●第百二十二話 火道寛政の気焔滾る決闘
転じる章、最終話です。
これまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
【太陽七家・火道家】
この家は、格闘術に長け、武道で名を上げた【七家】の中でも正統派と呼べる一族である。
第三次世界大戦によって日本が必要とした『戦う力』『身を守る力』そして『殺すための力』の供給にいち早く着手し、技術を伝え、広めることで日本の国力を増強した。
名誉は【七家】に名を連ねることで表舞台へと伝わり、業績は全世界が知る所となった。
現代、日本の軍事に関わる者で【火道家】の武道に触れたことのない者はない、といわれるほどの影響力を持つ。
そんな家の道場の庭に、二人の男が向かい合っていた。
[SIDE‐9
師匠と弟子]
「…………本当にやるんだな、佑真先輩」
向かい合う男たちの中間あたりにて、【火道家】次男の火道達也は、片方の男の顔を神妙そうに窺う。
「やるよ、達也。場所貸してくれてありがとな」
「こっちこそ。馬鹿兄貴の我が儘に付き合ってくれてありがと」
「しゃーないよ。この我が儘ばっかりは、付き合わないと背中刺されるからな」
蒼くなった前髪をクシャ、とかき上げた佑真は、直線上でストレッチを続ける火道寛政をキッと睨み付けた。
「悪いな師匠、ギャラリーをどっさり連れてきちまって」
「別に俺は構わないけどさ、流石にユイちゃんや楓ちゃんには刺激が強いんじゃないの?」
寛政は苦笑いしながら、縁側に並ぶ大勢の観客へ目を向けた。
火道道場に通う大人達をはじめ、長女・絢音をはじめとした偶然居合わせた火道家の親族。
そして波瑠、誠、秋奈ら佑真と先ほどまで一緒にいた者達が、ズラズラズラッと並んでいた。
波瑠達の表情は暗いが、火道の者達や道場の人間は軽食片手にワイワイと雑談に興じている。お祭りの演目か何かと勘違いしているようだ。
「オレもやめた方がいいって言ったんすけどね。ユイちゃんが『どうしても見たい』って言って、それに楓が便乗しちゃいまして」
「本気で戦いたいのに困るな。手加減したくなっちゃうよ」
「ま、その為の桜と秋奈なんでね。いざとなったら目を閉じてもらいます」
「……桜ちゃんにも刺激強くない?」
「あいつの目は年齢にそぐわないレベルで『慣れちゃった』んで」
「悲しき現実だね」
寛政は屈伸し、しゃがんだ体勢で続ける。
「ま、それを言ったら佑真クン達十五歳の子供が血を見慣れ、戦い慣れている現状を認めている大人達に、俺は納得いかないんだけどサ」
「……ッ!?」
トーンは変わらない――そのはずなのに、佑真はゾクリと背筋に悪寒を感じた。
殺意だ。
何度か感じたことのある殺気が、寛政から静かに滲みだしている。
一番初めに体験したのは、誠と殺し合った時だった。
次に経験したのは、波瑠の為にオベロンに立ち向かった時だ。
「本当なら、佑真クンも波瑠ちゃんも他の子たちみたいに、ごく普通の学園生活を謳歌すべきなんだ。自分達の幸せを犠牲にしてまで退学する必要はない」
波瑠と出会ってから、何度も殺意が目の前に立ちはだかった。
「だから俺は、キミ達の退学届けを絶対に認めない」
殺意に立ち向かう心の強さを、いつの間にか手に入れていた。
果たしてその強さは、本当に佑真が得るべきものだったのだろうか。
こんな強さがなくたって、佑真は生きてこられたんじゃないだろうか。
「退学したければ、俺の屍を越えていけ――――なんてね」
寛政はそう言って、屈伸から立ち上がった。
佑真が嫌そうに顔をしかめる。
「……こんな怖い笑顔、見たことねーよ師匠」
「ははっ、そりゃどうも。ところで佑真クン、どうしてこの決闘を受け入れたんだい? キミが無視して、勝手に退学することもできたはずだよ?」
