナタに活躍の場を差し上げようってワケよ☆ もっとも――こっちでも弱そうな箱入り娘だけどね、水野家ご令嬢様はッ!」
高い金属音を上げながら鉄骨を蹴り飛ばす叶は、スカートが翻るのもお構いなしに脚技を連発。秋奈はそれらを見切り、無駄のない動作で回避し続ける。
とっ、と背中に、縦に伸びる鉄骨がぶつかった。秋奈は咄嗟にしゃがみこむ。
直後、叶の脚が頭上を貫き、鉄骨を蹴り飛ばした。
「………すけすけパンツ……だと……」
「見つめてるんじゃないわよッ!」
甲高い音が鳴り止むと同時に、叶は後方へ飛び退く。秋奈は逃がしまいと低い姿勢のまま突進し、手に握る刀(元鉄骨を《物体干渉》で変形させたもの)を、
「………一刀流《疾如風》」
一閃。
強く踏み出す一歩とともに右上段切りで放たれた刀は、間一髪で飛び退いた叶のセーラー服のリボンを引き裂いた。
「《小野寺流剣術》……ふうん。水野家が小野寺家の技を、ねぇ」
「………所詮形だけ、だけど」
距離二メートルでにらみ合い、秋奈は体の回旋とともに刀を振り上げた。
小野寺流剣術一刀流《徐如林》。
音を立てない静かな剣舞がわずかに叶の髪を奪う。
仰け反るように回避した叶の蹴りが繰り出された。
秋奈はバックステップで逃れながら両脚をかがめるように着地し、バネの要領で一気に特攻。打ち出された右上への斬り上げは、叶の生み出した黄金の盾が弾き飛ばした。
だが、叶との距離はわずか一メートル。
弾かれた刀を腰下へ引き戻し、両脚を踏ん張らせる。
「………一刀流居合《不動如山》」
ガイィン、という甲高い音が響き、衝撃の痺れが秋奈の腕を走った。
月影叶の粒子が、皮肉にも西洋剣を模して居合切りを迎え撃ったのだ。それも、手に持たず。雷光のごときスピードを以て。
「ふふ、一方通行にはしないわよ☆」
「………どうだか」
秋奈は踊るように刀を振るう。叶が手に持たず従える西洋剣と、幾度とない斬撃を繰り返しては弾き飛ばされる。火花が幾度も散った。互いの柔肌に生まれる直線の傷。超能力を本領とするはずの両者が刀剣で戦闘を行なうという、異様な光景がそこにはあった。
《小野寺流剣術》を秋奈が使用できる理由は驚くほど簡単――『誠の姉、絆から教わった』というだけである。
幼少期は誠とただの幼なじみであった秋奈。当然彼の姉である絆とも友好関係があり、ある時、ふとしたきっかけで四種類の剣術を教わることとなった。接近戦が弱いことを昔から悩みとしていた秋奈には、願ったり叶ったりの展開だったのだ。
それでも未だに近接戦闘は苦手であるが……今は置いておくとして。
《物体干渉》という能力上、《小野寺流剣術》の真骨頂である能力+剣術の形式は取れない。しかし、《物体干渉》――何からも『変形』することで刀を生み出せる能力だからこそ、秋奈は絆から一刀流・四種の型を教わっていた。
秋奈が行うのは絆の贋作でしかないが――その名は《風林火山》。
誠には使えない。秋奈と絆のみが使用できる一刀流。
「………《侵掠如火》!」
掛け声とともに一気に懐へ飛び込んだ秋奈。刀が叶の宙を舞う剣と火花を散らし、一撃目が衝突。しかしすぐさま、秋奈の刀は振り上げられた。止まらない剣術。斬り上げ、引き裂き、あと一歩の隙間を弓で放たれた矢の如く貫く。
一刀流十連撃《侵掠如火》。
かろうじて首を動かした叶の頬を引き裂き、紅の鮮血が舞った。
「……っ! 傷が残ったらどうするつもりよッ!」
「………怒るのそこ――っ!?」
バッと。
咄嗟に倒れこむように身を下げる秋奈の周囲を、黄金の弾丸が数にして八十、一気に射出された。回避する隙間などない、機関銃と対峙したような猛撃が降り注ぐ。
刀を変形させて物体構成を極力硬くした盾を構え、できる限り身をかがめるも、秋奈の白い柔肌を黄金の弾丸が数発掠めた。直撃を逃れただけ幸いかもしれない。
視界を塞ぐ盾を投げ飛ばした直後、特攻を仕掛ける月影叶が視界に入る。
