●第六十七話 限りなく零に近い勝率-α
こっから先は並行する物語を一個ずつ追っていきます。
しょっぱなは誠と十六夜。《レジェンドキー》と鳳凰が久しぶりに登場ですのん
前方への進行はすべて鳳凰に任せ、小野寺誠は十六夜鳴雨の迎撃に集中力を注いでいた。
「しぶとすぎるんだよっ!」
双剣が振りぬかれ、二刀流《熱情》で鎌鼬を弾き飛ばす。
張り巡らされた鉄骨数本を切断しながら襲う大気の刃に対し、十六夜は単純に脚を薙ぐ。
強烈な蹴りは大気を蹴り、発生した突風は鎌鼬を歪ませ、やがて霧散させていた。
十六夜がダァン! と鉄骨をへし折るほどの威力で跳躍する。誠は迎え撃つように鳳凰の背から舞い降りた。重力と自己『加速』『跳躍』、そして双剣の『振動』『硬化』で威力を上昇させ、
回転蹴りと回転切りが激突し――衝撃の豪風が周囲を席巻する。
誠は上へ、十六夜は下へと弾け飛んで、お互いがお互いの追撃を警戒して距離を取る。
「鳳凰!」
誠の声を聴くなり鳳凰は虹色の奇跡を描いて飛翔、ふわりと柔らかなクッションのように誠を受け止め、さらに上を目指して羽ばたいた。
「ヤハハ、一体どこまで昇るつもりだよ」
軽口を叩いた十六夜は、能力《臨界突破》を使って人間離れした跳躍を見せ、わずか二で誠との距離三十メートルを詰める。
「だが逃がさない。俺の速度から逃げ切れると思うなよ」
木々を飛び移るモモンガは先に移るべき木が瞬時に分かるというが、十六夜の空間把握力の高さは敵ながら天晴だ。上昇する、即ち重力に逆らうという制約がありながら、彼は空を支配する聖鳥・鳳凰と同速以上で昇っているのだ。しかも一歩一歩、確実に加速を積み重ねて。
(それを可能としている要因は、《臨界突破》――限界を引き出す能力!)
誠は乾いた唇を舌で軽く湿らせる。
十六夜鳴雨の能力《臨界突破》は、端的に『限界を引き出す能力』として知られている。
身体構造の限界を引き出すことで、超振動ブレードをも受け止める硬い拳を。
身体能力の限界を引き出すことで、神速の駆動と人間離れした柔軟性を。
他にも動体視力、体力集中力反射力など、戦闘系の『限界』をあらかじめ引き出した状態で、十六夜は戦闘を開始しているはずだ。
その上で的確な移動や攻撃の組み立て方、あるいは敵を観察する知力を持ち合わせている。
これらは能力補正ではない。十六夜自身が積んできた戦闘経験がモノを言う。
能力の純粋な強さに驕らず、強大だからこそ能力を知り、使いこなしている。
十六夜鳴雨の有する最大の脅威はそこだ。誠個人の見解だが、相性が悪すぎるだけでおそらく、力に奢る集結よりも白兵戦ならば圧倒的強者を引いてしまったらしい。
(ま、どのカードを引いても相手の方が強いことには、変わりないんだけどさ!)
