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●第百二十一話 瀬田七海の羞恥全開な昔話

第六章の影がサブタイ以外どこにも匂わない。


[SIDE‐7


 先輩方の恋模様 part;2]




 生徒会室で仕事を終えて、ふと窓の外を見る。


 盟星学園の生徒会室からは、校舎の中庭を望むことができるのだ。


 ここからは、学園の生徒達の顔がよく見える。


 友達と喋る時の笑顔。部活動のランニングが苦しそうな顔。成績が悪くって不安そうな顔。彼氏とうまくいっているのか幸せそうな顔。


 どれもこれもが、青春時代を謳歌している顔だ。


 虹色にまぶしい表情を眺めているのが、瀬田七海は好きだった。


 彼女はひときわ目がいいから、中庭の隅から隅まで目が届く。


 学園の生徒とたくさん顔見知りだけれど、彼らが思っている以上に事情通だったりする。


 今日は誰と誰が喧嘩をしていた、とか。


 今日はどの娘がどの先輩に告白した、とか。




『火道先輩、放課後ヒマですかぁ?』


『良かったらお茶いきましょうよー』


『ごめんね、みんな。今日は用事があるからまた今度、誘ってくれよ☆』




 ――――今日もまた、火道寛政が女子に囲まれて愛想笑いをしている、だとか!




「……まーた囲われてるわね」


 七海はハッ! と大きな大きなため息をついた。


 あれは、七海がいっっっちばん嫌いな光景だったりする。


 天に愛されたイケメン、火道寛政は少女漫画のヒーローのような人生を送っている。


 学園内には奴のファンクラブが存在し、ラブレターは少なくとも週に一通もらっている。


 告白される回数はその生涯で三桁を超え、ナンパされるのも日常茶飯事だ。


 しかも面倒見がいいから、困っている人は男女問わず放っておけない。


 外見に釣り合うだけの優しい性格もまた、奴が女子を魅了する点だ。


「しかもあいつは才色兼備。運動神経は言うに及ばず、頭脳も明晰。親しみやすくて気さくで明るい人柄は男子からも人気があって、高尾山の事件ではたくさんの後輩の窮地を救ったからか、ファン倍増。一気にライバルが増えたなぁ……」


「愛花、その口縫い付けたげよっか?」


 七海はモノローグにお邪魔してきた愛すべき後輩、愛花の顔面を握りつぶすのでした。




   ☆ ☆ ☆




 生徒会会計、黄金愛花と瀬田七海はこの生徒会一年間の付き合いにしては、かなり関係の深い先輩後輩だ。生徒会長が清水優子(あんなの)であり、また寛政と八神龍二が男子同士で直属の後輩だったので、七海と愛花もほぼ直属の先輩後輩の仲だったりする。


 愛花へのお仕置きを終えて、二人は放課後ティータイムに突入していた。


「ななみん先輩って火道先輩と付き合い長いんですよねー? なれそめ……もとい昔の話とか、聞いても大丈夫ですかー?」


「何がなれそめよ、夫婦でもあるまいに。まあでも、たまにはそういう話もいいかしら」


 七海はハーブティーを口にしながら、窓の外に意識を向けた。


「中学一年からずっと同じ学校なの。クラスはバラバラだったから、お互い顔だけは知っているって感じだったかしらね」


「へー。今はあんなに仲良しなのに」


「クラスが違えば接点もないわよ。向こうは小学生の頃から天才格闘家である学園の王子様。対するあたしは汎百な女の子の一人。強いていうなら超能力がちょっと強くて、粋がっていたってことくらいかしら?」


「粋がっていたんですか……」


「粋がっていたのよ。頭脳明晰才色兼備、家柄もよくて見た目もいい火道寛政の高い高い鼻を、この拳でへし折ってやりてえ! って学校に来るたび悪戦苦闘するくらいにはね」


 七海は少し恥ずかしそうに頬をかく。彼女の語り部は、どこか勢い余って黒歴史を公開するくらい滑りがよくなっているようだ。


「うわ、ななみん先輩がそんなことしていたなんて信じられない。言っちゃなんですけど、今はもう『かいちょーの右腕』じゃないですか。そういう二流三流っていうか、目の上のたんこぶを気にするタイプじゃないと思ってました」