「なーんて、今更体にできた傷を気にするほどアタシは乙女やってないっつーの! 傷だらけで純潔ですらないこんな体がどれだけ傷つこうが関係ない! アンタを殺せれば十分っ!」
「………二人称、変わってるし」
脚と腕が激突し、鈍い打撃音が両者に痺れを響かせる。
一秒未満の均衡で、二人は一気に飛び退いた。
――この瞬間、両者は理解した。ここから先は《超能力》だ。
お互いが誇る真骨頂で、決着まで一気に駆け抜ける。
叶が黄金の粒子を大量に放出しながら、鉄骨を蹴って自ら中空へ飛び降りた。
「………九尾、迎撃!」
『任せろッ!』
しゃがみこみつつ指示を出し、待機させていた九尾が九つの蒼炎を撃ち出す。鉄骨をかわす変化球のような蒼炎球に対し、宙で身を翻した叶の黄金の槍が迎え撃った。威力はほぼ互角。互いに相殺し、激突が余波を生み出す。
「《レジェンドキー》……面倒っぽいわね。そっちから対処したほうがいいカナ?」
「………くっちゃべりすぎ」
周囲の鉄骨を変形させて鋭利な得物を作り、叶へ向けて投げ飛ばす。重力落下を付け加えた得物は予想通り、叶の粒子が作る盾が防いだ。
カッ、と閃光を放つ黄金の粒子。反射的に目を閉じてしまった秋奈はあわてて薄目を開く。
「目を閉じるとか、余裕見せすぎよ♪」
ぱちっとウインクする叶は――空を舞っていた。
背中に伸びるのは、槍などと同質の粒子でできているであろう天使の翼。左右二対の翼を羽ばたかせ、月影叶は飛行していた。
これが新物質創造《物質創造》の恐るべき『何でもアリ』な点だろう。波瑠の《霧幻焔華》とは違ったアプローチだが、月影叶という能力者もまた、大抵の能力者を制圧するだけの手数を持ち合わせているのだ。
「うふふ、さっきまでは前哨戦。本番はここからよ~☆」
バッと腕を開く叶。彼女の周囲に数本の西洋剣が創造され、腕を振り下ろすと同時に一気に射出される。秋奈は触れていた鉄板に干渉し『液体化』――鉄津波を引き起こした。
灰色の津波は飛来する西洋剣を呑み込み、圧し潰す。
(………ここは干渉できる『物体』が少ない。そのうち、防御手段がなくなっちゃうかも)
そんな危惧を覚えつつ、秋奈は鉄津波をさらに変形。蛇のような放射状の液体として数本に分かち、叶の四肢を拘束するように跳ばす。さらに同時に動く九尾。視線のみで示し合わせ、蒼い焔を叩き込ませる。
叶の翼が大きく開かれ、繭のように彼女の全身を包み込んだ。
黄金の粒子はその状態で高速に回転。液体化している鉄板や蒼炎を張り付かせることなく弾き飛ばす。
繭が開かれると同時に黄金の槍が一本、弓矢のように放たれた。
九尾の怨念篭った咆哮が轟く。
秋奈が防御体勢に入る前に、九尾の放った漆黒の波動弾が槍を撃ち飛ばした。
「………GJ九尾。たすかった」
グッと親指を立てつつ、翼をふたたび光らせる叶を睨みつける。
「ありゃりゃ。『すべての物体を貫通させる粒子』の槍を弾かれちゃった。《レジェンドキー》はこの世の法則外に位置する異能なようね。道理でさっきから『相殺』されちゃうわけだ」
叶は手のひらを顔の前にかざし、わざとらしく茶目っ気のある笑みを見せた。
《物質創造》は、No.8《魔陣改析》と並ぶ『限りなく魔法に近い超能力』だ。この世の法則から外れた新物質の創造を真骨頂とする能力は、世界の理を超越する《神上》シリーズと類似する。
超能力として分類されている理由は一つ――SETを用いなければ発動できないから。
そして、新物質創造を行なう際には、能力演算領域にて『どのような性質を持つ物質なのか』を設定する必要がある。この世の万物を貫く粒子、と叶は普段設定しているが――《レジェンドキー》は《儀式能力》と呼ばれる、古来に魔術として知られていた異能だ。
その九尾が放つ波動弾や蒼炎は、叶の認識する世界の外に位置していた。
だから九尾は攻撃を相殺させることができたのだ。
――――もっとも、それもこの一瞬まで。
九尾の能力を『認識』してしまった今、叶の演算領域はふたたび組みなおされ、九尾の攻撃も粉砕する粒子として再構築されているだろう。