「ああ。だが向後の憂いは断っておきたいんでな。アンタに背中刺されて死ぬなんて展開だけは御免だよ」
「それもそうだね。じゃあ、早速始めようか」
寛政はにっこりと微笑むと、右脚を後ろへ下げた。
「殺すのだけは避けたいから、ギブアップは早めにお願いね」
「おいおい、忘れたか師匠。オレは諦めが悪いのだけが取り柄だぜ」
「SET開放」
佑真の皮肉を意に介さず、寛政はSETを起動させた。
その瞬間、彼の全身を豪炎が包み。
寛政の姿が消える。
地面を割るほどの火炎ジェットで蹴り飛ばし、一瞬で佑真の目の前まで移動していた。
すでに振り上げられた右脚が、大気を劫! と燃え上がらせた。
蹴りが炸裂し、佑真の身体が吹っ飛ばされる。
「減らず口を叩く暇があったら、不意打ちでも狙ったらどうだい?」
着地しながら、減らず口を叩く寛政。
周囲は、あの火道寛政が堂々と不意打ちを仕掛けたことに騒然としている。
だが、天堂佑真は自分の前で両腕を交差した状態で、地面に足を滑らせていた。
長袖が焼け焦げ、佑真の両腕に巻かれている武装が露見する。あらゆる刃から身を守る、佑真唯一の自衛手段――『梓弓』の籠手が太陽光を反射していた。
「その程度の攻撃でオレを殺せると思ってんなら師匠失格だぞ、火道寛政ッ!」
「可愛げないな、天堂佑真!」
佑真は両手を開き、ダッと地面を蹴って低姿勢で突貫する。佑真の格闘戦での基本姿勢を、寛政は組み手で今まで幾度となく目撃してきた。佑真は遠距離攻撃ができない以上、戦闘開始時は『いかに相手の懐に飛び込むか』を模索して、ヒットアンドアウェイを繰り返す。
だからこそ、寛政はあえて自分も突っ込んだ。
肉弾戦しかできない佑真の間合いにわざわざ入るのは、愚の骨頂だ。遠距離からじわりじわりと削っていくのが最適解だ――と、零能力者を相手にした人間は誰しも一瞬そう考える。
だが、佑真に時間を与えるのは最悪手だ。
彼の良すぎる『目』がこちらの攻撃に慣れた瞬間、超能力者は零能力者を倒せなくなる。
あの集結を二度も打ち破った要因を、佑真から直接聞いたからこそ。
寛政は躊躇いなく近づき、速攻で決着をつけにかかる。
業火総攬。構えた右拳に紅蓮の渦が巻き起こる。
〝黒天龍〟
寛政は右腕を虚空に貫いた。
爆発する焔が起こした熱風の大砲が、莫大な土煙を上げた。
熱波は周囲の木々を激しく揺らし、ギャラリーの面々をも撫でる。直撃を受けた佑真の身体は地面を転がり、数度の受け身を経てようやく体勢を立て直した。
ザッと大地を蹴ろうとした佑真だが、
すでに寛政は『間合い』の中にいた。
再び右腕が構えられていた。全身を包む豪炎がそこに局地集中し、寛政の《発火能力》の制約である、最長二メートルのレンジを作り出す。
「ッ、クソ」
〝月虎牙〟
全力で後方へ飛びのく佑真の顔面めがけて、寛政は赤い杭を放った。
炎の直線がバーナーのごとく空気を燃やす。腕のわずかな予備動作からあらかじめ首を動かしていた佑真は、文字通り間一髪で炎の杭を躱した。
しかし頬が熱すぎる空気に焼け、豪炎の余波が佑真を殴りつける。
意図せずして開かれる間合い。
佑真はセオリーに則り、持久戦に持ち込むべく更に距離をとろうとするのだが。
目の前から、炎の化身が消えることはない。
火道寛政から逃れることが、できない。
流水の如き連撃――神業とも呼べる身体駆動が、超能力によって強化・加速され、佑真を逃がさないのだ。どれだけ逃げようとも、火炎の鎧で機動力を増した寛政の速度が、圧倒的に上回る。全集中力を使って致命の一撃はしのいでいるが、防げてはいない。
ここは佑真の間合いだが、佑真だけの間合いではない。
近接戦闘最強の男の間合いでもある――――すでに、佑真の身体の至る所が火傷を負いつつあった。人体の焼け焦げる不快な臭いが、寛政が巻き起こす熱風によってそこら中へと拡散されゆく。
