●第八十五話 Who is evil?
お待たせしました!集結編も『転』に突入です。
★ ★ ★
集結。
名前も苗字も思い出せないが、日本ではない国に生まれたことは覚えている。
出生後しばらくは、世界中が休戦へと動く大きな流れの中で普通に生きていた。
彼は三歳になって初めて、偶発的に超能力を使う。
圧倒的才能がそこにあった。
彼の家は平凡な家だった。両親どころか曽祖父母までが平凡極まりない家だ。その家系で、神に愛されたとしか思えない彼の『波動を操る能力』は、家族の希望となった。
特出した才能を持つ天才。
幼いながらにして自己の特異性を認識した集結は、この才能をどう使っていくかを考え始めた。
自分の好きなアメコミでは、力のある者はヒーローとなる。
一般人を救うため。大切な人――例えば家族や恋人、信頼できる仲間たちを救うために、悪を討つ。そんなヒーローに憧れていた。
超能力はそういう風に使おう。
誰かのために。他人を助けるために使おう。
そう決心した。
――――ところで彼の金髪灼眼というのは老若男女問わず珍しがられたが、子供達はたったそれだけで邪険にはしない。集結も誰かと遊び、野原を、公園を駆け回るような戦時中ながら健やかな日々を過ごした。純粋無垢な子供としてかくあるべし、と言えるほどのどかな日々を。
ある日に事件は起こる。
彼が五歳になった頃だろうか。薬物使用の禁断症状で暴走した男が、超能力を撒き散らしながら公園に襲い掛かってきたのだ。爆風がそこら中に起こり、恐怖が平穏を奪い去る。集結とともに遊んでいた子供達は泣き叫び、逃げ惑う。
集結自身も『怖い』という感情が先行していた。
だがすぐさま、『今ここでみんなを守れるのは、自分しかいない』と考えてしまった。
子供離れしている強さを持っているが故、普通ではない思考が働いてしまったのだ。
集結は誰かが襲われる前に、波動を塊とした『波動弾』を放った。
男をはるか遠くへ吹き飛ばすことに成功し――自分はヒーローになれた、そう思った。
実際にみんなが『すげぇ!』とか『やっつけたぜ!』とか、反射的に口にしていたのだ。
次の瞬間までは。
一台の乗用車が、集結が飛ばした男を、ひき殺したのだ。
べちゃり、と異様な音が鳴った。弾き飛ばすのではなく、肉が潰れた音。
鮮血が道路を染める。
子供達の悲鳴が街中へ響き渡る中、――集結は悟る。
『……これは、俺が殺したっつう、こと、なのか?』
ヒーローは悪党を倒す。時には殺すことだってある。
けれどガキでも知っている。それはテレビの中でのお話だ。
これは、ここは、現実だ。
人を殺した。
似非ヒーローは大多数を救うために、一人の男を殺してしまった――――――!?!?!?
『ぁ……ぁあ……う、あァ』
己を襲う激しい混乱。目眩が起こる。吐き気が込み上げる。直立すらできなくなるほど全身が震える――
『人殺し、だ』
…………誰かのその呟きが。
集結の人生に、終止符を打った。
『人殺し』『バケモノ』『近づくな』『くんなよ』『あっちいけ』『その手で触るな、バケモノ』『ヒーローは誰も殺さないんだよ』『お前なんかヒーローじゃねえ』
違う。
俺は、お前たちを助けたかっただけなんだ。
届くわけもない叫びは、集結の精神を追い詰めていく。
やがて脳裏に映し出されたのは、よく見ていたアニメで悪役が行う、慈悲のない虐殺。
ヒーローでない俺は、なんだ?
バケモノか?
人殺しか?
悪役か?
悪党……か?