「ここから先はアタシの世界。アンタの《物体干渉》には届かないわ♪」
「………ランクいこーる強さじゃない。強さは、能力の使い方次第で決まるんだ!」
叶の腕が交差され、黄金の斧が二つ、激しく虚空を裂いて秋奈を襲う。
秋奈は足元へ手をつけた。
「………軟化!」
ぐにゃり、と鉄骨が不自然に歪む。ゴムのように秋奈を載せたまま大きく歪み、ある一定まで沈んだところで反発が作用。秋奈を弾丸のように上空へ舞い上げた。
斧がゴム状となった鉄骨を両断した直後、
「器用な真似を……なら、これでどうかしら☆」
腕を振り上げる叶。中空で浮遊する秋奈に向けて黄金の槍を放とうと構えるも、蒼炎が虚空を塞ぐ。槍を振るって蒼炎を真っ二つに引き裂いた叶の視線は、忌々しげに九尾を貫いていた。
「九尾の化け狐……しつこいわね!」
『お嬢を傷つけさせるわけにはいかないのでな』
「従順ってワケね。へえ、絆とかそういう要素、完膚なきまでにぶっ潰したくなるわ!」
黄金の槍の対象が九尾へ移る。亜音速に迫る爆発的速度で大気を散らす金閃の到達を前に――秋奈が、動いた。
「………契約融合。《レジェンドキー・九尾》×水野秋奈っ!」
九尾の全身が粒子となり、秋奈へ集結。
太陽のごとく輝く紅の波動が『九尾の衣』となり、秋奈の身体を包み込む。
伸びる九つの尾。蒼炎が周囲に浮かび上がり、
ぷつり、とシュシュが切断され、紅の長髪が大きくなびいた。
「………こっちも勝負はここから。好き勝手、やらせない」
「やっと本気モードかしら? ふふ、遠慮なくいっちゃうわよ~っ!」
叶はふたたび西洋剣を浮かばせ、翼の羽ばたきとともに射出。翼の起こす突風が追い風となり加速した西洋剣の切っ先が届く前に、螺旋階段の踊り場に着地した秋奈は転がるように受け身を取った。
頭上をひゅん、と通過する西洋剣が螺旋階段の支柱を両断。
秋奈はすぐさま支柱に手をつけ『液体化』して切れ目を接続、上下のターミナルを繋ぐ巨大な螺旋階段の倒壊を防ぐ。
「そんなものに気を遣っている余裕、アナタにあるのかしらぁ?」
翼を使って秋奈の背後まで回りこんでいた叶は、黄金の斧を秋奈の首を刈り取るように振りぬいた。
「………あったりして」
と、瞳を金色に輝かせている秋奈。
まるで叶の攻撃を予測していたかのように、視線すら向けずにしゃがんで斧を回避した。
聖獣・九尾の持つ黄金の瞳は《千里眼》と呼ばれている。その名のとおり千里先まで見渡す遠視ができる他、広大な周辺視野・透視能力まで付与される。秋奈と《九尾》が融合したことで得た恩恵は、背後まで回りこんだ叶の攻撃を見切っていたのだ。
その体勢のまま九つの尾を模す波動を振るい、叶の体を弾き飛ばした。
器用に翼を開いて回旋した叶は、鉄骨の隙間を縫って秋奈の頭上を確保。
軌道の読めない粒子弾を豪雨のごとき勢いで放つ。
秋奈は螺旋階段から一気に飛び降り、尾で鉄骨を掴んで空中ブランコのように中空を飛び移ってかわした。
だが、叶の弾丸は秋奈を追尾するように軌道を直角以上の角度で急転換してみせる。
秋奈は咄嗟に《物体干渉》を発動した――足を後方へ突き出してから。
「………液状化っ」
どろっ、と液体化する秋奈のオーバーニーソックス。黄金の粒子弾を包み込んで勢いをそぎ落とすことに成功し、適当なところへ着地した。
秋奈を追跡しつつ、叶は親指の爪をかみながら思考をまわす。
(そういえば、さっきから疑問に思ってたのよね。あの箱入り娘の《物体干渉》によって液体化や硬化された物体は、アタシの粒子を貫通せずに受け止めている)
翼、槍、斧などを形成する黄金の粒子は、『この世の万物を貫く』よう設定された新物質だ。
だが、あくまで『この世の万物』の範囲は叶の能力演算領域の把握範囲内となる。
《物体干渉》は物体情報に干渉し、その性質を一時的に書き換える能力。
それはある意味、一時的に法則から外れた性質の物体を生み出している、とも捉えられるのではないか?
