●第百五十五話 戦闘せよ、零能力者
「《神上の光》且つ零能力者、汝らの覚悟を見せよ。
我は、《神上の光》を殺す者である!!」
「殺、す……!?」
「気にしてる場合じゃねえぞ波瑠!」
巨大な黄金の獅子が弾け飛び、黄金の流動体は周囲のビルや道路に無造作に散らかったままであった。
それらすべてが金世杰の使役下に戻ったのだ。
ということは次の攻撃は、無造作な方向から、無造作に飛んでくる――!?
「舌噛むぞ、口開けんなよ!」
瞬時に〝純白の雷撃〟に頼ろうとした佑真の視界が、ギュンとブレる。
波瑠と佑真の体が勝手に空へと引っ張り上げられていく。三秒以内に小田原警察署の屋上に放り投げられ、二人はゴロゴロと転がった。
「んぎゃっ」「あうっ」
「どうやら生きているようだな」
顔をあげた佑真達を守るように、冥加兆が立っていた。
手を前に突き出している彼の数メートル前方で、金色の『杭』が刺突を繰り返していた。佑真達に向けられた『杭』は目に見えない防壁に阻まれているらしい。
「さっきの刑事さん!?」
「あ、ありがとうございま」
「礼は後にしろ学生ども、さっさと逃げろ!」
佑真達を庇った刑事、冥加は怒鳴り散らした。
「俺は所詮警察だ、こんな雑魚の《念動能力》じゃいつまでもテメェらを守れねえ! 命が惜しけりゃ今すぐに逃げやがれ!」
「逃がすと思うなァ!」
にょるり、と警察署の屋上まで伸びる黄金の流動体。その上に乗る『甲冑の男』の片割れが、鞭のようにしなった黄金によって投げ飛ばされた。
放射状に投げられた彼は《念動能力》で張られた防壁を飛び越え、全身に電流を纏う。
そのまま右腕を引き絞る。重力の勢いを借りた一撃であったが、波瑠が起こした上昇気流が『甲冑の男』をいとも容易く大空へ跳ね返した。
「……何やってんだ黄豹のヤツ」
「だが攻勢には変わりない。同胞よ、我に合わせよ」
「「承知!」」
おそらく金世杰と思われる方の『甲冑の男』が手を突き出し、左右に構える慧能と程玲も大きく振りかぶった。黄金の『杭』と二人の気流操作系統の攻撃が、冥加の《念動能力》に一斉に牙をむく。
一点集中。あまりに苛烈な攻撃が《念動能力》の防壁に風穴を空けた。
「ッ……!」
「代われ刑事さん!」
それら攻撃は全て超能力だ。
〝純白の雷撃〟を右腕に伴った佑真が、冥加を庇うように前へ跳び出した。
ありとあらゆる異能を打ち破る〝零能力・神殺しの雷撃〟。
「おおおおおオオオオオ!」
龍のような勢いで轟く〝雷撃〟が黄金の杭や気流を喰らい、引きちぎるように無力化していく。バチン、バチン、と異能が一つ消されるたびに、佑真は身体のどこかが爆発する激痛を得ていた。
(――、反動が来やがった!?)