大きく開いた双剣に起こす超振動ブレード。空気を震わせる甲高い音が響く。
鳳凰の飛翔に従いながら、周囲の鉄骨を次々と切断して進路を切り開き、
「へぇ、もう周囲の道具を使ってくるか」
それは同時に攻撃と化す。
雨のように降り注ぐ数本の鉄骨に対し、十六夜はまたも単純に、ただ拳のみを突き出した。
ただし威力がおかしい。限界まで引き出された拳は大気をゴウッ! と唸らせ、台風も顔負けの突風が貫かれた。鉄骨はいとも簡単に弾かれ、はるか下方で金属音を鳴らす。
そして十六夜の起こした風は、誠の体を鳳凰の背中から引き剥がした。
「う……わっ」
背中より主人をなくした鳳凰の懐に――蹴りの体勢に入った十六夜が迫る。誠は手を正面へとかざした。『硬化』を発動し、空気の壁を数枚、十六夜と鳳凰の間に展開。
十六夜は一切躊躇しない。
問答無用で脚を叩き込み、お情け程度の空気の壁を蹴り砕いた。脚が鳳凰へ激突しようかという瞬間、聖鳥が口をかっ開く。
「ぶち込め鳳凰――――ッ!」
咆哮炸裂。鳳凰の口より焔の光柱が天地を撃ち抜いた。
太陽コロナに匹敵する烈風を前に、十六夜は意地で脚を振り抜いてみせる。
莫大な上昇気流が炎を完膚なきまでに相殺し、
決め手を互いに凌がれてしまい、チッ、と舌を打つ誠と十六夜の両者。
自由落下を開始していた誠を鳳凰が受け止める。背中を撫でてやりたいところだが、生憎そんな時間的猶予は挟まれない。十六夜がわずか二回の跳躍を経て、誠の頭上を奪ったのだ。
双剣を構え、手ごろな鉄骨を足場として百パーセントの出力で『跳躍』。初速を確保した後、誠は『硬化』と『振動』更に『加速』を掛け合わせ、全身駆動の剣技を放つ。
「真っ向勝負といこうじゃねぇか!」
「おおおおおおおおおおっ!」
二刀流十八連撃《悲愴》が、激突する瞬間より始動した。
左右の剣が流星のごとき閃光を迸らせる。高速と高速。常識を超えた速度での攻防は一回の呼吸のうちに終わりを告げた。最後の一発を十六夜の腕に弾かれ、誠はバランスを崩すように落下。鉄骨一本に背中を打ちつけた後、下まで回りこんだ鳳凰に受け止められる。
「ハッ、すげえ――三発喰らっちまうとはな!」
「たった三発すかむしろ……」
十六夜の腕に走るのは、たった三本の切り傷。
超振動ブレードの刃を簡単に素手で弾き、『加速』をかけている誠の速度に容易についてくる。
(ったく嫌になるな! 顕著に表れるランクの差!《臨界突破》による限界到達状態……マジ、チートかっつーの!)
(すげえ。俺の速度にまともについてくるヤツなんて早々いないが、コイツはごく平然とついてきやがる! そして『加速』『硬化』『振動』『跳躍』――他にもあるだろう能力のバリエーション! 何者だコイツ。どんな能力使ってんだ。水野誠、お前はランクⅨごときに収まる器なのか!?)
鉄骨をすり抜け、尋常でない速度で空中交差を巻き起こしながらさらに上へと昇る両者。鳳凰の炎は吹き飛ばされ、十六夜の神速はほぼ同速の誠が対処する。
ランクⅨとⅩの差を詰めている要因は、間違いなく《レジェンドキー》だ。
誠では足りない手数を鳳凰が埋めることによって、かろうじて均衡を保てている。
(でも、そのことを十六夜が気づいていないわけがない。均衡が崩れたその瞬間、僕の敗北は決定する! ……負けられないんだ、躊躇うな!《神統の継承者》、全部使うくらいの気持ちで行けッ!!)
と、誠が決意を固めなおしたその時、バゴッと衝音が耳に届く。
十六夜が片手で鉄骨を叩き割って、その一部を手に取っていた。
「見せろよ水野誠。躊躇わずに、お前の全力で挑んでみろよ――ッ!!」
それを、軽く振りかぶって投擲しただけなのに。
それは、熱の光線となって虚空を貫いた。
咄嗟に上体を仰け反らせた誠の鼻先数センチを通過する高熱線の正体は、空気摩擦によって熔け朽ち果てる鉄骨の残骸だ。