(ははぁ、な~るほどねぇ。アタシは、あいつの能力によって書き換えられた情報もまた、演算に組み込まなきゃいけないってワケか。ちょっち面倒くさいケド)
にいっと口角を上げた叶は、黄金の槍を構えて――投擲するフリをした。
体を震わせた秋奈はすでに能力行使を始めている。
彼女の手が添えられている壁が液体化した後、秋奈の防壁となる大津波を形状していた。
ここで黄金の粒子を改めて設定し直し、亜音速で黄金の槍を振りぬいた。
ズバン!! と轟音が衝撃波を撒き散らす。
予想通り鉄津波に風穴を貫き、まさに紙一重で正中線を逸らした秋奈の左手を裂き、黄金の槍は粒子となって霧散した。
「………ぁ……ッ、アアアアアあああああああああああああああああああああああ!!!!!」
左腕に無数の切り傷が走り、秋奈の絶叫が響く。
咄嗟に右手で表面を押さえるも、間欠泉のごとく鮮血は噴出。ちょうど脈の付近も断たれたのだ――焼けるような痛みと血量不足が引き起こすくらみが同時に秋奈を襲い、思考に空白が生まれた。埋め尽くされる感情は『死の恐怖』。
叶が槍を放つ瞬間は、《千里眼》で鉄津波越しに目視できていた。だが、今まで槍を防ぐことができていた鉄津波なら大丈夫だろうと慢心し――津波に風穴が開く瞬間まで、動くことができなかった。
格上相手に万が一を考えなかった秋奈の、大きすぎるミスだ。
契約融合がもたらした動体視力と身体能力の強化によって、ギリギリ正中線は逃れた。それでも結果は大差ない。このまま放置していては、出血多量で死ぬ。
「うっふふ。これでゲームオーバー♪ 意外とあっけない終わりだったわね」
「………まだ、終わらせない……っ!」
秋奈はロングコートを変形させて包帯のように腕に巻き、止血を施した。あくまで即興なので大した効果は生まないし、うずくまりたくなるほどの痛みがなくなるわけではない。
「………あたしはっ、負けるわけには、いかない……からっ!」
それでも立ち上がる秋奈を、叶が余裕たっぷりの笑みで迎えた。
「頑張るのねぇ。それって、オトモダチのため?」
「………」
こくり、と頷きかえす秋奈。
「正直アタシには、アナタが頑張る理由がさっぱりわからないのよねぇ。ぶっちゃけ、オリハルコン争奪戦に関係ないし、天皇波瑠と《雷桜》の因縁とも無関係。そして相手はこのアタシ。どうして命懸けてまで頑張るの~?」
「………ばっかじゃないの」
――――気持ちで負けるな。
「………聞いてなかった? 波瑠ちゃんが、あたしに『信じてる』って言ってくれたの」
今まで、ずっと一方通行だった。
頼ってもらえなかった。
波瑠は一人で何かを抱え込んで。
差しのべた手を押しのけられて。後を追っても追いつかなくて。
日に日に何かをすり減らしていく親友が目の前にいたのに、自分は何もできなかった。
それが今はどうだ?