「ゆ、うまにーた……」
「楓、大丈夫。お兄ちゃんは大丈夫だから……!」
完全に背中を向けて、体を震わせる楓を桜はギュッと抱きしめていた。まだ学齢にも達していない楓を連れてくるのは、やはり間違いだったのだ。
桜でさえ、あまりに一方的に佑真がやられる様を見るのは胸が痛い。
「……大丈夫、だから……!」
楓に言っているようで、自分に言い聞かせていた。しかし言葉はあまりにも現実とかい離していて、全く不安を減らしてくれなかった。
今もまた、佑真が逃げた先で寛政が拳を構えているのだ。
引き戻された左腕は、さながら装填された灼熱の弾丸のよう。半身となっている佑真の懐に潜り込んだ寛政の握り拳が、真下から突き上げられる。
「……っ、がほっ……!」
直撃だった。
佑真の胸元を抉る一撃が炸裂し、体を面白いほど簡単に殴り飛ばした。
青空に舞う火の粉の中、空中に無防備に晒された佑真に攻撃者が食らいつく。火炎をジェット噴出して佑真の頭上へ回り込み、踵落とし。背中への一打で真下へ落とされる佑真は歯を食いしばって意識を繋ぐが、限界の視界の中で、寛政が地上へ先回りする姿を見た。
右わき腹に、正拳突きが放たれた。
内臓が捻れるような激痛を感じる頃には横方向へ吹っ飛んでいた。
そして、吹っ飛んだ先に火道寛政が待っていた。
体を回旋し、寛政は佑真の鳩尾を的確に蹴り上げる。そのまま足の連撃が全身を叩いた。五連撃のすべてに炎が伴い、衣装どころか肌をも焼き尽くす炎の竜巻が舞い上がる。
〝赤飛鷹〟
フィニッシュとなる回し蹴りが、佑真の右肩を強打した。
弾丸のような速度で大地に叩き付けられ、ッド! と巨大な接地音が響いた。土煙が一気に舞い上がり、その前方に、炎熱を纏ったまま感性が着地する。
誰がこれを、決闘などと呼べようか。
見せつけられたのは、五分にわたる一方的な蹂躙だった。
「佑真先輩の攻撃が、一発も届かない……」
「…………やっと見れた。これが近接戦闘最強の男、火道寛政か……」
今では歯が立たない佑真が完膚なきまでにやられたことに達也は愕然と呟き、誠はふと十六夜鳴雨を思い出していた。
近接戦闘最強といえば、誠の中ではNо.3、十六夜鳴雨が第一に上がる。剣と拳を交えた超高速の戦闘の中で、誠はあらゆる術を折られていく絶望の底に落とされていった。
火道寛政の戦い方は、似ていて十六夜とは違う。
速度と体術で圧倒するのは等しい。
しかし完成された武術を以て、敵に反撃の隙を与えることなく、絶望する間もなく焼き殺す。
なるほど、集結に負けるのは道理だろう。
だがしかし、他に火道寛政の百パーセントを止められる奴などいるのか?
(果たしてあそこに僕が立っていたとして、超能力の使用が許されていて、それでも勝利する可能性が残っているのか……!?)
ギリ、と誠が汗滲む拳を握りしめる一方で、寛政は右拳を左手に打ち付けていた。
「……佑真クン。まさかこの程度で負けたとか言わないよね?」
未だ止まぬ土煙に向かって、静かな殺意が問いかける。
俺の弟子は、この程度で負けるような男じゃないだろう。
この程度で負けるような男に、女一人守れるはずもないだろう――と。
当たり前だ、と少年は告げた。
そして、土煙の中から純白の稲妻が破裂した。
やがて土煙は、中央から雷鳴によって晴らされる。
「………………ここからが本番だ、師匠」
《零能力》を両の腕に伴って。
ただれた皮膚を意ともせず、最弱の少年は両の脚を大地へ突き立てていた。
「《零能力》の能動的使用……!? 佑真クン、その力は制御できていないんじゃ」
「……オレはあの日から、二度と負けないって誓ったんだよ」
――――波瑠はこの光景に、既視感を覚えていた。
佑真と出会ってすぐの頃だ。