直撃の回避こそ成功したものの、余波が誠の体をふたたび中空へと放り出す。
「鳳凰、援護お願い!」
『お任せ下さい!』
下方へ視線を向けながら指示を出す。十六夜は散らばった鉄骨を投げ、蹴り飛ばし――あらゆる方法で射出。高熱線が何本も吹き荒れる。立ちはだかる他の鉄骨はお構いなし、問答無用に熔かして突き抜けていた。
だが、鳳凰の放つ烈風、そしてもう一つ――誠の用意したとある障壁が、鉄骨を溶かしつくして直撃を許さない。殴りつける余波が気流となり、吹き付けて上昇した誠は、適当な鉄骨に腕をひっかけて着地した。
手ごろな鉄骨で足を止めた十六夜は服の埃を払いつつ、
「チッ……鳳凰の炎の恩恵。それとお前の――――断熱圧縮、か」
「ご名答。流石はランクⅩの頭脳派だね」
チロッと舌を出す誠。
誠の《超能力》のバリエーションの一種である『圧縮』を扱い、両者の中間の大気を圧縮。外部からの圧力によって圧縮された大気は熱を発生させ、超高温の空間を作り出す。その熱と鳳凰の烈風が加わり、鉄骨の熔解を一足早めていたのだ。
――示し合わせたわけでもないが、両者は同じタイミングで鉄骨を蹴り、激突した。
振り下ろされる双剣を脚が弾き返し、裏拳が誠の脇腹を襲う。
空気の『硬化』で威力を和らげるが内臓に抉られるような痛みを覚え、吹き飛ばされる誠。
不安定な姿勢のまま剣を一本振るい、鎌鼬を弾き飛ばす。
同時に鳳凰が十六夜の頭上より焔を放射。
十六夜は拳を突き上げて鳳凰の炎を対処し、その突風の反動で吹き飛ばされるようにして鎌鼬の回避を試みる。わずかに脛の表面にかすり、紅の血が舞った。
「まだまだッ!」
エレベーターの強化ガラスに背中を打ちつけながら、誠は能力を行使。『圧縮』で、以前久遠柿種という能力者が創っていた気圧爆弾を生み出し、剣をバットのようにスイングして射出。
十六夜の眼前で起こる轟音。圧縮された空気が一気に『放出』され、十六夜の体が初めて中空に無防備な状態でさらされた。
右の剣を腰元に引き、『発熱』を発動。剣の周囲の大気が熱を篭らせる。
その熱を『硬化』で固定したまま剣を居合切りのような動作で振りぬき、熱を宿した衝撃波を十六夜へと放つ。
「ハッ、その程度の攻撃は通じないってこと、いい加減学習しろよ!」
右脚が迎え撃った。
無茶苦茶な姿勢で十六夜の蹴り出す気圧が衝撃波を相殺。球状の余波が吹き荒れる。
その余波の中を突っ切って、十六夜が誠の懐まで飛び込んできた。
「いい加減躊躇をやめろよ格下。そんな舐めプ状態で俺に勝てると思ってるのか?」
「――っ」
交差した剣ごと貫かれる拳。隕石衝突かと錯覚するほど莫大な衝撃が全身を駆け抜け、一瞬意識が途切れた。そして気づいた頃には、鉄骨数本を叩き割るほどの威力で吹き飛ばされていた。鳳凰が誠を柔らかな体毛で受け止める。
「うっ……げほっ、ごほっ」
誠はくの字に身体を折り、口元に手を当てた。吐血。生暖かい液体と鉄の味に死の恐怖を覚え、背中の痛みは身を焼き、時折電撃のような鋭い痺れを放つ。
「見せてみろよ、お前の能力すべてを。お前の全力を! お前の限界を! いつまでもんな態度でいるようならこの戦い、今すぐ終わらせるぞッ!」
明らかに楽しんでいることが窺える十六夜の言葉。誠は口内の血を吐き出し、右の剣を上段に引くように、左の剣を下段に構えた。
「は――――っ、」
息を止め、放たれるは二刀流《悲愴》。
『振動』も『硬化』も起こさない。剣の持つ純粋な切れ味に依存した自己『加速』で十六夜の身体を肉片にしようと斬撃の嵐を放つ。鋭く刻まれる虚空。時折舞う鮮血。そして貫かれる十六夜の拳。切れ味を減らした誠の剣は恐れるに足らずといわんばかりの攻撃が、剣を振るうことのみに全神経を集中させていた誠の腹部に思い切り突き刺さった。
だが、十六夜は異変に気づく。
吹き飛ばされるはずの誠が、目の前から微動だにしない――!?