強情で自分勝手で心配性で、可愛くて優しい波瑠が、自分を頼ってくれた。
愛おしい親友が一人で抱えていた戦いに、ようやく参加することができたのだ。
純粋に嬉しかった。
ここで力にならなくてどうする。
ここまで来て負けることが、どうして許される。
「………波瑠ちゃんと約束したから――すべてが終わったら、一緒にデートしようって。その約束を守るために戦う。理由なんて、これだけで十分だし!」
紅の波動が爆発する。
鮮血で濡れた鉄骨を踏みしめた。
九つの尾がエネルギー体――漆黒の球体を生成。その球体はみるみるうちに秋奈の身長を超えて膨張し、禍々しい妖気を周囲に散らす。
《殺傷覇導》――九尾の持つ怨念を具現化し、エネルギーとした波動弾。
人類に対する悪の象徴、陰陽師の宿敵、大災害とまで呼ばれた化け狐の総力がここにある。
「………っ(これが、九尾の抱える怨念のすべて……制御、ムズ……)」
発動者の秋奈の心すら圧迫する禍々しい『負』の波動は――宙に舞う叶に一瞬、撤退の選択肢を呼び起こした。
「……ちょっと、待て。そりゃあつまり、アタシがビビったっつーこと?」
その瞬間。
叶の口角が、不吉に歪んだ。
「ナニソレ嘘でしょありえないありえないこちとら暗部で何年間戦ってると思ってんだよ何十回死にかけたよ何百回殺されかけたよ何千回身体傷つけてきたよこの程度の怨念恐怖威圧感なんて何万回も乗り越えてきたじゃないそうよ問題ないあっちの怖さと比べたら何も怖くないどうってことないあの時以上に怖かったことなんて一つもないじゃない」
狂った笑顔で炸裂する言葉の列。
いくら敵とはいえ、その動揺っぷりは尋常でない恐怖を覚える。
「………どう、したの?」
「そうよ今更アタシが怖がることなんて何一つないのよ十六夜ごめんね十六夜嫌いにならないでねアタシ頑張るからもう負けないから月夜にも誰にも負けないから意地でも勝ち続けてみせるからっ!!」
黄金の粒子が神々しい光を放った。秋奈は思わず目を伏せる。腕で影を作りながら様子を窺うと――
叶の両手には、三メートルはあろうかという巨大な槍。背中から伸びる翼がよりいっそう大きく広いものへ姿を変え、神々しい輝きを放った。
漆黒の球体の直径が三メートルを超えた辺りで、双槍を引いて構える叶。
「アハッ☆ アハハハハハハハハ! そうよ、アタシは最強なのよ、【使徒】なのよ!《物質創造》がランクⅨごときに負けるわけがないっ!《レジェンドキー》? そんな過去の廃棄物、アンタごと粉々にぶっ壊してやるわ!!」
「………まずったかも……本気引き出したかな……」
ビリビリと両者の威圧感が精神を攻撃しあう。能力の激突が起こっていないにも関わらず、メンタル面ではすでに歯を喰いしばらなければ耐えられないほどの衝撃が襲っている。
お互い条件は同じ。あとは、攻撃の威力が上回ったほうが勝つ。
すう、と息を肺に込め。
両者は全力を激突させた。
強化ガラスを振動で粉々に砕き、天地を貫くワイヤーを震わせる。螺旋階段が音を立てて砕け散る。大気が全方位へ圧力を放つ。
それら威力を生み出す漆黒の球体と黄金の双槍の激突は――ほぼ互角!