異能力を問答無用に消し去る〝零能力〟は条件が揃うと反動無しで使用できるが、基本的には反動がある。一つの異能を消すたびに体の一ヶ所が傷ついていくのだ。
体内体外問わず、十一か所に亀裂が走る。
何の条件が足りないかは不明だが、朦朧とする意識を根性で繋ぎとめる。
「其れが名に聞く《零能力》か。故、どこまで防げるか魅せてみよ」
『甲冑の男』の手札は杭だけではなかった。
先ほど波瑠を襲ったのとまったく同じ要領で、黄金の『針』の豪雨が降り注ぐ。
今もし反動が来るとすれば、個別に放たれたそれら攻撃を片っ端から消した反動は、おそらくこれまで体験したことのないものになる。
かといって、佑真が躊躇する理由はない。
自分の損害と波瑠の悲鳴を天秤に乗せれば、どちらに傾くかは自明の理。
黄金の『針』の嵐に向けて〝純白の雷撃〟を振り絞り、
「なるほど。そうやってキミはまた、誰かのために無理をするんだね――」
上空から降ってきた巨大な雫が、黄金の『針』を呑み込んだ。
『針』を吸収した雫――というより水のカタマリが空中でトプンと停止する。それはフワフワと金世杰たちの上に移動して、パチンと弾けた。
「う――おおおおお!?」
金世杰が黄金の流動体を変形させて傘の形にするが、大量の水はまるで滝のような勢いで彼らに叩き付けた。
「なんだこれ……!?」
「増援か!?」
「その通り、増援だぜ天堂佑真!」
いつの間にか、警察署の上にヘリコプターが二機も飛んでいた。そこから降りる人影が七。彼らは佑真達を庇うように、あるいは金世杰を取り囲むように着地する。
「伍島信篤さん!? それに恋さんまで!?」
「おうともさ。遅くなっちまってすまねぇな、お嬢様」
「小野寺恋、緊急着陸成功です! ここから先はバトンタ~ッチだよ、波瑠ちゃん!」
【ウラヌス】で小隊長を務める実力者が二人、波瑠にサムアップをしてみせる。
そして、
「久しぶりだね、天堂佑真君。ああ、けれど君は僕のことを覚えていないかな?」
「――――いや、覚えてるよ。高尾山で偽物の《集結》を強引に植え付けられて、苦しんでいた人だろう?」
「正解。今は《集結》を失い、ただの水流操作使いになったんだけどね」
佑真の側で微笑む男性は、つい先日に盟星学園高校の行事で発生した『高尾山襲撃事件』にて《劣化集結》という能力を使い、佑真達を苦しめ――最終的には佑真の〝零能力〟によって救われた者だった。
「今は名をカルムというんだ。借りを返しに来たよ、天堂君」
「そりゃどうも。貸しにしたつもりはねーけどな」
凪いだ海のように穏やかな表情のカルムのSETには、あの紋章が刻まれている。
国家防衛陸海空軍独立師団【ウラヌス】第『〇』番大隊が掲げし、天王星と盾の紋章が。
「伍島小隊、並びに小野寺小隊! 標的は金世杰以下三名の密入国者!『世界級能力者』だ、油断ならねェ相手だが、ここまでうちのお嬢様達が頑張ってくれたんだぜ!」
「根性見せるよ~、行動開始ッ!!」
「「「了解――!」」」
一番槍は伍島小隊が一人、凍結系の能力を使う三日月冷次。氷の槍を手にした彼は文字通りの『一番槍』となって金世杰に突進する。
「【ウラヌス】か、よかろう! 此処で散るならいざ知らず、勝鬨を挙げようと云うならばこの我を打倒してみせよ!」
黄金の流動体が冷次の氷槍を砕き、彼を弾き飛ばそうと鞭のように振るわれる。冷次の顔に動揺はない。
黄金の鞭が彼を叩こうとしたその時、不自然にゴバッと鞭が跳ね返った。
まるで反転させられたような、百八十度の跳ね返り。
伍島信篤の運動ベクトルを反転させる能力、《千畳反転》だ。
「防御は俺に任せな! 畳みかけろ!」
伍島が叫ぶと同時にカルムが仕掛けた。
先ほどの雫のあまりが上空より水の矢となって降り注ぐ。加圧された水は鉄をも切り裂く凶器であり、事実、金世杰による黄金の盾を貫通して、初めて彼らに攻撃を届かせる。
「だが惜しい。『甲冑』が斬撃を通しては意味がなかろうよ」
――届いたものの、慧能や程玲をすかさず『甲冑』で覆った彼らにダメージは通らなかった。『甲冑』は特別防御に適しているようだ。
「……僕本来の力では防がれてしまうか」
「だけど発想は面白いです!」
すかさず波瑠が風を操り、真空波に似た要領で衝撃波をまき起こす。
『甲冑』を破ることはできないが、黄金の盾だけでも妨害できれば御の字だ。
必要なのは、彼女が潜り込むまでの隙。