メガフロートへ遊びに出掛けた際に、《神上の光》を狙って現れた『世界級能力者』を前にして、天堂佑真は臆することなく勝負をしかけた。
豪傑に死の寸前まで傷つけられても尚、彼は立ち上がって、波瑠を守ろうとしてくれた。
「どれだけ敵が強大であろうと、オレは絶対に諦めない」
その想いは、アーティファクト・ギアが寛大な心で受け止め。
最弱の男の子に、最高の言葉を送ってくれたのだ。
その痛みを糧に這い上がれ。
貴様の覇道を貫き、我が待ち構える頂まで駆け上がってこい、と。
もしもあの時、アーティファクトが言葉を残していなければ、きっと佑真は折れていた。
圧倒的な力に屈する絶望に、押し潰されていた。
だけど、世界最強の男が、自分の場所まで駆け上がれ、と大きな背中を見せてくれたから。
零能力者は、百人が百人愚かだと笑う史上最悪の戦争――全世界との真っ向勝負を生き抜いてこられたのだ。
「この道だけは、この想いだけは、譲らねえ」
波瑠は、世界で一番愛する少年の勇姿を目に焼き付ける。
きっと、この戦いもあの人は勝利する。
だから大丈夫。
そう信じて、波瑠は少年の背中を黙って見送った。
「波瑠の味方であり続ける。この道だけは絶対に譲らねえぞ、師匠ッ!」
咆哮を皮切りに、佑真は跳び出した。その動作は緒戦と同じ低姿勢での突貫だ。同じ動きに対して寛政は同じように接近で対応し、拳を構えた。右手に焔を集中させ、突きの勢いにのせて超高音の熱風を放つ〝黒天龍〟。
熱の大砲を、佑真は真正面から迎え撃った。
「おおおおお!」
右手に集中された純白の雷鳴の奔流が、吹き荒れる熱波を喰らい潰す。
〝零能力・神殺しの雷撃〟が寛政の《発火能力》を無効化し、いよいよ天堂佑真が懐に飛び込んでいた。
寛政は知っている。この後は【火道】の家が彼に叩き込んだ、脚を使った連撃が繰り出されると。元々佑真は喧嘩時代から脚を多用していたと、師匠だから聞いている。絶対に来るだろう攻撃に対し、ふたたび焔を纏いながら迎撃態勢を取った寛政は、眼を見開いていた。
そこに、佑真がすくった砂塵が直撃する。
「っ、がっ!?」
反射で瞼は降ろされたが、それでも間に合わなかった。下手に凝り固めた意識が反射を鈍らせたのだ。
目潰しは成功し、そして蹴りの猛打が寛政を襲った。砂と涙で霞む視界でかろうじて防御を続ける寛政だが、佑真の重い攻撃が肩に、腕に、そして体に響いていく。
だがこの流れは〝赤飛鷹〟だ。見えなくとも対応できる。
寛政は次にくる佑真の足の位置を予想し、逆に拳を叩き込んだ。
肉と肉が打ち合う重い音が鳴る。上と下ならば上の方が圧倒的に有利。寛政は己が体重に任せて拮抗を叩き潰そうとして、
ふっ、と。
身体を捩じらせた佑真の足が、寛政の体重が乗った一撃を受け流した。
柔よく剛を制す。
しかし、細かい動作の難しい足でそれをやろうなど――。
「っ、クソ!」
寛政は崩れた重心を、《発火能力》を爆発させて粉塵を上げることで、強引に誤魔化した。爆風にあえて晒されることで佑真との間合いを稼ぎ――――たかったのだが。
ぱちん、と何かが割れる感覚が、零能力者と超能力者の間で起こった。
佑真が爆風をかき消して、その中央を飛び込んでいたのだ。
寛政は着地して体勢を立て直すなり、佑真を迎え撃つよう構えを取った。今度は如何なる手で来るか。お互いに異常な眼力で、お互いのわずかな予備動作をも見逃すまいと拳を握る。
――佑真の左拳が、前に突き出されていた。
親指に乗るのはゲーセンのコイン。相手の注意力を動体に誘導し、切り開いた一瞬の隙をついて最後の一撃を叩き込むという、初見限定、路地裏根性に満ちた技。
寛政と初めて手を交えた時に、佑真が放った技。
以後は寛政に修行中の使用を禁止され、半年の間、寛政には使われなかった技。
(だがたったの半年だ! その手はもう知っているぞ、佑真クン!)