「こう見えて負けず嫌いなのよ、あたし。そうだ忘れてた、いつか小野寺君叩きのめさなきゃ……」


 高尾山の敗北の記憶が蘇る。カップを握る手の力が強まっていると、自覚は果たしてあるのかないのか。愛花はお茶菓子に手を伸ばした。


「火道先輩が目障りだったんです?」


「そう、目障りだったのよ。学級も学年も学校も超えて世間的に有名人で、チヤホヤされているあいつに……どうしてかしらね。突然腹が立ったのよ」


「腹が」


「立ったのよ」


 なんででしょうね? とクッキーを交わす女子お二人。


「なぜか腹が立ったあたしは中学二年生になったある日、火道寛政にこう言い放つのよ。『あたしと勝負しなさい!』って」


 ビシッと愛花を指さす七海の頭の中では、当時の自分の黒歴史が蘇っていた。


 中学二年に進級して間もない日。相変わらず女子に囲まれている火道寛政の前に仁王立ちした七海は、奴の鼻先に突きさすように指を立てて、そう告げたのだ。


「ええ、ななみん先輩、思ったより痛い人……」


「そう、昔のあたしは痛い女。もっと痛い人に出会わなければ、あのままだったかもしれないわね」


「誰のことかはあえて聞かないっす。そんで、火道先輩はなんて返したの?」


「『えっと、キミの名前を教えてもらってもいいかな?』」


「うっは、ななみん先輩最っ高に痛い女だ。そんでモノマネ似てる」


「そうよー。奴の台詞に、あたしはかああっと恥ずかしくなって、ますます腹が立った。『瀬田七海よ、覚えておきなさい!』って廊下中に響くくらい大声で名乗りを上げたあたしは、火道寛政の次に有名人になりました」


「ひゃー、聞いてるこっちが恥ずかしいぜい」


「話している未来の自分も恥ずかしいわよっ」


 七海はティーカップをあおり、ぷはーっと一気に飲み干した。


「定期テストの点数を挑んだ。体力テストの成績を挑んだ。大食い勝負を挑んだし、早飲み勝負を挑んだし、いろんな勝負を挑んでは負け続けたわ」


「後半二つ、下らなすぎません?」


「下らないこと、何でも勝負したのよ。本の早読み、格ゲー対決、画力にコーディネートに知識比べにしりとりにジェ◯ガに発声力。あいつとやっていない勝負なんて、ほとんどないんじゃないかしら」


 頭の中で思い出しながら、指折り数える瀬田七海。十本指を六往復くらいしているのは、愛花の気のせいではないだろう。


「ていうか火道先輩、それ全部律儀に付き合ってたんだ。すげーなあの人」


「一応あたしも『女の子』だもん。王子様気質のあいつには、むげにできない対象なのよ」


「本当にそれだけだったんですかねえ、と意味深な発言(アシスト)だけはしておきますよ。肩を持つのも大変だぜ」


「へ? アシスト?」


「気にせず気にせず」


「はーい、気にせず。最初は嫌々っていうか、こっちから一方的に仕掛けていただけだったのよね。だけど途中からは、あいつも正々堂々やってくれるようになったの。それはちょっぴり嬉しかったし、その上で勝てないのは更に悔しかったかな」


「負けてばっかだ、ななみん先輩。勝ったことないの?」


「ほぼ全敗」


 七海は空のティーカップ片手に肩をすくめた。


「中学の残り二年間を使った勝負は、あたしのほぼ全敗だった。だけどあたしは、最後の最後に火道寛政に勝利したのよ。なんだかわかる?」


「あ、入学時の成績だ! 確か先輩達の代は、優子かいちょーが一位、ななみん先輩が二位、火道先輩が三位!」


「ザッツライト! 最後の最後に、あたしはあいつの鼻を明かすことができたのよ!」


 パチンと小気味よく指が鳴る。


「んで入学前の春休み、あたしはあいつに呼び出されるんだけど――――………………」


「……呼び出されるんだけど?」


「………………呼び、出されないんだケド」


「ええ? ここまできて誤魔化すのかよななみん先輩っ!?」


 視線を逸らす七海の顔は青ざめていて、汗がダラダラ流れていた。愛花の全力ツッコミの中には『いやん、乙女の恥じらう表情でもないっ!』なんて感情も含まれていたりする。


「もういーや……そうして高校に進学し、今みたいな関係に至ったんです?」


「ま、そうなるわね。気の置けない友達ってやつなのかしら。根本的にはいい奴だしね」


「ふむふむ、報われないなあ本当に。そいつはさておき、黄金愛花が収穫したのは結局『ななみん先輩は昔痛い人だった』ってことだけですね!」


「今度は愛花の昔の話も、聞かせて頂戴ね」


 にっこり微笑む先輩に「嫌ですよぅ」と返答しながら、愛花は空のコップを貰って給湯ポットに向かう。


 水を足し、スイッチを入れながら、愛花は思う。


(気の置けない友人、ね。じゃあどうして、ななみん先輩はチヤホヤされる火道先輩が気に入らないんでしょうかねー)