募る疑問の中、彼に対する容赦のない迫害が始まる。
もはや、そこに超能力など必要ない。
石が飛び、
熱湯をかけられ、
罵倒され、
殴られ、
蹴られた。
わずか五歳の、純粋な子供の肉体・精神双方を攻め立てる攻撃。
集結が反撃も抵抗もしない、という事実が最も歪に映っていた。
反撃に超能力を使わないのは、強さをそんな形で使いたくなかったから。
力とは、誰かを守るヒーローのように使うもの。
だって俺は、ヒーローになりたかったから。
…………あれ?
なりたかった?
過去形だ。
もう、なれないのか。
じゃあ。
仕方ないか。
『――ァハッ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』
少年の中で、何かが切れた。
翌日、児童公園は、紅に染められていた。
老若男女問わず、残酷に叩き潰された肉塊が無数に転がっていた。
数時間後、集結を抑えに来た大人を殺した。両親の下を訪問した警察を殺した。面白半分に近づく学生を殺した。拳銃を向けるやつを殺した。能力を放つやつを殺した。武装したやつを殺した。駆動鎧を纏った人を殺した。戦車を操る人を殺した。戦闘機に乗る人を殺した。集団を殺した。軍隊を殺した。一般人を殺した。両親を人質に取った奴は入念に殺した。一人たりとも残さず殺した。彼の住む街から人は消え、彼だけが残った。
誰も、己のやった正義を認めてはくれなかった。
いくら口を開いても信じてくれなかった。どころか敵意を向けてきた。挙げ句の果てに銃口を向けてきた。死ぬのは嫌だったから、彼はとりあえずそいつを殺した。
ヒーローになれないのなら、守るべき大切な人のいない、完全無欠の悪党になるしかない。
強さを手に入れてやる。
自分の強さで、全員を傷つけずに救えるようになってやる。
それには、圧倒的な強さが必要だ。
何者にも及ばない頂点に立つ。
そうすれば、きっと誰しもが自分を認めてくれるはずだ。
お前は強い。その強さはホンモノだ――と。
認められれば、きっと誰かを救うために戦うヒーローになっても、誰も怒らない――。
と。
そんな彼の前に、一人の『何か』が現れる。
髪がすごく長く、体は細くて、性別がつかめない。雰囲気も人間離れしている。表現するならそう――人外。
『力を求めるならば、我についてこい』
力を、くれるのか?
なら――――
集結は、人外に腕を引かれた。
日本へ来て、彼はとある孤島に住むこととなった。
『我の言うとおりにしていれば、貴様は最強をも凌駕する存在になれるぞ。試してみるか?』
悪魔の囁きに、集結は頷いた。
No.1。
これは、怪物が誕生するまでの物語の、まだまだ序章である。
★ ★ ★
ファミレスに戻った集結に対するクライの第一声は、「あれ、もうアナタの分も食べちゃいマシタ……よ?」という極めて平和なものだった。
散々怯えさせての別れだったので、逃げられたらどうしようか? と主に隣のオバサンからの嫌がらせを予感しての不安があったが、やはりこの少女はどこか変わっているらしい。むしろ集結を見て笑みを浮かべるだなんて――。
ところで疑問形の語尾については、唐突に立ち去ったかと思えばオバサンに腕を組まれた状態で集結様がリターンしたのだ。誰だって奇妙に思う。
視線が横へスライドするなり、クライは首を傾げた。
「なるほど、ワタシほどの美少女に惹かれないと思えば集結、アナタは熟女好きデシタか」
「それだけは全力で否定してやるクソッタレ」
「またまた~そんなこと言っちゃって……冗談デス睨まないでクダサイ。そちらのオバサンはどなたデス?」
「あらあら、クライちゃん。初対面の女性に熟女とかオバサン呼びとか、失礼じゃないかな?」
