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第一章‐⑬ 風力使いは突風を放つ

 佑真がいざ帰ろうと思ったら、さすがに学生寮前は警察と野次馬と住んでいる学生で溢れていた。

 そりゃ階段大破に加えて、佑真と波瑠は大量に血を流していたんだ――『消えた死体』並みの騒ぎになって当たり前である。

 とても戻れる空気ではなかったが頑張って忍び込み、服とエアバイクを回収。

 河川敷に戻ってから波瑠に物陰に隠れてもらって衣服を着替えさせ、寮長と三人、大きな橋の下に身を潜めていた。


「さて、と。いつまでもこんな場所にいられないんだよな……どうしたものか」

「そもそも波瑠、おんしはこれまでどうやって逃げておったんじゃ?」

「超能力で空を飛んでました。敵に一番見つかりにくいし、早いですし」

「だから空から落ちてきたのか……」


 苦笑する佑真。

 地上を走るよりは効率いいだろうが、全く参考にならない。


「それで、敵に見つかった時は超能力――さっきの吹雪みたいに凍結系の能力で凍らせて足止めをして、できるだけ距離を稼いでたんです」

「それも今は難しいんだよな。しかも相手はパワードスーツとかを容赦なく使ってくる」

「ふむ。最低限として、逃げ切れるだけの速度が欲しいところじゃな。だったらエアバイクが最適じゃろう」


 ふえ? と顔を上げる波瑠。佑真はエアバイクの機体を撫でながら、


「こいつを使って逃げるってことか?」

「現在の手持ちで一番速度が出るのは間違いなくそれじゃ。候補筆頭じゃろ?」


 そりゃそうだ、と佑真は立ち上がり充電の残量を確認する。

 一方で、波瑠が展開を呑みこめていないのか、きょとんと目を丸くしていた。


「ちょ、ちょっと待って。佑真くんも一緒に逃げるってこと?」

「そういうこと。どうせお前は走って逃げるしかないんだろ? だったら足にくらいなってやるよ」


 佑真はエアバイクを示し、


「これでもコイツの最高時速は三〇〇キロまでいけるからな。地上戦になる分追跡されやすいけど、波瑠がその脚で走るよりはましなはずだよ」

「……ありがとうって言いたいけど、ごめん。気持ちだけ受け取ります」

「そりゃオレ自身は戦力にならないけど、エアバイクの運転できるのはオレだけだしさ。繰り返すけど、徒歩よりはどう考えても」

「そういう話じゃなくてね……前提がおかしいんだよ。あなたが私に関わる理由がない。佑真くんが私を助ける理由がないってことから、目を逸らさないで」

「…………」


 佑真は、何も言い返すことなく口を閉ざす。

 一番言われたくないことを言われてしまった、ような気がした。

 ふわっと笑みを作る波瑠。


「偶然出会って、私を助けてくれたことは感謝しています。ご飯を食べさせてくれたり、シャワーを貸してくれたり。だけどこれ以上は迷惑をかけられないよ。これ以上、偶然出会っただけの男の子をこっちに踏み入れさせるワケにはいかないよ」


 たたでさえオベロンと戦わせちゃったしね、と波瑠は付け加えた。

 正論だ。

 佑真には波瑠に手を差しのべる力も、必要性も義理も義務も理由もない。

 偶然波瑠と出会い、偶然いろんな情報を共有することになり、偶然大剣使いと戦う羽目になっただけの落ちこぼれに変わりはない。

 けれど、かといって……、


「数時間だけど、とっても楽しかったよ」


 波瑠は言葉を並べていく。


「だけど佑真くんを傷つけた……本来傷つくはずのない人を、私はまた巻き込んじゃった……だからね、もう佑真くんを傷つけたくないの」


 しわを作るほど強く、スカートを握りしめる。

 佑真はいかなる感情よりも真っ先に――疑問を抱いた。


 そりゃあ佑真は傷ついた。

 大剣使いに完膚なきまでに敗戦し、波瑠の助けが来なければ死んでいただろう。

 けれど、それはそれ、これはこれだと思う。


 だって、今の波瑠は超能力がまともに使えないじゃないか。

 最速の移動手段が『走る』。

 今、彼女が単独行動を取れば、確実にあの大剣使いやその仲間に捕まってしまうだろう。

 それにもし波瑠が傷つけられた時、近くに《神上の光》での回復を協力してくれる人がいなければ……。


 捕まりたくないならば、佑真を巻き込む理由はしっかり存在しているはずなのに。

 何が、波瑠を躊躇させているのか。


「――なあ、もしかしてオレが『零能力者』だから関わらせたくないのか? 今のお前、ろくに超能力も使えないんだろ? 冷静に逃げ延びることだけを考えろよ。捕まるのとオレを巻き込むの、どっちがましだと思う?」

「捕まる方だよ」


 ……今度こそ、返す言葉を失う佑真。


「私はね、佑真くん。もうあなたが傷つくところを見たくないの。たとえ佑真くんが超能力を使えていたって関係ないよ。あなたをこの地獄の巻き添えにするワケにはいかない。私は佑真くんに生きていてほしい――それだけなんだ」


 波瑠の瞳が、佑真の目を真っ直ぐに見入る。

 その端にわずかに溜まった雫を、波瑠は指で軽く拭った。


「佑真くんの気持ちは嬉しい。……佑真くんの優しさが嬉しい。だからこそなんだよ、佑真くん。その優しさは私なんかじゃなくって別の人に向けてあげてください。私は別に、これから先だって、一人でも大丈夫だから……!」


 えへへと微笑む波瑠。

 その嘘偽りに満ちているとしか思えない言葉は――――佑真をイラつかせるのに十二分だった。


「…………それでも、それでも、オレはお前の力になりたいんだよ。オレだってずっと〝ひとりぼっち〟だった。だから、一人でいる辛さくらい知ってんだよ!」


 佑真は波瑠の丸くて小さな肩を掴む。

 少し力を籠めれば折れてしまいそうなほど華奢で。

 この身一つで超能力すらなしに逃げ回らせるなんて、できるワケがない。


「オレさ、記憶喪失なんだ。十歳ぐらいからの記憶しかないんだよ。家族も、友達も、先生も家の場所も学校も、何一つ覚えてない状態で発見された。天涯孤独ってやつだ。その上で『零能力者』呼ばわりだぜ。すげえ辛かったよ。なにせ世界全員が敵になったんだ。オレに逃げ場なんてなかった! ゴミだのクズだのザコだの罵られて、蹴られて、泥ン中突っ込まれて、超能力で嬲られた。地獄みてえなトコで生きてきた」

「……っ」

「だからこそオレは知ってんだよ。一人で大丈夫な奴なんていねえんだよ! オレと波瑠が経験した地獄にはでかすぎる差があるのかもしれない! けど、だからこそ、オレはお前を一人にしたくない。波瑠を〝ひとりぼっち〟にしたくないんだ!」

「……そんな、そんな簡単すぎる理由で決意しないで! 本当に差がありすぎるんだよ! 私と佑真くんのいる世界は――経験した地獄には差がありすぎる。命をかけるほどの戦いに、自ら踏み入れようとしないでよ。命をもっと大切にしてよ!」




「だったら敵の強さを知れば、彼も諦めてくれるんじゃないですかぁ?」




 突然だった。

 気楽そうな声が降り注ぎ、

 数瞬遅れて、もう一つの現象が佑真達の目の前に訪れる。


 ――空気の弾(エアーブレッド)が、寮長の体に突き刺さっていた。


「カハッ……」と息を漏らし、華奢な体が吹き飛んでいく。

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