寛政は自分に向かって飛来するコインに目もくれなかった。なぜならそれは、自分を覆う炎が一寸たりとも残さず消し炭にする。
だから寛政は、佑真の左手以外から目を離さなかった。
それもまた、視線の誘導であると気づかずに。
「ッ……!?」
寛政の右肩に、黒い金属が突き刺さった。焼けるような痛みを堪えて確認すると、それは細いワイヤーで佑真の左手の籠手と繋がっている鏃に他ならなかった。
佑真が得た唯一の武器――『梓弓』。
この武具は名が示す通り、籠手という防御機能ではなく、鏃のついたワイヤーを射出する『弩』こそが真価である。
修行ではなく決闘だから、この戦いは真の意味で何でもありだ。
だから寛政は超能力を遠慮なく使ったし、佑真に武装することを許したし、目潰しを咎めなかった。
『梓弓』を使うことも想定していたが、《発火能力》の鎧で防げると高をくくっていた。
まさか。
鏃にまで《零能力》が乗せられて、炎の壁を完膚なきまでに消し飛ばすとは予想もしていなかったのだ。
だが、佑真は《零能力》を使うと、その度体内のどこかを損傷する『反動』が返ってくる。先に寛政に受けた傷も含めて、限界に近いからこその二重重ねの猛攻だった。
故に、これが最後の交差となる。
師と弟子として。
後にも先にもありえない、正真正銘、最後の全力勝負。
佑真が左腕を引き戻す。ワイヤーに引っ張られて、寛政の身が引き寄せられる。
寛政はその勢いをも利用して、左手を人生最大の力で握りしめた。
佑真の右拳が、虚空を捩じる一撃を貫いた。
「おおおおおおおおおッ!」
「はああああああああッ!」
拳は交差し、互いの顔面を捉えて抉る。
それは、今まで経験したことのない重い一撃だった。
後方へ吹っ飛ばされるほどの威力に脳が揺さぶられ、視界が一瞬真っ白に染まった。消えそうな意識の中で、寛政の意識を戻したのは。
佑真が引っ張ったワイヤーによる、右肩への激痛だった。
左の拳が、全力で振るわれる。
勝利を呼び込んだのは、経験でも、技術でも、才能でもない。
勝利への執念に、他ならない。
☆ ☆ ☆
青空が、この戦いを見守っていたらしい。
地に横たわる寛政は、たくさんの人に駆け寄られる佑真を見ていた。
「佑真兄、すごい、勝ったね!」
「………流石に認めざるを得ない。強くなったね、佑真」
「お兄ちゃん、大丈夫? 痛くないの?」
「にーたん、おきてうー?」
「佑真先輩、おめでとうございます! 俺、兄貴には悪いけどずっと先輩のこと応援していて! 他人事とは思えなくて……!」
「やっと勝てたね、佑真先輩! かっこよかったよマジで!」
佑真についてきた秋奈たちはともかく、絢音や達也まで佑真の方へ真っ先に駆け寄って祝福の言葉をかけていた。兄の面目丸つぶれとはこのことだ。
「お、おう。一気に声かけられても、何言われてるかわかんねえんだけど……?」
「じゃ、次は目指せ聖徳太子だね」
ボロッボロの佑真の頭に、白いタオルが乗せられる。ただでさえ困惑していた彼は更に困惑を重ねながら、後方へのけぞった。
「誠か」
「お疲れ様、佑真」
「……ああ。マジで疲れた」
そうして、ニッと笑みを交わす二人を、寛政は体を起こしながら見守っていた。
なんて暖かな光景だろう。
たくさんの人に囲まれている彼が、昔は『零能力者』とかいう不良だったらしい。
何人たりとも近づかせない、一匹狼だった男の子が、あの輪の中心にいるんだ。
――――どうして、俺は、あの光景を守ってやることができなかったんだろう――――
「…………火道、先輩?」
「……ここは佑真クンに駆け寄る場面だろう、波瑠ちゃん」
「いえ、佑真くんは渋滞してますし……じゃなくて、その……」
背後にいるだろう波瑠が困惑しているのが、声で伝わってくる。
寛政の頬を、なぜだか涙が伝っていた。
――――言葉にしないでくれてありがとう、波瑠ちゃん――――
「ああ、何でもない。何でもないんだ……ただ、佑真クンが幸せそうなのが、嬉しくて」
「……そうですか」
寛政は腕で目を擦る。けれど、涙は止まらない。
蒼髪の少女は、寛政の隣にしゃがみこんだ。
「でも、あの光景を作ってくれたのは、火道先輩なんですよ?」
「…………え?」
