第一章‐⑭ 2nd bout VSキャリバン・ハーシェルⅠ
「だったら敵の強さを知れば、彼も諦めてくれるんじゃないですかぁ?」
突然だった。
気楽そうな声が降り注ぎ、
数瞬遅れて、もう一つの現象が佑真達の目の前に訪れる。
――空気の弾が、寮長の体に突き刺さっていた。
「カハッ……」と息を漏らし、華奢な体が吹き飛んでいく。
ちょうど直線上にいた佑真が受け止めるが、押さえきれない衝撃に背中から倒れこむ。
「寮長……寮長!?」
「だ、大丈夫、じゃ……が、立てそうに、ないわい…………」
腕の中の寮長が激痛に顔を歪める。笑顔を作ろうとしたがそれすら適わないようだ。
「きゃり、ばん……?」
波瑠の呟きが響く。
顔を上げると、河川敷にはすでに一人の新たな少女が立っていた。
ふわふわの金髪につぶらな碧眼。弧を描く頬は白く、どこか幼げのある雰囲気を有する。魔女のようにつばの長い黒帽子、着ている衣装も黒くフリルが多用されている。
長い箒を持っていることも含め、まさに魔女っ娘のような外見。
「お前は、誰だ?」
「アタシですか? そうですねぇ……いいでしょう。特別に名乗りましょうか。アナタを殺すという意思表示の意味合いを込めて」
少女はにいっと口角を上げ、
「アタシは波瑠の元・同僚。国家防衛陸海空軍独立師団【ウラヌス】第『二』番大隊所属、キャリバン・ハーシェルですぅ!」
箒を横薙ぎするキャリバン。
次の瞬間――『空気の弾』が佑真へ向けて放たれた。
寮長を抱き上げ強引に体を捻って躱すと、『空気の弾』は佑真の左脇を通過。背後で河川に着水し、三メートルを超える水飛沫を上げた。
体勢を立て直す佑真の脳内で、キャリバンの言葉がループする。
(波瑠の元・同僚で国防軍の【ウラヌス】所属だと!?)
何気なく視線を向けると波瑠と視線が合う。しかし顔を背けられてしまった。
「おや? その様子、オベロンさんと一戦交えた覚悟はてっきり波瑠の過去を知ったからこそ出たものだと思っていましたが……そこの一般人さんはまだ、波瑠のことをあまり存じていないみたいですねぇ」
「波瑠の過去?」
「やめてキャリバン!」
波瑠の悲鳴に近い叫びに、佑真だけでなくキャリバンまでキョトンとする。
キャリバンはすぐに、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「……波瑠あなた、自分のことを話していないんですかぁ」
「っ……違う、私は、」
「まあその辺はどうだっていいです。とにかく、今すぐ投降し、【ウラヌス】に戻ってください波瑠! さもなくば、」
キャリバンは箒を構え、
「そこにいる無関係者たちの命から、完膚なきまでに奪っちゃいますよぉ!」
勢い良く縦に一薙ぎ。
ゴバッ! と突風が佑真達へと吹きつけた。寮長を抱きかかえた上で姿勢を低くして堪えるが、ものすごい大気圧に呼吸ができない。芝や泥がめくれ上がり礫となって全身を襲った。
「く……っ」
顔の前にガードとして腕を構える佑真。
気流が晴れた頃には――眼前までキャリバンが迫っていた。
ミニスカートから伸びた脚がサッカーのように佑真を蹴り上げる。
咄嗟に寮長を波瑠へと投げ渡し、回避を諦めた佑真の懐に健脚が突き刺さった。
「がはっ!?」
華奢な脚のどこに力があるのか、腹筋を貫き、佑真の体が後方へと転がされる。思わず胃の中のブツを吐きそうになったくらいだ。
一方、波瑠はなんとか寮長の小さな体を受け止めることに成功していた。
しかし寮長は、三メートルもの水柱を上げる『空気の弾』を直撃していたのだ。すでに深手を負った寮長の身体には、わずかな衝撃ですら十二分の威力を発揮する。
「ぐぅ……!?」
「寮長さん!」
「おんし、そんなに不安そうな顔をするでない。大方、肋骨が折れておるだけじゃから」
