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●第百五十六話 休息せよ、逃亡者たち

     [2]




 黄金の『杭』によって《念動能力(サイコキネシス)》の防壁を破られた瞬間、冥加(みょうが)兆(かず)は頭が真っ白になった。


 死ぬ、ではなく。


 殺される、でもなく。


 また破られた、とかいう一文だけが真っ白な頭の中に浮かんできた。


 自分の超能力では、誰かを守れないし誰かを救えない。


 それは知っていた。実体験で。


 だけど体が勝手に動いてしまった。


 自分の超能力では、誰かを守れないし誰かを救えない。


 だから防壁が破られた時に思ったことは、ああ、やっぱり破られんだなぁ、なんて。


 俺はあの時(、、、)から何一つ進歩してないなぁ、なんて下らない呟きだけ。


 一人で勝手に反省した。


 後ろの二人に申し訳ないと心の中だけで謝った。




『代われ刑事さん!』




 天堂佑真が自分の前に跳び出してきた瞬間、頭の中であの時(、、、)の光景が蘇った。


 前も同じ敵に防壁を破られ、無防備になった冥加を庇う為に跳び出した人がいた。


 自分の目と鼻の先で、串刺し(、、、)になって(、、、、)即死した(、、、、)人がいた。


 記憶のリフレインで頭がチカチカして、また同じ光景を見るのかと叫びそうになって。


 けれど今度は死ななかった。


 純白の雷撃を右腕に纏った天堂佑真は、攻撃を完膚なきまでに消し飛ばした。


 当時の冥加よりも若いヤツが、冥加にできなかったことを成し遂げやがったのだ。


 アイツの瞳は強い戦意を灯していた。


 絶対に守り抜くんだ、と背中が覚悟をにじませていた。


 その時冥加の心の中に生まれた不可解な感情は――何だったのだろう。




   ☆ ☆ ☆




 佑真と波瑠は『警察』や【ウラヌス】の皆さんと一緒に、小田原にあるホテルの大広間に移動していた。【太陽七家・天皇家】の権限(というか資金)を使い、強引に寝泊まりする場所を確保したらしい。


「オレ達もあやかっていいんすかね?」


「構わないとも。天堂君も波瑠ちゃんも仲間(ウラヌス)なんだから」


「うむう、嬉し恥ずかしなお言葉にございます」


 克哉(かつや)が温厚な笑みで受け入れる。ちょっと照れくさいのはさておいて、あんな格好(、、、、、)で飛び回ったことが今更恥ずかしい波瑠ちんは佑真の影に隠れていた。


「それより私達こそ謝るべきだ。危険な囮(おとり)役を見事にこなしてくれたのに、せっかく捕まえた慧能と程玲を逃がしてしまったのだからなぁ」


「流石に敵が敵だから仕方ないんじゃ?」


「その言い訳が許されないのが本来の我々なんだけどね。そう言ってもらえると気が軽いよ」


「……このゆるっとしたテンションが克哉さんだよなぁ」


 ん? と首を傾げる克哉。五十代男性のまったりムード&可愛すぎる彼女の恥ずかしモードに囲まれて、佑真のリラックス状態は森林以上の効果を得ていた。


「マキさん……じゃなくて隊長への連絡、終わりましたよぉ」


 そんな三人のもとに、合流したキャリバン・ハーシェルが携帯端末を掲げながら近寄ってきた。珍しい私服姿の彼女も、先ほどまで『大丈夫でしたかハルゥ!?』と奇声を上げて恥ずかしモード波瑠ちんを揺さぶりまくっていた。


「お疲れ様、キャリバン君。真希殿は?」


「なんか『波瑠が心配だからそっち今すぐ行きたいんだけど涼介(アニキ)が許さないからとりあえず涼介(アニキ)殺してくる』って言ってましたぁ」


 ちなみに第『〇』番大隊の隊長・天皇真希大佐は、相変わらず国防の最前線を駆け回っている。


 現在は新潟県の佐渡ヶ島に遠征中だ。そちらの案件を第『一』番大隊に引き継いだ後にも、北九州での案件が待っている。佐渡ヶ島も北九州も【中華帝国】絡み――金世杰(ジンシージェ)級の案件であり、箱根に駆けつけるのは難しい。