 なんて口に出したら流石に野暮だよな、と愛花は複雑そうに苦笑しながらティーバッグを探す。


 一方で七海は、思わず滑りそうになった口を今更ながら塞いでいた。


(……あたし最大の黒歴史だけは、口が裂けても言えないわ……)


 手で隠された頬がほんのりと赤かったことに、後輩の少女は気づかない。




   ☆ ☆ ☆




 ――――高校への入学前。


 七海は、桜の木の下で火道寛政と向かい合っていた。


 目の前には端正な男。最後に着る中学校の制服。


 ひらひらと舞う桜吹雪の中で向かい合う、王子様と女の子。


 まるで漫画のワンシーンのようだ、と七海は思った。


『悪い、急に呼び出して。迷惑じゃなかったか?』


『全然。迷惑だったらそもそも断ってるし、なんだかんだ、迷惑かけまくっていたのはあたしの方だったしね。んで、話ってなに?』


『…………ええと、その……』


『なによ、言いにくい話なの?』


 だけど七海は美少女(ヒロイン)じゃなくて、面倒くさい女の子だから。


 漫画のようにおしとやかには振舞えなくて、言い淀む王子様に腹が立ってグイグイと顔を覗き込む。


 首の後ろに手を添えた王子様は、決まりが悪そうに顔を背けてしまった。


『なんなのよ。話がないなら帰るわよ?』


『わかったよ、言う! 言うから! くそ、なんで俺はこんな女を……』


 まだまだ自分大事だったあの頃の七海の催促に、王子様はあっさりと折れた。


 なんでか顔を赤くして、今まで見たこともないほど緊張に震えた声で、王子様は言った。




『その……七海。俺と付き合ってくれないか?』


『いいわよ』




 へ? と目を丸くする王子様。


 馬鹿な女の子は、動揺もせずにこう続けたのでした。


『で、どこに行きたいの? 映画かしら? それとも遊園地? あ、近所の食堂で大食い大会やってたわね。それかしら?』


『………………』


『あれ? 違うの? じゃあ何よ。ひょっとして盟星学園の下見?』


『………………もう、それでいいです。盟星学園に行ってみませんか、七海サン』


 王子様はガクッと肩を落として、でもどこか安心した風に口元を緩めた。


 愚かで鈍感な女の子は、そいつは面白そうね! なんて言いながら王子様と肩を並べて、盟星学園にアポなし先乗りを果たすのだけれど。


 七海が王子様の一世一代の言葉の真意に気が付いたのは――――残念ながら、日付が変わる頃だった。


『う、嘘でしょーっ!』


 七海はベッドの上で頭を抱える羽目になった。


 散々迷惑をかけてきた自覚はあっただけに、自分がそういう対象として見られていたとは想像もしていなかったから。


 恥ずかしさよりも嬉しさよりも、どんな感情よりも。


『ごめん、本っ当にごめん、カン君……ッ!』


 自分の鈍感さが恨めしすぎて、しばらくの間は生きるのが辛かった。






[SIDE‐8


  先輩方の恋模様 part;3]