「ふ――――っ」
兵長・小野寺恋が動いていた。彼女は地点Aから地点Bへ物体を『移動』させる能力《真空微動》を使い、物音立てずに『甲冑の男』達の死角へと潜り込む。
右手には〝備前長船長光〟に匹敵する刃渡り二メートルの長刀があった。
彼女の苗字は今更語るまでもない――剣術の銘家『小野寺』である。
「小野寺流剣術、一刀流《弓張月》!」
彼女の長刀が狙うのは『甲冑』の隙である膝裏だ。
閃光のような速度で振り抜かれる一斬が。
程玲の放ったオゾンの槍、通称《獅子吼》によって軌道を逸らされていた。
「大人しく我が身のみを狙えばよかったものを」
急いで距離を取る恋に向かって、金世杰は告げた。
「慧能と程玲は我が側近であるぞ。『世界級』と呼ばれる者に認められた存在たることを侮るな」
思い返せば、金世杰が自らその身柄を回収すべく動くほどの人材だ。
「金世杰だけに意識を削いでいたら、寝首を掻かれかねないってことかな~」
恋はあくまで平静を装いながら、急行で離脱。
そして開いた隙間に、莫大な稲妻が翔けた。
「――――この雷撃は」
金世杰は瞬時に立てた避雷針で攻撃を誘導するも、完全には防ぎきれずに余波を喰らう。
小田原警察署の向かいの建物の屋上。すなわち金世杰と黄豹が最初に様子を窺っていた(そして佑真が飛び降りるのを目撃した)場所にて、【ウラヌス】最大級の攻撃力が小型電磁加速砲を構えていた。
「日向克哉、貴方か」
「久しいな金。それとも『軍神』と呼ぶべきかな?」
日向克哉。
【ウラヌス】での階級は堂々たる中将。
そして第三次世界大戦で『雷神』と恐れられた、元世界級能力者である。
普段の温厚な面しか知らない佑真は、克哉がこれほどに緊張感を漂わせていることに驚き、また自分が手を出す間もない群雄割拠に、身動きが取れなくなっていた。
対『世界級能力者』とは、それほどの案件ということ。
そして自分が時に憧れ、一度は衝突し、今は所属する【ウラヌス】とは、これほどの超能力者が集う軍隊であるということ。
その証拠といわんばかりに、金世杰はこんなことを言いだした。
「貴方まで来られては分が悪い。ここは一度手を引くとしよう」
「逃がすと思うか?」
「逃げますとも」
金世杰が『甲冑』に包まれた右腕を振り降ろした瞬間。
黄金の流動体が、中央から爆ぜた。
爆発した黄金の流動体はすべてが『針』となって三百六十度全方位に放たれる。波瑠の氷壁、伍島の《千畳反転》を中心に【ウラヌス】はやむなく防御の姿勢を取らされる。
「クソ! 追える者はいないか!?」
「無理だ克哉さん、防御役が足りねぇ! 今身動きしたら市民まで針山になっちまう!」
全方位への攻撃――それが市内という戦場で意味するのは、無辜の市民たちにまで被害が及びかねない無作為攻撃である。
この場にいるほぼ全員による、全力での防御。
周囲の建物や道路まで庇っている間に、『甲冑の男』達は姿をくらましてしまった。
佑真と波瑠は、瞬時に周囲へ目を走らせる。間接的とはいえ自分たちがもたらした被害。『高尾山襲撃事件』後とよく似た気持ち悪さが、自分たちには抱えきれないほどの罪悪感が心臓に嫌な鼓動をさせている。ドクン、ドクン、と頭に直接響くかのようで。
道路に散った血痕や死体から、目を逸らすことはできなかった。
佑真はギュッと固く握りしめられた波瑠の右手を解くように、自分の左手を重ねた。
「波瑠、オレも行くよ。一人で背負うな」
「……うん」
「わ、私も行くよ~。二人だけじゃ危ないからね~」
恋が気を回して、警察署を駆けおりる二人の後を追う。
悔しさからくる沈黙に支配される場で、克哉が口を開いた。
「よく守ったよ、諸君」
歴戦の猛者が最初に口にしたのは、褒め言葉。
「被害は『警察』の者で複数名出てしまったが、君達は『世界級能力者』を相手によく戦った。市民の被害者はおそらく零だぞ。これだけは胸を張れ」
「けどよ、克哉さん。また慧能や程玲を取り逃がしたどころか、あの金世杰を野放しにしちまったんだぜ?」
「そこはキチンと反省するべきだな、伍島君。だけどね、悲観的な面だけを見ていては辛いだけだよ。我々は守るべきものを守れたんだ。この事実もキチンと喜ぼうじゃないか」
「……克哉さんは相変わらず優しいな」
伍島がふいとそっぽを向き、自分の小隊員に指示を出していく。
克哉は一旦深い息をついた後、様々な場所への連絡を開始した。