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
少女たちの咆哮に呼応し、波動が爆裂した。
秋奈が踏ん張れているのはひとえに、《物体干渉》で下肢を固定する台を作り出しているからだ。これがなければ体重五十キロに届かない秋奈の体は簡単に吹き飛ばされていただろう。叶のほうでも翼を閉じ、粒子を噴出して余波に抗っている。
両攻撃は、衝撃を抑え込めずに爆発霧散した。
ゴッ!! と一気に吹き抜ける突風の中、秋奈と叶は再び攻撃を開始していた。
九つの尾が中空を駆け、叶を叩きつけるように振り下ろされた。翼を駆使して羽ばたく叶はその隙間をすり抜け、黄金の槍を貫く。投げるモーションに入った瞬間鉄骨から跳躍する秋奈。バゴッ、と鉄骨が破裂した。
秋奈は尾で鉄骨を一本つかみ、自分の体を持ち上げる。隙を逃さず飛来する粒子弾。体を捻って回避した秋奈は鉄骨に触れた瞬間変形をほどこし、尾を使って数十本のナイフを投擲した。叶の翼がそれらすべてを弾き飛ばす。
「片手使えないのは不憫ねぇ。《物体干渉》は触れた物体に干渉する能力。ろくに動かない左手があっちゃ、右手に頼ることしかできないもの」
「………片手でじゅーぶん」
秋奈が手をついた瞬間、螺旋階段の足場がぐにゃりと歪んだ。
どうせ秋奈は触れた一つの物体にしか干渉できないのだ。腕一本で事足りる。
そして、物体として認識したのは『足場』でない――『螺旋階段』に干渉。秋奈を乗せた巨大な龍が創造される。
「う~わ、大規模な形状変化」
叶の粒子弾が数十発、龍の体に風穴を貫いた。しかし体調三十メートル近い模造龍を破壊するにはその程度では足りない。黄金の槍を創造する前に、秋奈はさらに能力を使用。
龍の全身を液体化して作る何本もの鋭利な得物を、九つの尾を操って撃ち出した。
叶はふたたび翼を使い、繭のような全方位防壁で自身を包む。
開いた瞬間に追撃しようと、《物体干渉》で新たな得物を作
その瞬間。
ぐらり、と秋奈の体が崩れ落ちた。
「………え?」
圧力を受けたわけでも、外側から衝撃を受けたわけでもない。
秋奈の内側で何かが起こって、彼女の全身から力を奪い去った。
甲高い音を立て、元螺旋階段、龍を模した像に体を打ちつける秋奈。腕も脚も動かず、受け身を取ることができなかった。
それどころか、思考が停止していく。五感が止まりつつあるのを自覚する。
ぼやける視界の中、叶がとん、と目の前に着地した。
「アハ。アハハッ、アハハハハッ☆ ざ~んねんでした~。決着よ決着。ったく、ようやく効果が現れてくれたみたいね~」
勝者の笑みが浮かぶ。
体に新たな外傷は無い。
なのに、張り裂けるように痛い。
九尾の衣が唐突に霧散し、粒子が弾けてエメラルドの中へと収まっていった。
契約融合を解くには、二つの方法がある。
一つは自らの意志で聖獣に指示を出し、融合を解くこと。
もう一つは――契約者、あるいは聖獣のどちらかが、限界を迎えること。
「正直恐ろしかったわ。アナタの《レジェンドキー》と《物体干渉》! 二つを使いこなし、このアタシと善戦できたことは賞賛に値する! だ・け・ど♪ アンタがアタシと同等に戦えたのは、《レジェンドキー》が差を詰めていたからなのよ。なら、アタシが圧倒的勝利を収めるためには、どうすればいいと思う?」
息が上がる。だけど肺は求める酸素量を吸い込めない。
まるで体が機能してくれない。
「そう、アナタの契約融合を解いてしまえばいいのよ! アタシの誇る能力《物質創造》でね!」
ガッ、と叶の脚が秋奈の背中を踏みにじった。
「契約者をダウンさせれば融合は解かれ、超能力のみの戦いとなる。そしたら勝ち負けは明白! 格下が格上に勝つ確率は『零』! これでチェックメイトってワケッ!」
「………、」
――――では、一体何が秋奈を追い詰めた?
どのような方法で体を傷つけずに、けれど確実に体を蝕んだ?
消え行く思考のギリギリで、必死に思考をめぐらせる秋奈。
最強と自分の間にある差。
《物質創造》という、無限の可能性を秘めた能力。
あったとすれば、認識外の一撃。
常識外れの、法則を超えた新物質を生み出す能力――――――
(………あ、そういうこと、だったんだ)
ふと浮かび上がった結論は、非常に笑いたくなるようなものだった。
黄金の粒子ばかり使っていたが――月影叶は、自分とは違って『同時に一つの物質しか操れない』なんて一言も言っていない。そして、可視できる物質しか作れないとも言っていない。
彼女が生やした翼が放つ光が、何か、毒のような性質を持っているとしたら。
光のもたらした回避不可能の毒が秋奈の身体機能を、ゆっくりと、しかし確実に奪い去っていたのだ。
(………ランクⅩって……怖い、なぁ……)
投げやりに、そんなことを考えた。