 清水優子、十八歳。


 超能力ランクは堂々たる『Ⅹ』であり、【使徒】の階級はNо.6にあたる。


【太陽七家・水野家】の現当主である水野クリスタル=クロイツェフ・雪奈の守護者(ガーディアン)の一人で、時に秘書も務める右腕的存在だ。


 彼女自身が持つカリスマ性は、盟星学園生徒会長という肩書がモノを言うだろう。


 友人達には『残念な美人』と称される通り、長い黒髪を主とした美貌はいわゆる和風美人を彷彿とさせる。


 大人と肩を並べる社交性もあり、責任感も強い彼女の唯一にして最大の欠点が――――『残念な美人』の残念部分だったりするのだが。


 そんな生徒会長は、学校帰りに生徒会メンバーと別れ、一人でふらっと立ち寄る場所がある。


 学校からしばらく移動したところにある、大きな病院だ。


 彼女は病院に到着すると、わき目もふらずにある病室へと向かった。受け付けの人や看護婦とも顔見知りなため、顔パスどころか軽く雑談を交わして病室の扉の前に着く。


 スイッチ開閉式の自動扉。


 ここを押すのだけは、どうも毎回躊躇ってしまう。


 優子は火照る頬を落ち着かせ、三度深呼吸して、スイッチを押した。扉はほとんど物音立てずに開き、窓から差し込む西日に目を細める。


「――――優子?」


 優子の視界が復活する前に、病室に入院している患者の方から声をかけてきた。


 低い男性の声だ。ベッドの上で座っていた病衣姿の彼に、優子は優しく微笑みかける。なんだかんだ、手前の緊張は顔さえ見れば一瞬で吹っ飛んでしまうのだ。


「……ああ。侑一(ゆういち)、久しぶりだな」


 野田侑一。それが、彼の名前だった。


 年は優子と同じ十八歳だ。短い髪と細い体が、どこか儚い雰囲気を醸し出している。


 そんな第一印象に遠くない人生を、彼は送っていた。


 侑一は、かつて『ある事件』に巻き込まれて生死の境をさまよったことがあるのだ。


 優子と知り合ったのも、その事件がきっかけだ。


 侑一は手に持っていたタブレットを置き、優子に向き直った。


「ニュース見たよ、優子。最近、学園の方が大変だったみたいだね」


「まあな。高尾山での新入生合同演習の余波が、まだまだ残っているらしい。毎朝毎晩、懲りないマスコミ共のインタビュー攻めで疲れが取れないよ」


「まだ来るのかい?」


「あいつらに『全面規制』と言っても通じないよ。どうやら留学生だらけなんだ」


「ははっ、お疲れ様」


 優子が冗談交じりに肩をすくめると、侑一は声を上げて笑った。


 彼は『おいでおいで』と、優子を手招きする。


「……あのな、侑一。私はもう五年前とは違うんだぞ?」


「僕の前でくらい、気を張らなくてもいいんじゃない? 疲れているみたいだし、久々にあれ、やってあげるよ」


「……ここ、病室だぞ? あ、あんなこと、やっていいはずが……」


「大丈夫だって。少しだけだからさ」


「だ、だが、誰かに見られたら……」


 優子は赤面して首をブンブン横に振るが、侑一は譲らない。


「…………くっ、どうしてこういうことは折れないんだ、侑一は」


「優子は妙なところで素直じゃないんだから」


 わかったよ! と優子は怒鳴るように頷きかえし、侑一の座るベッドの横にある、来客用の椅子に腰を下ろした。侑一は手で姿勢を変えると、優子の肩に手を伸ばす。


「随分と凝ってるね」


「気苦労が絶えないからな……あっ、んんっ……相変わらず上手いな、お前の肩もみは」


 マッサージである。


「そりゃどうも。胸をもむのも上手いかもよ?」


「嘘こくな。下手クソだって知ってるからな…………あーそこそこ。そこグリグリしてくれ」


「まるでおっさんだね」


「気苦労が絶えないからな」


 侑一は五年前に怪我をして以来、この病院に入院している。怪我をする前までは親へマッサージをしていたらしく、肩に限らず背中も足も、やけに上手いのだ。


 彼との交流は、優子の中では肉体的にも精神的にも癒しの時間。


 変人と言われつつも、学園や【七家】を率い、支える彼女にふりかかる負担と責任は大人のそれと変わりない――むしろ上回るかもしれないのだ。


「そういえば、お気に入りの子達はどうだったんだい?」


「ああ。波瑠は数値上当然といえるが、他の連中も、ともすれば私より強くなれる期待の星が揃っていたよ。学園……いや、日本の未来は安泰だろう」


「優子がそこまで評価しているなんて珍しいな。いつか会ってみたいね」


「今度会わせてやるさ。SETの技工士であるお前と話すことで、あいつらが学ぶこともきっと多いだろうしな」


「期待しているよ」


 侑一の微笑みが、優子は少しだけ後ろめたかった。


 会わせてやりたいのは山々だが、一番会わせてやりたい天堂佑真と天皇波瑠は、先日に退学届けを出してしまったばかりなのだ。同学年の火道寛政が今日、佑真を呼び出して何かをするらしいが――きっと、彼らとしばらく会うことはできないだろう。