「四十超えてりゃババァだろ」
「まだ超えてないし! 三十八だし!」
「そんなことより、なんでワタシの名前知ってるんデスか? 集結が話しました?」
そんなことよりだとぅ……と歯ぎしりしているババァはさておき、クライに首肯を返す集結。
「集結、学校で習いませんデシタ? 他人にほいほい名前教えたらいけないんデスよ?」
「生憎俺ァ学校行ってねえ……つーか正確には、そこのババァが勝手に俺の頭ン中覗いて調べやがったんだよ」
「ほほう、精神干渉系統の能力者なんデスね。――ん? 集結なのに、超能力が防げないんデスか?」
「その情報ソースもどォせ噂だろ? 俺ァ原典じゃねえからな。SETを使わねえ限りじゃ、超能力の強制遮断はできねェんだよ」
「意外な弱点って感じデスね」
ドリンクバーから調達したと思しきコーラをすすりながら呟くクライ。
もっともこの弱点を突くには、集結が『超能力使用可能状態』ではない、という確信を抱かなければならない。不意討ちのつもりが逆に波動を吸いとられた、なんてアホな目に合うリスクも孕んでいるのだ。
「こらこら、若い者で勝手に盛り上がるな」オバサンが席につき、「はじめまして、クライちゃん。私は天皇夕日と申します」
「て、天皇……今日は有名人と出会うキャンペーンでもやってるんでしょうか。クライと申しマス」
女性陣二人がペコリと頭を下げ合う中、集結は(俺がここにいる意味、もうねえよな?)と思いながらも相席する。ここで離れたら夕日に面倒くさく絡まれそうだ。
「で、ええーと、集結。この人を連れてきて、一体何がしたいのデス?」
「テメェは一々俺に聞くな。コイツがテメェに用があるっつってよ。この店までの案内で連行されてきた」
乱雑に夕日を指差して視線を誘導する。素直にそちらへ顔を向けたクライは、わずかに頬をひきつらせた。夕日があからさまな営業スマイルで待ち構えていたからだ。
「単刀直入に言います。クライちゃん、私は天皇家の人間として――かつて『the next children』にてその身に例の魔方陣を焼き付けられた子供たちを捜索しています。あなたが《神上の勝》の所有者だと集結くんから話を聞いた――」
「頭を覗いた」
「――頭を覗いたので、こうして直接会いに来ました」
意地でも笑顔を崩さない夕日から集結へ視線を泳がせるクライ。彼女を信頼に足る人物か計りあぐねているのだろう、不安げだ。
集結も深く関わったことはないが、天皇夕日は、狂いに狂った天皇刧一籠の配下の中ではまだまともな人物だと評価している。
あえて言葉にせず首肯すると、しぶしぶクライは口を開いた。
「確かにワタシは《神上の勝》の所有者デス。その奇跡は、たぶん集結から聞いている――覗いている? と思いマスけど」
「空間軸を司るんだったよね。なるほど、集結くんよりは実用的な奇跡の力だ」
余計なお世話だ、と集結は顔を背けた。
夕日はクライに許可をもらってうなじの魔方陣を見せてもらい、それが本物であることを確かめる。
「うぅ、今更ながら年頃の女の子にこれはキツイよね……ちなみに、クライちゃんを《神上》所有者だと知るのは何人くらいいる? 大まかでいいんだけど」
「そうデスね……最低で三十人程度でしょうか? ワタシが住ませてもらっている教会のシスターさんや神父さん達は皆知ってマス。空間軸支配ってことは神父さんしか知らないはずデスけど」
「《光》と比べたら全然いねえな」
「波瑠ちゃんは比較対象に相応しくないよ。あれは地球全域で知られてるんだから」
夕日の言うことはもっともだ。
「ていうかクライちゃん、教会に住んでるの?」