ダメージは与えている。事実、誠は顔をゆがめ、吐血で十六夜の腕を汚している。それでも吹き飛ばないのだ。まるで、誠の後方に大きな『壁』が存在しているかのように――――
「っ!?」と十六夜は誠を憤怒で睨みつける。誠は不敵に笑って見せた。
「実際にあるんだよ……げほっ……僕の後ろに、『硬化』させた……でっかい、空気の壁が、ね!」
『硬化』された空気の壁を背に構え、誠はあえて十六夜の拳を受け止めていたのだ。その威力で誠自身が吹き飛ばされず、また、十六夜の動きを静止させるために。
剣を持ったまま十六夜の襟首を掴み取る。
「鳳凰、僕ごとぶちかませッ!!」
『お任せを、誠!』
鳳凰の雄叫びとアストラルツリーのガラスが共振する。
豪炎が放射状に放たれ、十六夜、誠の両者を包み込む灼熱の竜巻と化した。
紅蓮の劫火が世界を燃やし尽くす。
「舐めんなよ……お前程度の力で、俺の動きを制限できると思うなよ!」
しかし、十六夜は誠の拘束に縛られたまま、強引に体を動かした。大きく回旋される脚。突風が灼熱を完膚なきまでに吹き飛ばす。誠は乱雑にポニーテールを掴まれ、下へ向けて投げ飛ばされた。
腹部に鉄骨がめり込み、内蔵の潰されるような激痛とともに、何度目かわからない吐血が起こる。
(…………むちゃくちゃ、だ……こんなヤツに、どうやって勝てっつーんだ…………)
途切れかける意識。力の抜けた体がずり落ちて自由落下を始める。十六夜はもはや追おうともしない。ただただ、敗者を見下すのみ。
そんな彼の視界を、七色の風が吹きぬけた。
鳳凰だ。聖なる霊鳥が、主人を死なせまいと必死に急降下しているのだ。
その無防備な背中を、攻撃せずにはいられない――と。
口角を上げた十六夜は飛び降り、重力落下に従って加速。位置エネルギーは莫大な運動エネルギーへ。かかと落としを叩き込むためタイミングを計る。
ほんの一秒半で鳳凰と同等の高さに到達し、
十六夜を、皮膚が焼け焦げるほどの高熱が襲った。
「ガアアアアアアアアアアアッ!?(なん……だッ!? まさか、アイツの能力か!?)」
地獄の底を見たかの咆哮が轟く。
そこから二十メートル近く下方を落下する小野寺誠の口角が、わずかに釣りあがった。
断熱圧縮。
つい先ほど起こした『過熱しない熱』の空間を張り、瑞獣故にその熱でダメージを受けない鳳凰を呼び寄せる。無防備な鳳凰の背中を見て十六夜が追撃しないはずがないと踏んだ誠は執念で『圧縮』を発動し、十六夜の皮膚を焦がすことに成功したのだ。
そして、猛スピードで駆けつけてくれた鳳凰に受け止められる。
今度ばかりは、その体毛を優しく撫で下ろした。
「ありがとう、鳳凰……たすかった、よ……」
『ボロボロじゃないですか誠! 全く、死んだのかと思いましたよ……!』
「あ、はは。大丈夫、だよ……僕は、」すう、と息を吸い、「負けるわけには……死ぬわけには、いかないんだから!」
双剣使いは何度でも立ち上がる。
どれだけ情けなくみっともない姿になろうと、相棒がいてくれる限り、勝率が『零』になることはないのだから。その希望が、誠を立ち上がらせる原動力となる。
「痛ぇじゃねえか」
「……そっちも生きてるのね」
――――――煤を衣装の何箇所にも見せる十六夜だが、断熱圧縮の空間をすり抜けて尚、二足で立っていた。しかしその瞳に宿る光は先ほどまでとは桁が違う。
闇の底に生きる怪物の闘志を、誠は蘇らせてしまった。
十六夜鳴雨の本気を引き出してしまったのだろう。
「ハハハ、すっげえなお前。死にかけでここまで機転を利かすとは。さすがにお前がそこまで戦えるとは想定していなかった。力量分析は得意分野だったんだけどな」
だが、と十六夜は唇を動かし、
「どうやらお前のその能力――名前はわかんねえけど――には、大きな欠点がある。『加速』『硬化』などバリエーションがやたら多いようだが、使用する種類を増やせば増やすほど、お前の脳。正確に言えば能力演算領域に過度に負荷がかかるらしい」
とん、と軽く自身の眉間辺りをつつく。
「それは波動消費の加速や体力減少に結びつくから、お前はできる限り《超能力》を行使したくない。そういう風に見えるな」
「どうだかねぇ……出し惜しみしているつもりも、ないんだけどな」
――――笑え、誠。憎まれ口を叩け。普段どおり、余裕を見せておけ。
おそらく本番は、ここからだ。
「ほんじゃま水野誠。お互いそろそろ、全身全霊を籠めた全力勝負といこうぜ!」
「望むところ! 負けて泣くなよ、最強ッ!」
両者は、ふたたび神速の世界へ身を投じる。
アストラルツリーを駆け上がりながら、剣と拳を交えて。