「………………優子?」


「ああ、何でもない。そうだ侑一、そろそろ一年生を生徒会に加入する頃でな、今年は小野寺の長男を勧誘しようと思っているんだが――――」


 不安そうに覗き込む侑一に気を遣わせないためにも、マッサージを受けながら口を動かす優子。彼女の頭の中では、五年前に起こった『ある事件』が思い出されていた。




 野田侑一の父親は、かつてあの【神山システム】開発に協力したことのある名高い技術者であった。


 無機亜澄華が『中身』のほとんどを構築したのであれば、侑一の父のチームは『外側』の多くを引き受けていた。


 そんな技術者の下に生まれた侑一もまた、稀有な才能の持ち主だった。


 SET調律師――人体に干渉する機械『超能力発動端末(SET)』を個々人に調整し、最適化する職業はそう呼ばれている。


 侑一がこの道で才能を発揮したのは、十三歳の時だ。


 自身の超能力を使うことで、SET所有者の身体情報を読み取ることができた彼は、父から技術を教わりながら、SET調律師としての道を歩もうとしていた。




 そんな彼は――中学生になって間もない頃に突然、誘拐された。


 誘拐した集団は、元中国・韓国領をはじめとした東アジアの大地のほとんどを占領する超大国――【中華帝国】の『世界級能力者』、金世杰(ジンシージェ)が率いる小部隊だった。




 国家間、それも『暗部』クラスの戦いに巻き込まれた侑一は、最終的に父親が中華帝国に引き渡される代わりに、日本の安全圏へと帰ることができた。


 今、侑一の父親は生きているかどうかすらわからない。おそらく多くの技術情報を聞き出された挙句、処分されているだろう。


『この事件』に【水野分家・五家】として偶然関わった優子は、金世杰と直接対決し。


 圧倒的な屈辱を味わわされて、完膚なきまでに敗北した。


 当時中学生だった優子が野田侑一と出会いを果たしたのは、単なる偶然でしかない。


 しかし、苦しむ侑一の下に父親を連れて帰る、と優子は約束して金世杰に挑んだ。


 その結果、完膚なきまでに打ち負かされて、彼の父親を助けられなかった。


 当時すでにランクⅩに名を連ねていた優子は、勝つ自信があったのだ。救う自信があったのだ。この根拠なき自信をへし折るだけへし折って、自尊心を再起不能になる程踏みにじって。金世杰は侑一の父親を含む多くの『人材』を奪っていった。


 敗北した彼女の折れきった心を癒したのは、家族を失った少年だった。


 家族を失った侑一の友となったのは、見ず知らずの男のために戦った女の子だった。


『事件』をきっかけに脚が動かせなくなった侑一は、義足やパワードスーツではなく入院と車いすを選んだ。この傷を、この事件を絶対に忘れないために。


『事件』で屈辱を知った優子は、より真っ直ぐな強さを追い求めるようになった。《レジェンドキー》の会得や【水野家】当主直々の手ほどきを受け、二度と悔しさと会わないために。


 二人はお互い支え合いながら、五年を超える時を共に過ごした。


 いつしか依存心は恋心に代わり、どちらからともなく好意を交え、今は一つの正義を夢見ながら、将来の為にお互い努力している真っ最中だ。


『二度と、このような悲劇を繰り返さない平和な世の中を作りだす』


 戦う者(ソルジャー)技術者(エンジニア)として。


 恋人として、同じ理想を掲げた二人は――心のどこかに【中華帝国】への怨讐を残しながら。


 今日も明るい未来を作るために、前を向いて生きていた。




「――――ああ、そうだ侑一」


「なんだい、優子」


「私の後輩達にな、すでに婚約している奴らがいるんだ。今は私もお前も勉強とかで忙しいが、大学受験が終わったら私達も結婚しないか?」


「うーん……魅力的な提案だけど、大学受験後だと、申し込みの時と苗字が変わるから手続きが面倒くさいんじゃない?」


「はっはっは、それもそうだな。ぼちぼち考えておくか」


 ……これは、限りない余談になるが。


 散々『変人』だとか『残念な美人』と呼ばれる彼女の恋愛が、盟星学園生徒会・三年生組で一番まともで順調に進んでいる皮肉な現状は、盟星学園最大の謎なのだった!




   ☆ ☆ ☆






「ほんじゃま、ぼちぼち行きますか。誠と秋奈とユイちゃんも来る?」


「ん? 佑真、行くってどこへ?」


「あれ、伝えてなかったっけ」


 佑真は赤いパーカーを羽織りながら、嫌そうに告げた。


「わがままな師匠ん家に、決闘(、、)しに行くんだよ」




なんだかんだ文字数三万文字を越えてしまった転章は、今回と次回で終わります。


番外編のノリで書いていたので、サブキャラばかりに視点があたり物語的動きが少なくなってしまいました。反省反省…


次回は第六章の第零話です!(笑)


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