 そんな経緯で、箱根は日向克哉に一任されていた。


「真希殿も平常運転か」


「波瑠のシスコンはどう考えても真希さんの親バカ遺伝だよなー」


「それは遺伝って言うんですかぁ?」


「なんか急に親子セットで馬鹿にされたような……じょ、冗談は置いといてさ。お母さん他に何か言ってた?」


 佑真の影から顔を出す波瑠。キャリバンは妙に愛しい波瑠の頭を撫でながら、


「『金世杰には日本国内に協力者がいる可能性が高い』って言ってましたねぇ」


「……そりゃ随分と具体的な話だな。オマケに突然感がハンパない」


 佑真は半袖パーカーのポケットに手を突っ込んだ。どうでもいいがこのパーカー、シャワー後の波瑠が一時的とはいえ着ていたせいか妙にいい香りがする。


「ユウマからすれば唐突かもしれませんが、【ウラヌス】側では考察の一案としてあったものなんですよぉ」


「このご時世で外国に生身で密入国するのは難しい。内側から手引きした何者かがいる可能性が非常に高い――それも金世杰や彼の側付きレベルの人間なら、尚更ね」


「なるほどなぁ。それが今回の件とどう関係するんすか?」


「少しは自分で考えないのかい?」


「オレの知識じゃ及ばない領域っすから」


 佑真はドンと開き直る。元々学力も底辺の中学校出身で、頭自体悪い方なのだ。


「金世杰ほどの人物がこうも堂々と矢面に出てきた理由がわからなかったんだがな。日本国内で彼らを匿(かくま)う者がいるならば納得だ」


「たとえ存在がバレても、ほとぼりが冷めるまで身を隠すことができるから、ですね」


 波瑠の呟きを克哉は肯定した。


「うむ。そして逆もまた然(しか)りだ」


「存在がバレた今、ほとぼりが冷めないうちにもう一度『私』を狙いに来る」


「マキさんも全く同じ考えです。次にハルが行動を起こした時こそが【ウラヌス】と【中華帝国】の小さな戦争になる……とぉ」


 キャリバンの気難しい作り笑顔が、波瑠には痛かった。


「そういや金世杰は、波瑠を『殺す』と言っていたな」


「……ユウマ、それ本当ですかぁ?」


「ああ。《神上の光(ゴッドブレス)》を殺すとハッキリな。今までの敵は波瑠を捕えるために襲い掛かっていた。本質的には違いなんてないかもしれねぇが、今までアーティファクト・ギアや騎士団長メイザースがしていた『波瑠に対する手心』は無いだろうな」


「…………」


 シュンと顔を伏せた波瑠の頭に、ポンと手が乗せられた。


 佑真の大きな手だ。


「ま、いつもよりやりやすいんじゃねーの」


「佑真くん?」


「敵がわかっている分、心構えもしやすいし対策だってできる。それに今は【ウラヌス】の人達だっているんだ。味方としてはこの上ない布陣だぜ」


「それに、たとえ金世杰がハルを殺すつもりだろうと、アタシ達のするべきことは変わりません。ハルを守る。そのために戦い、勝利する。いつも通りの戦いですよぉ」


「うーん、でも二人とも、巻き込むの(それ)私的にはいただけないなぁ」


「ハルまーたそこ(、、)で意地張るつもりですかぁ!?」


「ふえぃ、痛(いは)い痛(いは)い」


 キャリバンがみょいーんと波瑠の頬を引っ張った。


「波瑠ちゃんの『他人が傷つくのを許せない』ってのは病みたいなものだな」


「病っつうか性根っつうかですね」


「……治せないのは承知の上で、どうにかこうにか私と佑真くんの二人だけに」


「そうやって佑真ちゃんだけ特別扱いするのはダ~メっ」


「きゃあっ!」


 ニュッと波瑠のわきの下に手を差し込んだのは、小野寺恋(こい)隊長だ。すでにホテルの温泉に行ったらしく肌がほのかに朱色で、髪をまとめた浴衣姿が随分と色っぽい。


「ふふふ、柔らかいですなぁ横腹」


「こ、恋さん、くすぐったい……あはははっ」


「ほらほら、可愛いんだから波瑠ちゃんは難しく考えなくていいんだよ~」


「因果関係がよくわかりませんが、恋さんの言う通りですよ、波瑠お嬢様」


 その後ろに、同じく浴衣姿のアリエル・スクエアがいた。恋が和風美人にまとまっているならば、アリエルの浴衣姿は和洋の融合といった独特の美麗をかもしだしている。


「わたし達だって佑真様に覚悟が劣るつもりはありません、波瑠お嬢様。我々は無関係者ではなく意志ある者。巻き込むなどという表現は心外ですよ」


 未だに様付けかよアリエルさん、とちょっと複雑な佑真さん。


「それに今回の案件は、いずれ起こってしまう諍いです。お嬢様がこの場に居合わせたのは偶然……いえ、むしろお嬢様がいてくださったからこそ、金世杰という男を表に出すことができたのですよ」