「そこは覗いてないんデスね。五年前に空間を引き裂いて一人で逃げた後、行き先のないワタシを引き取ってくれたんデス。その後もいいように扱ってくれてたと思いマスよ」
「そっか。クライちゃんは少なからず、安全で幸福な生活を送れていたんだね……」
「んー……まあ、幸福デシたね」
複雑そうに微笑むクライは、コーラをすすった。
それは、彼女が『逃げている』ことと何か関係あるのだろうか――と集結は考えたが、下手に追及せずに残っていたコーヒーを飲む。
「となると、話を切り出すのは難しくなっちゃったかな?」
「話デス?」
「所有者を確認するだけが用じゃねェのか?」
「正確にはその先もあるんだ。確認した上で、できれば私達天皇家の目の届くところで暮らしてほしいっていう交渉をするつもりだったの。幸せに暮らしてるなら邪魔できないから、どうしようね」
残念そうな言葉とは裏腹に、夕日はかつて母親だった日のように、愛に満ちた微笑みでそう告げた。
クライが困惑の色を見せる。発言していいかどうかを迷っているのがあからさまだ。そのような中途半端な態度を集結は好まない。
「おい、言いてェことがあんなら言え」
「集結……?」
「…………テメェは今、誰かから『逃げている』んだろ。俺はテメェを助けようとは思わねェが、幸いここにはテメェを救える善人がいる。ソイツの力を借りろ」
「なんだ。やっぱり、ワタシの『助けて』はアナタに届いてたんじゃないデスか。無視してマシタね?」
悪ィか? と集結。たちが悪いデス、とクライ。集結は口角をわずかに釣り上げ、クライも目を細めた。
表情改め、一度深呼吸をしてから、
「あの、夕日サン。もしよければ、ワタシの話を聞いてほしいんデスけど――――――」
と、言葉を紡ぎ始めた瞬間。
耳をつんざく轟音が炸裂した。
屋外にて閃光と煙が立ち上る。
遅れて届いた振動に窓がピリピリと震える。店内に動揺が波紋となって広がる中、一般人と変わりない生活を送ってきたクライもビクッと体を震わせた。
「っ!? な、なんデスか!? 爆弾!?」
「落ち着け。そういう音じゃねェ」
一方、非日常が日常である集結はごく冷静に音源へ目を運びながら、夕日へ相手を変える。
「音源や震源は遠いな」
「だね。とりま私は状況探ってみるから、集結くんは外を見てみてくれない? クライちゃんを襲うような連中だったらぶっ潰す方針でお願い」
「ハッ、指示を聞く義理が」
「あるんだよ。誰があなたのアメリカでの罪歴をもみ消してやったのか、忘れたとは言わせないけど」
「……クソッタレが」
集結はギリ、と奥歯を噛み締めて屋外へと向かう。過去の記憶を容赦なく利用する大人げなさは所詮、天皇夕日も天皇家の人間なのだろう。クソッタレ、という呟きはSET起動による波動の爆裂にかき消された。
★ ★ ★
集結を送り出すとすぐに、夕日は【ウラヌス】へと連絡を取った。
警察などの『表舞台の正義』は実はイマイチ天皇家を好まない節があるため、天皇夕日という名前だけでは正確無比な情報が得られない可能性があるのだ。
『はいはーい、こちら天皇真希。夕日姉さんお久しぶりです、ただいま緊急事態につき電話は後程に』
「真希ちゃん、その緊急事態ってのは、今響いた轟音と何か関係ある?」
『姉さんもこの音を? ……ええ、十中八九ありますね。どうやら平和な街中にパワードスーツがぶっこまれたらしいですよ。民間人に攻撃しながら数はどんどん増加中。四桁に乗りそうです』
「マジか、とんでもないこと始まってるね。犯人は? 被害状況は?」
『警察だけじゃ手に負えないんでパワードスーツ潰しはうちの部隊も緊急出動してますが、如何せん多摩だけじゃ犯人探しまでは人員を割けない状態です。敵数が多すぎます』