「……少しだけ待っててください!」
波瑠は寮長へと手のひらをかざす。
《神上の光》による、すべての怪我を治す問答無用の治癒の『奇跡』。
「波瑠、《神上の光》は使わせませんよぉ!」
だが、そこへキャリバンの声が轟く。
元・同僚というだけあって波瑠の《神上の光》の性能を知っているのだろう。箒を大きく振るい、波瑠へと『空気の弾』が撃ち出された。ゴルフボールのように軽快に、けれど威力は砲撃級。
回避する余裕のない波瑠は被弾を覚悟し、寮長を包むように抱え込んだ。この事態を招いた責任として、自分が盾となり寮長へのダメージを零にするために。
ギュッと目をつぶり、来たるダメージに歯を喰いしばり――
『空気の弾』が炸裂し、気流が周辺へと吹き荒れる。
「………………あ、れ?」
だが、波瑠には一切のダメージがなかった。そよ風程度の余波に蒼髪がなびいただけ。
おそるおそる瞼を開くと、そこには。
波瑠の盾となるような位置に、天堂佑真が立っていた。
「佑真くん!?」
「……波瑠、寮長。無傷か……よかった……!」
佑真は文字通り盾となり、キャリバンの『空気の弾』を背中で受け止めていたのだ。
足がガクガクと震え――笑みを作ろうとしているが全身に余裕はない。
波瑠が《神上の光》を行使する間は決定的な隙ができる。その隙を突かないほど甘い敵がいない世界だと、佑真だってすでに理解していた。
そして波瑠は、必ず寮長をかばうために自分を犠牲にするだろう。
ひどく責任感が強く、心優しい女の子だから。
「だったらオレがすべきことは一つ……お前を、庇うこと、だ」
「でも、それじゃあ佑真くんが傷ついちゃうよ!?」
「どうせ波瑠だって、防ぐ方法はなかっただろ」
背中の痛みを気合で堪え、佑真はキャリバンへと振り返る。
金髪碧眼の魔女っ娘はすでに箒を構えなおし、右手で器用にくるくると回転させていた。
「さっきの蹴りで伸びたと思ってたのに、意外とタフなんですねぇ」
「へっ、女子の蹴りぐらいで気絶するほど雑魚くはねえよ」
「ですが、一般人が波瑠を庇っていても利益なんて存在しないですよぉ?」
パッと左手でも箒をつかみ、回転を止めるキャリバン。
「アタシが所属しているのは『国家防衛陸海空軍・独立師団【ウラヌス】』――日本という国のために戦う国防軍です。波瑠はそこの脱走兵なんですよ。本来ならば波瑠は、一般人のアナタを巻き込むことなく戦えるだけの実力者なんですがねぇ」
佑真は下肢に力を籠めておく。
なんとなく、波瑠へは絶対視線を向けずに。
「知ったことかよそんな事情。つうか波瑠を追いかけまわして超能力が使えなくなるほど摩耗させたのは、テメェらの方だろ。オレみたいな雑魚が出しゃばらなきゃいけない状況にしたのは、テメェらの方だろうが!」
「そりゃ、そこまで追い詰めてでも連れ戻したいからですよぉ」
思いがけない冷徹な声音に、うっ、と黙らされる佑真。
「波瑠の役割は《神上の光》を行使し、傷ついた軍の人間を回復させること。ただでさえ世界中が狙っているその『奇跡』を、国防軍はこれ以上野放しにするわけにはいかないんです! 力づくでも波瑠を捕らえないといけないんですよぉ!」
キャリバンの箒が一閃、鎌鼬が辺り一帯に弾き飛ばされた。
雑草を刈り、泥を引き裂き、水面を割り、佑真を剃刀のように切り裂く無数の空気の刃。
一枚一枚が肌をかすめるごとに鮮血が舞う。
けれど佑真は、意地でも波瑠の前から動こうとはしなかった。
「波瑠……早く、寮長をッ」
「う、うん!」
波瑠のかざした手のひらよりあふれ出す、純白の暖かい波動の粒子。
苦しそうな寮長を包み込み、腹部の痛みを浄化していく。
「使われちゃいましたか《神上の光》!」
キャリバンはくるくると箒を回し、
「ですがすでに虫の息! そこの男からぶっ殺していきましょうかァ!」