「ありがとね、アリエル。ちょっと気が楽になる」


「ふふふ、ではもっと気が楽になるために特別マッサージといこうか波瑠ちゃ~ん!」


「ひゃあっ! や、やめて恋さんくすぐったいよぉ」


「キャリバンちゃんもアリエルさんもカモンベイビ~! 小野寺流ほぐし術をお披露目してあげるよ~」


「また適当言ってますねぇコイさんは」


 わしわしっと手をうねらせる恋に連行される波瑠達を見送り、佑真はこっそりため息をついた。恥ずかしさが表層に出ていたのは、波瑠の奥底で無意識に苦しみがあったから。そういうものを簡単に解きほぐしてくれる恋がいて助かったと心底思う。


「天堂君はどうするかい? 温泉にでも行く? 自分の部屋に戻る?」


「克哉さんは?」


「私はこれから『警察』とミーティングをした後で温泉につからせてもらうよ。この気温で疲れてしまった」


「最近クソ暑いっすもんね、お仕事お疲れ様です」


 おちゃらけに敬礼をしてみる佑真。


「もしその後で時間あったらでいいんすけど、金世杰について教えてもらってもいいですか?」


「対策か?」


「それもありますけど、敵とはいえ『第三次』の英雄(ヒーロー)の一人じゃないですか。克哉さんなら義勇軍だった頃の話も聞けそうだし」


「英雄譚だな。いいよ、何もなければ時間を作ろう」


「ありがとうございます」


「構わないさ。とにかく今はゆっくりお休み。君達にとってきちんとした休息をとる機会っていうのは貴重なんだから」


「いやほんと、ありがとうございます」


 佑真は克哉の言葉に甘えて、深々と一礼して回れ右をした。




   ☆ ☆ ☆




 そうと決まれば、向かうは大浴場である。


 佑真と波瑠の二人旅は初日に(ラブ)ホテルの壁をぶっ壊された影響もあってか、普通のホテルに泊まることを避けるのが暗黙の了解だった。


 昨日の夜はビジネスホテル。一昨日の夜がラブホ爆発。信じられない過密スケジュール。


「波瑠ちんと一緒に寝ると、とりあえず妙な雰囲気になるからなぁ」


 ビジネスなホテルだったので流石に自重したが、桃色空気になるのは非常によろしくない。ABCでいうBまでやったところで人生初の壁ドンを喰らったが、よもや自分がドンされる側になるとはなぁ、とその時は感慨にふけたものだ。


「つか波瑠って抱き枕としての性能が高いから、ぐっすり寝れちゃうんだよね」


 そのせいで波瑠にちょっと怒られたのはさておいて。


 ビジネスなホテルにはシャワーしかなかったので、二日ぶりのお風呂である。しかも露天風呂つきの温泉である! たとい十五歳といえども日本男児の血が騒ぐというものなのだ!


 妙にハイテンションな佑真は脱衣所でパッパと服を脱ぎ、手ぬぐい片手に大浴場への扉を開く。むあっと広がる白い湯気。まずは体を洗うところから。


「ぼちぼち髪切らねぇと誠になっちまうなー」


 備え付けの角質落としでゴリゴリかかとをツヤツヤにする。波瑠に『髪ゴム使う?』と聞かれて本気で悩むくらいには襟足(えりあし)が鬱陶(うっとう)しくなってきた。


 体の汚れや汗臭さを落としたところで、さあ入浴だ!