「……そうだね。せめて、出所やメーカーだけでもわからない?」
『それが結構バラバラな上に「改造車」という意見もありまして――っと。私も出動せにゃなりませんので、続報あり次第連絡します。姉さんは無理しないで、民間人の避難でもやっててください』
プツリと通話を切られてしまった。その間にも、屋外での騒音は派手に、大きくなっていく
そして一閃。
窓の外で漆黒の粒子が蠢いたかと思えば、破損した一機のパワードスーツが店内へと吹き飛ばされてきた。
「きゃあっ!?」
「この波動、集結くんか! もっと気ィ使って戦えっ!」
クライを抱き寄せながらSETを起動させる夕日。《深淵投影》でパワードスーツ内の操縦者の思考を支配しようとするも、
「対象に引っ掛からない……なるほど、誰も乗ってないのか。遠隔操作か、あるいは見た目だけのロボットか――どっちでもいいけどこんなが四桁もいるとか、一体どこに隠してたんだか」
かざした手を降ろす。崩壊した壁の向こうでは依然として集結による波動の乱舞が続いている。そこから覗いてみれば、路上は絶望の渦に呑み込まれていた。
民間人を容赦なく襲うパワードスーツは――そう呼ぶには相応しくないかもれしれないが――二十体。
二足歩行だが人の形にこだわらない五メートルの塊は、光学兵器や機関銃を構えてアスファルトを駆ける。意識のある戦車の大群とでも言ったところか。
全員がそれぞれの妨げとならないよう巧妙に動いているところを見ると、一つのプログラムに基づいた自動駆動という線が強い。
「ここにいると危険かもね。クライちゃん移動するよ、私から離れないで!」
「《神上の勝》使いましょうか?」
「下手に使っちゃダメ。何が狙いかは知らないけど、万が一鉢合わせたら一発アウトだよ」
「……それもそう、デスね。ところで危険なのは集結デスか? それともパワードスーツ?」
「どちらかと言えば前者!」
★ ★ ★
屋外に飛び出した集結は、眼前の光景に眉をひそめた。
ごくごく平和な日常が送られていた街道の幾箇所もに、紅の液体を撒き散らした肉片が転がっていたからだ。周囲の壁や路上に見受けられる無数の風穴から推測するに、機関銃やレーザー銃の攻撃をまともに喰らったらしい。
五メートルほどのパワードスーツの群れは、依然として悲鳴を上げながら逃げ惑う民間人を蹂躙している。
そのうち一機が、飛び出してきた集結にレーザー銃を向ける。
「――舐めてんのか?」
すでに超能力使用状態にあった怪物の波動が無数の槍を模し、敵を足下から貫き破壊した。
漆黒の波動による針のむしろをほどく。爆裂したパワードスーツには目もくれず、集結の瞳は次なる敵を捉える。
パワードスーツが、女子中学生三人組へとアームを下ろそうとしていた。
腕を乱雑に薙ぐ。波動が刃を形状して直進――アームのど真ん中を突き刺すと、そのまま中空へ機体を持ち上げた。
女子中学生達の視線が集結へ向けられる。
怯えきった瞳を一瞬だけ見てから、パワードスーツを大地へ叩き落とす。
舞う粉塵の中、轟音を響かせ新たに一機が爆発した。
上がった悲鳴は果たして、パワードスーツの爆発に対してか、それとも情け容赦を全くしない集結に対してか。
敵機は狙いを絞ったのだろう、近くにいる機体は急旋回で方向を変え、あるいは上半身のみを回転させ、兵器の照準を集結に合わせる。
五本の重機関銃が金属の豪雨を放った。
しかし、通常の人間には防ぎようのない秒間数千弾の殲滅すらも、集結には驚異ではない。