複数の『空気の弾』をとめどなく撃ちだした。
範囲を扇形に設定し、逃走経路を失わせる不可視の弾幕が周辺の大地を穿つ。
波瑠たちに向かう弾そのすべてを、佑真は真正面から受け止める。
鉄球を投げつけられた方がマシなんじゃないか、と思うほどの衝撃が骨を、内臓を殴りつける。吐血して尚、腕の骨が折れて尚、佑真は気合いに歯を食いしばる。
「何やってるの佑真くん、早くどいて! そのままじゃ佑真くんが」
「どけるかよ……お前はオレが守ってやるッ、だから早くしろよ!」
いつの間にか全身血だらけの佑真が叫ぶ。キャリバンの猛撃は止まらない。
早くしろ――波瑠が言葉の意味を図りあぐねていると、
「SET開放、じゃ」
腕の中から、そんな声が聞こえてきた。
飛び出したのは寮長。
子供のような両手が手刀を形作り、周囲の大気を激しく震わせる。
――回旋。
佑真とのすれ違いざま、迫りくる『空気の弾』の中央を、斬、と手刀で切り裂いた。
「なっ、あなたはさっき、《神上の光》でぇ……」
「自分で体験するととことんオカルトじゃのう、この魔法とやらは。死ぬほど痛かった内臓破裂が一瞬で治ったわい。ところで」
寮長は眼光に鋭さを宿し、
「これ以上やられると佑真が死にそうだからの、わしも参戦しよう。もっとも、大気を操る能力者のおんしには最も戦いにくい相手になるかもしれんがの?」
水を切り、炎を斬り、風を断つ。
体の部位周辺の大気を兆速で振動させ、振りぬくことで真空の衝撃波を作り出す《斬撃能力》――寮長の超能力だ。
「遅くなってすまなかったな佑真! おんしは今のうちにエアバイクで逃げるんじゃ!」
「寮長は!?」
「戦争経験世代を舐めるなよ! たかが小娘に負けるほど弱くないわい!」
だからさっさと行け。
佑真から視線を前方へ戻した寮長の、小さな背中がそう語る。
一秒だけ考えて、佑真は波瑠の手を引いた。
「任せんぞ寮長! 行くぞ、波瑠」
「う、えと、とりあえず回復!」
波瑠の手の平から放出される白い粒子が佑真を包み、問答無用ですべての傷を癒す。
回復した佑真は波瑠の手を強く握り、陸橋の下にある白いエアバイクまで駆けていく。
「ちょっと待ってくださいよぉ。アタシがアナタ一人に足止めされるほど甘いと思ってんですかァ!」
激昂したキャリバンが箒を無作為に振るう。大砲のような突風が――
「――甘いと言っておるんじゃ」
放たれた直後に、斬撃は起こった。
両手を構えたまま美しく回旋した寮長が、キャリバンの大砲のような突風を引き裂いたのだ。荒れ果てるほどの轟音が一瞬で消し去られる。
「大人を舐めるでないぞ」
「え、大人だったんですかぁ!?」
「……ほほう、そんなに殺されたいか」
場違いにもビキビキと怒りマークを浮かべる寮長。
禁忌に触れおったな、と佑真は寮長の口調を移されつつキャリバンのご冥福をお祈りする。
「佑真くん、私はもう――」
「いいから乗れ! 寮長の頑張りを無駄にする気か!」
この期に及んで反論してくる波瑠を強引にエアバイクに乗せ、佑真もまたがってハンドルを握る。エンジンを入れると反重力モーターが起動し、静かに音を鳴らしながら青白い粒子を放出。車体が20センチほど浮いた。
「きゃっ!」
バランスを崩したのか、波瑠がギュッと腰に抱きついてきた。背中に高めの体温を感じるが気にかける余裕はない。不安げなのはちょっと可愛い。
「くっ、逃がすわけにはいきません……ッ!」
「そうはさせん」
寮長がキャリバンを翻弄し、的確に足止めをしてくれている。
心の中で強くお礼を述べ、作り出してくれた好機を逃さないためにも、
「しっかり掴まってろよ」
自分の全身に存在する傷をすべて無視し、佑真はエアバイクのアクセルを踏み抜いた。
反重力モーターが、月夜に美しい軌跡を描く。