「外と中だけ。シンプルなのは善(よ)きことかな」


 無論行くのは外である。手足伸ばせる銭湯は二一〇〇年代も多数現存しているが、露天風呂はやっぱりお高いのだ。実質タダで入れるならば、迷わずご享受させてもらおう。


「いざ、露天風呂!」


 ガラッと露天風呂へ続くガラス戸を開き、




「おや、天堂佑真ではないですか」




 狐顔の青年が、ザバァ、と露天風呂の中(お湯の中という意味で)から出てきた。


 ご立派様が丸出しである。


「………………」


「おや、どうかしましたか?」


「なんで温泉の中から出てくるの? お前は温泉に潜らなきゃ死んじゃうのステファノ・マケービワ!?」


「ははぁ、さてはぼくのチ◯コが自分のよりも大きいからショックを受けているんですね? 安心してください天堂佑真、男性の第二次性徴はこれからが本番です! それにあなたには波瑠お嬢様がいます、男性ホルモンドッバドバで成長間違いなしですよ!」


「全く見当違いのことでドヤ顔するな! そして温泉に髪をつけるのはマナー違反だから今後潜らないように! わかったら返事!」


「そのようなマナーがあったのですか。これは失礼を」


「とかほざいているが、お前が大浴場に入るのが見えるなり潜った確信犯だぞ」


 ステファノと同じく先客で露天風呂にいたオベロン・ガリタは、呆れに呆れ顔だった。


 オベロンのガタイは今更言うまでもないだろうが、ステファノも細見なわりに腹筋バリバリに割れていたり脚が引き締まっていたり、鍛え抜かれているのが節々に見える。あっちでもこっちでも負けているのはなんだか悔しかった。


「温泉につかって、機械の部分はダイジョブなの?」


「入浴するたびにパージしていてはこの時代で生きていけないからな。意外と耐水性は高いのだよ」


 オベロンが岩場に乗せていた腕を温泉につけてみせる。試しに温泉内でジャンケンを振ると、問題なくチョキを出してきた。


「ところでオベロンのチ◯コは本物? それも機械?」


「機械でこんな余計なものをわざわざつけると思うか?」


「いやつけないと「性行為の時にふぼえっ」ションベンする時大変でしょ」


「ごもっともだな。ちなみに本物だ」


 オベロンとステファノは体の一部が機械に変わっている『改造人間(サイボーグ)』だ。


 知識が一般人並みの佑真は『機械化』というとお年寄りをサポートする外付けパワードスーツに代表される着脱式のイメージが先行するが、完全に人体の一部と化しているのが彼ら『サイボーグ』らしい。


 内蔵か外装か。サイボーグとパワードスーツの分かれ道はそこである。


「それで天堂佑真。『騎士団長』から『軍神』への連続デスマッチはどうだったか?」


 オベロンは岩場に腰掛けながら、佑真に問いかける。


「普通に死ぬかと思いました。どっちも【ウラヌス】が助けに来てくれなかったら、どうなったかわからねぇよ」


「波瑠お嬢様が『世界級能力者』と接触するのは別段珍しくありませんが、一日に二度も起こるとは誰一人予想できませんでしたね」


「疲れがね、ヤバいの。精神的にも肉体的にも」


「なるほどな。連戦になると《神上の光(ゴッドブレス)》で傷が回復できようとも、精神的疲労で参らせることができるのか」


「オベロン、裏切りですか? 一枚噛みますよ?」


「噛むなよオイ。それに波瑠がいるだけでオレの精神力は何度だって復活するんで! テメェらごときに今更負けねぇし!」


「大口を叩くな。後で模擬戦でもやるか?」


「望むところだ。今度こそオベロンに勝ってやる」


「そういえば温泉出たところに卓球台がありましたよね」


「卓球勝負しろと? それはそれで面白そうだけど」


「私も見てみたいな、天堂君とオベロン君の卓球勝負」


 ガラリンとガラス戸が開かれて、日向克哉氏も露天風呂に登場した。これまた五十代とは思えない筋肉質な体である。


「これで『衰(おとろ)えたなァ』が口癖なんだから、当時いったいどんだけだったんだ……」


「ハハハ、21センチだ」


「克哉さんの方から下ネタぶち込んでくるとは!?」


 しかし21センチ。佑真は何を頑張ればいいのかわからないけど頑張ろうと誓った。


「佑真くん、まだお風呂大丈夫? せっかくなら金世杰の話、今しちゃうけど」


「マジっすか。全然大丈夫っす余裕っす! お願いします!」


「何ですか日向殿?」


「ああ、せっかくだからオベロン君とステファノ君も聞くといい。私が知っている金世杰(ジンシージェ)という男の事を話させてもらおう」




   ☆ ☆ ☆



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