彼が『波動を操る能力』を使いこなす訓練の中で最も気を遣っていたのは、意外なことに『防御』であった。数多の超能力者を後に相手取るにあたり、確実な勝利を求めた彼は『負けない』ことを念頭に置いて最初に守りを極めたのだ――さすがに『波動徴税が通じない生物』までは思考が及ばなかったが。
彼を目に吹き上がった漆黒の波動は台風のごとく舞い上がり、全方位の全弾をはじき飛ばす。打ち返された金属弾は逆に猛威を振るいパワードスーツ達の装甲に炸裂するも、傷はつけれどそれ以上の戦果は見られない。
それならそれで構わない。
集結はそのまま波動を形状変化させ、七十の鞭となって周囲を破壊し尽くす。
二桁に昇るパワードスーツのひしゃげる音が鳴った。
道路は粉々に砕け、数分前の平穏だった姿は失われていた。
阿鼻叫喚の地獄を支配しているのは、皮肉にもこの場のみですら五十を超えるパワードスーツではなかった。
支配権は、集結に引き渡されていたのだ。
異常なまでの強さを誇る彼に対し、パワードスーツのプログラムが取る行動はほとんど意味をなさない。隊列を組もうが、遠距離に絞ろうが、一機を盾に特攻しようが問答無用。長くても三手の間には、決着を迎えてしまうのだった――。
(……あァ、ダルい。ダルいなァ)
集結は戦闘の渦中にいながら思う。
(ダルいってんじゃ言い足りねェくらいダルい。少なくとも【使徒】レベルの雑魚かあるいは――零能力者くれェのヤツじゃねェと、単なる作業ゲーになって集中力がもたねェな)
凶悪な強さと世界随一の戦闘経験量を誇る集結。だからこその慢心を突ける者は、やはり零能力者以外に存在しない。質より量でも量より質でも、踏破できてしまう彼には関係ない。
首をゴキッと鳴らしたところで、彼は自分に向かう数本の視線に気づいた。
恐怖で足が動かないなど、様々な理由で逃げ遅れた『民間人』達の視線だった。
「ひ……う、わ……」
「なんだよ……なんだよあれ……」
だが、彼らの視線に尊敬や感謝の念は一切無い。
パワードスーツから彼らを守っているのは、まごうことなく集結、彼であるのに。
「棒立ちであれを全部ぶっ倒せるとか、あいつ本当に人間かよ――――ッ!?」
彼らは。
一歩たりとも動かずにパワードスーツを薙ぎ払う集結の異常さを、恐怖していたのだ。
だが、その程度の反応で集結は動じない。非人間扱い程度なら、五歳の頃から受けてきた。
(あれが『当たり前』の反応だ。俺への妥当な評価だ)
だから尚、クライとの交流は、
(……アイツみてェなリアクションをしてくれるヤツなんて、もうこの世には残ってねェんだからよ。アイツみてェに敵意も害意も無い、普通の視線を向けてくれるヤツなんて…………)
やたらと心に引っ掛かってくる……。
集結があらかたのパワードスーツを片付けると、ようやくこちらに向かってくる天皇夕日とクライの姿が目に映る。
周囲を見回し青ざめているクライは放っておき、夕日に声をかけることにした。
「んだテメェら、逃げてなかったのか?」
「集結くんを置いて逃げる訳がないじゃない――なんて余計なお世話にしかなんないよね。戦ってみて、何かわかったことある?」
「コイツらの行動プログラムには、手近に見つけた人間を殺すっつーモンが根底にある。対処できねェ雑魚共はこのザマだ」
集結は弾けた血痕へ視線をやった。その言い様に夕日が眉をひそめるも、深くは言及しない。
「それ以外は何もわかんねェ。弱すぎるっつーことくれェか」
「あなたに勝てるのはそもそも『零能力者』しかいないでしょう?」
わざとらしい言い回しをしてきた夕日を睨み付けるも、ぷいと顔を背けられる。溜め息をついた集結――の脳に直接、
『う、わ……助けてッ!』
悲鳴が響いた。
(なんだ今の? どっかの雑魚が出したテレパシーか?)