「当然です。火道先輩は、佑真くんのことを鍛えてくれた。佑真くんの我が儘を聞いてくれたから、佑真くんはあんなにも強くなって、格好良くなって、今の居場所を手に入れたんです。あそこに私は関係ない。もしも関係あるとすれば、佑真くんの前に立ち続けてくれた、火道先輩なんです」
――――そんなこと、ないだろう。俺は何もできなかった――――
「先輩がいなかったら、盟星学園に入学することはなかったと思うんです」
――――俺は守れなかった――――
「千花ちゃんや七海先輩と会うこともなかった。絢音ちゃんと達也くんにも会えなかった。ひょっとしたら、佑真くんと恋人になれてなかったかもしれません」
――――俺は、キミ達に幸せになってもらいたかったんだ――――
「だから、先輩。今まで、本当にありがとうございました」
――――キミ達がごくごく普通な幸せを手に入れられたらいいなって、ずっと――――
「たくさんの出会いをくれて、本当に、ありがとうございました」
――――ただそれだけを願っていたんだ――――
寛政は、涙を止めるのを諦めた。
自分は弟子ほど強くない。諦める時は諦めてしまうから、こうして、佑真と波瑠の退学を受け入れてしまうしかできないのだ。
「ごめんな、波瑠ちゃん」
――――俺はキミ達が、大好きだ――――
「たったの一か月も守ってやれなくて、ごめんな……ッ!」
――――だから、これからも願い続ける――――
――――キミ達の旅立ちを、祝すくらいのつもりで――――
――――涙を拭いて、笑顔で言ってやろう――――
「佑真クンと、絶対に、幸せになってくれ!」
「……はいっ」
蒼髪の少女は微笑んで、初夏を告げる風が騒がしい庭を吹き抜ける。
弟子が自分を超えたのだから、師匠冥利に尽きるというものだろう。
もう、佑真は大丈夫だ。
この火道寛政を倒した男が、他の誰にも負けるはずがない。
だから、いつか必ず帰ってくるんだ。
キミ達を退学なんてさせやしない。休学に勝手に変えてやる。
だから、学園で帰りを待つたくさんの友達の下へと、必ず帰ってこい。
その時、キミはきっと更に強くなっているから。
師匠から、弟子へのリベンジマッチを申し込んであげるよ。
【転章 挨拶回り編 完】
これが奇跡の零能力者
第二部
逃亡編、開幕
転じる章は幕を閉じ、長い長い逃亡劇が幕を開ける。
師匠を超えて、弟子は世界と対峙する。
というわけで【挨拶回り編】はこれにて完結です。長い長い『零能力者』にお付き合いいただき、本当にありがとうございます!
例によって例のごとく後書き雑談するので、お知らせを先に。
ここで更新はいったん終了。
第六章【王者と愚者の邂逅編】は、九月ごろに更新となります。「一気に更新」の形を取りますので、しばしのお待ちを……。
佑真達の物語を、今後ともよろしくお願いします!
では雑談。
一つずつ短めに後書きします。
[《生命の息吹》]
戸井ちゃんの話。《神上》を掘り下げたかったのですが、頭の中で描いていた《生命の息吹》の説明のアウトプットが全然上手くいきませんでした。申し訳ございませぬ……。
キャリバンの孤児話もついでに取り上げました。機会を逃した設定が多いですね。
[先輩達の恋模様]
ななみん先輩と愛花がたくさん書けて大満足。
優子会長サイドで初登場した【中華帝国】とは、第二部でごったかやります(予告)。お楽しみに!
[ある男の再始点]
集結、あっさり凱旋。しかも大幅パワーアップ。
「第四章の絶望的なラストはどうしたの!?」ってわけですが、天皇涼介・夕日夫妻が今後物語に干渉してくる前準備です。集結さんの身勝手な行動が世界にどう影響をもたらすか……。
[悪友対談]
佑真の本音を受け止められるのは、誠しかいないんですね。
ほんと、あいつらの昔話はどのタイミングで書こう……。
[師匠と弟子]
火道寛政は『師匠キャラ』にしては若いです。こういうのって爺さんかおっさんが王道ですからね。だけど佑真の師匠は寛政。
波瑠と寛政が喋るところって初めて書いたかもしれません。
こんな感じでお開きです。佑真くんが着実に強くなっているので、久々に「最弱」って呼びました。
では、第六章でお会いしましょう。のしのし