それにしては聞き覚えのある声だった。波動を軽く吸い取り特定してやろうかと思ったその時、
「集結くん、クライちゃんが!」
バッと夕日が指を指す。その先では、クライや他の民間人の下へ再びパワードスーツの大群が襲来しつつあった。その数は二十七。
どこからこんなに湧いたのか、軍隊の本格的な対処はまだか――波動で翼を形状化させた集結は低空を弾丸のような速度で飛ぶ。
右手に波動を集中させ、パワードスーツに到達する数メートル前で貫いた。
腕の延長線上を光線のように伸びる漆黒の波動。かつてアストラルツリーの壁をも破壊した一撃は、今まさに光学兵器を使おうとした巨体を殴り飛ばした。
「きゃああっ」
その悲鳴はクライのものではない。
戦場を舞う集結にはあまりの轟音に聞こえないが、クライは、悲鳴を上げた己ではない別の女性を見つめていた――苦痛の表情で。
クライは『原典』の一人である。
《思念伝達》のランクⅦ相当。
それも――『受信』の感度が限りなく優れたものであった。
基本的な《思念伝達》は『表層心理を読み取る/伝える』というものであり、対象を指定して能力を行使することでようやく心理を読み取れる。
が、クライの《思念伝達》は前述した通り、『受信』の感度が優れていた。
一定のラインを超えた強い思念は、深層心理であろうと自動で『受信』してしまうのだ。
故に、知らなかったとはいえこの場へクライを連れ出した夕日の判断は大きな過ちであった。
不特定多数の莫大な『恐怖』『絶望』を受け取ったクライが、その感情を受け止めきることができなかったからだ。
(そん……な、こんなに、も、体が震えるなんて……気持ち悪くなるなんて……っ)
集結が恐い。
あんな人の姿をした化け物に近づいたら、殺される。
早く逃げないと。
こちらの命が潰される――――――!
(違う……違う違う違う違う! あの人は、集結は! ワタシ達を助けてくれている! 守ってるんじゃないデスか! それを怖がるなんて、怖がるなんて……ッ)
聞こえてくる声に必死に首を振る。けれど脳裏に届く悲鳴は消えず――どころか、クライの心にも『集結は危険だ』という思念を焼き付ける。朱に交われた何とやら。集団によるパニック症状に近いものがクライの理性を引き裂いていく。
周りの黒い感情が、正しい少女の思考を奪う。
そして。
眼を集結に向けた瞬間――クライは限界に達した。
クライに背を向けパワードスーツを一方的に壊す彼は、災害が擬人化してなお足りないほどに最強で――悪だったのだ。
「う……ぁ、ああ」
「クライちゃん!?」
膝をついて倒れるクライ。腰を折る。口元に手を添え、執念で嘔吐だけはこらえ抜く。そばに夕日が駆けつけたようだが、思考の正常さを失ったクライはかけられる言葉を理解できない。
『目をつぶれ、クソッタレ』
――――しかし、脳裏に響く集結の言葉に、クライは顔を上げていた。
彼は先程の『助けて』をクライの《思念伝達》によるものだと特定した上で、それを利用して直接思念を送ったのだ。
『アグリ……ゲイ、ト?』
『テメェは……いや、テメェも俺が恐いんだろ? だったら俺を見なけりゃイイ。なァに、同じ《神上》への特別サービスだ。テメェを連れて天皇夕日が逃げるまでの時間くれェ稼いでやる。全力でテメェを守ってやるよ』
戦闘しながら、しかし余裕の態度で告げる集結。
その言葉は、彼の柄にもなく優しさに溢れていた。
その言葉は、彼の根底にある寂しさに満ちていた。
目を閉じてはいけないということは、クライだって理解していた。
だけど、彼女はまぶたをギュッと固く閉じてしまった。
それでイイ、という言葉を最後に集結との会話は途切れる。轟音が激しさをより一層増して炸裂する。
「クライちゃん、こっち!」
夕日に手を引かれて、少女は怪物に背を向けた。
一度振り返ったその時、誰にも感謝されないヒーローの姿はもう見えなくなっていた。




